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marco さんのレビュー一覧 

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  • 3人の方が、このレビューに「共感」しています。
     2016/03/08

    楚々としたプロムナードから始まる繊細かつ鮮度の高い展覧会の絵。この曲集は、実は弾く人が一番楽しい。ラベルが絢爛豪華なスペクタクルにしてしまう前のとてもイマジネーション豊かなスケッチをムソルグスキーは提供している。これらは壁に掛けられたあくまでも額縁のある絵画であり、亡き建築家の友人に向けての哀悼の曲集なのだ。彼女のアプローチは、鮮やかな技巧と感性で一つ一つの絵の新鮮な容貌を明らかにしていくもの。キエフあたりになると音を足す巨匠もいるが、ここはグッと我慢して踏ん張るのがいい(ホロヴィッツは別格として)。消えてしまう音の間に大伽藍を築けるのが抽象度の高いピアノの素晴らしさなのだから。
    ラ ヴァルスは、屈折したラベルが凝りに凝って細工した「ワルツの崩壊」で、これは逆説的にスタイルを守らないと崩壊が活きてこない。彼女は見事に弾ききっているのだけど、この曲の本質と彼女の天然の感性の煌めきは個人的には相容れないものに感じた。
    というわけで期待のペトルーシュカ。これが想像以上に凄いものだった。ポリーニのそれが父親譲りの真白なコンリートの近代建築とすれば、彼女のそれは極彩色の珍しい石と絹織物で構成された一品ものの宝飾服飾品。従来の技巧自慢の強者たちを一断のもとに薙ぎ倒すがごときスピードと、多彩な音のパレットと表現で、めくるめくカレイドスコープが展開される。インテンポで弾くだけでも大変なのに、余裕をかまして人形のお伽話を語り得ていることに唖然とさせられる。ブニアティシビリの豊かな感性と、即興性、技巧が見事に結実した、若き日の金字塔となる演奏。

    3人の方が、このレビューに「共感」しています。

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  • 1人の方が、このレビューに「共感」しています。
     2014/10/29

    曖昧さと無縁の正確な演奏が実に清々しい。物凄いテクニックに裏打ちされた「正確さ」が、一見何気ない風情の中に、無数の発見と驚きを提供している。生真面目過ぎるほどの楽譜への忠実さから生み出される音楽の豊饒。ドビュッシーが草葉の陰でさぞかし喜んでいることだろう。ただただ惜しむらくは、ハイペリオンの古色蒼然たる録音。このレーベルはアルバムジャケットの辛気臭い印象通りに、録音技術の古臭さが玉に瑕。アムランは、これだけで2,3割は損している。万を時して、おそらくは五本の指に入るほどの演奏なのだから、鮮度の高い最新かつ高繊細なピアノ録音が欲しかった。DGとまで言わなくても、英国シャンドス等はロルティにファツィオーリを弾かせて素晴しい成果を挙げているのに。でも、それを補っても余りある程にアムランのドビュッシーは、凡百のピアニストから一歩抜きん出た所へ到達していると思う。

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     2014/04/13

    現代音楽を得意とするエマールだが、この曲集では拍子抜けするくらい穏やかで手慣れた雰囲気が全体を耳触り良く包みこむ。構造や響きのディテール等は勿論最新の切れ味を示すのだが、それらを「腑分け」のように先鋭に際立たせるのではなく、敢えて全集としての流れと構成を泰然と呈示している。古くはGiesekingの清潔なモダニズム、熟練の手技をさりげなく極めたMicherangeliの第一巻など、豊饒なアプローチが今までになされてきた。二十世紀ピアノ音楽の最高至宝ともいえるドビュッシーの作品群は、未発の可能性に満ちた巨大な山岳であり、これでもようやく「道半ば」。まだまだきっとこの先があるものという期待を込めて見渡せば、未完の可能性に向かって孤軍奮闘するCassardやLubimovのようなピアニストが少数だけれど存在する。彼らの背中を追って、これからのピアニストが更に新しいステージを切り拓いていくことだろう。

