バカ丁寧化する日本語 敬語コミュニケーションの行方 光文社新書

野口恵子

基本情報

ジャンル
ISBN/カタログNo
ISBN 13 : 9784334035198
ISBN 10 : 4334035191
フォーマット
出版社
発行年月
2009年08月
日本
追加情報
:
18cm,254p

商品説明

“日本語の丁寧化”が進むなか、人はなぜ敬語を使いたがるのか。どんな敬語が正しいのかなど、コミュニケーションの行方を考える。

敬語について考え始めると、さまざまな疑問が出てくる。これらの問いの答えをさぐるために、日常生活の中で出会う現代日本語の敬語に耳をすまし、敬語を使う人々を観察してみようと思う。(「はじめに」より)
「〜させていただく」という言葉に象徴されるように、現在、日本語の丁寧化という波が押し寄せている。丁寧化はなぜ進んだのか。時代や社会の動きとともに変化する日本語は、これからどう変化するのか。日本語教師として、外国人の日本語学習者に、日本の大学生に日々接する著者が、敬語を中心としたおかしな日本語≠ノ着目し、日本語の本来の使い方、そして私たちのコミュニケーションのあり方を考える。


【目次】
はじめに
第一章 させていただきたがる人々
第二章 現代敬語考――尊敬表現を中心に
第三章 現代謙遜語考
第四章 敬語使用と想像力
第五章 変わるコミュニケーション
おわりに

<野口恵子>1952年愛知県生まれ、東京育ち。日本語・フランス語教師。青山学院大学文学部フランス文学科卒業後、パリ第八大学に留学。フランス語通訳案内業として働いた後、1990年より大学非常勤講師。仕事をしながら放送大学卒業、東京大学大学院総合文化研究科博士課程単位取得退学。現在、文教大学、東京富士大学、東京農工大学、国立看護大学校で教えている。著書に『かなり気がかりな日本語』(集英社新書)がある。

内容詳細

「〜させていただく」という言葉に象徴されるように、現在、日本語の丁寧化という波が押し寄せている。丁寧化はなぜ進んだのか。時代や社会の動きとともに変化する日本語は、これからどう変化するのか。日本語教師として、外国人の日本語学習者に、日本の大学生に日々接する著者が、敬語を中心とした“おかしな日本語”に着目し、日本語の本来の使い方、そして私たちのコミュニケーションのあり方を考える。

目次 : 第1章 させていただきたがる人々(「させていただく」は耳障りか/ 「させていただく」はだれに対して謙遜し感謝の意を表しているのか ほか)/ 第2章 現代敬語考―尊敬表現を中心に(私たちは八五郎の敬語を笑えるか/ 敬語の不統一とは何か ほか)/ 第3章 現代謙譲語考(謙遜するとはどういうことか/ 目上の人に向かって「ご紹介してください」と言うのはなぜおかしいのか ほか)/ 第4章 敬語使用と想像力(デジタル的、アナログ的言語コミュニケーションとは何か/ マニュアルどおりに応対する従業員に合わせて、客のほうも、想定される「客のためのマニュアル」に沿った受け答えをせざるを得ないのか ほか)/ 第5章 変わるコミュニケーション(周りを観察しない人、自分を客観視できない人に、他者への敬意を行動で示すことができるか/ 「させていただきたがる人々」は、実は「させていただきたがらない人々」だったのか ほか)

【著者紹介】
野口恵子 : 1952年愛知県生まれ。東京育ち。日本語・フランス語教師。青山学院大学文学部フランス文学科卒業後、パリ第八大学に留学。フランス語通訳案内業として働いた後、’90年より大学非常勤講師。仕事をしながら放送大学卒業、東京大学大学院総合文化研究科博士課程単位取得退学。現在、立教大学、東京富士大学、東京農工大学、国立看護大学校で教えている(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです)

(「BOOK」データベースより)

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私にとって、ら抜き言葉はまだ許せますが、...

