トップ > 音楽CD・DVD > ニュース > クラシック > 「やったが勝ちのクラシック」

「やったが勝ちのクラシック」 許光俊の言いたい放題へ戻る

%%header%%閉じる

%%message%%

2006年12月26日 (火)

連載 許光俊の言いたい放題 第69回

「やったが勝ちのクラシック」

 早いもので私も来年41歳になるが、油断しているとどんどん枯れそうな気がして怖い。日常的に若い人間と接しているため、幼稚なところはあいかわらずだが、肝心の生気が抜けてしまいそうなのである。年々温泉も好きになってきたことだし、三島由紀夫が45歳で腹を切ったのが何となくわかってきたし、これはヤバい。
 しかし、いい歳しても何くそと発奮して結果を出す人たちもいる。やはり世の中、やったが勝ちなのだ。恥ずかしかろうが、失敗しようが、やらなくては始まらない。ならば、うんと往生際の悪い人間になりたいものだ。
 そこでまずは、いいかげん歳のいった人が発奮したクラシックCDを。

@ヴェルサイユの調べ〜マリー・アントワネットが書いた12の歌
 池田理代子(ソプラノ)、蒲谷昌子(ピアノ) キングインターナショナル
 フランス革命の際にギロチンで処刑されたマリー・アントワネット。彼女が作った歌が残っていた。それも12曲も。こういう企画はたまゆらレーベルならではだ。
 イメージ通り、いかにも宮廷風の雅な音楽である。歌っているのは『ベルサイユのばら』の作者、池田理代子。44歳で歌を習い始めた彼女だが、そのパワーには素直に感心する。有名漫画家であることが有利に働く面もあったと同時に、世間の冷笑もあっただろう。天性の才能があったのか、努力があったのか、ともかくちゃんと聴ける歌になっているのだから偉い。蒲谷昌子のピアノがなかなか繊細で美しい。

Aベートーヴェン 交響曲第4番、ピアノ協奏曲第4番 
 樋口隆一指揮明治学院バッハ・アカデミー合奏団(フォルテピアノ:渡辺順生) 明治学院サービス
 音楽学者、音楽評論家の樋口隆一氏のCD。
 樋口氏(知り合いなので呼び捨てにはしにくいです)は、数年前、「このままだとおとなしく枯れていってしまう気がする。それは嫌だ」と、真っ赤なアルファ・ロメオを買った。以来、明らかにボルテージが上がっている(そんな御利益があるなら、私もアルファにしたい)。ここ数年は指揮活動に熱中しているようだ。氏はドイツ留学時代、指揮を学んだ。シュトゥットガルト近辺にいたため、チェリビダッケやギーレンの影響も受けたという。それもあってか、交響曲の序奏はびっくりするほど遅かったりする。ちなみにフォルテピアノの渡辺氏はずっと前から古楽器を弾いてきたが、実はフルトヴェングラーを熱愛しているとかで、このソロもロマンティックだ。特に第2楽章などはきわめてファンタジックで、もしかしてベートーヴェンが盲目の少女の前で「月光」ソナタを弾いたとしたらこんな感じなのかなと想像させてくれる。ここでのオーケストラの暗い響きもいい。日本の演奏家としてはちょっとびっくりするくらい黒っぽい、ヨーロッパの闇っぽい響きがしているのだ。

Bリヒャルト・シュトラウス「英雄の生涯」 
 ラトル指揮ベルリン・フィル EMI
 最近私はラトルに対して辛辣だが、この演奏はあまりの怪しさゆえ、取り上げる価値がある。まず最初、「え、これがベルリン・フィル?」と耳を疑うほど情けない響きがしている。あのチェロ、コントラバス軍団はどこへ行ったかといぶかるほど迫力に乏しいのだ。以後も生気がない音楽が続き、さすがの絶倫指揮者+絶倫オケもお疲れかと思わせる。フォルティッシモとピアニッシモがほとんど変わらない音量という、極度にダイナミックレンジが狭い録音にも唖然とさせられる。楽器のクローズアップもはなはだしい。車や電車の中で聴くのにはいいだろうと嫌味のひとつも言いたくなる。
 だが、我慢して聴き続けたまえ。「英雄の業績」から突然音楽がデロデロと粘り始める。とはいえ、まだ序の口だ。すごいのは曲尾の数分間で、このネチネチぶりに至っては異常とすら言ってよい。音楽が完全に止まってしまい、先へ進まなくなる。こんなことはチェリビダッケもエッシェンバッハもやらなかった。中年の乱心なのか? はたまた燃え尽き症候群なのか? ともかく尋常でない不気味な雰囲気が漂う。オケがうまいから崩壊しないが、一歩間違えるとアマチュアのへたくそな指揮のような感じもするほど。ここまで来ると、「もしやとんでもない終わり方をするのでは?」と最後が楽しみでたまらなくなる。まるで新奇なコンセプトの現代芸術のように思えてくる。
 だいたいこの曲は、幸福なしかしはかない余韻をもって終わるのだが、この演奏はそうではないとだけ言っておこう。あまりに気持ちが悪いので、チェリビダッケとシュトゥットガルト放送響のCDを少しばかり聴いて口直しをしたほどだ。こちらも確かにとても遅い。しかし美しい。もしや、ラトルはこういう演奏がやりたかったのか? それならもっともうまくやれたはず・・・謎は深まるばかりだ。
 いやはや、実に怪しい。生で聴いたら、いやCDで聴いてもいったい何が起きたのかとドキドキできる演奏である。ちなみに、いっしょに収録されている「町人貴族」はいたって端正で、奏者の名技が楽しめる。だからこそ、「英雄の生涯」がいよいよ怪しいのだ。

(きょみつとし 音楽評論家、慶応大学教授) 


⇒評論家エッセイ情報
※表示のポイント倍率は、
ブロンズ・ゴールド・プラチナステージの場合です。

featured item

ヴェルサイユの調べ-マリー・アントワネットが書いた12の歌: 池田理代子(S)

CD

ヴェルサイユの調べ-マリー・アントワネットが書いた12の歌: 池田理代子(S)

価格(税込) : ¥3,143
会員価格(税込) : ¥2,892

発売日:2005年11月02日

  • 販売終了

%%header%%閉じる

%%message%%

featured item

『英雄の生涯』『町人貴族』 ラトル&BPO

CD 輸入盤

『英雄の生涯』『町人貴族』 ラトル&BPO

シュトラウス、リヒャルト(1864-1949)

ユーザー評価 : 5点 (5件のレビュー) ★★★★★

価格(税込) : ¥3,179
会員価格(税込) : ¥2,767

発売日:2006年01月07日

  • 販売終了

%%header%%閉じる

%%message%%

featured item

オレのクラシック

本

オレのクラシック

許光俊

ユーザー評価 : 3.5点 (6件のレビュー) ★★★★☆

価格(税込) : ¥1,760

発行年月:2005年07月
通常ご注文後 2-5日 以内に入荷予定

  • ポイント 1 倍
    欲しい物リストに入れる

%%header%%閉じる

%%message%%