Earth, Wind & Fire

Earth, Wind & Fire (アース・ウィンド・アンド・ファイアー) プロフィール

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Earth, Wind & Fire

日本でも数多くのヒット曲、とりわけ不朽のディスコ・クラシックスで知られる大型セルフ・コンテインド・グループ、アース・ウィンド&ファイアー。現在は中心人物モーリス・ホワイトもツアー活動から身を引き、また、レコーディングからもしばらく遠ざかっているが、その人気は衰える事を知らない。

1969年、元ラムゼイ・ルイス・トリオのドラマーだったモーリス(’41年12月19日メンフィス生まれ)によってシカゴで結成され、その歴史の1ページを開いたアース。モーリスは10代の頃からドラムを始め、ミュージシャンとなる事を決意。16歳の時に一家でシカゴに移り住んだ。同地で彼は、R&B/ブルースで有名なチェス・レコードのスタジオ・セッション・ドラマーとなり、様々なレコーディングに参加。また、 「ジ・イン・クラウド(’65)」の大ヒットで知られるチェスの人気ジャズ・グループ、ラムゼイ・ルイス・トリオのメンバーにも迎え入れられる。

その後独立、’69年、自己のグループ、EW & Fを結成した。彼の当初のグループに対する音楽的コンセプトは従来のソウルにジャズの要素を加え、さらにロックの音楽をうまく融合するという、今まで誰も成功させたことのないような当時としてはかなり斬新なものだった。その背景には、当時の音楽シーンというものが大きく反映されていたことは疑う余地はない。スライ&ザ・ファミリー・ストーンがシーンを席巻し、JBが文字通りのスーパー・スターの座に君臨、ジャズ界ではマイルスが絶好調の活躍を見せ、さらにロック界ではブラス・ロックなどと呼ばれるサウンドが台頭してきた、そんな活気溢れる時代。そうした中で、ジャズ、ソウル、ロックなどをフュージョンさせるグループを作ろうという構想がモーリスに芽生えたわけである。

1970年、彼等はワーナー・ブラザーズと契約を交わし、アルバム「Earth Wind & Fire」でデビューを飾る。シングル「Love Is Life」がR&Bチャートで最高43位を記録。続いて’72年に2ndアルバム「Need Of Love」を発表、シングル「I Think About Lovin' You」が同44位となるが、アルバム自体は一部のロック・ファンの間で支持されたものの、爆発的な人気を獲得するには至らなかった。

そこでモーリスはグループのメンバーを大幅にチェンジ、レコード会社もCBSに移籍して再スタートを切る。モーリスを中心に、リード・ヴォーカル&パーカッションにフィリップ・ベイリー(’51年生)、ギターにローランド・バティスタ、キーボードにラリー・ダン(’53年生)、サックス&フルートにロニー・ロウズ(’50年生)、ドラムにラルフ・ジョンソン等、錚々たるラインナップによる新生アースは、’72年、3rdアルバム「Last Days & Time(地球最後の日)」を発表。徐々にモーリスの考えていた音楽の形が実を結び始め、翌’73年、起死回生となる4thアルバム「Head To The Sky」で遂にゴールド・ディスクに輝き、一躍R&Bシーンからも注目を集めるようになる。シングルでは「Evil」と「Keep Your Head To The Sky」がTop30内にランク・イン。’74年、第5作目となる「Open Our Eyes(太陽の化身)」を発表、これもゴールド・ディスクに輝き、この頃からやはり同じように人気の出てきたグループ、ウォー等とツアーをし、黒人白人両方からの支持を得る存在となった。シングルでは「Mighty Mighty」「Kalimba Story」が共にTop10に入るヒットとなる。

