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mari夫 さんのレビュー一覧 

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     2017/12/05

    ストコフスキーのフィラデルフィア時代中心のBOX。ほぼ戦前の録音で20年代のものもあるから、いくら録音芸術に関心があったストコフスキーの録音といっても、限界はある。けれども、このコンビの黄金期の演奏の傑出ぶりは充分に伺い知ることが出来る。ストコフスキーの演奏には、アメリカの聴衆を意識したある意味ハリウッド的なロマンティシズムと、世代的な表現主義の傾向が混淆されているが、前者のために「色物」扱いされがちなのは残念、というかフェアではない。表現者としての凄まじさは、オケの力量とともに、この不自由な音からも充分感得し得る。後年に比べれば過剰な誇張はむしろ少ない。何しろ確信犯というか自信に満ちた演奏で、安易なケチなど入り込む余地はない。「トリスタン」や「タンホイザー」の官能的な箇所のねっとりした甘美な表現は全く類を見ないが、とくに感服したのは、「展覧会の絵」。ストコフスキー自身の編曲版はまだ出来ていない時期の吹き込みなので、手は入れているようだがラヴェル版。抜粋版でフェード・イン/アウトもある残念な盤だが、派手なアメリカ風などではなくて、彼自身の出自を思わせるスラブ臭が横溢する「暗い」演奏。「サムエル・ゴールデンベルクとシュムイレ」のトランペットの演奏は聞いたことがないような独創的な表現(派手という意味ではありません)。リヒテルの有名なソフィア・リサイタルを連想してしまった。チャイコでは5番以上に「ロメジュリ」が聞き物。濃厚なロマンティシズムはメンゲルベルクを思わせる。魔人ストコフスキー、断じて表面的なだけの指揮者ではない。今ではこんな演奏をする人はいないとか思っていたら、クルレンツィスみたいなのが(まだ分らないんだけど)出てきたなぁ。
                                                   9枚目の『ファンタジア』収録の曲目は39年に吹き込まれたサウンドトラックではなく、別の録音をかき集めた物である(『春の祭典』は10年くらい前の録音で映画版のような超短縮版ではない)。疑似ステレオ化された曲もあるが、ふやけた音ではないので、私はさほど気にならなかった。ラフマニノフの協奏曲での作曲者自身との共演は、意外に濃厚な演奏ではなく、むしろすっきりとしている。実は毒のないすっきりした演奏は34年の第九もそうで、黙って聞かされたらストコフスキーとは思わないだろう。一楽章のダイナミズム、スケルツォの活気、フィラデルフィアの弦がこの録音ですら美しい三楽章は、いずれもすぐれもの。ただし第五楽章は英語の歌詞で結構びっくりする(もっともトスカニーニの英語版「ドイツ・レクイエム」というのもあるが)。四重唱辺りからぐっとテンポを落とすのもちょっと奇異に聞こえる。エンディングのリタルダンドもメンゲルベルクばり(あれほど極端ではないが)でもそれを含めて戦前のストコフスキーをこの値段で聞けるなら文句がない。

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     2017/11/23

    古楽演奏といえば古楽なんだが、バロックが主要レパートリーであるジャルディーノ・ハルモニコと、現代までをもカバーするファウストの共演。ハルモニコはさすがにバロックのときよりは大人しく(?)古典の枠に収まっており、ファウストはベートーヴェン以降より一層古楽っぽい。モダン演奏だと艶っぽくヴィブラートをかけたロングノートが拍頭に来てそれが全体のキャラクターを決めることが多いが、この奏法だとロングノートはあまり引っぱらず、むしろ、メリハリの良いアーティキュレーションをもつガット弦で音色やアクセントの微妙な変化を伴ったところが聞き物だ。そこはもちろんハルモニコの薬籠中の部分でもある。5番の最後の「トルコ風」の部分はとりわけ目覚ましい。

