小野和子 (民話採訪者)

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小野和子 (民話採訪者)

基本情報

ジャンル
ISBN/カタログNo
ISBN 13 : 9784991131004
ISBN 10 : 4991131006
フォーマット
発行年月
2019年12月
日本
共著・訳者・掲載人物など
:
追加情報
:
357p;21

内容詳細

目次 : 第1部(オシンコウ二皿ください/ 石のようになった人/ わたしの「友だち」/ かのさんのカロ/ はるさんのクロカゲ/ ひと山越えても鹿おらん/ エゾと呼ばれた人たち/ みはるさんの『冬の夜ばなし』)/ 第2部(寂寞ということ/ 「捨てる」ということ/ 母なるもの、子なるもの/ 「現代の民話」について/ 一粒の豆を握る・一粒の豆を見失う/ 「ふしぎ」の根をさがす/ 山の民について―猿鉄砲のむかし/ 浜で出会った人たち/ ゆめのゆめのサーカス)

【著者紹介】
小野和子 : 民話採訪者。1934年岐阜県生まれ。1969年から宮城県を中心に東北の村々へ民話を求めて訪ね歩く民話採訪を一人で始める。1975年に「みやぎ民話の会」を設立し、現在は同会顧問(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです)

(「BOOK」データベースより)

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読書メーターレビュー

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  • みつばちい さん

    NHKこころの時代で小野さんのことを知り、購入。現在87歳の小野さんが35歳から一人で民話採訪を始め、その間に聞いた民話や思い、気付きなどを紡いだ一冊。テレビもこの本も素晴らしい内容で、是非とも多くの人、特に語りを学ばれる方に読んで欲しい。民話というものが苦しい立場にいた人々の願いや生きる支えとして生まれて語り継がれていったこと、民話の種は今だって生まれていることを知った。自分の中の民話・昔話への捉え方が変わった。人の話に耳を傾ける、聞くと言うことは古い自分を打ち捨てていくこと、自分自身を変革すること。

  • 昭和っ子 さん

    著者の栽話への憑かれたような情熱には、やはり「終戦」にまつわる幼少時の思いがあるようだ。著者の年齢は私の親世代だが、皆働く事に忙しそうな人ばかりだった(そのお陰で今日の繁栄がある)。著者は心のままに彼らに代わって、断絶された昔の縁を求めて歩き回ってくれた人なのだろう。集められたお話は、投げつけられた断片のようなものばかりだが、語り手と聴き手の深い交わりの中から、驚くような深みを持って意味が立ち現れる様が記録されていた。

  • べる さん

    「子どもの頃に聞いて覚えている昔話があったら、聞かせてくださいませんか」肩書きも職業もない四十歳の女性がノートを持ってふらりと訪ねる。宮城県の小さい集落から始まった筆者の五十年に及ぶ民話採訪。口と耳だけで営まれた物語世界。背景には必ずそれを語ってくれた死者がいて、その人への思いがあるから「言葉」は命をもって昔と今を繋ぎ、無限の未来を生きる。語り継ぐ間に欠落や取違えなどの変化があって語り手の暮らしが見える面白さもある。違う話でも、魂の繋がりを信じる心がある日本人の共通性が見えてじーんとくる話もあった。深い。

  • チェアー さん

    民話の採集は語り手の生き様に入り込むことなのだと思う。語り手は民話に乗せて、自分の人生を語る。聞き手は民話みだけでなく、人生をまるごと受け止めながら聞く心を持っていなければならない。文章がやわらかく優しい、なのに時折厳しく感じられるのは、多くの人生を受け止め、重みを常に感じて生きてきたからなのだろう。読むべき本。

  • hitotak さん

    自らが農村や山間の集落を歩いて集めた民話、それを語ってくれたお年寄り達のエピソード、著者の民話論などがまとめられている。民話以上に「苦労話ならいくらでも語れる」という語り手たちの人生に引き込まれる。飼っていた犬や一緒に働いた馬との別れを涙を流して語るおばあさん達の話は読んでいるこちらも泣けてきた。また、北朝鮮の日本人拉致についての地元の噂や震災の体験談に新たな民話の芽があるという著者の主張に頷くところもあった。被災地で語られていた死者を乗せたタクシー、行方不明者が夢枕に立つ話などは正に現代の民話だろう。

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