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mimi さんのレビュー一覧 

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     2019/08/04

    The Tallis Scholarsが、Josquin、Palestrinaと共に、レパートリーの3本柱とする、自国イギリスのルネサンス音楽、中でもTavernerはMissa Gloria tibi Trinitasを2回も録音していることから、特に愛着を持っている作曲家なのでしょう。Josquinより数十年あとの時代であるTavernerは、フランドル楽派の非常に練れたポリフォニーを基礎に、英国独特の夢見るような上声部の旋律と、強烈に甘いハーモニーを軸に、一瞬たりとも濁りの無い音楽であり、このような作品における演奏はThe Tallis Scholarsのまさに独壇場と言えるでしょう。あまりにも響きの良さが勝ってしまうこの時代のイギリス・ルネサンスの特徴として、JosquinやOckeghemの、あくまでも厳格な多声構造による、強烈な表現力は一歩も二歩も譲るところはありますが(これらフランドル楽派の巨匠に匹敵する作曲家としてはW.Byrdを待つことに)、それでも大陸の作曲家にはない、極上の美しさを備えた名品であり、それをThe Tallis Scholarsが同国人としても情熱を込めて歌い上げています。正直申し上げると、このようなスーペリウムの旋律が有意になる作品として、現在のThe Tallis Scholarsは、やや女声部の精緻さが以前に較べると劣っており、満足できない部分もないではありませんが、それでも世界最高レベルであることは変わりないので、ここに文句をつけるのは贅沢の極み、というものなのでしょう。イギリス・ルネサンスの貴重な名品を上質な演奏で堪能できる機会として、多くの古楽ファンにお薦めできる盤と思います。

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     2019/07/27

    Rudolf Lutz/J.S.Bach-Stiftung St. Gallenのカンタータ第12集。教会カンタータ中では規模の大きいBWV70「目覚めよ祈れ!祈りて目覚めよ!」に、クリスマス・カンタータBWV151、コラール・カンタータBWV33を加えた構成。まず何と言っても、冒頭のBWV70はBachカンタータ中でも名曲の一つであり、過去の名演奏も多い作品。ヴァイマール・カンタータを源流に持つ、美しく屈託のない明るさに満ち溢れており、この曲に関してはRudolf Lutzらの若々しい新鮮な演奏が、曲の性格に見事に適合しています。しみじみとした美しさは今一歩かも知れませんが、演奏者の高度な技量とあいまって、このシリーズ中でも屈指の好演と言えるのではないでしょうか。これと対称的なのが、最後のBWV33「ただ汝にのみイエス・キリスト」は、派手さの全く無い、どちらかと言えば地味なコラール・カンタータですが、テキストの真摯な解釈含めて、Rudolf Lutzの演奏はBWV70とはまた違った誠実な良演です。真ん中のBWV151「甘き慰め、わがイエスはきませり」は、クリスマス・カンタータの名品の一つですが、この曲に関しては、いかんせん、冒頭のソプラノアリア、第3曲のアルト・アリアがあまりにも美し過ぎ、また歌手の力量に左右される部分が大きく、過去の名歌手による名演奏の数々に比較すると、Rudolf Lutzらの演奏もどうしても分が悪い。ただ、そういった先入観を排せば、これも実直な演奏には違いなく、決して悪い演奏ではありません。全体を総合すると、若々しく鮮烈なBWV70、誠実なBWV33は、明らかに他の演奏にひけをとらないレベルであり、彼らのカンタータ集中でも、特に成功した盤といえるのではないでしょうか。

