このセットは極めて価値の高い逸品だと思う。メンゲルベルグの芸術の最も優れた演奏会がほぼ理想的な形で全集になっている。これだけ強力なベートーベンの演奏を残せる人は、フルトベングラーとクレンペラーの新発見の録音以外、最早望みえない。特に5番の終楽章の力動感は、他に求めることができない。6番も非常に優れた演奏で、第2楽章の美しさは比類がない。最も価値が高いのは第9だ。ベートーベンのオリジナルのメトロノーム指定ぱ非常に早かったらしいが、この演奏はベートーベンその人の演奏にかなり似ているのではないかと思う。特に第1楽章は、ワーグナーの演奏を起源とするフルトベングラーの解釈が規範となった感が強いが、むしろメンゲルベルグの演奏の気迫、速いテンポと力点の入れ方、圧倒的な推進力、これがベートーベンその人が心に描いた姿ではと思いたくなるような、素晴らしい実況の録音。有名なバッハの受難曲は、54年のフルトベングラーVPOと双璧の演奏で、途中、ご婦人か、その慟哭がオンマイクで聞こえてくる壮絶な内容、涙なくしては聞けない非常に感動的な演奏会であったことが判る。ブラームスのレクリエムも、最初の出だしからして異常に美しい響きで、この曲の持っている何か特異な輪廻の世界を表したような超自然的な力を感じる。録音は確かアセテート盤かガラス盤でありながら、演奏内容は実にフレッシュで、真の音楽芸術とはこういうものかと思う。その後、今日まで、長い間語り草になったヨーロッパ・オランダの伝説的演奏会。