特攻文学論

井上義和

基本情報

ジャンル
ISBN/カタログNo
ISBN 13 : 9784422300818
ISBN 10 : 4422300814
フォーマット
出版社
発行年月
2021年08月
日本
共著・訳者・掲載人物など
:
追加情報
:
232p;19

内容詳細

「泣ける」特攻物語の隆盛から、日本社会の変容を描く、今までにない戦争文学論。

目次 : はじめに―特攻の物語のどこで号泣するのか?/ 第1章 遺書から文学へ―感動の再現性の探究/ 第2章 継承のメディアとしての特攻文学/ 第3章 感動のメディアとしての特攻文学/ 第4章 死んだ仲間と生き残り―鶴田浩二と戦中世代の情念/ 補章 否定と両立する包摂へ―『未来の戦死に向き合うためのノート』をめぐる対話/ おわりに―「同期の桜」と「春よ、来い」を聴きながら

【著者紹介】
井上義和 : 1973年長野県松本市生まれ。京都大学大学院教育学研究科博士後期課程退学。京都大学助手、関西国際大学を経て、帝京大学共通教育センター教授。専門は教育社会学、歴史社会学(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです)

(「BOOK」データベースより)

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読書メーターレビュー

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  • たまきら さん

    「あの花(以下略)」と「永遠の0」への強烈な違和感を書いたとき、やはり同じお気持ちだった方の感想からこの本に出会いました。いや、感謝です。冷静でていねいに分析された「感動の再現性」は、ぜひ身に着けたい心理的な武装です。また、先日読んだ「アリの放浪記」で言及される社会性昆虫の「自己犠牲」と、特攻や自爆テロがちらりとかぶりました。ヒト社会はアリ社会のように個人を超個体(国という生き物になるのかな)の一細胞と定義してはいけない。強制してもいけない。そして様々な考えを持つ人と共存する広い心を持って行くべきです。

  • マカロニ マカロン さん

    個人の感想です:B+。『あの花』(汐見夏衛)読書会の参考本。昭和の終焉期にようやく当事者達が特攻作戦について語り始めた。終戦直後に戦争体験者が書いた小説以降途切れていた特攻文学が1990年以降小説、映画、舞台で発信されてきた。戦争体験の継承には「差し出す者」と「受けとる者」という非対称な関係がある。生き残って語る者には「生き恥」、「死に損ない」という自虐的な思いがある。特攻文学や映画等には「もう負けは明らかだが、戦術ではなく、守るべき何かのために死にに行く」という理屈ではない熱、妄想が通底していると思った

  • 無重力蜜柑 さん

    挑戦的な傑作。『永遠のゼロ』を筆頭とする「泣ける」特攻文学とその系譜に着目し、戦後日本における戦死者の「包摂」(の失敗)の歴史を記述する本である。人文学で「泣ける」特攻文学を扱うとなると、ナショナリズムとの関連で戦争の記憶の風化だの歴史の修正だの軍国主義の復活だのを論じ警鐘を鳴らす――そういう内容が当然予想される。だが、本書はそうした戦後人文学の正統に対する一種の強烈なアンチテーゼとなっている。それも特攻文学の単なる文献学的、表象文化論的な読解にとどまらず、そこから来たるべき戦死者包摂の構想を打ち出す。

  • Tamler さん

    著者は「リベラル」を眼の敵にしている。このスタンスが胡散臭い。安っぽいネトウヨ本でも読んでいる感じになった。著者は「リベラル」との違いを示したいがあまり、かえってナイーブな議論になっている印象。本書で読みごたえがあるのは鶴田浩二を扱った章のみ。それ以外はとくに印象に残らない。内容があっさり気味なので、全体的に薄味。個人的に驚いたのは『あの花が咲く丘で、君とまた出会えたら。』の新装版(2021)では削除された箇所があるという指摘。なぜかは書かれていないが、けっこう気になった。

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