| 世界を旅する旅人音楽家として第一人者でなかろうかライ・クーダーの作品はどれも素晴らしい。数あるマスターピースの中から選んだこのアルバムはハワイのスラックキーギターのレジェンドGabby Pahinuiに捧げたもの。十年前にNepalを旅したときにこのアルバムに出会い、表題曲A meeting by the riverを聴きながらヒマラヤへのトレッキングに勇んで歩を進め、昇る朝日を見ながら彼が師に捧げたIsa Leiを聴き号泣した思い出深い一枚。 |
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| ブラジルが世界に誇るマスターパーカッショ二スト、ナナ。僕の勝手な想像ですが、きっと神話の世界に出てくる動物のような人なのでしょうね。魂が美しく神聖なのが音に出て伝わってくる。ブラジル国内外問わず数々のミュージシャン達との共演だけでなく、知的障害者達とのリズムワークショップ等彼にしかできない活動を続けるパイオニア。パーカッションは言葉ではなく、しかし時に言葉以上に何かを伝えるコミュニケーションツール。神聖が故に美しいだけでなく時としておどろおどろしい、死に向かいながら生きることを言葉を通さずして語る正にストーリーテラー。 |
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もう一つブラジルから。ブラジルは正に宇宙が融合している場所であり、人種のルツボだ。ということはその分同じたけ音楽にも多様性がある。MPBやボサノバ、バイレファンキ等素晴らしい音楽は数あれど私的今最も旬なアーティストを挙げるならばこの人のこの作品。超オリジナルな世界観?宇宙観?に溢れるこのアルバムにはハイテクノロジーと伝統が絶妙に同居していて聴く者に歩く力を与える。ブラジルはとにかくデカい。大陸だ。日本縦断位の軽い気持ちで乗ったバスに30時間近く揺られて滅入ったことがある。長旅のお供に。歩くことに疲れた人にオススメ。 |
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 | | 『trance of seven colors』(入手不可) Maleem Mahmoud Ghania with Pharoa Sanders
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| 確かミレニアムの頃。広島県の宮島で開催された聖なる音楽祭。青春18切符で乗り継ぎ現地へ乗り込んだ僕は、富士山のreturn to the sourseで洗礼を受けて以来トランスパーティー全盛のなか、生身の人間が興ずるホントのトランスミュージックを初めて体感したのでありました。バックステージから観た彼等の演奏は音楽がいかに祝祭たるやを教えてくれました。それ以来パッたりと打ち込み音楽を聴かなくなり、今はバランス良く何でも聴きますが、当時の僕にとってそれ以上の擬似昇天体験はないというほどの衝撃だったことは確かです。多幸感に溢れる音を浴びたのです。 |
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僕が出会ったもう一つの祝祭のリズムがキューバのサンテリーアのバタドラムでした。アフリカのヨルバ発祥でキューバで起きた黒人宗教ですが、NYサルサができたように同じくNYでjazz等の都会的エッセンスと融合しながらこんな作品ができていくわけです。サンテリーアの司祭である彼のこの作品は、前作bembeの儀式音楽から一遍して都会的ラテンジャズチューン溢れるなか、ウッドベースとピアノが入る洒落たジャジーな冒頭から始まり9分を越えるセッションを経て〜。またまた多幸感溢れる音のシャワーとなっていくのです。ナチュラルエクスタシー。命の教育が足りない現代人には良い入り口なのでは。 |
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| 敬愛するジェリーの作品。RUMBA。ルンベーロという生き方というか哲学のようなものがあり、ブラジルのカポエイラと通ずるものがあるように個人的に感じていますが、社交場というのはコミュニティのなかで人間形成されていく云わば町内会の御神輿みたいなもんでして真に粋でありんす。コンガ奏者=コンゲイロであり素晴しいジャズトランペッターの彼がこの作品ではフラメンコと融合しています。スペイン、アフリカ、キューバ間の植民時代をリズムは海を越え形を変えながら時には逆輸入され発展を繰り返し、ニューヨリカンの彼の作品の中でまた融合する。壮大な浪漫があります。music is peace! |
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| 一遍してこちらレゲトンの神様みたいなテゴ様。バンドメイトであり素晴しいDJでもあるイズポン氏に教えてもらって以来ヤミツキの一枚。スペイン語のライムが脳裏に絡みつくです。日本でいうところの山仁さんや我らが鎮座DOPENESSです。アメリカ遊学時代にジャズ史の授業がありまして、そん時の先生はお爺さんでしたが、HIP HOPはJAZZの新しい形だ!と力説してました。Bob Marley & the wailersのIshot the shelifのイントロをかけてこれもJAZZだぁっ!と教壇で腰を振っていました。日本に必要な教育は正にそれだと思います。ブラジルのD2やこのテゴ氏の様にルーツである伝統リズムを織り交ぜながら新式を創るはワクワクします。 |
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| 僕の師であります。マスタードラマーでありメディスンマン。ママディケイタやドゥドゥンジャヤローズと同じように素晴しいスピリットのメッセンジャーです。この人の音楽を聴くと病気が治ります。ホントです。人間を薬漬けにする西洋医学よりも、東洋医学と彼等の奏でるエナジーミュージックがあれば人はもっともっと元気に楽しく生きられるはず。アジャさんの手はドラマーでありながら赤ん坊の手の様に柔らかくしなやかでした。そこが他のアフリカンドラマーと違うところでした。沢山のガイダンスと今なお生きている言葉たちを残してこの日本で亡くなりました。Zimboo Zin。僕が音楽を続ける糧です。 |
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| アフリカ音楽への愛は語り尽くせぬものがあります。くだらん軍隊愚民教育を受けて育ち、旅と葛藤を経て今日をなんとか生きている僕よりも、生まれたばかりの頃の僕に聞いた方があっさりと答えてくれることでしょう。アフロビートバンドをやりつつ、それ以前もそれ以降もアフリカンミュージックファンです。ピグミーのうたでもなく初めてコンゴトロニクスを聴いた時の衝撃でもなく、フェラクティやトニーアレン、キングサニーアデより以前のナイジェリア大衆音楽のコンピレーションをあえて紹介します。何故か懐かしいメロディー。昭和歌謡に通ずる郷愁があります。嗚呼腰が止まらない〜。 |
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| さあ、世界広しといえどここ日本にもネイティブスピリットを通して宇宙からのメッセージはちゃんと受け継がれています。北はアイヌの可愛らしいお婆ちゃん。もう亡くなってしまいましたが、晩年にOKI & dub AINU Bandのオキさん達とレコーディングされたマスターピース。初めて聴く人はこれどこの音楽?と思うこととおもいます。民族的な根の深い深い問題はさしおいて、試しにこの音楽を聴いてみれば、こんな生き方が正しいときっと思えます。もし異国の軍隊に核兵器を指し向けられても慈悲深い笑顔を添えて、さっさと自分の郷にお帰りなさいと言えるひとだったと思います。欲で上塗りされた世界よりも孫と一緒に手拍子打って唄うほうがそりゃいいに決まってる。なんか久し振りに婆ちゃんに会いに行きたくなる。そんな一枚。合掌。 |
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