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     2019/07/24

    Rudolf Lutz/J.S.Bach-Stiftung St. Gallenのカンタータ第11集。カンタータ中の有名曲の一つ、BWV26「いかにはかなく、いかにむなしき」に、アルト独唱用のBWV170、これも比較的高名なヴァイマール・カンタータBWV172を加えた構成。まずアルト用のBWV170は、この種のカンタータによくみられる、非常に美しいアリアの導入で始まります。Rudolf Lutzにしては抑え気味に感じられるくらいに、ゆったりとしたテンポでしみじみと歌い込まれた演奏であり、ソロイストの力量含めて抜きんでたものは感じませんが、好感の持てる良演奏です。真ん中のBWV26はあのK.Richterが2回も録音した数少ないカンタータであり、シュピッタ、シュヴァイツアーの昔から傑作の呼び声が高い作品ですが、Rudolf Lutzの演奏は特に奇を衒わない手堅いものと言えるでしょうか。彼らの演奏としては、もう少し鮮烈なものを期待したくなる面もないではありませんが、技術的には上質な演奏の一つです。最後のBWV172「歌声よ響け」はヴァイマール・カンタータらしく若々しさに溢れ、しかもヴァイマール・カンタータにしては神秘性がそれほど強くない、親しみやすい作品ですが、Rudolf Lutzの演奏も気張らず曲の持ち味をまず活かす事を第一に心掛けており、中間3つのアリアの好演はなかなかに聴きもので、やはり良演奏と言えるでしょう。全体として、BWV26は過去に名演奏が多く、さすがにこの盤での演奏をそれより上位に置くことはできませんが、両端のBWV170,172の好演奏は(過去の演奏に勝るとは言えないかも知れませんが)美しく貴重なものであり、お薦めするに値すると言えるのではないでしょうか。

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     2019/07/21

    Cafe ZimmermannとそのリーダーであるCeline Frischによる、Goldberg関連曲を集めた興味深い二枚組企画CDです。まず一番貴重なのは、二枚目の最後に配されたドイツ民謡2編で、これはJ.S.Bachのファンなら誰でもよくご存知の、Goldberg変奏曲BWV988最終変奏Quodlibetの基になった二曲(一曲は声楽、一曲は器楽演奏)。自分の乏しい知識では、実際に録音されたことはそうないと思いますので、Goldbergを何十種類も持っているようなファンなら堪らない趣向では。その前、二枚目の最初に配されてるのが、1975年に新規発見され、最近レパートリーとしてすっかり定着してきた「Goldberg変奏曲主題のアリアに基づく14のカノン」BWV1087。実は発見後数年時に故Claudio Abbadoがロンドン交響楽団Bach ensembleを指揮して演奏したのを聴いて以来、自分の隠れた愛聴曲ですが、Cafe Zimmermannの演奏はじっくりしたテンポで、各変奏曲を重厚に歌い上げた演奏です。CD一枚目はコ・リーダー、Celine FrischによるGoldberg変奏曲BWV988演奏。非常に高度な技術によって、まるでピアノで演奏しているのかと錯覚させるくらいの鮮やかなスピードによる現代的な演奏で、このリーダーの現代的感覚と高度な技術が、現在のピリオド・アンサンブルのトップとしての、Cafe Zimmermannの位置づけにいかに重要であるかがよく解ります。ただし、演奏の質としては、Glenn Gould - Gustsav Leonhardtの線上に確立された、現代のGoldberg演奏標準スタイルから逸脱するものではなく、この演奏者の人間的、学問的、音楽的背景を眼前に展開させるほどに、Goldberg音楽の最深奥に迫りえたものではありません。特に第15変奏以降に頻出する、技巧的である反面かなり複雑な内面を有するような音楽においては、とても音楽的掘り下げがついて行っていない瞬間が散見され、そのため正直、全曲を聞き通すのは結構疲れる瞬間もあります。ただし、それでもチェンバロによる現代のGoldberg変奏曲演奏としては、十分に平均以上の水準にあることは疑いなく(ひょっとすると技巧的にはチェンバロ演奏としてはトップクラス?)、CD二枚組全体の企画の良さを総合しますと、一つの貴重な盤として、J.S.Bachファンには一度聴いていただく価値はあるかと思われます。

