かつてバーンスタインがマーラーの『復活』を演奏した映像作品により、その荘厳な姿がクラシック・ファンにも知られることとなったケンブリッジ近郊のイーリー大聖堂。中世に建築されたこの威容を誇る大聖堂には、レディ・チャペルと呼ばれる礼拝堂があり、祭壇にはミレニアムを記念してマリア像が設置されています。
有名な彫刻家デイヴィッド・ワインによって2000年に制作されたこのマリア像は、ユニークな外観によって賛否両論を巻き起こしています。派手な金髪のノーブラ風、しかも左足を前に出してバンザイ・ポーズという、マリア像の常識からはかけ離れた姿ですが、これは受胎告知され聖母になることを知った純真なマリアの素直な喜びを描いたものなのだとか。
この礼拝堂でセッション・レコーディングされたのが、今回のアルバム「けがれなき薔薇(A Spotless Rose)」です。15世紀のジョスカン・デプレやムートンから、現代のアデス、タヴナーまで、古今の聖母マリア讃歌13曲を集めた内容は、中世に建築され、現代のマリア像が祭壇に置かれるレディ・チャペルの在りかたにも一脈通じるものが感じられます。
演奏はポール・マクリーシュ率いるガブリエリ・コンソート。この団体は1982年にマクリーシュによって結成、1989年の『ヴェネツィアの戴冠』で注目を集め、1993年には『ヴェネツィアの晩課 』で英グラモフォン賞を受賞、モンテヴェルディやカヴァッリ、マリーニなどの作品を集めて美しい演奏を聴かせてくれていました。今回のアルバムは、そんな彼らの現在の姿を伝えるものとしても注目されるものです。
見事な表現力を有するここでのアカペラ歌唱は、すでに四半世紀を超える彼らの豊富な経験が反映されたものなのでしょう。礼拝堂の長い残響を伴い、恍惚の美しさから激しい昂ぶりまで自在に示される合唱の素晴らしいハーモニーは、人間の声の美しさの極致を示すものといえ、優れた音質により、聴き手を癒しと浄化の美で包みこんでくれます。
ここでは、【幸いなるかな天の女王】【天使は乙女に】【幸いなるかなキリストの母】【十字架の前で涙にむせび】【聖なるマリアよ、我らのために祈りたまえ】という5つの項目が設定されており、最初にマリアを讃えたあと、「受胎告知され」「キリストの母となり」「キリストの死に直面し」「人々のために祈りを捧げる」というマリアの生涯を13の作品で辿っています。
数百年の時を経ても変わることのない人の歌の美しさへの希求と聖母マリアへの賛美。中世と現代が併存する場所で録音された、古今さまざまな作曲家たちによる讃歌の数々を、長い歴史などに思いを巡らせながら味わってみたくなる凝ったアルバムの登場です。
【Ave Regina Coelorum(幸いなるかな天の女王)】
ジョン・タヴナー
[1944- ]
神の御母への賛歌
[03:32]
【Angelus ad virginem(天使は乙女に)】
ジョスカン・デ・プレ
[1450-1521]
アヴェ・マリア、清らかな乙女
[07:03]
イーゴリ・ストラヴィンスキー
[1882-1971]
アヴェ・マリア
[02:13]
ジャイルズ・スウェイン
[1946- ]
マニフィカトT
[03:54]
【Ave Mater Christi(幸いなるかなキリストの母)】
チャールズ・ムートン
[1626-1699]
8声のカノン『男を知らざる乙女なるみ母が』
[05:42]
作者不詳
(15世紀)
かくも麗しい薔薇はなし
[04:55]
ハーバート・ハウエルズ
[1892-1983]
けがれなき薔薇
[03:37]
トーマス・アデス
[1971- ]
フェアファックス・キャロル
[04:24]
【Juxta crucem lacrimosa(十字架の前で涙にむせび)】
ジョヴァンニ・ピエルルイジ・ダ・パレストリーナ
[1525-1594]
スターバト・マーテル(8声)
[10:51]
【Sancta Maria, ora pro nobis(聖なるマリアよ、我らのために祈りたまえ)】
ジェイムズ・マクミラン
[1959- ]
聖母マリアへの讃歌
[07:04]
エドヴァルド・ハーゲルップ・グリーグ
[1843-1907]
アヴェ・マリス・ステラ
[03:22]
アーノルド・バックス
[1883-1953]
神の御母よ
[12:06]
ヘンリク・グレツキ
[1933- ]
我はすべて汝のもとにあり
[11:36]
合唱:
ガブリエリ・コンソート
オルガン:ダニエル・ハイド(マクミランのみ)
指揮:
ポール・マクリーシュ
録音時期:2007年7月(デジタル)
録音場所:イーリー大聖堂、レディ・チャペル(セッション)
プロデューサー:クリストファ−・オルダー
エンジニア:ニール・ハッチンソン
15世紀〜97年(アデス)の作品を5部に分けて構成。声の美感を活かし切った浄化の世界への誘いには、水面に泡が沸き立つような立体感がユニークな「マニフィカト1」やリズムに捻りのある「フェアファックス・キャロル」などのモダンさも加わる。同一テーマに沿いつつ、どれもが独自の個性を刻印していることが素晴らしい。(ま)(CDジャーナル データベースより)