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うーつん さんのレビュー一覧 

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     2021/05/03

      クレーメルによる会心の一撃!
      2019年にAccentus MusicからリリースされたDVD(ドキュメンタリー『ギドン・クレーメル 自分の声を見つけること』)にもこのヴァイオリン協奏曲が少し登場し、いつかリリースされたら…と思っていた。今回登場した一枚はその期待にたがわぬ鬼気迫るテンションで我々に訴えかけてくる。

      聴きながら、この協奏曲(そしてカップリングのソナタでも)でヴァイオリンに与えられた役割とは何だろうか、と考えた。私なりの考えではヴァイオリンは「叫ぶこと」を要求されているということだ。作曲者の声にならない(声にできない)叫びをこの楽器に込めたような気がした。ショスタコーヴィチなら声にせず音楽の裏にそのメッセージを忍び込ませるところだろうか。音楽の外見は似ているが内実はかなり違う。しかしその根底にある想いは同じな気がする。

      時代は違えど、同様の空気を吸って生きてきたクレーメルにとって、自らの楽器でその叫びを再現するのは当然のことであって、すべきことでもあるのかもしれない。クレーメルから見るとヴァインベルグはそんな共感をもって接することができる作曲家なのだろう。作曲者の「伝えたいこと」を代弁することを自らに課して、使命感をもって紹介しているのだろう。いわゆる一般的な音楽マーケティングからは(おそらく)ほど遠い場所に存在するヴァインベルグの音楽にこれほど力を入れるのもそう考えると理解できる気がする。「売れ筋」とは言い難いが、そんなメッセージに耳と意識を傾けたい方に聴いていただきたい。

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     2021/05/01

      紹介レビューにある通り「鮮烈な演奏」。モダン楽器の晴々とした響きとは違うが、それに負けない迫力は一聴の価値あり。湧き上がる音楽に突き動かされていくような心地よい推進力と全面に拡がる新鮮な音の咆哮。と言っても前後見境なく走り回るという印象は皆無で、じっくりリハーサルで楽器間のバランスや掛け合いを理知的に検証した後で、それを爆発させたような印象。第1楽章の最初の和音の合奏から「おっ!」と思わせ、その新鮮な驚きと「ワクワク感」は最後まで続く。作曲者がこの曲に込めた気概と「ある英雄」に向けた熱いまなざしを感じずにはいられない。第2楽章も単なる深々とした葬送行進曲というよりは、荘厳と気品を兼ね備えた印象。そして、第3楽章から第4楽章にわたるエピソードのつながりとコーダに向け計算されつくした興奮にのせられてしまう自分がいた。あれこれいじったり変な大見得をきっているわけではないのに不思議とのせられてあっという間に聴き終わってしまう。いろいろな名盤を押しのけてトップを狙える新たな「英雄」の登場を喜びたい。


      メユール自体初めて聴くのであまり偉そうに言えないがカップリングされた序曲は何やら「ドン・ジョヴァンニ」の序曲を連想させる雰囲気とパワーを感じさせる。前回の第5番のディスク同様、時代の空気を味わえる粋なカップリングも好印象。

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     2021/04/12

      2度目のゴルトベルクである当盤は、前回(1度目)と比べても遜色なく、むしろ全く違った音色と演奏を聴けるものなので1度目の録音を聴いている方にもぜひ聴いていただきたい。

      個人的な感想として、1度目のゴルトベルクがザラったした感触とすると、当盤は同様の造りながら仄かに滑らかさや艶やかさ、光沢をまとったような印象を持った。黒楽茶碗のような面持ちを連想させられた。演奏自体も1度目が楷書体、当盤はそれを少し崩して草書体のエッセンスも取り入れたようなひらめきと自由さを感じた。聴きようによっては日本の琴のように聞こえる部分もあったり、ひとつの楽器でこれほどの「音のバリエーション」が出せるのかとびっくりさせられたまま最後のアリアまで聴かせてくれる。さらにそこで終わりとせず、2台のチェンバロとポジティーフ・オルガンを絡ませた14のカノン BWV1087をカップリングしてくるあたりも心憎いプログラミング。