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     2019/07/18

    Rudolf Lutz/J.S.Bach-Stiftung St. Gallenのカンタータ第10集。復活節のカンタータ2曲に、顕現節後日曜の111番が続く構成ですが、今回とりあげられた作品の性格にもよるでしょうか、Rudolf Lutzらの演奏は非常に魅力的なものに仕上がってます。冒頭の66番はケーテン公用の世俗カンタータのパロディですが、冒頭合唱の生命感、屈託の無い明るさ、続くアリアもふくよかさを失わないながらに、現代的なリズムに支えられた好演です。ほぼソプラノ独唱用の84番は、比較的地味ですが、一曲一曲が細やかな美しさを持った佳品で、繰り返し聴きたい好演。ソロは決して抜きんでた実力は感じませんが、Rudolf Lutzの意図を損なわない堅実な歌唱と思います。最後の111番は、Bachお気に入りのコラール(92番の大曲が印象的!)によるコラール・カンタータで、K.Richterの名演奏が思い出されますが、Rudolf Lutzらの演奏は例によってRichterほどの強烈な信仰心の表明による存在感は無いにしても、誇張のない手堅く、技術的にもしっかりした好演です。全体に、シリーズ開始当初からすると、ややRudolf Lutzらの演奏姿勢にも変化が表れているようで、合わない曲ではやや迷いが見えることも散見されますが(開始当初の鮮烈な姿勢が後退している?)、この盤に関する限り、曲の性格、魅力と彼らの方向性がずれない、文句ない好演集としてお薦め出来ると思います。

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     2019/07/12

    Rudolf Lutz/J.S.Bach-Stiftung St. Gallenのカンタータ第9集。今回も規模は決して小さくないが、それほどポピュラーでない3曲。中では、冒頭のクリスマス・カンタータBWV110「我らの口は笑いに満たされ」が比較的知名度が高いでしょうか。管弦楽組曲第4番序曲のパロディとして有名な第1曲、マニフィカト初稿BWV243aのみの挿入曲のパロディである第5曲のデュエットなどは馴染み深い名曲ですが、他のアリア、コラールも目立たないながら地味な美しさを有し、Rudolf Lutzらの演奏も深みはないものの、曲本来の素朴な味わいをよく生かした好演と思います。BWV169は冒頭シンフォニアと第5曲アリアがチェンバロ協奏曲BWV1053(の原曲?)からのパロディである有名曲。BWV1053の第1楽章はその長大さで、協奏曲としてもしばしばバランスが悪くなってしまいがちですが、Rudolf Lutz自身が担当していると思われるオルガンソロ・パートを中心に、きびきびして決して弛緩を許さない良演奏。全体の演奏としては、Rudolf Lutzらの演奏にしてはあまり主張を強烈に打ち出さない控えめなものでした。最後のBWV99はJ.S.Bachが同名コラール「神のなすことに理あり」によるカンタータを3曲も遺しているうちの最古曲で、冒頭合唱が後にBWV100へ転用された名曲の初期型。その音楽自体はBach後期のBWV100の完成度には劣るようですが、他楽章に非常にしみじみとした音楽が多く、魅力的な演奏と思います。全体に、選曲が彼らのやや単純で楽天的な演奏の性格にマッチしているからでしょうか、ピカイチとまではいかないかも知れませんが、曲の味わいをうまく伝えられた好演盤と言えると思います。

