Andy Summers

Andy Summers (アンディ・サマーズ) プロフィール

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アンディ・サマーズは、若くして60年代からミュージシャン稼業をはじめ、70年代後半から80年代前半にかけては、あの世界的な名声を得たロック・バンドのひとつであるポリスに在籍し有名になったギタリスト。ポリス時代のアンディは、空間系のエフェクターを使用したシャリ〜ンという澄んだ音色とレゲエなど意識的なリズムを取り入れたカッティングなどで、あの特徴的なポリス・サウンドの一翼を担っていた。

アンディ・サマーズは1946年12月31日に、リバプール北部のブラックプールで生まれた。その後まもなくして一家で南イングランドのポーツマスに移住。アンディは10代はじめの頃から数々のバンドに掛け持ちで参加し、地元のミュージシャン仲間の間では有名な存在となる。

1964年、18歳のアンディはロンドンへと進出。ズート・マネーズ・ビッグ・ロール・バンドに参加することになる。その後約2年に渡りバンドに在籍したアンディは、It Should Have Been Me、Zoot!といったアルバムでプレイを披露した。そして1968年春にはソフト・マシーンにツアー・メンバーとして参加。8月にはエリック・バードンジ・アニマルズに参加し、アルバム Love Isでプレイしたほか、11月には同バンドのメンバーとして来日も果たしている。

1973年にジ・アニマルズが解散するまでメンバーとしての活動に専念していたアンディは、解散とともに突然失業するが、1974年にはケヴィン・コインのバンドに参加。1976年までの間に、Matching Head & Feet、Heartburn、In Living Black & Whiteの三枚のアルバムでプレイしつつ、それと並行しながらジョーン・アーマトレイディングケヴィン・エアーズジョン・ロードニール・セダカといった人物たちとセッションを行う。そして、その中のひとつである元ゴングのマイク・ハウレットのプロジェクト、ストロンチウム90で、アンディは当時からポリスのメンバーだったスティング、スチュワート・コープランドに出会った。1977年6月、アンディ・サマーズポリスにメンバーとして参加することになった。

ポリスに在籍することになったアンディは、1977年10月、ポリスのツアーの合い間を縫ってミュンヘンでのエバルト・シェイナーのレコーディングに参加。これにはアンディの勧めでスティングやスチュワートも参加している。このときの録音はVideo Magic、Video Flashbackという作品に収録され、後にこの二枚は纏められ1987年に 創世記 のタイトルでリリースとなった。

1977年冬、三人組となったポリスはA&Mレーベルと契約。1978年4月に“ロクサーヌ”でデビューを飾っている。ポリスに参加したアンディは、ケヴィン・ラムの作品に参加したほかは、ポリスの活動に専念。人気バンドとなったポリスだが、その後期にあたる1982年にアンディは、昔から交友のあったキング・クリムゾンで有名なロバート・フリップと邂逅。夏にはフリップとのユニットによるアルバム 心象風景(I Advance Masked) を発表し、翌1983年初頭にはそのプロモーションで単独で来日している。またポリスの最後のツアーの合い間を縫い、9月にはカーリー・サイモンのアルバムにゲストとして参加した。

ポリスの活動停止後の1984年9月、アンディは再びロバート・フリップとの共同で 擬制の映像(Bewitched)を発表。その後、アンディは『ワイルド・ライフ』、『2010年』、『ビバリーヒルズ・ラム』、『バンド・オブ・ザ・ハンド』といったサントラ仕事をこなした。

1986年、ポリスは新録音の“高校教師68”を含むベスト盤 ポリス・ザ・シングルズ〜見つめていたい(Every Breath You Take: Police The Singles)のリリースで一時的に復活。そこに参加したアンディは翌1987年にソロ契約をMCAと結び、アルバム XYZ(XYZ)を発表。さらに同年にはスティングのソロ作 ナッシング・ライク・ザ・サンの録音に参加後、プレイベート・ミュージックに早くも移籍している。1988年10月、XYZのプロデューサーだったデヴィッド・ヘンツェルとともに、全編インストゥルメンタルで占められたアルバム ミステリアス・バリケーズ(Mysterious Barricades)を発表した。

さらにギター・インストの世界を追求するアンディは、1989年4月 ザ・ゴールデン・ワイアー(Golden Wire)、1990年10月にチャーミング・スネイク(Charming Snake) を発表。後者にはハービー・ハンコックビル・エヴァンス(sax)マーク・アイシャムなどジャズ/フュージョン系の豪華ゲストや、スティングが一曲でベースに参加といった話題があった。そして1990年11月には単独では久々となる来日公演も実現している。

1991年9月、トニー・レヴィンチャド・ワッカーマンが参加した ワールド・ゴーン・ストレンジ(World Gone Strange) を発表。アンディはこの作品を最後にプライベート・ミュージックを去った。その後1993年には旧友のブリティッシュ・ジャズ・ギタリスト、ジョン・エサリッジソフト・マシーンなどでも活躍)と組み、アコースティック・ギター・ユニットによる作品 インヴィジヴル・スレッズ(Invisible Threads) をライノ・レーベルから発表。その後CMPレーベルと契約を交わしたアンディは、1995年初頭にジンジャー・ベイカーもゲスト参加したソロ・アルバム シニスシージア(Syneathesia)を発表。また1995年に突如リリースされ話題となったポリスのライヴ盤 ポリス・ライヴ(Police Live) では、アンディがプロデュースを担当した。その後のアンディのソロ・アルバムを並べると、ラスト・ダンス・オブ・MR.X(Last Dance Of Mr.X, 1997年) ストリングス・オブ・デザイアー(Strings Of Desire, 1998年) グリーン・チムニーズ〜モンク・ソングス(Green Chimneys: The Music Of Thelonious Monk, 1999年) ペギーズ・ブルー・スカイライト(Peggy's Blue Skylight, 2000年)となる。なおこれらはいずれもRCAからリリースされている。

ポリスは70年代末のパンク・ロック勃興期に出てきたバンドで、当時のパンクスから産業パンク〜パンクの皮を被ったメジャーなロック、と陰口を叩かれた存在だが、それは裏を返せば、彼らがデビュー当時から完成された技術と世界観を持った王道的なロック・バンドだったということを証明している。そうしたパンクに留まらないサウンドはもちろんメンバー各々のスキルによるところが大きいが、中でも変幻自在な音を構築する上で、アンディ・サマーズのキャリアからくる卓越した技術に支えられたギター・サウンドは、バンド・アンサンブルの中で欠かせないものだった。

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