      楽器の特性をフルに活用し、装飾や音の出し方を聴くと武久源造が「楽器の特長を存分に引き出しながらゴルトベルクに彩りを添えたい」と考えて奏でたのではと思ってしまう。また、これだけの表現を許容できるゴルトベルク変奏、それを創りあげたバッハの凄さに今更ながら舌を巻く思いだ。

      名盤として知られるA.シュタイアーのゴルトベルク(2009年録音、Harmonia Mundi)もたしか同様の楽器を使っていたような気がするが(違っていたらごめんなさい)、音の多彩さ・パレットの豊富さは聴き比べしても面白そうだ。 これだけの演奏(と各変奏・音表現を的確に捉えたすばらしい録音にも拍手)があまり評判にならないのが不思議なくらいだ。

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     2021/03/24

     新型コロナウィルスが我々人類に与えた影響は経済損失という数字で表せるものよりはるかに広範囲に深い傷となって今もその猛威は衰えを見せない。そんな中で独りで何ができるのか。何をすべきなのか。その解答の一つがこのディスクだと思う。2020年、世界中の作曲家の「コロナ下での創造」と、じっくり引きずるような曲調であるバッハのサラバンドを混ぜることでひとつの世界観を味わうことができる。現代曲と考えず「コロナ下の今を生きる声に耳を傾ける」気持ちで聴いてみてほしい。そうすると聴こえてくるはずだ。痛みと苦しみと孤独、そして慰めや仄かな希望が。

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     2021/03/13

     当盤のテーマは「舞踏・リズム」といったらよいだろうか。奇をてらうような小細工は無し、微に入り細に入り音の手入れをするわけでもない。もともと楽器自体と個々の奏者らによるメッセージ発出力が強い団体と思っているが、そこからきびきび出されるリズムの照射は聴いていて「作曲者存命中の演奏やそこから受け取る感情の昂ぶりもこんなかんじだったのだろうか」と思える。ベートーヴェンが育ててきたリズムが持つ力の持続と拡がりを2枚のディスクでしっかり感じていける好カップリング。 指揮者がドーピングして煽るような熱狂の渦みたいな7番を期待するとすこしイメージに合わない方もいるかもしれないが、作品自体が持つ「基礎体力」で健全に7番に向き合いたい方におすすめです。 

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     2021/03/09

     ずいぶん昔、NHK音楽祭の放送だっただろうか、交響曲第5番を聴いてびっくりした記憶がこのコンビの初体験。そこからようやく昨年末、この全集&序曲集ボックスで購入するに至った。録音されてから10年以上経ているが、今聴いても新鮮な響きに満ちている。日本酒やワインなどで開栓した時のフレッシュなアロマ、程よいガスが舌を刺激し、豊かな味が染みわたる…そんな感動をこの全集には感じる。お酒もクラシック音楽も伝統に胡坐をかかず新しいものへの挑戦する構造では変わらない気もする。このコンビが繰り広げるベートーヴェンは、古い音楽を古いと思わせずにむしろ「今作ったばかり」な清々しさと覇気が強く感じられる。楽譜の問題もあるが、そこにこだわっても執着しない推進力のある演奏とスケールが非常に魅力的。200年も昔の作品が「現在進行形」で再創造されていく感覚を味わいたい方におすすめです。

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     2021/03/03

      隅々まで音楽芸術への敬虔な共感がいきわたり、スケールの大きさ、振幅の幅広さ、音響が織りなす臨場感…すべてがこのディスクに詰まっている。マタイが演奏された環境に近い音場を再現し、前から後ろから音楽が迫ってくる様は自分がドラマの中に含まれているような気にもさせてくれる。

      西洋音楽の伝統の系譜の中に生きているヤーコプスにとってマタイはまさに血となり肉となっているものなのだろう。このディスクはバッハ演奏史・マタイ受難曲演奏史の系譜の中でも一つの頂に数えられると思う。

      かつてG.マーラーは「伝統とは灰を崇拝することではない、火を守る(伝える)ことだ」と何かの折に言ったそうだが、ここにあるヤーコプスの立ち位置と挑戦こそそのよい例なのではないだろうか。今まで培ってきたものに新しい試みを加えてマタイのドラマは進んでいく。そこに淀みはなく、どの楽器にも確信を持った解釈が沁みわたり、こと歌への理解の深さは素人の私が聴いていてもハッと気づかせてくれる。

