Joe Pass

Joe Pass (ジョーパス) プロフィール

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ジョー・パスことJoseph Anthony Passalaquaは、ちょうど大恐慌の嵐が吹き荒れた1929年1月13日、ニュージャージー州、ニュー・ブランズウィックに生まれている。この大恐慌の時代、父の仕事に伴って、ジョー・パスは鉄鋼の街ペンシルヴァニアで育っている。シシリア生まれの父、マリアーノは、ジョーがジーン・オートリーに夢中になっているのを見てギターを買い与えた。9歳でギターの演奏を始めてジョーは毎日独学でギターを練習している。

 14際になるころには、近所のダンス・パーティーでコンボで演奏するようになっていた。この時期ジョーも2大きな影響を与えたギタリストたちは、ジャンゴ・ラインハルト、チャーリー・クリスチャンの巨頭のほか、バーニー・ケッセル、タル・ファーローらだった。しかし、ジョーにとって最も大きな影響を残してのは、両巨星にウエス・モンゴメリーを加えた“ジョーにとっての御三家”だった。

 やがてニューヨークに移ったジョーは、ビバップの意時代の様々なセッションに参加して腕を磨いていった。そして、1960年、ジョ−は西海岸、LAへ移住、スタジオ・ミュージシャンとして多忙な日々を送ることになる。ジュリー・ロンドン、フランク・シナトラら、スターシンガー達亜との録音が残っている。その後、麻薬化から“シナノン病院”に入院、戻って録音したのが、“遅れてきた初リーダー作品”、Sound Of Synanon だった。
 南カリフォルニアに本拠を定めたジョーは、バド・シャンク、クレア・フィッシャーなどパシフィック・ジャズ系のミュージシャンと共演、当時人気ミュージシャンだったジョージ・シアリングのバンドに加入し、2年間を過ごしている。

 1970年、ノーマン・グランツに“見出された”ジョーは、グランツが新たに設立した「パブロ・レーベル」の看板ギタリストとしてデビューを飾る。グランツの見事なプロデュースと再出発を図ったジョーの目論見が一致した Virtuoso によって、ジョーは遂にジャズ・ギターの頂点に立った。
 1974年には「グラミー賞」を受賞、オスカー・ピーターソン、エラ・フィッツジェラルド、ベニー・カーター、ミルト・ジャクソン、ズート・シムズらキラ星のように輝く「ヴァーヴ〜パブロ」を通じたジャイアンツたちに混じって、ジョーはステイタスを獲得した。ジョーはアメリカだけでなくヨーロッパ、カナダにも楽旅し、世界的にも大きな人気を得た。

 1992年、西海岸の名門クラブとなりつつあった“Yoshi's”で録音された Live at Yoshi's は、ジョー・ピサーノ(g)コリン・ベイリー(ds)モンティ・バドウィック(b)との和気藹々の演奏で晩年のジョーの境地を伝える代表的な演奏だ。

 また、時代はもどるが、エラ・フィッツジェラルドとの世紀の共演アルバム Take Love Easy は、エラ=パス・コンビの成立と商業的な人気をもたらした。

 晩年、1993年2月、新世紀の「ヴァーヴ=パブロ」レーベルといってもいい「テラーク・レーベル」から My Song を発表するが、翌1994年5月惜しくも亡くなった。享年、65歳。

 “遅れてきた”ビバップギターの大統領は、最後はギター最高の地位に昇り詰め、幸せな生涯を終えた。いまもジョー・パスのファンは数多い。

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