2006年11月、デビュー・アルバム『Start To Move』をひっさげて、彗星の如くジャズ・シーンに登場した、カナダはトロント出身のエリザベス・シェパード。自身でピアノ、ヴォーカル、作詞・作曲をこなすマルチな才能に加え、マイルス・デイヴィス、クリフォード・ブラウン、ハービー・ハンコックらの有名ジャズ・スタンダードを新しい解釈でパフォーマンスする柔軟なアプローチに多くの注目が集まった。サンプリングを交えたユニークなメソッドを挟みつつも、ドラムス、ベース、三位一体のトリオ・パフォーマンス、そのおもしろさの極みをしっかり味わい尽くしているからこその「トリオ」名義へのこだわりをも見せる。それは、ジャズの持つ伝統性への最大級のリスペクトとも言えるだろう。
モーツァルト、ジョージ・マイケル、スティーヴィー・ワンダーといった名前を挙げながら、様々なジャンルの音からの影響を語る彼女。その影響は、ファイヴ・コーナーズ・クィンテットやジャザノヴァ、クオンティックといった同時代のダンス・ジャズ・アクトらとの交流によって、さらに進化を遂げたジャズ・サウンドとして具現化されていった。「クラブ・ミュージックは素晴らしいし、踊るのも大好き。でも、ダンス・ミュージックの反復性と、ジャズのアドリブ性を調和させる良い方法があったらと、いつも思ってるの」。
80年代にアシッド・ジャズを標榜した首謀、ジャイルス・ピーターソンが、彼女のデビュー作を大絶賛した理由も簡単に頷ける。彼女の作品には、当時のアシッド・ジャズ諸作が持っていた「前向きな」ヴィンテージ感がある。「温故知新」というような言葉でなぞらえきれない、何か、マジカルな新旧エッセンスの協調性も感じさせる。それらは、ややもすると付いてまわる「プレイヤー側の堅苦しい求道性」というバランスの悪さを排除した、真にフラットな姿勢で音楽にのめりこむ、シェパード、ジャイルス両者のピュアな感性からにじみ出ているものに他ならないだろう。ジャイルスは、彼女の方法論に
舌を巻いたのではなく、彼女自身からにじみ出るピュアでパースペクティヴな感受性にシンパシーをおぼえた。そう思えてならないのだ。
傑作『Start To Move』、そして、Bサイド集『Besides -Remixes & B Sides』に続き、いよいよリリースされる新作『Parkdale』。プロデューサーには、UKジャズとスピリチュアル・ジャズを現代的に再構築してみせた傑作『Everything Under The Sun』が方々で賞賛された、UKが誇るサウンド・クリエイター、ノスタルジア77ことベン・ラムディンを迎えている点も見逃せない。両者の感性が共鳴した素晴らしい1枚となったことは、想像に難くないだろう。
表現の振り幅もより広がりをみせ、カナダ・ミュージック・シーンの先達、ジョニ・ミッチェルやジノ・ヴァネリの世界観を浸透させたかのような楽曲なども楽しめる。また、モーダルな7拍子ダンス・チューンとなったタイトル曲や、オスカー・ブラウンJr.、ディジー・ガレスピーのカヴァーなど、前作に引き続いた、「大いなる遺産」への柔軟でフレッシュなアプローチにもますます冴えをみせる。
エリザベス・シェパード。彼女のピュアな感性は、クラブ・ジャズとオーセンティック・ジャズ、両者のギャップを確実に埋めてゆく。