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     2021/02/27

     生き生きと、そして節度も保った状態で第9が演じられている。革新と理念の最終的な表明である交響曲第9番ゆえ、演じる方も自然に熱のこもったディスクが多いと思う。もちろん当盤でも熱気をはらんでいる様子は感じるが、音楽の「攻め」としては穏やかな部類ではないだろうか。「第9」のスケールに煽られて表現が飛ばし気味になることはない。部分をおろそかにせず、きちんと歩みを進めながら音楽が語られていく雰囲気だ。第4楽章の声楽はさすがBCJと思わせる、一体感と安定感が感じられる。聴いて興奮する類の第9という感じはしない。が、声楽付きの交響曲として最良の形で表してくれていると思う。大上段に構えない第9を聴きたい方におすすめしたい。

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     2021/02/13

     どこか鄙びた味わいのあるシューベルト・即興曲集。作曲者の感情に肉迫しようとする演奏という感じはしない。 もしも感情や音が形なすものであるなら、それをそっと手で触り、その質感を体感することによって作曲者の心情に寄り添うような。手で触れるからこそわかる、ほのかなぬくもりを感じる。曲間を武久自身の即興によってつなぐ部分もあるが、控えめで曲のバランスを保ちつつ即興曲という性格に寄り添った美しい瞬間も聴きどころと思う。

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     2021/02/13

      バッハの持ちうる技術・芸の精髄を詰め込んだような曲目と演奏だ。「音楽の捧げもの」で今まで愛聴していたのはクイケン兄弟&R.コーネンによる1994年録音のディスクだったが、それとの聴き比べも実に愉しめた。クイケン兄弟によるBWV1079は、ミニマルな構成をもって室内楽を最大限の面白さを表現し聴かせるような感覚を味わってきた。 それに対し鈴木雅明率いるバッハ・コレギウム・ジャパンのメンバーによる当盤では、バッハの「秘儀」に参加しているような気になった。限定された素材ながら一曲ごとに光の当たり方が変わり、ぞくっとさせられた。おそらく1975年に発見された「14のカノン BWV1087」がカップリングされていることもあるのだろう、ひとつの素材が綾なす芸の究極を体験することで「秘儀」感がより一層増してくる。

      その秘儀を体験した後の感覚は人それぞれだろうが、私は気持ちが研ぎ澄まされたような感覚をもたらされた。曲目的に音楽を大いに楽しむ…という類ではない。それよりバッハの奥の院に案内され、その中をそぞろ歩いたような気持になる。奥の院を出るときに最後に奏でられるソナタ BWV1038で柔らかで暖かな日差しを感じ、その秘儀が終わりを告げる…。 演奏の感想レビューにはなっていないが、晩年のバッハが目指した“究極のその先”の一端を味わえるディスクとしておすすめしたい。

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     2021/01/29

     普段なら会場の聴衆ともどもほろ酔い気分で聴けそうなニューイヤー・コンサートも今回は無観客・拍手なしのしらふ気分で鑑賞することになってしまった。独特の華やかな空気は当然少ないが、逆に典雅なワルツや趣向を凝らしたポルカをじっくり愉しめるのがよかった。
     最近の、お祭り騒ぎにしすぎのニューイヤー・コンサートでないから購入に踏みきってみた。とはいえ、無観客・無拍手で行うニューイヤー・コンサートほど味気ないものもないだろう。来年からは超満員の観客の中で「美しく青きドナウ」が演奏される、元の日常に戻れますように。

     指揮がムーティだからだろうか、折り目正しく崩さず、かといって四角四面でない格調高く薫り高い音楽に仕上がっていると思う。ショーに陥らないシュトラウス・ファミリーなどの音楽を愉しみたい方に。

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     2021/01/27

     2019年、ベルリン・フィルのシェフに就任したペトレンコのいわば「お披露目セット」。聴いてみてまだまだこれから伸びしろのありそうなコンビであることを示唆している気がする。

