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mari夫 さんのレビュー一覧 

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  • 3人の方が、このレビューに「共感」しています。
     2017/03/14

    ハスキルのレパートリーは狭くて同曲異演が結構ある。そういうものを全部集めようというマニアックなところは、ハスキルに限らずもちあわせていないのだが、このBOXのように安価で纏めてくれると、どうしても手が出てしまう。ハスキルの演奏は―ファンでない方には嫌みないい方でしょうが、それはお許し願って―意外に聞き手を選ぶのかもしれない。神のように讃える人がいるかと思うと、あのどこがいいのかと疑問に付す人もいる。私は7割がた前者なのだけれども、全部が全部神品とも思わない。録音も含めてこれらが彼女の同曲異演のベストというわけではないが、値段も安いのでとりあえず半信半疑な方には良いアルバムではないか?これを聞いて確かめれば良い。全部が神品というファンの方にはお叱りを受けそうないい方だけれど。
      私の評価では、これらの中では神品はまずk459。ベルリンではなくケルンでのライブだという説もあるが、とにかく絶美の演奏。モノながら音もかなり良い(スボヴォダとのより古いののみならず、同じフリッチャイとの後のスタジオ録音よりもむしろいい)。ただ同じ組み合わせのk 466は、後の録音なのに音は少しこもり気味なせいか、名演だとしても、いわれているように彼女のこの曲のベストだとは思えない(私が好きなのはSP並の音を我慢しなければならないが、クレンペラーとの共演。ただ同じ組み合わせでもk.595はそうでもない)。K415は演奏よりも疑似ステレオめいた音でふやけて聞こえるのが問題。ハスキルは音の芯が強くなければ。他に素晴らしいのはアンダとの二重協奏曲2曲とスカルラッティとベートーヴェンの4番。4番はカラヤンやクリュイタンスとのも名演だが、この方が音が良い(聞くに耐えない録音と書いていた人もいて、ディクソンの指揮も良く書かれていなかったが、リマスタリングのせいか、これはそうは聞こえない)。ハスキルのベートーヴェンではソナタも含めてこれが最も精彩に富んでいて素晴らしいと思う。2楽章などは殆ど神がかっている。ステレオ録音が残っていないのが残念。3番はぼけ気味の音だが、2楽章はそのせいか印象派みたいな幻想味があって面白いけれども、1楽章などは物足らない。「テンペスト」もその幻想味があって素晴らしいけれど、ハスキルだったらもっと透明に出来てもという気がする。これらは音も含めて後のステレオ盤をとらない理由はない。カザルスとのバッハは、いくら何でも一楽章のカザルス指揮が重過ぎて、まるでメンゲルベルクみたい。でもオケが引っ込む2楽章は本当に奇麗。シューベルトとベートーヴェンの最後のソナタは、神品扱いする人もいるが、正直私には良くわからない演奏で、前者の終楽章などは生彩に満ちているとは思うが、全体としてはテンポが動き過ぎでどうも落ち着かない。ベートーヴェンも冒頭でのクラッシュに近いミスはともかく、最後の感動的な変奏曲もハスキルならもっと出来るのではという気がする。シューマンも絶賛される人も多いが、概して素晴らしく美しいと思う所とそうでもない所が同居する。でもこのアルバムに星4つはつけられない。