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     2017/11/16

    因に私がもっているCDはリマスターで評判の良くないRCA盤だが、私自身はそう気になっていないことを前提のレビュー。ウィーン国立歌劇場の戦後再開時の上演曲目の一つで最も評価が高かったらしい。実はウィーン国立歌劇場で「薔薇の騎士」を一番上演した指揮者はカラヤンでもクライバーでもクラウスでもなく、このクナなのだという。彼の「薔薇」ときたら、作曲者がクナなら書きとり用の演奏になるなとかいったというが、そんなに遅いテンポではない。終幕の盛り上がるところとかはじっくりとやっているが、冒頭なんかはむしろ早いくらい。上記の指揮者たちと比べてずっと「訛り」が強い演奏で、マルシャリンやオクタヴィアンというより、野卑のようでどこか品を失っていないところは、オックスの薔薇という感じだけど、じっくりタップリのところはさすがである。全部の幕の集結部の濃厚さはちょっと応えられない、クナ・ファンなら必聴の名演。歌手ではベーメのオックスとユリナッチのオクタヴィアンがとりわけ絶品。ライニングのマルシャリンはシュヴァルツコップとレーマンの間の世代のはまり役だが、なかなか。ギューデンのゾフィともどもちょっぴり田舎臭いけれど、クナの演奏には合っていると思う。

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     2017/10/31

    フリッチャイの50年代の録音で、ドン・ジョヴァンニとマーラー以外はモノーラルだが、得意のバルトーク、モーツアルト、ベートーヴェンを中心に、広いレパートリーを収録してこの指揮者の多面振りを鑑賞し得る徳用版。殆どがベルリンの放送交響楽団(RIAS響)のせいか、同曲異演が多く、ライブ(放送録音)も多く含まれる。バルトークはどれも熱気溢れる決定的な名演。アンダとのP響2番は有名なスタジオ盤ではなく多分ライブ。欧州初演者のケントナーの3番とともに実に熱演。とくに後者ははじめて聞いたので印象が強かった、弦チェレは2年後の録音もあるが、これは申し分ない名演。音もかえってこちらの方が良い位。ハスキルとの有名なニ短調協奏曲は私の持っていたのより音がクリアになって感銘が深い。「ドン」はD=F.Dをはじめとして歌手も名演揃い。私的にはとくにユリナッチらの女性軍に感服。フリッチャイの指揮は後年としてはむしろきびきびした演奏。同曲のワン・オブ・ザ・ベストだろう。ベートーヴェンはこれもきびきびした演奏だが、比較的特色が少ない。これは後年のものを聞きたい。対照的なロシアのVl協2曲はどちらもいいが、チャイコは1&2楽章の出だし(と2楽章の最後)が何故か音がノイズを削り過ぎたか貧弱な音だが他のところは大丈夫。メニューインのソロは甘さはないが凝集力で聞かせる。グリュミオーのストラヴィンスキーは芸風が違うかと思ったらとても立派な名演。さすがに大家の芸で音もいい。マーラーはとくに第一曲が感銘深い。自分自身の病いを投影したのだろうか?ただ第五曲は殆どステレオ・プレゼンスがない。「シェエラザード」は遊びと甘さのない演奏だが、とくに三楽章の感慨を込めた歌とフィナーレの活力が凄い。シュトラウスとファリャは、ともに真面目過ぎな感じは否定出来ないが、「ウィーン気質」は思い切った歌が聴けてなかなか面白い。お買い得のセットだろう。

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     2017/10/19

    下の方達のレビューは意見が分かれていますね。私は肯定派でした。それも無条件の。実はファウストのファンで、彼女目当てで買ったのですが、前面に出ているというよりも、むしろ陰に回った時が素晴らしい。隙のない「室内楽」をしていますが、それは彼女の音楽的知性なのでは?トリオをリードしているのはピアノフォルテのメルニコフ(メーリニコフというのがより正しいロシア語表記みたいですが)。リズムの生きているところ(それなしだとペダルの効果でスケールを上げる現代ピアノに太刀打ち出来ない)、音楽的感興が飛翔していくところが素晴らしい。昔チェロ・ソナタでロストロポーヴィッチをリードしたリヒテルを思い起こしました。またケラスも実に雄弁で全体のスケールを挙げています。ヴェス・ビルスマ・インマゼールのトリオは「幽霊」が素晴らしかったけれどもこの「大公」はやや物足らなかったので、その不満を一掃してくれた演奏です。とりわけ後半の二楽章が目ざましい出来。6番の方ももちろん名演。

