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うーつん さんのレビュー一覧 

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     2023/05/29

    作品がもつ孤独や哀しみ、痛みを慈しむかのような演奏。メジューエワは、今や日本で活動するピアニストの中でも屈指のシューベルト弾きといってもよいと感じている。彼女のシューベルトは天真爛漫な明るさを持っていない。かといって暗いわけではない。前述のシューベルトの作品がもつ孤独や哀しみ、痛みへの深い共感とそれを慈しむかのような深い呼吸をもった演奏に強く惹かれている。そこに煌びやかな音は必要なく、だからこそ1922年製のヴィンテージ・スタインウェイの落ち着いて豊かで、「コク」のある音が合うのだろう。ヴィンテージ・ピアノは「音を出す楽器」ではなく、「音楽そのもの」なのだと考えさせられた。


      同じ曲をたびたび録音する彼女ゆえ、魅力は感じていたものの「同じ奏者の同じ演奏を入手するより別の演奏や曲を」と考えて先延ばしにしていた。が、先日読んだ『今のピアノでショパンは弾けない(高木 裕 著、日本経済新聞出版社 刊)』でヴィンテージ・ピアノなどの物語りに触れ、改めて入手する気持ちになった。G.クリムトの絵によるカバージャケットデザイン(カバージャケットのデザインは大切だと思う。ディスクに収められた演奏が「どのようなものなのか」を表す材料になるのだから)に惹かれたのも一因だ。


      歌に満ちた舞曲集の添え方は、メジューエワがロシア・ピアニズムのDNAを引き継いでいる証左なのだろう。即興曲の真摯でシューベルトの心の内面に触れるような演奏も、若き日のソナタD537で早くも「(ソナタD959でフレーズが再使用されることとは全く関係なく)その後の晩年」を想起させるような雰囲気が出てくるのもメジューエワのプログラミングの妙ではなかろうか。


      もしかすると私のように「再録音、再々録音なら入手は控えようかな?」と思われている方もいるかもしれない。その方々には、再録音に値する内容が詰まっているのでお勧めしたい。初めて彼女のシューベルトを選ぼうとしている方々にも、ピアノの音に一家言ある方々にもお勧めできるシリーズが始まった。今後も注目していきたい。

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     2023/04/18

    同盤のコンビによる「私の夢(シューベルトの散文にインスピレーションを得たドラマ仕立ての音楽作品集、2020年録音)」を聴いたのち、この盤に辿り着いた。こちらのインスピレーションの源泉はライン川。ライン川は、ヨーロッパの文化・芸術の発想の源のひとつといってもよいのだろう。ワーグナーのライン川に端を発する楽劇から音楽が開かれていく。ライン川の様々な表情を縁取るようにシューベルト・シューマン・ブラームスなどの歌たちがいろどりを添えていく。曲はドイツものだが、変な堅苦しさはなく、柔らかな絹の生地をそっと添えたような肌触りの良さと滑らかさはフランスの演奏家だからこそなせるのか? 作曲者も聴いたかもしれない当時(複製ではあるが)のホルンの響きは特に美しい。音楽によるライン川散策。音楽にとどまらず、詩・文学・絵画にも興味は広がる。ライン川の流れのように滔々と…。

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     2023/04/18

    ひとつの演劇を観るような曲目と耽美的に美しい歌唱・演奏だ。もともと、「マタイ受難曲」(2021年録音)で感銘を受けてこのコンビに興味を持つようになった。その盤のレビューにも書かせてもらったが、あのディスクは「人間イエスのドラマ」だったと考えている。思うに、ピション&ピグマリオンのコンビはこのような音楽を演劇的に捉える志向が強いのだろうか。それは当盤「私の夢」でも同様。ロ短調交響曲D759を分解して効果的に配置するのも面白いし、編成や作品の変化は舞台変換を思わせる。とても一筋縄ではいかない台本だが、このような音楽から発しながらも多方面に興味の種を蒔いてくれる当盤、ありきたりの曲目構成から一歩違うところに足を踏み入れたい方にも薦めてみたい。この手の曲目なら国内盤もリリースし、じっくり考察も交えた邦訳も読んでみたいところだが、それが発売されている気配がないので星を1つだけ落とし4つ星で評価させていただきたい。