    3人の方が、このレビューに「共感」しています。

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     2017/02/28

    ベルクが超美演。もっとどろどろした演奏もあり得るだろうけど、水晶のように透明度の高い音で逝ける天使とシンクロして止むことがない。アバドのオケも実に雄弁。これ以上は望めないような演奏だ。ライブではここまで克明な音は聞こえないだろう。とりわけ天使が「昇天」するエンディングは一際テンポも落として奏され、実に感動的。似た感じで素晴らしいのはベートーヴェンの二楽章。ベルクが悲しみともに繰り広げる叙情を、ここでのベートーヴェン(とファウスト)は幸福感に満ちた音で綴っている。その対比のためにこのコンビネーションだったのかと思うくらいだ。三楽章もバッハの無伴奏の速い舞曲でもそうだった活気に満ちたフィナーレが聞ける。多少の注文がつくのが一楽章。この曲の器の大きさには幾分届いていない感じはする。去年の実演では、音量の小ささは別として、そんな風には感じられなかった。それが録音当時からの円熟というか進歩なのだろう、と断言するほど実演の細部の記憶が定かではないのだけれど。この曲は最近デヴィートやヌヴーなど歴史に名だたる女流の演奏に感動したが、この時点でのテイクに関するかぎりは、まだちょっと(だけだけど)差を感じてしまった。アバドもこっちはどうということはない。パパはマエストロ さんと正反対の評価で恐縮ですが。

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     2017/02/16

    ミトロプーロスのワグナーは、これ以外はメトでのワルキューレ(未聴)しかない由。「神々」の三幕だけというのも中途半端ではあるけど、ワルキューレの一幕だけというのもありだから、これもありかな?オケの見せ場は最後の方だが、さすがに迫力がある。ただ、正直いって、彼のマーラーやシュトラウスほどとも思わなかった。何が足らないとはっきりはいえないのだけれど。押しては引いてというより、押しが強過ぎなのかな、私の趣味だと。歌手はヴィナイとヴァルナィの二枚看板。ヴィナイは多少老け声だが、「ジークフリート」では青春の声が聞きたいけれども、「神々」ならそれで悪くない。立派なヘルデンテノール振り。しかしヴァルナィはそれに比べてもさすがの千両役者ぶり。これぞ天下のブリュンヒルデって感じ。だから「自己犠牲」は本当に聞き物です。

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     2017/02/14

    ラインスドルフとの二曲が素晴らしい。最初のオケの提示が今ひとつもっさりとした音なのでどうかなと思っていたら、その後も音はオケもピアノもライブ(ステレオ)としたら悪くない。「皇帝」はクリップスとバレンボイム盤を、チャイコフスキーはこれと同時期のラインスドルフ盤をもっているが、演奏のみなら、ライブならでは傷はあるとしてもこれをとりたい。ライブならではの演奏といったが、それは爆演だとかいうのではなく、本当に肩の力が抜けた演奏ということなのだ。スタジオが少しかしこまった楷書体なのに比べてこれは行書体の自由闊達さだ。名人ならではの境地と絶賛したい。他の二曲はモノで、ショパンはジュリーニがよくそうなのだが、オケを鳴らし過ぎに聞こえる。モーツアルトも含めてこの二枚目は是非これでという演奏だとは思わない。あくまで一枚めの二曲を聴くべきCD。でも値段からいったそれで十分。

    0人の方が、このレビューに「共感」しています。

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  • 3人の方が、このレビューに「共感」しています。
     2017/02/14

    フルトヴェングラーのブラームスのセットはこれで二つめ。前のVIRTUOSOのとは3、4番が違うとのドイツ・レクイエムがあるので購入。その3、4番が凄い。少しきつめの音だが、くっきりとした音で、そのためもあってか、音の衝撃力が並大抵ではない。物理的なだけではないだろう。打っては返す音の波のもって行き方が入魂というか乾坤一擲というか。2番はVIRTUOSOのよりも音がクリアになって、その分やはり迫力が凄い。田園風では少しもなくて、そういう曲かということもあるだろうけど、認めないわけにはいかない。1番はVIRTUOSOと似たようなレヴェルの音(ちょっとはいいかなぁ?)。演奏ももちろんいいんだけれど、フルトヴェングラーのこの曲は、フィナーレがどうも空回りするというか、演奏が傑出している分、曲の持って回った感がかえって出てきてしまうような気がする。とはいえ、全四曲を通じてこれだけの高みにあるアルバムはなかなかない。少なくとも想像力のロマン的な飛翔という意味ではこれに勝るものはない。ドイツ・レクイエムは思ったよりも音は悪くない。少なくともこの手のものに慣れているなら鑑賞に耐えない音ではない。フルトヴェングラーは色々なところでの感情が深まるようなゆったりとしたテンポの取り方が絶妙(二曲の冒頭とか三曲のバリトンのソロの後とか)。ソプラノ共々5曲の幕切れなどは深く心に残る。