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     2017/10/10

    ショーソンはティボー・コルトー、フランクはカペー、とsp時代の、
    幽玄というかかそけきというか、みたいな名盤があるが、これは
    がっちりかつ明確に弾ききった名演。フォーレとかだとがっちり
    すぎるかもしれないが、これらの曲にはこれでも間然としない。
    ボレットのピアノは風格があって叙情的にも充分、ショーソン
    ではとにかくパールマンが実にうまい。ジュリアードの支えも
    素晴らしい。

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     2017/10/06

    カラヤンは必ずしもライブとスタジオで随分違うというタイプの演奏家ではないが、
    生身の人間のことで、時折なりふり構わない壮絶なライブがある。ザルツブルクやパリでのマーラーの6番とか、このショスタコーヴィッチがその例だ。残響が多く、細部が犠牲になっている代わりにスケールが拡大されて聞こえている録音のせいもあるかもしれないが(ブランデンブルクもまるで「水上の音楽」みたいに響いている)、これは凄い。作曲者自身の来席という事情ももちろんあったに違いない。聞いてみるまでは、「こんなに美しいこの曲の演奏を聴いたことがない」というショスタコーヴィッチの「賛辞」は、ひょっとしたらこれはそんなに美しい音で綴られるべき曲ではないのだ、という皮肉かもしれないと思っていたが、これはそんなことはない。デーモンが乗り移ったかのような、濃い影を背負った凄絶な演奏だ。スタジオ録音も綿密な名演だが、これはひと味もふた味も違う。因に私の聞いたのはこのメローディア盤ではなくArs Nova盤で、明らかに板起こしである。

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     2017/09/13

    歳が分ってしまうが、この数日後の「英雄」を中心としたプログラムの実演は聞いた。前半のスメタナとプロコフィエフは、このCDのウェーバーとモーツアルトの演奏振りに似ていた(と思う)。ウェーバーの冒頭のホルンの夢幻的な柔らかさとヴァイオリンの合いの手の精妙なこと!強いていえば、録音が大変明瞭なのはいいのだが、少しオンマイク気味で全体の音が見事に溶け合っていた実演の音のバランスは少し欠けているような気がする(半世紀前の記憶だから当てにならないかもしれないが)。ト短調もその延長だが、ここではいくつかの部分でセルには珍しいアゴーギグがかかる。実は吉田秀和氏が大阪公演で絶賛した「英雄」は、東京公演ではここが少し大き過ぎて抵抗を覚えたのだが、モーツアルトではもっと微妙な掛け方なのでロマンティックな色合いを加えたという感じである。あちこちで聞こえるセルの声も含めて、メカニックとか冷たいとかいわれていたセルのスタイルとは違っていた。これがドラマティックな方向に拡大されたのがシベリウスで、これは全体の音の調和とかいうのではなく、遥かに熱い巨匠的な音楽が展開される。