      フルトヴェングラーによって伝説の衣をまとい、カラヤンの下でブランドを確立。アバドと新しい響きと演奏を模索し、ラトルと組んで演奏や表現の可能性をアップデートしていったベルリン・フィルがなぜペトレンコを選んだのか。そこは団員それぞれ思いや思惑もあろう。このセットを体験して私個人の勝手な予想(または妄想?)として抱いたのは、「ベルリン・フィルはペトレンコと心中に近いような冒険をしたいのではないか?」、である。かなり乱暴な物言いとは思うが、音楽界のエリート集団である彼らがペトレンコの一途な指揮になぜあそこまで食らいついていくのかを考えると上述のような意見になってしまう。アバドやラトルが悪いわけではない。各代のシェフと有意義に、一緒に音楽を愉しんできたが、自分たちの能力のギリギリを超えてその先にあるものを見出すためには、かしこまった秀才でなくネームバリュー重視でないたたき上げで天才肌の職人と新たな作品を創っていく冒険の旅に出る必要があると感じたためではなかろうか。その職人、つまりペトレンコの情熱でわが身を焼き尽くしその先を見据えていくのがベルリン・フィルの選定理由であり、望みであったのではないだろうか。このコンビがこの先どうなるかは未知だが、そのベルリン・フィルの心意気とそれに応じてあの猛者集団のシェフを引き受けたペトレンコを見守ってみたいと思う。それがこのセットを鑑賞して受けた第一印象である。どれも力がこもっており「表現し尽くしたい」という両者の気迫が充満している。この異色とも思えるコンビによる冒険の「序章」に興味を持った方は、ぜひ手に取ってみてはいかがだろうか。

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     2021/01/21

      なにより素晴らしいのがオーケストラ。力強く推進力があり、フレッシュであり、乾燥した響きにならず質感に不足しない。今まで「せかせか」と感じていたテンポも「きびきび」という印象に変わり、「重量感に欠ける」と思っていたピリオド楽器での演奏は「みずみずしい響き」に宗旨替え。個々の楽器・演奏者から発せられる音やメッセージがしっかりしているからなのか音の凄味はモダンのフル・オーケストラに充分太刀打ちできていると思う。編成など細かいことは分からないが当盤を聴いて第九に持っているイメージを良い方向に上書きしてもらえた気がする。スタイルは違えど指揮・演奏の根本にある情熱や理想が同じであれば受ける感動は変わらないのだろう。

      ピリオド楽器による演奏、HIP(Historically Informed Performance) スタイルの演奏による第九…実をいうと今まであまり馴染めないでいた。フルトヴェングラー・スタイルの第九に慣れすぎていてどうもしっくりこなかった。しかしようやくこのディスクに出会って「新たな第九」に耳を開けるようになったことに感謝したい。ピリオド、モダンに左右されず良い演奏と力強さは表現できうるものだと実感。 私同様「第九はフルヴェンで」的な考えの方でもおそらくなじみやすいと思うのでおすすめしたい。

      カップリングの合唱幻想曲も素晴らしい。「第九の思想的さきがけ」が前に演奏されることでシラーの詩とベートーヴェンの想いに心を寄せることができる。ベズイデンホウトによるフォルテピアノの溌溂とした演奏から始まって徐々に楽器が増え(思想への共鳴者が増えていくという見立て?)、やがて声も高らかに歌い上げていく発展形は聴いていてすがすがしい。

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     2021/01/15

      世界中がコロナに覆われる直前に完成したワールドツアーのライブ録音。これがライブかと疑いたくなるほどの完成度、ライブだからこその緊迫感が加わり、ヒリヒリするほどベートーヴェンが迫ってくる。

      この演奏を聴いていてふと「ベートーヴェンはこれらの曲を果たして聴衆に聴いてもらうつもりで作ったのだろうか」と考えてしまった。あまりにも厳しく、孤高の境地を目指し、一般聴衆の耳に心地よい要素を削ぎ落し隔絶した世界の中に在る気がしたのだ。作曲者にとってこの弦楽四重奏曲とは「心地よく聴いてもらうもの」でなく「自分自身のため、精神世界を分け入るための哲学」ではなかろうかと思ってしまった。少なくとも私はエベーヌSQの演奏でまずそれを想像してしまった。どのレビュアーからもきかれる音の良さと演奏技術はもちろんだが、そこから更にふみ込んで作品の内奥に迫ろうというエベーヌSQの姿勢と意気込みを痛切に感じる。