     ちなみに、ちょうど今、『わが友、シューベルト(堀朋平著、2023年2月 アルテスパブリッシング刊)』を読み進めているところだが、この本と当盤は親和性が高いように思う。当盤を聴かれた際はこちらの本にも手を伸ばすことを薦めてみたい。

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     2023/03/09

    自由に、そして創造の歓びに溢れたイギリス組曲と感じた。楽器にも演奏にも楽譜にも縛られることなく「音楽の泉」を愉しむ趣きがあるように思う。聴いていて愉しいのがこの盤の特長ではなかろうか。

      チェンバロとフォルテピアノ2種類の楽器を活かし、即興演奏を織り混ぜて「バッハはこうあるべき」という縛りから脱し、様々な舞曲が繰り出される。特に面白かったのはフォルテピアノでの演奏。バッハ時代のフォルテピアノというのは初めて聴いたが明るくて優しい穏やかな響きが印象的。即興演奏は武久の長年の演奏経験から泉のごとく湧き出たのだろう、突飛でもなくバッハの音楽にしっくり繋がってくる。

      個人的に、イギリス組曲は自由なリズムを要する舞曲集でありながらかっちりとした形式美も求められる難しい作品という印象を持っているが、ここにはその両方のポイントを大切にしつつ、それでいてそこからフワッと離れた浮遊感を感じる。演奏も楽器の音も実に愉しいのでおすすめしたい。あえて注文するとしたらジャケットのよく解らない不思議なデザインに「?」マークをつけたい点のみ。

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     2023/03/06

    楽器が持つ音のパレットを自在に使いこなす匠が描き出す24の絵の個展。

     誰もが知るハ長調のプレリュードとフーガからして「こう来ますか」と頷いてしまう。その後も単調とは縁遠い様々な創意がこらされ、バッハが序文にしたためた「…格別の時のすさびになるよう…」という文意そのままの自由自在さが当盤の特長といえるかもしれない。

     シュタイアーの演奏を聴いて私は「音響(音効果)の遠近法(または立体感あふれた効果)」という感覚を強く持った。詳しくは知らないがレジスターなどの活用により音の表現の幅を広くとり、プレリュードとフーガ、または曲と曲の間の変化が豊かなのだ。プレリュードで小さな響きでポツポツとつま弾いておいてフーガではゴージャスな響きで伽藍を組み立ててみたり…。それがあたかも「遠近法」「立体的な効果」とうつるのだ。言葉の用法として正しいかどうか定かではないが、ともかくそのように聴こえる(見える)。それらがわざとらしくなく、いろいろな表現を試みたうちの最良のひとつというように感じる。先にリリースされた第2巻でも驚かされたが、当盤でも彼の才気煥発ぶりは健在。私は当盤を聴いて、音楽を「聴く」というより、絵を「観て」いるように感じた。24枚連作のコンポジション(の絵画)を観ているような感覚…。 ジャケットで使われたP.クレーの絵にも通ずる豊かな色彩感、リズムやモチーフの微妙な変化と愉しみ…。聴きなれたはずの平均律第1巻でよもやこんな愉しみに巡り合えるとは。私は絵も音楽も素人だが、その筋の「勉強にすでに熟達した人たちには、格別の時のすさびになる」のは間違いない。お薦めです。

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     2023/02/23

    R.フォークトの逝去を知った上での鑑賞ゆえ、どうしても彼のピアノに耳と心を持っていかれてしまう。(先入観もあるのは承知の上で)私はフォークトのピアノを聴いていて「眼前に死を意識したからこそ、これほどの生の奔出」という印象をもった。それほどピアノの勢いと壊れそうなほどの優しさが特徴的なアルバムだ。最期の刻印は、長年の盟友テツラフ兄妹らと奏でるシューベルトの最晩年のトリオ(デュオも含む)。テツラフ兄妹だからこそこのすばらしいアルバムが制作できたのだと強く感じる。寄り添い、理解し合い、共に奏する…そんな室内楽のすばらしさを満喫できるのもこのアルバムのおすすめポイントだ。

      1番の明朗とした音楽の中には痛みや哀しみが潜み、2番の大らかな音楽では狂気すれすれの恐れや苦しみ、絶望が次々に襲いかかるが歌の力でなんとか持ち直す心情が含まれていると思っている。このトリオはこの大曲を実にいきいきと表現しており、たとえフォークトの「最期」と知らずとも襟を正して聴いてしまう勢いと深みと痛みと優しさを感じてもらえると思う。

