Roy Orbison

Roy Orbison (ロイ オービソン) プロフィール

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エルヴィス・プレスリーカール・パーキンスジョニー・キャッシュらと同様、ロカビリーと呼ばれる音楽スタイルを築きあげたパイオニアのひとりにロイ・オービソンがいる。またこの中でも、白人カントリー的な要素を多く持ったロカビリー・スタイルのロックンロールを基本に、よりポップな味わいの個性で人気を博したのがロイ・オービソンだった。

1936年テキサス州ヴァーノンで生まれたロイ・オービソンは、1950年代半ばにエルヴィスジョニー・キャッシュジェリー・リー・ルイスなどで有名なサン・レコードからデビュー。そのサンからリリースされた"ウービィ・ドゥービィ"は全米規模で小ヒットを記録するが、他にはヒット曲に恵まれなかった。むしろ50年代の後半まではロイ・オービソンは、エヴァリー・ブラザーズに書いた"クローデット"の作曲者として名を売ったのだった。

しばらくして60年代に入ると、ロイ・オービソンにも歌手としての成功が訪れた。レーベルをモニュメントに移籍して放ったヒット曲が"オンリー・ザ・ロンリー"がそれで、オービソンは一躍注目されるようになった。この後"ランニング・スケアド" 、"クライング(恋のむせび泣き)" 、 "イン・ドリームス" 、"イッツ・オーヴァー" 、 “オー・プリティ・ウーマン”といったヒットを放っていった。

オービソンの多くのヒット曲で特徴的なのは、悲しみに満ちた心情を、伸びやかな朗々とした歌声で歌う、というスタイル。その滲みでてくる情感がたまらない魅力を持っているのだ。エヴァリー・ブラザーズとも共通するスタジオ、バック・ミュージシャンを使用することも多かったオービソンだが、そのサウンドには先述のような比類なき個性があり、エヴァリーの乾いた感覚を持ったポップなロックンロールとはまた違った味わいで聴かせているのだ。

トレードマークのサングラスと黒い衣装が有名になるのは、ビートルズの前座でイギリスに行って公演をしたときからだったという、ロイ・オービソンの発言がある。ロイ・オービソンら米国のロックンローラーに憧れたに違いないビートル達の前座というのも皮肉だが、そこは人気商売の常であるし、オービソンの回想する口調も何だか嬉しそうだ。それまでにもメガネをたまたま忘れた際にかけたサングラスだったが、この英国での公演でかけたサングラスと黒装束が大きな反響を呼んだという話をしている。余談ながら、イメージなんかつくろうと思ってつくったのではないよ、と語る彼の人柄がわかる発言だと思う。

70年代にはほとんどその活動が目立つことがなかったオービソンは、80年代に入ってリンダ・ロンシュタットヴァン・ヘイレンらによるカヴァー曲で、再び人々の話題に上るようになった。1987年にロックンロールの殿堂入り。この最晩年にロイ・オービソンは後続ミュージシャン達からの最上級のリスペクトを受けていた。1987年にはエルヴィス・コステロブルース・スプリングスティーンなどをはじめ豪華なゲストが顔を揃えたライヴ・ショウ『ブラック&ホワイト・ナイト』があり、1988年にはトラヴェリング・ウィルベリーズという覆面バンドのアルバムがリリースされている。このメンバー達はボブ・ディランジョージ・ハリソントム・ペティ、そしてロイ・オービソンだった。また彼の死後に発表されることとなった遺作ミステリー・ガールU2のボノやT−ボーン・バーネットがプロデュースを手掛けているもので、トラヴェリング・ウィルベリーズのメンバー、名手ジム・ケルトナーにアル・クーパー、ベテランのスティーヴ・クロッパーらが参加していた。

1990年にはゲイリー・マーシャル監督の映画プリティ・ウーマンロイ・オービソンの楽曲が主題歌として使われ、これまでロイ・オービソンの歌を聴いたことのない、という世代にも彼の歌を大きくアピールすることとなった。

3分間の楽曲に大きなスケールの情感を込める手腕は、ロックンロール界でも随一のもので、後のロック界の多くのさまざまなミュージシャンはロイ・オービソンの歌に魅せられ、リスペクトの声を惜しむことがなかった。シンガーとして独自の個性を発揮し、偉大なる功績を遺したロイ・オービソン。その歌にこめられた何ともいえない味わいはこれからも人々の心を惹きつけていくことだろう。

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