そして、モーリスが考えていたソウル、ジャズ、ロック、アフリカン・ミュージックの要素を巧みに取り入れ融合させたサウンドは、’75年発表の第6作「That's The Way Of The World(暗黒への挑戦)」で遂に開花、アルバム・チャートで全米No.1を獲得、さらにプラチナム・ディスク(100万枚以上のセールス)にも輝く大ヒットとなった。シングル・カットされた「Shining Star」もR&B/Popの両チャートでNo.1となり、アースは黒人セルフ・コンテインド・グループの中でも実力、人気共に最高峰にのし上がる事となった。アルバム・タイトル曲は”ソウル・バンド”としての彼等を象徴付ける歴史的傑作だ。

’75年にはアメリカ各地で行なわれたライヴ・レコーディングにスタジオ録音による新曲を収録した2枚組の大作「Gratitude」を発表。その新曲「Sing A Song」もR&BチャートでNo.1を獲得、アルバムも大ヒットを記録する。音楽的にも最も充実していたアースは続く’76年に「Spirit」、’77年に「All 'N All(太陽神)」と、R&B史に残る傑作アルバムを次々に発表、押しも押されるスーパー・スターへと駆け上っていった。日本でも「Getaway」や「Fantasy(宇宙のファンファジー)」等が大ヒットとなり、彼等の人気は頂点を極める。また、この頃からモーリスは自らのプロダクションを設立、エモーションズデニース・ウィリアムズ等をプロデュースして成功を収めていった。

そして’77年末から”ツアー・オブ・ユニヴァース”と銘打ったツアーを開始し、ステージにいくつものピラミッドを用意したり、メンバーが宙に浮くといったシアトリカルなパフォーマンスが大評判となり、彼等はレコードでもライヴでも超一流ぶりを見せるようになっていった。この頃のメンバーにはモーリスの弟ヴァーティン、ギターにはアル・マッケイがそれぞれ加わり、また持ち前のホー・セクションにもさらに磨きがかかり、これは彼等の大きな魅力ともなっていった。

’78年には始めてのベスト・アルバムを発表。ここからのシングル「September」を引っ提げ翌年の3月には初来日も果し、全国の音楽ファンを熱狂させた。翌’79年にはエモーションズをバックに従えた「Boogie Wonderland」と珠玉のバラード「After The Love Has Gone」が大ヒット、これらを含むアルバム「I Am」もベスト・セラーとなる。’80年には、名曲「Sparkle」を収録した2枚組「Faces」 、そして翌’81年にはあの「Let's Groove」を含む「Raise!」を発表。商業的には、それまでと比べるとやや見劣りするものの、その人気は不動のものだった。

しかし’83年の「Powerlight」発表後、グループのホーン・セクションはフィル・コリンズのレコーディングに参加したり、’85年にはフィリップ・ベイリーがソロとして「イージー・ラヴァー」をヒットさせ、モーリスもソロ・アルバムを発表、グループの活動はしばらく休止状態となる。

’87年、4年振りとなるアルバム「Touch The World」を発表。この作品はこれまでのアースのサウンドとは異なり、時代を反映したストリート・オリエンテッドな内容で、その1stシングル「System Of Survival」で久々にR&Bチャート、トップの座に返り咲いた。’88年5月には、約9年振りとなる来日公演で、古くからのファンを喜ばせた。’89年9月「Heritage」を最後にCBSを離れ、’93年、古巣のワーナーへ移籍後の第1弾「Millenium(千年伝説)」でその存在を大きくアピールした。’95年には日本のavexと契約を結び、ヴェルファーレでのライヴ盤を発表。翌’96年には同レーベルからの日本単独最新アルバム「Avatar」を発表し、日本での人気の根強さを示した。本アルバムは翌’97年、一部内容を変え、 「In The Name Of Love」というタイトルで本国でリリースされた。

モーリスの脱退説も噂されるが、アフリカン・ミュージックをルーツとしたリズム・セクションに、モーリスのソウルフルなヴォーカルとフィリップの美しいファルセットが奏でるアースならではの音世界は私達にとっては、永遠に不滅だ。

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