      先にPentatone Classicsからリリースされた「白鳥の歌 D957他」と共に、フォークトの成し遂げた音楽の石碑がかくして遺された。おそらく故人に「私の遺言」という思いはなく、シューベルトの深さにのめり込んだだけ、という考えだろう。それでも結果的にはフランツとラルス両者が持った「死」への思いがあるからこそこの曲が作られ、奏されたのだと思わざるを得ない。

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     2023/02/05

    ひそけき雰囲気が漂い、古雅の趣きも充分なアルバム。

       シフがバッハを音楽活動の中心に置いているのは周知のことだが、ただバッハを弾いている、とは違うということを当盤で知ることができる。 それはつまり、バッハをレパートリーの中心に据えているという意味でなく、音楽の愛の中心に据えているという意味なのだろう。バッハの曲への解釈、バッハそのものへの理解をさらに深めるために大切に演奏されたクラヴィコード。曲目や演奏も実に趣深い、愛情あふれる内容。急ぐことなく、慈しむようにバッハで「歌って」いるシフの気持ちが伝わる。あまり音を大きくせずゆったりと聴いてみてほしい。シフの手による親密でひそけきクラヴィコード演奏。考えてみたらECMにぴったりのアルバムとも言えるのではないだろうか。

       ちなみに…インヴェンションとシンフォニア、デュエット以外の曲目は2022年秋の来日公演(ピアノを演奏。当日に曲目を発表しながら演奏するという興味深く、かつ濃密な演奏会だった)で奏されたものばかり。実際席に座った方はその日の演奏を思い出すきっかけとして、行かなかった方は当盤でじっくり聴いてみていただきたい。おすすめです。

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     2023/01/22

    心のひだの内側にじっくりと沁み込む美しさを感じる。もともとこの曲自体が派手さを嫌う、心に訴えるものではあるが、他の演奏と比べても前述の美しさは際立っていると思う。雨水が地表から地盤を長年月かけてろ過され滋味を加え湧き水としてあらわれてくるような印象も感じてしまう。ヘレヴェッヘの他の作品にも共通する、合奏と合唱のあたたかい精緻さは特筆すべき美しさ。おすすめです。

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     2023/01/22

    程よくロマン的な佳曲ぞろいの好アルバム。不勉強な私は当盤に入っているどの作曲家もどの曲もはじめて。それゆえに新鮮な気持ちで聴けたのも一因だと思うが、肩ひじ張らずに音楽を愉しめるのがいい。

      ロマン派の過度な感情移入はなく、コンサートホールで満員の聴衆を驚かせたり、うっとりさせる、熱狂させるというより、ジャケットの絵柄のように家庭内の集い(または小規模なサロン)で友人・家族が親密に談笑しつつ音楽を囲む・・・そんな風景を私は連想した。ロマン派の主力作品・大傑作ではないのかもしれないが、こんな愛すべき曲たちがヨーロッパ各地域、それぞれの家庭や集い、またはサロンで歓びをもって奏されていたのだろうか。音楽を拝聴するというよりは、「音楽する」といった趣を感じ、愉しむことができた。

      現在の私たちと違い、音楽がもっと身近で大切に扱われていた時代の1ページを垣間見るような選曲、楽器の音、そして演奏の品の良さ…。そんなことに想いを馳せることができる一枚。おすすめです。

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     2022/11/28

    後期ロマン派ドイツ歌曲の精髄ともいえるプログラム。と偉そうに言ってもプフィッツナーの歌曲はこれが初体験。渋くて難解かなと恐る恐る聴いたがなかなか濃厚な歌がそろっており、もっと触手を伸ばしてみようかなと興味津々。

      元々はゲルネの歌うヴェーゼンドンク歌曲集と「四つの最後の歌」の第4曲「夕映えの中で」が目当てで入手したのだが、全体の「夕映え」「夜」にちなんだ曲に彩られた濃厚な気配がとても気に入っている。「夜」が醸し出す、理性と狂気がすれすれに拮抗する不思議な情感。妖艶かつ、仄かな退廃の香りを漂わせたあやうい空気感が全体を通して漂う。これを演出するゲルネの深く濃厚な歌声に合わせているのがチョ・ソンジンの清らかな伴奏。質的に合わないのではないのだろうかと心配したが、むしろ上手い塩梅にマッチしているのが驚きだった。伴奏もこってりだったら少し辟易としていたかもしれない。チョ・ソンジンのピアノは知的であまり前に出ず、要所を丁寧におさえているような感じがして彼の資質の高さを感じた。