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  • 3人の方が、このレビューに「共感」しています。
     2014/04/13

    既往のピアノ演奏より一段高いところを静かに爽やかに吹き抜ける一陣の風のようなものを感じた。凡百の解釈や技術の問題を軽々とクリアした上で、どこを目指すのかまだその方向性はわからないが、真摯な姿勢と音楽的直感がメタレベルでの清らかな推進力を湛えた確固とした水脈のようなものがこのピアニストにはある。
    勿論、スクリャービンのアウラや、リストの巨大な器を十全に満たすことはこれからだけど、現時点でも何か超然とした余裕が、テクストの上で自由自在に振舞っているかのようで、その実押さえるべき構造は外さない表現を生み出している。
    クリシェに陥りがちなショパン前奏曲全曲は、鮮やかにリニューアルされて驚きと愉悦に満ちている。カーネギーホールでのライブとはとても思えないような完成度の高い演奏と録音。ショパンが終わるまでは拍手等一切カットされた編集で、オンマイク気味のスタジオのような録音で、かつノーミスなので、私は途中で本当にライブなのかと疑ったが、最後の割れんばかりの拍手でライブであることを確認できた。それにしてもロシアの大地は、何故このような非凡なピアニストを絶えることなく生み出しうるのだろうか?

    3人の方が、このレビューに「共感」しています。

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  • 4人の方が、このレビューに「共感」しています。
     2012/05/15

    シマノフスキのCDの陰に隠れて迂闊にも見逃していたが、これは素晴らしいショパンだ。全てを楽譜というテクストから洗い直すのは現代ピアニストの基本的な出発点だけど、アンデルジェフスキの呈示する音楽は、そこからはるかに高度な地点に達していて、更に知情意のどれもが際立っている。彼の音楽のベースは確固とした構造にあり、大元にあるのはとてつもなく精密な体内クロックともいうべきものだ。その精度は並のピアニストとは桁が違う。全てのリズムの元が、1/100〜1/1000の刻みで構成されているような感があり、それが音楽に揺るぎない安定感と、切れの良さをもたらしている。マズルカやバラードやポロネーズの複雑な付点音符や休符に、新しい光が当てられて目覚ましいディテールが開示されていく様が爽快。バラード一番、二番を避けて、三番、四番を選択しているのもむべなるかな。モンサンジョンのBDでもちらっと弾いていたが、夢見るような気品に満ち溢れる三番。そしてショパンのちょっと詰め込み過ぎ感のある四番を、鮮やかに分解修理して現代の新しい物語たらしめている力量に感服した。手垢にまみれた英雄ポロネーズから、精確なリズムと構造で「新しさ」を呈示できるピアニストなんていただろうか? 一方で熱い情熱の迸りのような音が、ここぞという時に炸裂するのは現代のピアニストには珍しいので嬉しくなってしまう。熱さとクールさ、硬軟、論理性と癒し、など等の相反するものを音楽にする才能に恵まれていて、時あたかも音の神ミューズが降臨しているかのよう。

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  • 3人の方が、このレビューに「共感」しています。
     2012/03/25

    80年代、アファナシェフでいきなりシューベルトの極北を体験して以来、シューベルト=「鬼門」として大真面目に禁忌の音楽として封印していた。その呪縛を見事に明るく解き放ってくれたのがポールルイスのシューベルト。特に、このト長調のソナタだ。数あるソナタの中でも特にこのソナタはルイスの血肉と化したような出来映え。決して「叫ばない」節度を保った打音、素晴らしく均質なレガート奏法が、優しげで何気ない音楽の中に最新のテクスト読解の成果を「あざとさ」無しに盛り込みつつ、シューベルト独特の内密な世界を今この同時代に滞りなく表出していく。「枠」の外に出ようとするのではなく、「枠」を受け入れてその中で内向きの斑模様の想念を細やかに表出していくシューベルトの音楽。演奏時の姿は師匠ブレンデルを彷彿とさせるが、音楽は師匠よりも数段自然で好感触。全体に優しさと癒しに満ちた音の玉手箱。好録音ゆえ24bit/96kHzデータに行ける人は超お勧め。