    3人の方が、このレビューに「共感」しています。

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     2017/02/13

    ミトロプーロスの二曲は彼のマーラーと一脈通じている。凄い集中力と灼熱の盛り上がり。5番はNYでの後任バーンスタインの演奏と少なくとも表面的にはかなり良く似ている。ブラインドで聞かされたら間違うかもしれない(マーラーでは似ているとは思わなかったのに)。けれど、バーンスタインの方が腰が軽い。あちこちで音楽が駆け出してしまう。この演奏はそんなことはない。要所ではぐっと腰を落として煽り立てることはしないのに、火は赤々と溶岩のように燃えている、という感じ。10番も同様でともに屈指の名演。一楽章の展開部など殺気に似た緊迫感がある。二楽章の快速振りも凄い。録音もモノながら悪くないし(でも古い5番の方がすこし良いか)、オケも芸風は大幅に違うがワルターと色々と吹き込みをしていた時期で、バーンスタイン期よりも状態がいい(でも音色はワルターよりバーンスタインに近い)。クルツの9番はおまけ的だが、悪くはない。

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     2017/02/11

    ボックスにもジャケットにも書いていないのに、HMVの紹介にはどれがステレオか書いてあるのは親切だが、間違いもある。ルービンシュタインのこれだけボローニャ録音のショパン・プロは、70年のステレオと書いてあるがふやけ気味の音で、音像がくっきりとしない。どうもモノに聞こえる。最後の前奏曲などミスタッチも結構あり、演奏もルービンシュタインならではとは聞こえない。ファンとしてはがっかり。他の曲はルガーノ・テイクで小曲はステレオだがk.488はやはりモノ(若干のステレオ・エフェクトがある?)。装飾をつけて華やいだ演奏だけれど、これならではというほどではない。グルダのベートーヴェンは間違いなく本物のステレオで音もソロは良い。演奏も美しい。ただオケの音は抜けが悪く混濁気味で腕も今イチ。コンチェルトのボックスだけど実はそれを目当てに買ったクリュイタンスのフランクは、このためにモノのスタジオ録音よりいいとはいえず、残念。指揮者も歯がゆかったのでは?前年に東京でパリ音楽院で聞いたフランクはもっと馥郁とした香りのある演奏で素晴らしかったのだけど。ハスキルのk.488は、収録は古いのに、ルービンシュタインの同曲より芯ははっきりとした音。演奏はスタジオ盤を凌ぐ。フィナ―レの活気は絶好調を思わせ、拍手もそれに応えて凄い。グリュミオーとのベートーヴェンのソナタも同様。この二つはファンにはお宝物だろう。クライバーンの十八番のチャイコは怖いもの知らずの頃の演奏で、勇壮で闊達、若武者振りが聞けるが、わざわざこれで聞かなくとも音のより良いステレオ盤があればという気はする。ストコフスキーのロメジュリは意外と普通。バウムガルトナー中心のコンサートは、古楽器ではないけれど、なかなか楽しめる。とくに同じく組み合わせのスタジオ録音もあるフルニエのヴィヴァルディは、凛として圧倒的な格調。音もとてもいい。メンデルスゾーンもいい。次のシュタルケルのも音、演奏ともにいい。ショスタコはやらないのかと思っていた(ロストロがコダーイをやらないみたいに)。出だしもっさりと始まってどうかなぁと思ったが、それ以降は快調。バウムガルトナ―との古典ものもいい。日付不詳とあるがともにステレオ。フルニエとシェルヘンという意表をついた(?)組み合わせは、フルニエはノーブルな名演で、ライブならではの熱もある。シェルヘンの指揮はいささかハードボイルドだが、それほど異質感はなく、ブラームスも風格があって悪くない。音は後述のオイストラフやバックハウスより少々落ちるが十分聞けるレヴェル。オイストラフの二曲、とくにブラームスは脂っこい演奏だが、まさに楽器が鳴り切った巨匠芸。これ以降は少し緩んでくるので、最高潮時の王者の至芸が聞ける。彼のこの曲のベストかも。ややオケの分離が良くないが、モノにせよステレオ的なプレザンスもあり(疑似ではないと思う)、とくにソロは十分。ウーギの二曲は、新しいチャイコのみならず、古い(70年)ベートーヴェンも断然音が良い。前後を巨匠に囲まれて、順に聞くと、その点少し気の毒だが、美音を振り撒いて闊達な演奏で魅力的。最後のバックハウス、これも少しステレオっぽいがモノらしい。音は汚れ気味だがまずまず。バックハウスは絶好調で鍵盤の王者ぶりを遺憾なく発揮。スタジオ盤を凌いでいる。シューリヒトも他の二曲含めて名人振りを発揮―これが一番までは思わないけれど。全くのお買い得だと思います。長文失礼。

