Bryan Ferry
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Bryan Ferry (ブライアン・フェリー) プロフィール

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黒人音楽への憧憬を、欧州的ダンディズムによって独自の表現にまで持っていくことに成功したブライアン・フェリー。彼の唱法から直接、アマチュア時代にウィルソン・ピケットオーティス・レディングを歌っていたことを見出すのは実際には困難かもしれない。後に多くのフォロワーを生むフェリーの、英国の男的な低音ヴォーカルは、ヴィヴラートと裏声で着飾った白人っぽいものだとも言えるが、バックのサウンド自体を16ビートやセヴンス系のコード感などで固め、R&Bテイストやソウルっぽい感覚を巧く出してやることで、そこに乗る彼のヴォーカルは輝きを持ち、独特のものとなる。

ブライアン・フェリーは1945年9月26日、イングランド北東部ダーハム州ワシントンに生まれた。教育熱心な炭鉱労働者を父に持ったフェリーは高校卒業後、ニューキャッスル大学で美術を専攻。そこで絵画、彫刻、陶芸などを学んだフェリーは大学卒業後ロンドンに出て、さまざまなアルバイトをこなしながら、陶芸作家を気取っていたという。また同時にフェリーはミュージシャンになる夢も抱き続けていた。高校時代にバンシーズというグループでヴォーカル、ピアノを担当したフェリーは、大学時代にはガス・ボードというR&Bグループの一員としてオーティス・レディングウィルソン・ピケットのナンバーを歌っていたこともあった。ロンドンでのアルバイト生活に疲れたフェリーは、音楽が忘れられず、1970年に入ると本格的に一緒にプレイするメンバーを探し始めるのだった。そして1972年頃にはロキシー・ミュージックのラインナップが揃い、1972年7月シングル・デビューした。ヴィジュアル面の人気もあって評判となった彼らだが、2枚のアルバムを発表した後、グループの人気のカギを握っていたブライアン・イーノが脱退。プロダクション側の配慮により、フェリーロキシー・ミュージックの中心人物、という明確なイメージを打ち出すべく、新生ロキシーのアルバムに先だってフェリーのソロ愚かなり、わが恋がリリースされた。以降カヴァーを中心としたフェリーのソロとロキシー・ミュージックでの作品は平行してリリースされることとなり、ロキシー・ミュージック消滅後はソロ歌手として活躍するようになった。

初期ロキシー・ミュージックのキッチュで世紀末的なイメージ/音楽性は、後のヒューマン・リーグなどのシンセ・ポップ勢、デュラン・デュランなどニュー・ロマンティック派などに受け継がれた。実際にはデヴィッド・ボウイロキシー・ミュージックといった方が当たっているのかもしれないが、とにかくフェリーボウイが編み出した叙情的なヴォーカル・スタイルは、この辺りのグループに大きな影響を及ぼしていることは事実だろう。

ソロ作でのカヴァーなどに見られる古いロックンロールやR&Bなど黒人音楽を好むセンスとそれを独特の消化の仕方で自分のものとしてしまう才能。あるいは、フランク・シナトラなどに代表されるオーソドックスなポピュラー歌手の系譜も垣間見せるイメージ作りの妙など、スタイリッシュなキメが嫌味なく決まってしまうブライアン・フェリー。彼のヴォーカル・スタイルと、そしてその音楽センス(自らの好きな音と自らの間にある距離を巧く見極め独自のものにまで高めること)は、黒人音楽に影響を受けた白人ヴォーカリストの歌唱の中にあって、真に個性的と呼ぶに相応しいのではないだろうか。

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