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     2017/09/07

    何故か3集めのクリュイタンス・ボックスに収められなかった「ホフマン物語」の新録音。と言っても半世紀以上前のものだが。48年の旧盤も時代なりには音は悪くなかったが、こちらは64年、クリュイタンスものとしては最後期で、従って音も「ボリス」と並んで良好。今は亡きパリ音楽院の美音が十分に味わえる。フォーレのレクイエムもそうであるように、新盤は概ね好評だが、一部にはあまりに国際的でフランス的な香りを失っていると言う批判もあるようだ。フォーレ共々、歌手のメンツは確かに純フランスではない。カラヤンの伝記で知られるリチャード・オズボーンのリーフレットによると、国際的なスター・オンパレードにしようとしたのは当初の企画者レッグだったらしく、彼はオランピアにカラスを、ニクラウスにはルードヴィッヒを起用しようとしたのだという(他にも悪党たちにディースカウとかギャウロフとか)。いやはやうへっというくらい凄いね。彼のEMI退任でそれも後退したわけだが、それでも十分にオールスターだ。批判をする人々はそれが気に喰わないのだろう。旧盤のオペラコミークのいい意味での場末感と言っていいすぎならローカリティは確かにここにはない。しかし、オッフェンバッハはこれでオペレッタではなくグランド・オペラをやりたかったのだという。ならばこれもありではないか?夫君の退場にも関わらず残った(?)シュヴァルツコップにもドイツ的すぎるというのが概ねの批判であるというが、オズボーンはそれに対してもオッフェンバッハ自身Herr を付けて呼ばれていたんだ、と軽く反論している。ドイツ人(ユダヤ系だが)なんだよ、だから純正フランスでなくても良い。私は普段よりアクの強い歌にしているシュヴァルツコップは役にうってつけだと思うし、とにかく歌手のレヴェルはさすがだと思う。元々小さな小屋でこんなに多才な役を組めないという事情で兼役とか、省略とかしていただけだから、そういう状況と違う今となってはオールキャストはありだと思う。とりわけ最後の方でのクリュイタンスの優雅とスケールを併せ持った指揮振りもまた見事。ロスアンヘレス(素敵だ)が病気とか出産で、結局タイムオーバー、オケ部と彼女の声は別どりだったというエピソードも書かれている。
                                         この盤へのもう一つの留保は、クリュイタンス死後に色々と出てきたオッフェンバックの新しい譜面を加えた改訂版より旧いシューダンス版だということだが、これは如何ともし難い。しかしそれでも完成された版ではないのだし、オッフェンバックは上演してみてから色々と手を加えた人らしいので、どこまでいっても完成版でないことには変わりがない。ということで、私は支持派に廻りたい。

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     2017/08/20

    ジュリアードのこのライブの全集は素晴らしい。スタジオ録音よりホールトーンを捉えた録音のせいもあって、表現と響きに奥行きというか立体感が感じられる。かつての60年頃にRCAに吹き込んだ演奏(マン以外が替わっている)も尖鋭な演奏で、当時の彼ららしかったが、この演奏はやはり年輪の重なりを感じさせる。しかしジュリアードらしい切り込みの鋭さが丸くなってしまっているわけでもない。

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     2017/08/20

    いわずと知れた天下の名演。ヴォルフの歌曲の全貌が示す多様性を、ディースカウの委細を尽くした歌唱が隙間なく描き出す。テノーラルな声からバス・バリトン的な声までをクリアする彼ならではの表現の幅である。万全とはこういう歌唱をさす、という見本のようなもの。ムーアとの60年くらいの吹き込みもあって、あちらもこの時期のEMIにしてはいい音だが、やはりこの録音には色彩感とか奥行き感とかでは譲る。同時期のリヒテルとの録音ではやや声が引いた感じがあって、声よりピアノの音の深さの方が目立っていたが、この吹き込みの時にはよほど調子が万全だったのか、かつてに引けを取らない歌唱が聞ける。バレンボイムもうまい。ムーアよりやはりソロのピアノという感じだが、この雄弁さはヴォルフにとって大きい。

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     2017/08/14

    このRCA盤は入手不可能だそうで、手に入るのはターラ盤のみらしい。けれど私のもっているのはRCA盤の方で、ターラは未聴。ターラのは一般的にデッカ盤とかでもかなり落ちついた音になって印象が違うので、こちらに書込みます。短期移籍のRCA盤はベルクの叙情組曲を筆頭に尖鋭な録音と演奏で知られていました。その後復帰したCBS盤はどうも音が堅くてキンキンしがちなので、RCAへの録音がつづいたらという憾みは残ります。ただ短期の録音といっても、少なくとも手持ちの盤でいう限り、多少の差異はあって、この盤はCBS盤よりは随分いいとしても多少キンキンしなくはありません。そのせいもあってか、演奏も尖鋭だけれど、少し強過ぎの感も若干否定できない。ターラ版がそうなのかもしれないけれども、リマスターでかなり違う印象になる可能性はあります。☆盤分くらいは引きたい感じがしますが、でもやはり5つかな?

