アルプスの少女ハイジ映画版

ネリーシュワルツという名前をご存じだろうか。誰もが一度は聞いたことがあり、そして口ずさもうとして失敗に終わる、あの「ハイジ」のテーマ曲、ヨーデルの歌い手である。あれは真似しようたって真似できるものではない。むしろ歌える方が怖い。おじいさんやペーターの吹く口笛を練習した人も多いことだろう。これもまた実に難しい。ハイジは様々な部分で観る人に影響を与えている。その症状はといえば、 ・ 干草を見るとベッドを作りたくなる。 ・ 屋根裏に住みたい。 ・ ものすごい高さのある手作り風ブランコに乗ってみたい。 ・ 寒い冬、雪の吹き込む丸窓に、ガラス代わりに氷をはめ込みたい。 ・ 白い子ヤギを見ると「ユキちゃん！」と叫びたくなる。 ・ 年に3回は甲高い声で「クララ！」と叫びたくなる。 ・ ヤギ飼いになりたい。 ・ パン屋で白く丸いパンを見るとお婆さんに食べさせたくなる。もしくはタンスに隠したくなる。 など数えきれない。 　1974年にTV放映がスタートした「アルプスの少女ハイジ」は、ヨハンナ・スピリの原作で、宮崎駿、高畑勲らの手によってアニメーション化された作品である。美しいアルプスの情景や山での生活風景などは、現地まで取材に行っただけのことはあり、実にいきいきと描かれている。 　雪の降り積もるある朝早くに、突然起こされ着れるだけの服を着せられて荷台に乗せられたハイジ。父も母もなく、預けられていた先の母方の妹デーテと共に向かったのは、アルプスの山の中、父方の祖父オンジの家であった。人間嫌いのオンジ、ふもとの村では変人扱いされていた。この子がいたんじゃろくな仕事にもつけやしないと、町へ出ることを決めていたでーては、そんなオンジのところへハイジを一人置いて行く。結構かわいそうな境遇のハイジ。でも暖かい山の上で着ていた服をどんどん脱ぎ捨て、さっそく無邪気に走りまわっている。 　オンジはちゃんとハイジの面倒を見てくれるのかしら？ご飯はちゃんと食べさせてくれるのかしら？なんて心配をよそに、ハイジは寡黙で厳しく、そして優しいオンジに見守られ、ヤギ飼いのペーターや、彼の盲目のおばあさん、犬のヨーゼフ、ヤギのシロとクマ、子ヤギのユキちゃんや小鳥のピッチーたちに囲まれて、山での生活を楽しみながら自然と共に生きていくすべを覚えてゆく。 　「そうね！そうなのね！」を連発する思い込みの激しいハイジ、まっすぐ過ぎて少しまわりを困らせたり、感情の高ぶりに耐えられず泣き出したりして実に女の子らしい。これは云うまでもないが、宮崎＆高畑の拘わる作品は「女の子」がうまい！「女の子」から「女の人」まで、ありとあらゆる「魅力」を描いている。以前、「紅の豚」公開時に、ジーナの声を演じた加藤登紀子が、宮崎の演出についてあるエピソードを語っていた。酒場で歌うジーナ、花束を差し出すファンに目線を合わせながら手を差し伸べる、しかし、それを受け取る瞬間、ジーナは目線を遠くへ逸らす…。それが色気というものなのだ。この文章で伝わるだろうか？演出というのはそこまで気を配るものなのかと驚かされたのと同時に、その的確な演出にため息がでる思いだった。まだ映像を見る前なのに、彼女の魅力がどういうものなのか、その場の情景、空気感まで、文字どうり肌で感じられるようだった。彼らの創り出すキャラクターの直線や曲線、表情、色彩などの技術的なものは、やはり素晴らしい。しかし、様々な状況、生活や行動の背景、目に見えない「間」や、空気感のようなものを描き出せてこそアニメーションは生きる。私たちはそれによって「憧れ」や「愛情」のような、感情を持つ事ができるのだ。「もののけ姫」のなかでも、「良い村は女が元気」だといっている。女の子がいきいきしてこそ男の子の魅力を描けるのかもしれない。できればＴＶシリーズを観て頂きたいが、この劇場版「ハイジ」はＴＶシリーズのダイジェスト的なものなので時間がない人にはお勧め！是非どうぞ！！！