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     2019/07/06

    Rudolf Lutz/J.S.Bach-Stiftung St. Gallenのカンタータ第8集。小規模ながら、比較的高名なヴァイマール・カンタータBWV18「天より雨雪の降るごとく」を、やや大規模なライプツイヒ時代のコラール・カンタータ2曲が取り囲む構成。最も有名なBWV18にしても、誰でも知っているというレベルでなく、ましてコラール・カンタータ2曲は自分も2−3の演奏でしか知らないので、ぐっと地味な選曲と言えるでしょうか。Rudolf Lutz他の演奏は、例によって技術的には手堅く、声楽陣も現在の演奏レベルとしてはほぼ上位に位置づけられると言え、その意味では上質な演奏と判定できるかも知れません。ただ今回の3曲、非常に有名な曲で無いから、というハンデを差し引いても、ちょっと満足できる再現には遠いようです。おそらくその最大の要因は、Rudolf Lutz(とその解釈者であるAnselm Hartinger?)の採用している、全体に均一(画一的?)な早めのテンポで、これがともすればその美しさが埋もれてしまいがちな地味な楽曲の、さりげない魅力を十分掘り起こさずにいつのまにか時間が過ぎ去ってしまうことに繋がっているように思われました。特にBWV107の、小規模ながら魅力的なアリアが連続しているような曲においては、器楽、声楽のちょっとした前奏をいかにじっくりと奏でるかによって、曲全体の魅力がまるで違って聴こえるのですが、Rudolf Lutzの先へ先へと急ぐばかりのテンポでは、その魅力がまるで明らかに出来ていません。正直、演奏技術としては劣るかもしれないP.Leusing盤の、緩急をつけたゆったりした再現の方が、こんなに美しい曲があったのか!と気づかされる瞬間が遥かに多い。J.S.Bachのカンタータは玉石混交であっても、全てが美しい、と言われた皆川達夫氏の言葉が納得できるのは、今回に関しては残念ながらRudolf Lutz盤以外であると言わざるを得ません。ヴァイマール・カンタータBWV18に関しては、S.Kuijkenの最新OVPP盤があり、演奏技術・解釈全てにおいてやはり遠く及んでいません。質の高く貴重な全集プロジェクトですから、時折このように掘り下げがまるで今一つ、という盤があるのもやむを得ないか、と言うのが今回自分の偽らざる感想でした。

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     2019/06/23

    自分の知る限りでは、Roussetの初めてのFrescobaldi録音であり、またこれまでのRoussetのレパートリーの中で最も古い時代の音楽ではないでしょうか。選ばれたのは、1615年、Frescobaldi最初の出版曲集からで、やや小規模なトッカータと規模の大きいパルティータ他を交互に配しています。どちらかと言えば、Frscobaldi初期に重点を置いた選曲だからでしょうか、ここでのRoussetの演奏は、数年前の平均律2巻に見るような対位法の網の目を一点も残さず解きほぐし、組み上げて構築していくような厳格さより、Frescobaldiの(特にトッカータに顕著な)非常に劇的でバロック的、奔放な楽想を最大限に楽しもうとする自由さに溢れており、16世紀の非常に繊細な音色を持つ名器の使用とあいまって、Frescobaldiの生きた時代の空気をまざまざと伝えてくれます。名作”Cento partite sopra passacagli”など、渡邊順正氏の厳格で正統的な名演とまた違う、非常に自在ながら味わい深い良演です。今後、RoussetがFrescobldi後年のあの複雑なCappriccioなどでどのような名演奏を聴かせてくれるか、いまから楽しみですね。

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     2019/05/31

    Mahan Esfahaniのこれまでの録音の中で最も素晴らしい仕事かも知れません。Rameauのクラブサン全集録音は、F.Couperinなどに比較して曲数がそれほど多くなく、またはるかに近代的であるため、ピアノによるものも含めてこれまで決して少なくありませんでしたが、他の評者も指摘されるように決定版と言える演奏は無かったように思います。自分も過去のRameauクラブサン全集録音の一部しか聴いてませんが、それでも録音の良さも含め、こんなに魅力的な全集は初めてです。実は最初に聴き始めた時、Rameau最初期(20歳そこそこ)のイ短調組曲においては、やはりまだ一本調子で味わいが乏しいかな、と感じた瞬間はあったのですが(Pinnockの再録音などに較べ)、聴き進めるにつれ、Esfahaniの明確な構造を表出する主張のはっきりした新鮮な演奏に引き込まれていきます。Rameau壮年期のホ短調、ニ長調組曲、その中でもいくつかの有名曲(Le Rappel des Oiseaux, Tambourin, Rigaudons1/2, L’Entretien des Muses, etc)は、瑞々しい詩情と近代的な生命力を漲らせた、これ以上ない名演奏。後半の2組曲においても、とても一本調子とはほど遠い、明確な和声感覚と構造にRameauの音楽本来の魅力であるピンと張りつめた情緒をまとわせた表現した好演奏であり(Le Triomphante, Gavotteなど!)、Peter Jan Belderの全集を録音の面だけでなく、完全に上回っているのではないでしょうか。決してフランス的とは言えない演奏かも知れないし、このような現代的なRameauを好まない方もおられるかも知れませんが、それでも確かにRameauの音楽の本質的な魅力を確かに捉えた良演奏であることは確かで、多くの方にお薦めする価値があると思います。