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     2017/08/09

    いわゆる原典版による演奏。この曲に執念をもっていたことは知られたアバドらしく、極めて丹念に仕上げられた演奏である。ピアニシモで心理的なヒダに分け入る繊細さも見事だし、他方劇的な迫力にも欠けていない。さすがに準備万端を整えた演奏である。一般には大変好評のようだ。しかし、私にはその洗練はムソルグスキーの土臭さとはあまり一致しないように聞こえる。先日出たマタチッチのスラブ・オペラ日本公演の方が、コルサコフ版であるにも関わらず、ずっとスラブっぽく野太い。不思議なものだ。旧来の版と違い、ボリスによりは群衆に焦点を置いたのはムソルグスキーのオリジナルな意図だったろうし、コチェルガのボリスは確かにそれに過不足なく当てはまる。深い美声には違いないし、死の場面など十分聞かせる。しかし、シャリアピン以来、クリストフ、チャンガロヴィッチなどの歴代の強烈なボリス役と比べると、いささか弱くて軽い、といっていいすぎなら突出度が低い。歴代のボリス歌手は歌舞伎風の強烈な見栄は大時代がかり過ぎで、コルサコフ版は今時流行らない、これが新時代のボリスなのだということで、彼らを聞かないとすれば随分寂しい。これだけ聞いていれば不足はないだろうが。ニコルスキーの酔いどれ僧侶ワルラームもどうもお行儀が良すぎる。この役に美声は要らない。なかなかいけるのはラリンの偽ドミトリーと一般的には評価されていないポーランド・シーンのマリーナ姫のリポヴシェク。レイフェルクスのランゴーニと陰謀を巡らすシーンはアバドの克明さが生きているし、「愛の二重唱」での悪女っぽい翳りはとても良い。偽ドミトリー軍の進撃とその後の白痴の嘆きの歌につづく終幕はかなり見事であることは認めよう。だが、それでも、私にはこの見通しの整いすぎた演奏は、コルサコフ版によって隠されていた非西欧的なムソルグスキーのスラブ魂を再現するものとは聞こえなかった。アバドは結局モダンな指揮者なのだ。

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     2017/07/28

    先日のライブがあまりに素晴らしかったのですぐに購入しました。インバルのマーラーはフランクフルトとの全集をもっていて、ライブでも同じ組み合わせでの5番、フィルハーモニアとの1番、日フィルとの「復活」と聞いたのですが、それ以降随分間が開きましたが、先日のはそれらと比べても格段に素晴らしかった。オケも、とくに当日は冴えなかったフィルハーモニアよりずっと素晴らしくて、最近の日本のオケのシンポには目を見張る思いがしました。フランクフルトと比べても少なくとも遜色はない(はず)。こちらは5年前の演奏ですが、この欄などでの評価も大変高く期待は大きかった‥‥のですが、実はそれほどには聞こえなかった。それが演奏のせいなのか、録音のせいなのかは良くわかりませんが、出だしからどうもメリハリが不足気味で、ライブでは細部のそれと全体のマッスとしての響きが共に見事だったのに、これは音の解像度が今イチ。シューリヒトとかベイヌムのコンセルトへボウ録音など、古いかなり音の悪い演奏でもへボウのメリハリは分るので、ライブを知らない人たちにはオケの限界と感じさせてしまうかも知れません。フェルミリオンと先日のラーションはどちらも見事ですが、ラーションはかなりコントラルトぎみの声でスケールは上で、フェルミリオンは歌唱部が優れているという感じ。テノールはどちらも物足りず、これは宿命みたいですね。文句なしに☆5つの積もりでしたが、ライブとの落差のために4つに留めておきます。

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     2017/07/26

    歌手の新旧世代の比較対照も出来るし、ヴォルフの主要曲が聞け、このお値段とはお買い得以外の何ものでもない。D=F.D.とシュヴァルツコップが素晴らしいのはいうまでもないが、冒頭に収録された「イタリア歌曲集」のアップショーの渓流のような清らかな歌には参った。確かにシュヴァルツコップの決定的な名演が技巧がかかり過ぎという気にさせる。ただベアーはD=F.D.を忘れさせるほどではない。シュヴァルツコップでは何といっても「ゲーテ歌曲」が抜群で、ミニョンの歌は実演でも度肝を抜かれた。こういう人生の深さを感じさせる曲ではやはり彼女にしくはない。あと、ホストリッジの世紀末的な神経の通った歌は実に独自の世界だ。

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