96歳の求道者が奏でるバッハ
青木十良/J.S.バッハ:無伴奏チェロ組曲第4番
「80歳を越してようやくバッハがわかってきた。研究するなら逆行するのがいい」と、夢中で始めたバッハの研究と録音。第6番から逆行し、10年を経てようやく4番まで辿りついた青木十良のバッハ無伴奏録音。
「シゲティのようにシュワッと弾けるシャンペンのような音が出したい」と、音色には特にこだわって研鑚に励んできた彼のバッハ録音も5合目に到達しました。(Fine NF)
【収録情報】
・J.S.バッハ:無伴奏チェロ組曲第4番変ホ長調 BWV.1010
青木十良(チェロ)
使用楽器:Stefano Scarampella di Brescia 1912
録音時期:2009年4月22日〜24日
録音場所:所沢市民文化センターミューズ アークホール
録音方式:デジタル(セッション)
EXTRA TRACKS
・J.S.バッハ:ミュゼット(ガボット〜イギリス組曲第6番)SPより復刻、1955年録音
・ショパン:チェロ・ソナタより第一楽章(2006年6月、浜離宮朝日ホールで収録)
青木十良(チェロ)
竹尾(鳥井)耹子(ピアノ:ミュゼット)
水野紀子(ピアノ:ショパン)
「世界にこれほどチェロという楽器のA線(ばかりではないが)を美しく発音できるチェリストはほかにはないのではないか。」村上陽一郎
【青木十良(チェロ)】
1915年7月12日生まれ。生家は化学薬品の輸入貿易商で、兄弟姉妹はドイツ語やフランス語を学び、音楽や文学などに囲まれた環境に育った。15歳のころ、出入りのドイツ商人でクレングルの弟子でもあったアーノルド・フィッシャーからチェロの手ほどきを受けた。終戦の6か月前からNHKに入り、マルティーヌ、プロコフィエフなど数多くのチェロ作品の日本初演を行う。
その後、シュタフオンハーゲン弦楽四重奏団(近衛管弦楽団の首席で編成)で、ヒンデミット、ラヴェル、ブリテンなどの日本初演を行い、室内楽の分野でも新たな道を拓いた。1990年カルロ・ゼッキと組んだバッハのヴィオラ・ダ・ガンバ・ソナタ以来、演奏活動に拍車がかかり、「85歳を過ぎてこんなに勉強するとは思わなかった」とはじめたバッハの録音第一弾(無伴奏チェロ組曲第6番)をきっかに、メディアにも注目される存在となった。
2002年,2005年,2006年には「グレート・マスターズ」(紀尾井ホール)に出演し、美しさを極めた音色で多くの聴衆を魅了した。現在にいたるまで桐朋学園を中心に、チェロと室内楽などの指導にも力を注ぎ、優れた音楽家を数多く育てている。2006年、第16回新日鉄音楽賞(特別賞)を受賞。2009年、ミュージック・ペンクラブ音楽賞(特別賞)を受賞。
「80歳を越してようやくバッハがわかってきた。研究するなら逆行するのがいい」と、夢中で始めたバッハの研究と録音。第6番から逆行し、10年を経てようやく4番まで辿りついた。
「弦楽器は音で参っちゃったです。感激したのはシゲティのベートーヴェン・アーベント」
原子物理学を志していた15歳の青木少年が、弦楽器の音に目覚めた瞬間である。
「シゲティのようにシュワッと弾けるシャンペンのような音が出したい」と、音色には特にこだわって研鑚に励んできた。さらに、弦楽器は、演奏空間と一体となってこそ本来の響きとなる、というのが青木の持論。ホールの響き、特に残響には徹底的にこだわって録音会場も厳選してきた。
三作目となる第4番は、2000人収容の所沢のミューズ アークホールで収録した。一作目の第6番は東京近郊の教会のようによく響く旧後藤美術館、つづく5番は525人収容で室内楽ホールとして響きに定評のある浜離宮朝日ホールでの収録だったので、収録会場はだんだん大きくなった。
「4番は山に譬えれば谷川岳。アルプスの高峰を制した名登山家でさえ、常に滑落の危険に晒される魔の山。弾き手の対応力と創意工夫が試されます。一見、無機質のようで、噛めば噛むほど味が出る作品なんです」と4番についても研究をとことん重ねてから録音に臨んだ。
エクストラ・トラックには、J.S.バッハのミュゼットを入れた。78回転のSP盤からの復刻で収録は1955年。青木十良というとチェロ、あるいは室内楽などのアンサンブルの指導者として現在は名が通っているが、この演奏から終戦の直前にNHKに嘱託として採用され、毎週のように生演奏で放送をつづけ、初演も数多くしてきた生粋のソリストであることがうかがい知れる。このSP収録の前年1954年には、ピエール・フルニエが初来日し滞在のホテルで演奏を聴いてもらっている。右手を押し込むボウイングが周囲には多かったが、「あなたのボウイングで良い」と言われ自信をもったという。
もう一曲ショパンのソナタの第1楽章をエクストラ・トラックの2曲目として入れたのは、ともすればチェロがピアノに埋もれがちなこの作品において、ピアノとの絶妙のバランスと両者に共通する目映いばかりの音色をお聞きいただければとの思いからである。
青木十良は良く弟子たちに警告を発している。「音楽は演奏する人間をさらけ出す。技術ばかり磨くと悲劇が起こる。もっと自分自身を磨きなさい」と。
そして青木十良がチェロ人生で最後にたどりついたのが、エレガンス=自尊である。青木十良は2011年7月12日に満96歳を迎えるが、CDと同時に著作「チェリスト、青木十良」(大原哲夫著、飛鳥新社刊)が出版される。また、ドキュメンタリー映画も年内に上映される見込みである。(Fine NF)