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     2019/05/09

    Giuseppe Maletto自身のライナーによれば、Cantica Symphoniaが初期から活動の場として結びつきが強い、北イタリア/コレットのカルメル会女子修道院教会ゆかりの作品集。この修道院ゆかりのルネサンス合唱小品に、現代作曲家がCantica Symphoniaのために作曲した2曲を加えており、地味ながら全てに充実した合唱ポリフォニーが味わえます。作曲家としてはHeinrich Issacが3曲、Jean Mouton2曲、Josquin1曲、Senfl1曲他。今から10年前、すでにCantica Symphoniaの活動が脂が乗り切った時期であるだけに、その演奏技術は現代のトップクラスであり、器楽を全く加えないながら一切の緩みが無い見事な歌唱と思います。有名作品は無いですが紛れも無い好演集としてお薦めできる思います。

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     2019/04/14

    実は古楽愛好家としては恥ずかしながら、Colin Tilneyの演奏をこれまでまとまって聴いた事がありませんでした。その名は自分が音楽を聴き始めた数十年前から知っていたし、断片的にはその演奏に触れた事はあっても、何となく若手演奏家の一人くらいのイメージでしたが、今回初めてアルバムを購入し、若手どころか、まもなく90歳も近い、古楽演奏家としては最長老の域にあることを知りました(昔Leonhardtに師事したことを聞いてたので若手のイメージがあったのですが、年齢はたった5歳しか違わない)。今回のW.Byrd作品、その長い演奏経験と古楽研究を積み重ねた名匠らしい、実に味わい深い演奏集と思います。おおむね、Byrdの最もポピュラーな作品群が選ばれており、さすがにもっと若々しい溌剌とした演奏も他にはあるのですが、一方でひとつひとつのフレーズとリズム、その間に潜むえもいわれぬ「間」の妙味は、普通ベテランでなければ出せないものかも知れません(A.Hakkinenなど若くして適合してしまう演奏家もいますが)。必ずしもこれが各曲の最高の演奏では無いかも知れませんし、地味ですが、Byrd鍵盤音楽の魅力の本質をはずさない好演盤ではないでしょうか。W.Byrdの音楽に魅力を感じる方なら、持っておかれて決して損は無いと思います。

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     2019/04/05

    もはや老境に入ったと言っていいこの作品、年寄臭い要素など一つも無いにもかかわらず、非常に滋味溢れる、味わい深い作品と思います。思えばPaulほどに鋼のメンタルを持った人でなければ、Beatles解散後、ここまで息長く活動はできなかったでしょうが、それがわれわれ、Beatlesによって生涯を決定された人間達には、良くも悪くも彼を冷静に評価できない原因になってしまうのは皮肉です。それでもBeatles解散後半世紀、Paulが決してめげず弛まずに前向きにいてくれた事が、われわれ(Beatlesファン)を結果的にどれだけ救ってくれていたか。客観的な評価はまだできないけれど、おそらくすべての音楽ファンに薦める価値のある名品(の一つ)と思います。Thank you so much for your long-term contributions to world-wide, contemporary music, Paul!