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  • 1人の方が、このレビューに「共感」しています。
     2012/03/25

    ショスタコーヴィチもそろそろ政治的生臭さが取れて「古典」として扱われるようになったことを実感できるアルバム。コロベイニコフにとっては、これら二つの協奏曲は極く自然に身体化された音楽のよう。肩の力の完全に抜けた自由闊達な音楽の純粋な喜びが聴こえてくる。24の前奏曲op.34は「前奏曲とフーガ」op.87よりも若書きの曲集だけど、多様なラインと構造の遊びが面白い。総じて陽性の明るさと軽やかさがコロベイニコフの美点。ちなみに協奏曲一番ではトランペットソロも重要。昔、ティモフェイ・ドクシュッツェルという名人がボリショイにいたが、同門の超怒級トランぺッターの名演がピアノに負けていない。

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  • 0人の方が、このレビューに「共感」しています。
     2012/03/24

    ムストネンはとてもオリジナリティのある弾き方をする人という印象を持っていた。カリグラフィで言うと、ハネのある髭文字の感じ。でもこのスクリャービンでは、そのようなハネは殆どなく、作曲者に寄り添った正攻法の音楽が展開されている。op.8のエチュードは、ロシアンスクールのピアニストでは何気なく腕試しのように流されがちだが、どこかゴツゴツとしたマチエールが、逆にこの練習曲の非凡な構造をあらわにしてくれる。op.13, op.16のプレリュード集は、今ままでショパンの亜流として軽く見られがちだったスクリャービン初期の何気ない小曲の一つ一つに、丁寧な叙情性を持って取り組み、どこか北欧の研ぎ澄まされたピアノ小品のような味わいを醸し出すことに成功している。これは素晴らしい。そして10番のソナタと「炎に向かって」は、彼の指揮者としての資質が、ピアノを越えたヴィジョンを喚起するかのよう。ピアニスティックな効果の先にあるものを明確に意識していることがまざまざと伝わる「溜め」の効いた音楽運びが見事。

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  • 2人の方が、このレビューに「共感」しています。
     2011/10/15

    カラヤンの、カラヤンによる、カラヤンの為の協奏曲。協奏曲には競争という意味は無いから、指揮者主導による完成度の高い協奏曲、私は大いに結構だと思う。しかし指揮者の権威も半世紀のうちに随分小粒なものになってしまった。アナログ黄金期のこの二大協奏曲は、カラヤン/ベルリンフィル、カラヤン/パリ管の良き時代の遺産だ。
    カラヤンの手にかかるとラフマニノフのちょっとへんてこなオーケストレーションのお国言葉が、柳に風の如く揚々と磨き上げられ、国際標準の耳触りの良い音楽へと昇華される。超高級BGMと揶揄されようがそれは紛うことなく一流の音楽表現だ。ピアノの最右翼をラフマニノフ自作自演の「軽ろみ」とすれば、オーケストラの最右翼はこのカラヤン盤で寡聞にして未だこれを越えるものを知らない。素材としてのワイセンベルクの最上部分をカラヤンはうまく引き出して稀代の名演奏を実現している。イエス・キリスト教会のステンドグラスを背景にした美しいオリジナルジャケット写真が、時代の雰囲気を伝える。ちなみにこのオリジナルカップリングのフランクも隠れた名演だった。
    カラヤンのチャイコフスキーは、後年、より耽美的な方向に向かうが、この時代は未だバランスの良い美学を示す。まさに大上段に振りかぶった虚飾の大伽藍とも言うべき、神々しいほどの禍々しさが素敵。パリ管の明るめの音色とワイセンベルクのクリスタルな美音がカラヤンの棒の下で幸福な邂逅を達成している。CDの価格は悲しくなる程安いが、アナログマスターがある限り、いずれハイレゾ化されて聴き継がれていくだろう。