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     2022/11/23

    絶妙な渋好みのプログラミング。ゲルネとトリフォノフ、どちらのアイディアだろう。じっくりと、かつ深々として、心のひだに沁み込むようなゲルネの歌声は相変わらずのすばらしさ。そこに表現の広さと新たな物を吸収しようとする点では他の若手と比べ秀でたものを持つトリフォノフのピアノ伴奏を得て、素晴らしい出来あいだ。ブラームスは他レーベルに録音してあったが、ここに改めてのせてくるあたりにゲルネの並々ならぬ意気込みを感じる。ベルクの作品2はモノクロームに薄めの明るい光彩が添えられたような表現がやけに艶やか。ヴォルフとショスタコーヴィチは歌を愉しむというより詩を吟じ、味わうような趣き。シューマンは特にすばらしい。豊かな声量を振り回さず、繊細な歌いまわしによって傷つきやすい詩人の心の裡を細やかに歌い上げる。曲によって細やかに変化するトリフォノフの伴奏がゲルネの歌に寄り添う。ゲルネが次に来日するのはいつだろう。伴奏は誰がするのだろう。可能であればこのコンビと曲目で一夜設けてほしいものだ。とはいえ、この組み合わせでコンサート開くのは困難だろうから、このCDを繰り返し聴いて我が心の慰めにしていこうと思う。おすすめです。

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     2022/11/17

    極めて意志的な、歌と伴奏のぶつかり合い。ぶつかり合いといっても対立してのものではない。互いの持てる力を出し合い、掛け合いながら歌に想いを込めていく。そこから生まれてきたものは、はからずも伴奏者の「白鳥の歌」になってしまった…。

     ボストリッジによるシューベルト・3大歌曲集の掉尾を飾るはこの「白鳥の歌」。前作たちと異なりライヴと銘打ってないのは伴奏者L.フォークトの体調等によるものだろうか。もし、そこに聴衆がいたならこのぶつかり合いをどう聴くのだろう。おそらく壮絶な舞台として記憶に刻まれることになったのではないだろうか。それほどにこのディスクは激しく、いたたまれず、切なく、哀しく、だからこそ美しい。

     ボストリッジによる憑りつかれたような歌唱は言わずもがな。前二作に負けない憑依ぶり。それでも曲が台無しになるような下品さはなく、真摯に曲にのめり込んでいるように感じた。そしてフォークトのピアノ…。録音当時の体調は判らないが彼の脳裏には「これが最期の」という意識はあったと思う。それ故なのか、それとも歌い手の憑依に応えた結果なのか。多分その両方だったのでは、と思う。時おりピアノによって強い意志を以って刻み込まれる音の刻印。この刻印に彼が託した想いについて私(と、この後に聴かれる皆さん)はいろいろ考え続けることになるだろう。

     この盤の後にM.パドモア&内田光子による「白鳥の歌」(2022年録音、DECCAよりリリース。当盤と同じウィグモアホールで録音)も出て、代わる代わる聴いている。作品の性格や作曲当時の状況への想いも含み、それぞれのコンビがそれぞれの演り方で私たちに訴えかけてくる。これらの壮絶な表現について、「どちらが良い」「どちらが上手い」という比較はもはや意味がないと思う。簡単に比較してお終いというレベルを遥かに超越しているからだ。私なら次のようにお薦めしたい。「両方手許に置き、聴き続けるべき」と。

    最後に一言…。ラルス・フォークト氏の早すぎる死を悼み、フォークト氏のご冥福をお祈りします。彼の遺したディスクによって彼の「生きた証」が多くの人々の心に届きますように…

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     2022/11/14

    歌を削ぎ落し、詩の意味を突きつめていったその先にある絶世の「歌」。パドモアが歌う「遥かなる恋人に」なら2014年に録音したK.ベズイデンホウトとのディスク、「白鳥の歌」なら2010年にいれたP.ルイスとの名盤(いずれもハルモニア・ムンディよりリリース)がある。それぞれ美しい声と語りに重きを置いた豊かな歌が魅力で、もちろんこれらもお勧めしたいが、当盤ほど突き抜けてしまうと全く違う作品と思わざるを得なくなってしまう。こじんまりした録音場所(ウィグモアホール)らしい音響効果もあり、音は拡散せず自然と作品の内側にある「核」に向かって我々をいざなう。