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     2019/03/23

    Christophe Roussetは2010年にも、同じ仏HMからLouis Couperin作品集を出しており、今回の新しい作品集と合わせて(曲の重複が無いので)Louis Couperin全作品のほとんどを録音した事になるでしょうか。今回は録音のコンセプトが前回と異なるようですが(フィルハーモニー・ド・パリ所蔵の歴史楽器による初録音)、収録作品数も前回より遥に多い68曲、CD2枚にいっぱいいっぱいと非常にヴォリューム満載(前回は同じCD2枚に38曲)。Louis Couperinの演奏では数年前に、Richard EgarrによるCD4枚の全集が出てますが、Egarrの繊細を極めた演奏と比較すると、前回のRoussetのはどちらかといえば、構造的・構築的であり、Louis Couperinの重厚さ・劇性が強調された反面、細部の細やかさ、微妙な味わいにはまだ乏しい印象でした。今回の新録音、Roussetの基本的な姿勢は全く変わってないようですが、前回より重量級のCDであるにも関わらず、遥かに印象は軽やかで味わいが増しているように思います。構築的・劇的でありながら、決して重々しくがんじがらめにならず、全体で2時間半もの演奏がいつのまにか聴き通せてしまいます(前回は1時間半を聴き通すのがしんどかった!)。あまりにも月並みな文言ですが、やはり前回から10年を経たRoussetの円熟、としか言い様のないものが今回の新録音には表れているように思います(楽器の違いも大きいかも知れませんが)。もちろん他の奏者の録音に、これ以上のLouis Couperinの表現が無いわけではありませんが(1970年代のLeonhardtのDHM盤や、ごく最近のPinnockのPlectra盤!)、それでもEgarrの全集同様、現在求め得る最上のLouis Couperin演奏の一つとして、多くの古楽ファンにお薦めできる好演集ではないでしょうか。

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     2019/03/03

    自分は世評の高い、C.Davis/LSOのシベリウス全集を聴いておりません。なので、今は亡きこのシベリウス・スペシャリストのキャリア内での、この最初の全集の位置づけは判りませんが、最近ふとしたきっかけで購入し直したこのデッカ盤(CD初期に出たPHILIPS盤はあまりにもお粗末な音質で、演奏の真価をとても伝えられてなかった!)全集を、それこそ30年ぶりに聴き、初出時に数々の賛辞を受けたこの名演の真価をあらためて再認識しました。C.Davis/BSOのLP全集が出た40年前、すでにシベリウス交響曲全集は複数存在していた訳ですが、思うにこれだけ見事な合奏力を持つオーケストラによるものは、(バーンスタインやマゼール含め)Karajan/BPOの選集を除いて無かったのではないでしょうか。それだけここに聴くBSOのオケとしての能力は素晴らしいものがあります。そして徹底的に磨き抜かれて耽美的なKarajan/BPOの演奏とはまさに対称的に(作曲者自身が絶賛したようにそういった演奏もシベリウス音楽の本質をついた名演ではあるでしょうが)、このC.Davis/BSOの演奏は、希代のメロディスト、耽美家としてのシベリウス音楽にほとんど目をくれず、シベリウス音楽の構造性、現代性、そして非西欧性を徹底してハードに、武骨なまでに明らかにしていきます。それを支えるのが、BSOの粗削りなまでに強烈な合奏力ですが、それは粗い未完成な演奏とは対極の、徹底して考え抜かれた演奏であり、雪と氷に覆われた北欧の荒々しい自然の偉大さを目の当たりにするようです。最も典型的な例として、シベリウス通を自認される方が「通俗的」「恥ずかしい」と非難される事が多い第2番、ここに聴くC.Davis/BSOの演奏は、万人を興奮させるような盛り上がりには全く欠けるかも知れませんが、まるで寄せ木細工のように種々のモチーフがちりばめられ組み上げられていく様は、それまでの西洋古典音楽における交響曲概念からかなり逸脱しており、この「通俗名曲」がいかに限りなく斬新で現代的な価値を有するか、再認識させられます。一般には目立たないとされる第3番が、ここまでの雄大な偉容を有した大曲である事を感じさせるのも、この演奏をおいて知りません。第4番は耽美的な詩情こそ希薄かも知れませんが、やはり徹底的に構造を全面に押し出した、極めて現代的で充実した名演。最後の第7番も、バルビローリのような名人芸とは異なりますが、一切甘さを排除して純粋に音楽構造のみの充実を追求することによって、この最後の傑作がJ.S.Bachのシャコンヌや、Beethovenの最後のピアノ・ソナタ第32番のような、「音楽そのものによってしか説明できない」西洋音楽史上の第一級の芸術作品であることを、実感させてくれます。交響詩ではタピオラが、やはりKarajanの名演と全く対極の、しかも双璧をなす構造的かつ現代的な名演奏。いまや星の数ほどにある(であろう)シベリス交響曲全集ですが、このC.Davis/BSO盤は、少なくともオーケストラの能力の点で言えば未だにこれを越える演奏は(Rattle/BPO含めて)無く、かつシベリウス音楽の構造性、現代性、非西欧性を極限まで表現した点で、他にならぶもののない存在価値を有する名盤と言えるのではないでしょうか。