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  • 5人の方が、このレビューに「共感」しています。
     2011/10/15

    出張時の飛行機内という厳しい環境下でも染み入るように聴けて、後々まで滋養となるような演奏。疲れきった体の奥底に温かみのある音楽がじわじわと浸透し、その後も何度もフレーズをリフレインしている自分に気付くのだが、そんな後々まで何かしみじみとした栄養のような心地良さを与えてくれる。巨匠や稀代の新星、名曲名盤、様々な演奏が様々な装置を通り過ぎていったが、兵どもが夢の跡、最後にはポミエの演奏がごく自然に、寄り添うように小さなi-Podに残っていた。高い技術的修練とテクスト読解の上に、威丈高でない等身大のベートーヴェン像が粛然と達成されている。ポミエに対する諸氏の高評価に膝を打つと共に、新時代のスタンダードはかくも優しげな面持ちの中から生まれてくるのだという、現場に立ち会えた「同時代性」にも何故かほのぼのとした想いを得た。

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  • 4人の方が、このレビューに「共感」しています。
     2011/10/15

    リストの音楽史的意義を考える意欲的かつ知的なプログラムで、二晩のリサイタルのライブ盤ということで完成度という点では若干厳しい部分もある。とりわけ一晩目の最終曲ロ短調ソナタは、ここまで並列化され相対化されてしまっては味も素っ気も無いが、エマールの意図は敢えてロマン主義の誇大妄想からの訣別とも捉えられる。まああまり肩肘張らずにリストの多様な展開に自由にインスピレーションを広げるのが良いのだろう。総じて言えば響きの感覚に清潔感があり、ニュートラルな楽曲把握が特徴と感じた。単なる速弾きや、こけ脅しの誇張でないリストは、現代的要求に呼応している。かなり印象的だったのが正確なトゥリル。音価と響きが完全に制御されたトゥリルが、今までに無い透明感のあるラインを精緻に表出しており、従来のリストから一歩進んだ演奏たりえると共に、メシアン等との対比にも強い説得力があった。「リストのピアノ曲はいつもマリンバのよう」と、かなりネガティブに語った友人がいたが、音数の多い表層に足を絡めとられているうちは、その先に行けない。その先には意外に清澄でシンプルな音楽がある。しかしそれには日々の鍛錬を経た現代のメカニックが前提として必須であり、その上でメフィストに魂を売るか、あくまでも覚醒し続けるかの選択が必要だ。エマールは勿論後者だ。スクリャービンのアウラに触れること無くそれでも十分に美しく構造的で印象に残る九番は望外の僥倖だった。

    4人の方が、このレビューに「共感」しています。

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  • 3人の方が、このレビューに「共感」しています。
     2011/09/03

    同時代を生きるアリス沙良オットの「音楽に対する勘の良さ」と「音楽に対する喜び」が直球で味わえる良盤。こねくりまわさない天然物のリスト。
    ややもするとごり押しの暴力的な音の洪水で直ぐにお腹一杯になりがちな曲集だが、
    彼女は知情意の絶妙なバランスをもって、軽やかに、しかし堂々とした構造の大きさを携えて、そこに多彩な閃きと若々しい感性を散りばめながら、全曲を飽くことなく聴かせきる。老成や円熟よりは、若さと鮮度に重きを置いた曲集。録音も優秀。

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  • 6人の方が、このレビューに「共感」しています。
     2011/09/03