投稿日:2018/12/26 (水)

私にとって、ら抜き言葉はまだ許せますが、「させていただく」は大変耳障りです。が謙譲の気持ちを強く込められる」と考えて特に若者はよくこの「さ付き言葉」を使うようです。そこで本書でも第3章.現代謙譲語考で謙譲表現について詳しく論じています。謙譲語嫌いの私は本気で読みました。自分を下げて相対的に相手を持ち上げるなんて処世術のマニュアルのようでいやらしいです。第4章の”「です・ます」の形も、丁寧語という立派な敬語だ。ソ敬語や謙譲語を適切に用いつ地震がなかったら丁寧語だけにしておけばよい。”と、第5章の”よくわからなければ、無理に敬語は使わない。同じ心を砕くのなら、複雑な言い回しを使おうとして間違えるより、シンプルな表現と笑顔で対応したほうが、相手への敬意は伝わるものだ。”にはわが意を得たり」と膝を叩きました。

ガメラ さん | 群馬県 | 不明

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読書メーターレビュー

こちらは読書メーターで書かれたレビューとなります。

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  • 奥澤啓 さん

    日本語のバカ丁寧化の勢いがとまらない。最近耳にした例をいくつか。テレビのグルメ番組で、「この虹鱒のムニエルはレモンの酸味が風味を添えていらっしゃる」。料理の味に尊敬語を使うか!食事の前の「いただきます」を「いただかせていただきます」と言うのを聞いたぞ。かなり増えたと感じるのが、「家内がおっしゃっていたのですが」のように、身内に尊敬語を使う例。身内は低めていうもの。「申していたのですが」が正しい。そして学生位の世代では友達同士で敬語を使うようだけれど私は受けいれられない。気持ちが悪い。普通に話せばよろしい。

  • 奥澤啓 さん

    (続き)「貸し出しカードございますか?」と聞くので、私は思わず「お持ちですか?」ですよと、口にした。ベテランのアナウンサーが、「明日は天気がよくなって参ります」と言うのを聞いたこともある。この「参る」は間違いだと思う。天気予報に基づいて気象状況の性質の蓋然性を言いたいのである。(すみません衒学的で)。「明日は天気がいいでしょう」、あるいは「今日は天気が悪いものの、明日はよくなるでしょう」という解釈になるか。そうすると「なる」と「参る」という動詞のアスペクトも考えなければならない。この位にしておきます。

  • 奥澤啓 さん

    第三子を妊娠中の女優の小雪が、「親になって初めて人間にさせていただいた」との発言を聞いた時には、一瞬、何を言いたいのか理解できなかった。「子どもを持って人間的に成長した」と言いたいのであろうと解釈した。問題は「させていただく」を使う時の意識なのだ。こういう問題は、あまり理詰めで考えているとバカバカしく思える時もある。とはいえ使い方に差がありすぎると、何を言いたいのか理解できなくなる。「ございます」と「参る」も一人歩きをはじめていはしないか。地元の区立図書館のカウンターで、三十才位の女性が(続く)

  • 奥澤啓 さん

    著者野口恵子氏は日本語とフランス語の教師であり奇妙な敬語のさまざまな実例をユーモアをまじえて分析していく。その手腕は見事だ。バカ丁寧化の勢いはとどまるところをしらない。このまま奇妙な敬語が蔓延していくと、日本語が生身の人間の情感がつたわらない人工語のようになっていくような気がする。 最後に信じがたい悪例をあげる。「ご希望いただいた方に、タウンページをお届けさせていたします」NTT東日本の印刷物にあった実例である。これは日本語ではない。「御希望の方に、タウンページをお届けします」これですっきり簡潔になる。

  • 奥澤啓 さん

    言葉は変化する。変化しない言葉はない。それは当たりまえのことだ。しかし、ここ20年ほど前からの日本語の揺れはすさまじい。特に敬語においてそうだ。「させていただく」の濫用は誰しもきづいているはずだ。「拝見しました」を「拝見させていただきました」とする類だ。「拝見する」は「見る」の謙譲語。「させていただく」という謙譲表現を重ねることで自身の行為に二重に謙譲意識をはたらかせるという奇妙な現象がおきている。結果として「拝見しました」は謙譲語ではなくなりつつある。日本語の規範性のゆるさについて考える。

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野口恵子

1952年愛知県生まれ、東京育ち。日本語・フランス語教師。青山学院大学文学部フランス文学科卒業後、パリ第八大学に留学。放送大学「人間の探究」専攻卒、東京大学大学院総合文化研究科言語情報科学専攻博士課程単位取得退学。フランス語通訳ガイドを経て、’90年より大学非常勤講師。文教大学、東京富士大学、国立看

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