Paul Gilbert
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Paul Gilbert (ポール・ギルバート) プロフィール

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Paul Gilbert

ポール・ギルバート1966年11月6日アメリカ、イリノイ州生まれ。
少年時代、父親の影響でビートルズやクラシックを聴きながら育ったポール・ギルバート。初めてギターを手にしたのはなんと5歳の時から。誕生日プレゼントで貰ったギターがそれだという。のちにレッド・ツェッペリンやキッス、エアロスミスなどを通してハードなギター・サウンドに目覚めていく。そして決定的だったのがヴァン・ヘイレンのエディ・ヴァン・ヘイレンだったという。エディに激しく影響を受けたポールはエディのコピーに明け暮れた。またこの頃地元の友達連中とジャイアントなるバンドを組んでおり、地元ではそこそこ人気を集めるバンドまでになっていた。

15歳になったポールはイングヴェイ・マルムスティーンを世に送り出したマイク・ヴァーニーのもとへデモ・テープを送る。それを気に入ったマイクはポールに色々とアドヴァイスをし、ポールとはしばらくいい関係が続いていく事になる。ハイ・スクールを卒業したポールはギター・インスティテュート・オブ・テクノロジー (通称G.I.T.) に通うため、単身LAへと渡る。1年そこでレッスンを受けただけで卒業。理由はギターが巧すぎてそこの講師になる為(笑)。

ギター講師をやりつつ自らのバンド結成も目論んでいたポールは、いい関係が続いていたマイク・ヴァーニーにバンド結成に相談すると、ジェフ・マーティン(Vo.)、ジョン・アルデレッティ(b)、ハリー・ショエッサー(dr)を紹介される。これが光よりも速いギタリストを擁するバンド、レーサーXの始まりである。

1986年3月レーサーX、ファースト・アルバム、『ストリート リーサル - Street Lethal』をリリース。世界中のヘヴィ・メタル・マニアの間で世界一速いギタリストとポール・ギルバートの名は知れ渡った。同年11月にはG.I.T.の教え子(と言ってもポールより年上。)ブルース・ブレ(Gr)と後のジューダス・プリーストなどの活躍で知られるスコット・トラヴィス(dr)を加入させたセカンド・アルバム、『セカンド・ヒート - Second Heat』を完成させる。(何故か実際のリリースはこの1年後)

よりグローバルな活動を求めたポールと地元でのLAでの活動を望んだ他メンバー間でズレが生じ、これが発端となりメンバーが相次いで脱退。結局バンドは解散の道を歩む事になる。契約の都合上2枚のオリジナル・アルバムの他にライヴ・アルバム、『ライヴ・エクストリーム - Live Extreme』がリリースされている。(後年Vol.2もリリースされた)

そして88年新たなバンド結成の話が持ち上がるタラスやデイヴ・リーロス・バンドでの活動で知られる凄腕ベーシスト、ビリー・シーンが発起人となり、数々のセッション等で腕は確かなドラマー、パット・トーピー、一般的には無名だがソウルフルで実力派のヴォーカリスト、エリック・マーティン、そしてレーサーXでの活動で名を馳せたポール・ギルバートの4人が集まりMR.BIG(ミスター・ビッグ)が結成されるのである。 それぞれの凄腕を活かしたプレイもさることながら、ソング・オリエンテッドな歌モノ・ナンバーを重視したMR.BIGは日本の市場を切っ掛けに世界中でブレイクを果たす。このメンバーでは5枚のオリジナル・アルバム残すが、ベスト・アルバム、『ビッグ・ビガー・ビッゲスト - Big Bigger Biggest - The Best Of』を最後にバンドは活動を一時停止する。

この間ポールはソロとして『キング・オブ・クラブス - King Of Clubs』をリリース。ミスター・ビッグでのセカンド・アルバム、『ラーン・イントゥ・イット』収録の“60’sマインド”(Green-Tinted Sixties Mind)に代表されるポールの作曲能力の高さとパワーポップ趣味(余談だがポールはコレを書いているHMV本社ビル近辺でチープ・トリックのTシャツを着用しているところを目撃されている)が如何なく発揮された本作はハードロック/ヘヴィ・メタル・ファンのみならずパワーポップ愛好家にこそ聴いて貰いたい一枚である。

バンド結成10周年を向かえた99年、活動再開の話があがるが、ポールはバンドに戻らず自らの道を進む事を選択した。そして同年2月セカンド・ソロ・アルバムとなる『フライング・ドッグ - Flying Dog』をリリース。またライヴ・アルバム、『ライヴ1999 - Behive Live』もリリースしている。

そして2000年、誰もが驚いたのがレーサーXの再結成!まさかのサード・アルバム、『テクニカル・ディフィカリティーズ - Technical Difficulties』がリリースされる。しばらく早弾きから遠のいていたポールのバカテク炸裂の内容にファンは狂喜乱舞したという。
また同年サード・ソロ・アルバム、『アリゲーター・ファーム - Alligator Farm』をリリース。こちらはこれまでのソロ同様、ポップ路線。さらにポールは休む事無くレーサーXでの活動も並行し、レーサーXとしての復活第2弾、『スーパーヒーローズ - Super Heroes - Adventure Of Racer X Men』をリリース。2年弱の間に4枚ものアルバムを作りあげる。

2001年レーサーXとして13年振り(!)となるライヴをアメリカ、ハリウッドにあるライブハウス「The Whisky」にて敢行。この時の模様はライヴ・アルバム、『ライヴ・アット・ザ・ウィスキー - Snow Ball Of Doom - Live At The Whisky』で聴く事が出来る。また同タイトルのDVDもリリースされている。

2001年暮れには実の叔父であり、ブルース・ギタリストのジミ・キッドとのコラボレイト作、『ロウ・ブルース・パワー - Raw Blues Power』をリリース。タイトル通りのブルース・アルバムで才能の豊かさと創作意欲の強さを再確認させられる。

もともと日本びいきで知られるポールだが、キンキ・キッズが出演するバラエティ番組「ラブラブ愛してる」に出演するなどして日本のファンを喜ばせた(困らせた?)。同番組終了後した現在も同じくキンキ・キッズ出演の「堂本兄弟」でギターを持たずに(!)いち外国人タレントとして出演している。意外とギタリストとしてのポールをご存知ない方も多いのではないだろうか?

先ほども述べたがポールには誰にも真似の出来ない素晴らしいギター・テクニックだけでなく、優れた作曲能力も携えておりそれがポールの個性を支えているのではないだろうか。実際彼のファースト・ソロ・アルバムである『キング・オブ・クラブス - King Of Clubs』はとあるパワーポップ本で紹介されているほどなのだ。

ある時は早弾きギタリスト、ある時はビートルズとチープ・トリックを愛するパワーポッパー、またある時は泥臭いブルースマン…一見ナンパにも写るかも知れないが、そのどれもがポール・ギルバートであり、その多面性こそが多くの人々に愛される所以なのであろう。

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