      パドモアと内田の伴奏で、「美しく歌う」という行為を捨てて前述のとおり歌を削ぎ落し、詩の意味を突きつめていったその先に待ち受ける絶世の「歌」を体験されることになろう。パドモアの絶唱が凄まじいのはもうお分かりと思うが、ここで特筆すべきなのが内田光子の伴奏。もはや伴奏の域を超えてしまっている気がする。内田光子の演奏自体が「ここで聴かないといけない」ものになっている。  パドモアに寄り添いながらベートーヴェンとシューベルトの心の奥にまで踏み込む。他の奏者ではなかなか踏み入れることができない領域に彼女は旅し、我々に案内してくれる稀有な存在になっている気がしてならない。

      中でも気づかされたのは「白鳥の歌」における第14曲「鳩のたより」の存在。ハイネの詩による「ドッペルゲンガー」の大きなドラマの後に「オマケ」というと失礼だが、なにか「坐り心地の悪い」感じがする盤も時々ある中で、この盤では実に自然に収まっていると感じた。実際には出版の都合による寄せ集めなのかもしれないが、この盤では第1曲の「愛の使い」から「鳩の便り」まで実に理に適った円環を形作っているように思う。

      このディスクが日本先行発売されるきっかけとなるパドモア&内田のコンサートが2022年11月に予定されているが、こんなディスクを聴かされてしまうと「行かねばならない」と思い詰めてしまうだろう。このサイトはチケット予約サイトではないのでこの辺にしておき、ディスクの話に戻ろう。パドモアと内田のコンビによる当盤、どれだけ言葉を尽くしてもそのすばらしさを私ごときでは伝えきれない。そんな時、ジャケットの写真を見つめてほしい。そこに写った二人のポートレイトが百の言葉よりもこの盤のことを語ってくれると思う。

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     2022/09/06

    ラトルの「ストラヴィンスキーの祭典」! 一夜で3大バレエ曲をやるなんて気が知れない。食べ物で表現するなら…しゃぶしゃぶとすき焼きとステーキを一夜で食べろと言われて食べる気はしない。よしんば食べても絶対に飽きがくるはず。どこかのタイミングでまずい肉(演奏)を混ぜられてしまうに違いない…。普通はこんなメニューは出さない。と思ったがシェフ次第でこんなにも食欲が増すとは。

      就任記念のお祭り気分の中で行われているわけだが、一杯ひっかけて神輿を担ぐようないい加減な演奏はされていない。演奏はリズムがしっかりはじけ、ツボをおさえた充実したものだから納得感もある。

      このディスクの一番のキーワードは「祭典」だと思う。オケもこの祭りを本心から愉しみつつ参加しているような熱気を感じる。それを率いるラトルもオケと一心となって祭りを愉しんでいる。このディスクはしかめっ面で真面目に聴くような類とは少し違うと思う。「放蕩息子の帰還」とでも言っていいような帰還を祝福する熱気と期待、指揮者とオケの意気込みを感じながら聴いた方が面白いように思う。おすすめです。

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     2022/08/28

    極上のオケに乗ってシュタイアーが自在にドライブするようなバッハの協奏曲集だ。オケの性能があってはじめてソロ演奏者が本領を発揮できるのだろうか。シュタイアーはソロや掛け合い、そしてコンティヌオとしても自在に動き回る。オケもシュタイアーのソロがあるからこそアグレッシブに動ける。要はお互いが高め合って素晴らしい演奏になっているように思えた。


     特にシュタイアーのチェンバロ…適度に遊びと発想がちりばめられている。それが実に自然に聴こえる。両者とも過剰な部分はない。それでもかっちりとした演奏より頭ひとつ抜けた面白さがこのディスクにはあると感じた。やけにとんがっていたり、不必要なデコレーションはみられない。そんな無理なアピールをせずとも、バッハの音楽は充分な情報量を備えているのだから。でも、そこだけ演奏すればよいわけでもなさそうなのがバッハの難しさなのかもしれない。守りつつ、そこを抜けていける発想力と表現力も問われるのだろうか。そんな意味でも、このディスクはお勧めする価値があると思う。再発売をしてリリースしてくれた販売元に感謝。

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