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     2019/02/11

    私見では、J.S.Bachの有名曲中でこれほどの難曲は無いでしょうが、それはひとえにこの西洋音楽史上でもちょっと類を見ない傑作の理想的な再現がほぼ不可能に近いからと思います。もちろん、この曲集はJ.S.Bachの生きたバロック時代の、器楽協奏曲原理に深く根ざしているわけですが、このたった6曲の小曲集(一曲一曲は決して長くない)が、当時に至る器楽協奏曲の歴史をほとんど鳥瞰する内容になっていることからしてあり得ないのに、加えてそこに遠く古典派から現代、果ては未来に至るまでの音楽の流れを見通す要素さえ、示唆される。このようなとんでもない傑作に対して、これまで十全な再現に近づけた演奏なぞ、片手に余る程もありません。Lars Urlik Mortensen/Concerto Copenhagenのこの演奏も、不満な要素が無いはずもないのですが、それでも近年のBrandenburgの中で、目立たないながらこれほど質の高い演奏も稀なのでは無いでしょうか。自分の考えるに、Bachのこの傑作で(そして他の全てのBach管弦楽作品で)の再現に最も重要なのは、音楽のあらゆる要素において「中庸」な、言い換えれば「至適」な方法を見いだし、それを各要素間のやはり「中庸」なバランスにおいて実現することーこれはおそらくBrandenburgの演奏史上初めて理想的な再現に近づいた、Gustav Leonhardtのセオン盤にLeonhardt自身が寄せた短文に書かれている事ですがーではないかと思うのですが、Mortensen/Concerto Copenhagenはこの盤において、人の目を奪うような奇異な再現は何もしていないにも関わらず、決してそれ以上でもそれ以下でもない、曲そのものの中庸な再現を実現しており、それが聞き返すほどに味わいを増していきます。もちろん歴史的音楽の再現にーこれもLeonhardtが言ったようにー決定版とかスタンダードなどはあり得ず、これ以上の再現も十分に存在するでしょうが、それでも現在存命中の音楽家で、ここまでBrandenburgの忠実な再現に迫り得ているのは、Mortensenの先輩/盟友であるTrevor Pinnock/European Brandenburg Ensembleのさらに一段上をいく演奏を除いて、自分には思い当たりません。細かい事を言えば、5番のチェンバロ独奏の推進力を始め、もう少し望みたい部分は尽きませんが、それでも自分の知る限りで実は稀にしか出会わない、「中庸な」Brandenburgの再現として、多くの方にきいて頂きたい良演盤と思います。

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