      私が特に感動したのは7枚目、第15番 Op.132の第3楽章。冒頭から4人の奏者は「(ヴィブラートなど多用し)歌うこと」をせず、教会旋法を使いひたすら瞑想もしくは瞑目して祈るような厳粛な時間を創造する。やがて新たに沸いた力への喜びと感謝を表出させるまでの長い道のりはこの全集の白眉と思っている。よく聴いていると演奏者の息遣いも聞こえてくる。そこに集中する演奏者の気迫を感じ鳥肌が立ってしまう。 おそらく他の演奏と比較すれば特異な演奏になるかもしれないが20分以上の長い祈りと感謝を聴けばエベーヌSQがワールドツアーをしてまで奏し続けた想いと一体になれるのではないだろうか。  このコロナウイルス禍(2020〜2021年、またはもっと?)の現在にこれを聴くと胸が熱く、そして痛くなる。

      他の曲も圧倒的な表現と演奏、そしてスピーカーいっぱいに拡がる豊かな音と強烈な音の圧。  第12番冒頭の荘厳で神々しい重い扉が開かれていくような出だしももっと聴いていくべきだし、第16番の第3楽章の彼岸の音楽もおすすめしたい。大フーガ Op.133に吹き荒れる嵐も体験してほしい… どの曲もおすすめ、いや、おすすめを通り越して「聴くべき」と言っておきたいくらいの全集だと思う。

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     2020/12/28

      1回目とは比較にならぬほど更に深く豊かで自由になった出来ばえ。ここまで大きく変わるとは思わなかったので非常にうれしく思う。楽器の豊潤な響きやまろやかなコクが素直に録られていて聴いていると実に嬉しくなる。

      今年はコロナ禍で彼女のベートーヴェン・ソナタ全集リサイタルも中止になる回もあり、残念な年となってしまった。チケットはとっていたが聴けなかった自分としてはその渇きを癒すに余りあるリリース。

      日本の茶道や芸の世界で「守破離」という言われ方があるそうだが、メジューエワの当全集はまさに守破離の境地ではないだろうか。オーバーなと思われるかもしれないが伝統と楽譜の言いたいことを守りつつ、その殻を破り、さらに高みへと離れていくように思えてならない。

      音に厚みと余裕がある。解釈に見据えるべき点が定まっているからこそ演奏に自負が生まれ、1922年製スタインウェイの楽器演への愛着と相性があるからこそ音の出し方に自信が生まれ結果として堂々とした演奏になっているのではと私は思っている。

      おりしも同じ時期に同じ全集をD.バレンボイムがドイツ・グラモフォンからリリースしている。こちらも愛聴しているが、興味深いことにそれぞれの個性がきちんと出て、それゆえにベートーヴェンのソナタが面白くなっていることも付記しておきたい。バレンボイムのそれは、バレンボイムという大作家がベートーヴェンの一生を大河小説に著したような大きな流れをなしていると思う。ワーグナーの楽劇のごとき大きな流れに聴こえるのもバレンボイムならではと思う。 それに対しメジューエワの当全集はベートーヴェンの一生を追いかけてはいるが、大河小説というよりはその時々の彼の心に浮かんだ思想や人生の「スナップショット」を撮影しているかのよう。いろいろな時期や激動の時代を激動的に生きたベートーヴェンを生々しく、フレッシュな感情表現をもって32枚続けて観る個展に参加しているような印象を持っている。

      どちらが良い、ということではない。それぞれがベートーヴェンの心に近づこうと、それぞれの「視点」でフォーカスを当てているだけ。二つとも収録時期もほぼ同じ、コロナ禍のさなかである。当然思うところがあって収録に向かったであろう。 その「思うところ」への所信表明や、コロナ禍で苦しむ中でその苦難に立ち向かっていこうという気概など、聴く我々へのメッセージが濃密に込められていると思う。そしてベートーヴェンの作品はをういった「気概」や「想い」を付託することができる大きな器である。だからこそバレンボイムも当盤のメジューエワもベートヴェンのピアノ・ソナタ全集収録に臨んだのであろう。 そこに想いを寄せて聴いてみることが「2020年」を体験し、生きてきた我々の課題であり、「その後」について歩いていく励みとなると確信している。

      聴くべき全集です。お勧めします。

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