    冒頭の「愛の夢」が効いている。手垢にまみれた名曲ピースから、これ程までに「果たせない」愛の姿を浮き彫りにした演奏があっただろうか? 期待をもって次の難攻不落のソナタに聴き進む。猛烈なスピードが、それ自体愉悦を持っているのだが、表現がやや表層的。そして前半部の最も破滅的で暗く混沌としたピークが至極あっさりと終了した時に、私はああこんなものかと少し落胆した。しかし後半部のフーガが開始され、スピードの愉悦に追い打ちをかけるように亀裂と軋轢が重層的に加わり、それがどんどんと加速され、とんでもないストーム状の高揚を呈示した後に主題再現部へと到達した時、彼女のソナタの真骨頂はここにあったのだとわかった。後は野となれ山となれではあるが、この曲に関しては巨匠の演奏でもどこか不備があるのだから、たとえ部分的ではあってもオリジナルな表現を呈示し得ただけでも価値があると思う。メフィスト以降は、弱音でスローな部分の叙情性が素晴らしかった。蛇足だが、ヴィジュアルの売り方やDVD付USA盤の値付け等のプロモーションのあざとさが残念。

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  • 4人の方が、このレビューに「共感」しています。
     2011/09/03

    ワイセンベルクの演奏は、所々で自動機械のような音楽運びが印象に残る。構造も音色も申し分無いのだけど、音楽は自然な息づかひの対極にある人工的な雰囲気と、永遠に続く苦役の一部を呈示されるかのようなニュアンスを帯びている。これは未だMIDIがなかった時代に、生身の人間が敢えて恣意的に行っていることに意味があり、その意思が異形の感動と、人によっては拒絶を誘起する。でもそこには紛うことなきオリジナリティがある。
    近代初期に、”機械”というコンセプトや”機械”に対する憧憬を表現するにあたって、手法そのものは全く”機械的ではなく”極めてアナログでマニュアルなものであったことから、美術、建築の世界では数々の名作が生み出された。
    ラフマニノフの自演が音数の多さに反比例して音楽が軽やかに構造化されるという不思議な印象を与えつつあくまでも暖かみのあるヒューマンな音楽であり続けたのに対して、ワイセンベルクの演奏は音数の多さを捨象することなく丸ごとスピーディーに構造化しつつ、それをロシアンスクールの緊張と爆発というカタルシスに解消すること無く、クールな表情で息継ぎなしで呈示し続け、そこに興味深い差異と距離感が生まれた。
    曲集の最終曲op.32-13の前人未到、唯一無二ともいえる圧倒的な力技を前にする時、私はワイセンベルクの達成したこの異形の高みに驚嘆の念を抱かざるを得ない。これもまた芸術の頂の一つであったのだと思う。

    4人の方が、このレビューに「共感」しています。

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  • 7人の方が、このレビューに「共感」しています。
     2011/09/03

    久々に聴き応えのある全集の登場。ロルティの超洗練主義とも言うべき「一歩身を引いたスタンス」が、リストの様々な面をあぶり出し、飽くこと無く最後まで繰り返し聴くことができる全集に仕上がっている。ヨーロッパ社交界のスーパースターとして頂点を極めたリストの晩年、栄華の果ての境地に生み出さた音楽は、劇が終わった所から始まる「能」のように、ミニマルな旋律をベースにしつつ、所々に栄華の残り香を断片のように散りばめ、独特な枯淡の境地を示す。これは中途半端なピアニストにマジで弾かれると台無しだ。過去の思い出の回想、最後に独り静かに対峙する文物や思索の素描、目前に迫る死への想い等々が、生々しい形でなくどこか遠い世界の出来事のように達観して表出されてほしい。ロルティの超洗練主義はこの曲集の多様な特性を引き出すことに成功している。そして、ファツィオーリの豊潤なピアノの音が、曲集の一部難渋で陰鬱な性格に対して馥郁たる深みと華を添えている。オーディオ的愉悦度も高い。尚、ロルティは1990年に第二年イタリアS.161を録音しているが、今回は全て新しいテイクである。

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