【中古:盤質A】 戴冠式ミサ カラヤン&VPO(1985、ヴァチカン)
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山葵 | 神奈川県 | 不明 | 2010年04月15日
比較的ゆったりとしたテンポの演奏。特別優れた演奏とは思わないが、悪い演奏でもない。音質は環境的にもいまひとつ。 これはモーツァルトの戴冠式ミサを鑑賞すると言うよりも、カラヤンとヴァチカンミサのコラボの貴重な映像と捉えた方がよい。 ミサでの演奏のため各楽章の間に聖歌等が入る。キリスト教の聖歌は日本の仏教の声明(しょうみょう)に大変似ている。どちらも聴いていると厳かな気持ちになれる。 1985年録音同年頃にウィスキーのCMで「オンブラ・マイ・フ」を歌い日本で一世風靡したキャスリーン・バトルが懐かしい。1人の方が、このレビューに「共感」しています。
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烏 | 広島県 | 不明 | 2009年12月17日
前教皇ヨハネ・パウロ2世が執り行うヴァチカンのサン・ピエトロ寺院でのミサ。カラヤンにして一世一代のハレの場だろう。1985年の収録だから、この時カラヤンは77歳の喜寿か。背筋もピンと伸びて、実に堂々たる指揮ぶりだ。バトルをはじめとしたソリスト陣の歌も素晴らしい。ウイーン・フィルの音楽も荘厳。音質は、こうした条件であることを考慮に入れれば、かなりいい方だろう。画質もまずまず。なによりも、きわめて貴重な記録だ。1人の方が、このレビューに「共感」しています。
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ひのき饅頭 | 愛媛県 | 不明 | 2006年10月13日
神と対峙する場合、西洋という皮膚感覚が血肉と化した者は、完璧であろうとするか、跪くか。この「音」を聴けば、大多数のカラヤン批判・賞賛は「彼の本質とは何のかかわりも無い大量生産された無償の言説」とされても仕方が無い。彼が何故表層に全てを賭けたのか?人間的な表現を技術的な欠陥として切り捨てたのか?この演奏は語ってくれる。本心を偽装することで生き長らえたモーツァルトの音楽を借りた、政治的・文化的に利用し尽くされた個人の「告白」の聖と邪。彼は神の前で謙虚であったようだ。音楽とは人を聴く行為、全くそのとおりだ。0人の方が、このレビューに「共感」しています。
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