この後、バンドはより一層ハードな音作りに向かうことを選択し大幅なメンバーチェンジを敢行。Voロッド、Baニックを解雇し、Voイアン・ギラン、Baロジャー・グローヴァーを迎え入れ、ここに黄金の第二期ラインナップが誕生した。そして後のハード・ロック路線、In Rockの雛型ともなる楽曲の数々をスタジオにこもって練り上げていく日々が続いていく。しかしここでマネージメントが持ってきたのが、ロイヤル・フィルハーモニック・オーケストラとの共演という仕事。結局、ジョン・ロード作曲の「グループとオーケストラのための協奏曲」が両者の競演という形で実現し、(Deep Purple And Royal Philharmonic Orchestra)これはこれで画期的なものになったが、”オーケストラと共演するバンド”というイメージが付いてしまい、バンドとしては一歩後退といった活動になる。特にリッチーの苛立ちは相当なものだったようで、「次作が失敗に終わったら俺は一生オーケストラと一緒に演奏するミュージシャンになってしまうだろう」という発言を残してもいる。
Machine Headでリッチーが確立したギタースタイルは実に独特だ。それまでのロックギターにあった即興的なソロ展開やコード進行の流れを意識しつつも、ここには練り上げられて構築された、俗に言う”様式美”が感じられる。モービル・ユニット・スタジオを使用してホテルで録音されたというサウンドも、洗練された印象を与える。余談だが初めて聴いた時、もうずいぶん昔のレコードなのに未来的な音だ、と感じたものである。ともあれバンドはこの一枚で世界的な成功を獲得、リッチーはロック界を代表するギタリストとなっていく。そして72年8月に伝説の来日公演、これをLive In Japanとしてリリース。ここでのリッチーを含めたメンバーの演奏は凄まじいものでパープル絶頂期の姿が鮮明に刻まれている。