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     2017/01/08

    クレンペラーの50年代(60年も含めて)の新三大Bの交響曲を中心としたレパートリーのボックス。ドイツの正統的なレパートリの「守護神」というクレンペラーのイメージからするとまともなコンセプトに見えるが、中にEMIのスタジオ録音(ブラ―ムス3、ベートーヴェン5、7、エグモント:ベト5と7は後年のステレオ録音ではなくモノ)とライブが混在しているし、ブルックナーはやむを得ないとしても、ブラームスは1と3しかなく、ベートーヴェンは全曲あるはずのウィーンでのPOのライブで統一されているわけでもない(もっともこのウィーン・ライブは、概して大変良好な音がするこのボックス中で一番ぼけ気味)。ということで中途半端感は免れないが値段が値段だから仕方ない。
                                さてこの「守護神」というイメージだが、実は若い時にクロール・オペラとかで前衛を張っていたこの指揮者はそう一筋縄ではいかない。これが最も鮮明なのが三曲のブルックナーで、テンポも後年のように遅くなく(4番のフィナーレとか8番のスケルツォとかはせわしないばかりに快速)、表現主義的な紆余曲折がある。マーラー(あるいはシェーンベルク)ならともかく、迫力はあるとしても、ブルックナーとしては随分異質な演奏だ。やや響きが薄いきらいがあるPO に比べて、ケルンのオケは多少粗っぽいが響きも厚く、とりわけベートーベンの諸演奏(中でも3と9)はすこぶる迫力があり、クレンペラーの中でも、あるいは他の指揮者の同曲演奏の中でも、傑出している。この辺を買うだけでも価値があるだろう。ウィーンライブは上記のような音のせいかやや感銘が薄く、むしろスタジオ・モノの5と7の方がいい。

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  • 1人の方が、このレビューに「共感」しています。
     2016/11/28

    先日の東響とのベートーヴェンは素晴らしかった。デヴィートやヌヴーのような伝説的な女流に匹敵すると思った。このバルトークも意欲的かつ魅惑的な演奏だ。実に洗練されてしなやかであり、かつ尖鋭。この特徴はとりわけ一番の曲想にぴったりだ。二番ももちろん名演で、とくに二楽章の変奏曲は目覚ましい出来だ。chicというのか?ただ、初演者セーケイのような骨太な熱っぽいマジャールっぽさを求めると、時代も場所も違う(セーケイの初演はナチの侵攻の前年のアムステルダムですから)という感は否めない。これはもちろん違うというだけのことで批判ではないのですが。ハーディングの指揮も雄弁。怒れる若者も巨匠風になってきた。

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  • 3人の方が、このレビューに「共感」しています。
     2016/11/27

    例によって安い。安すぎるの手が出てしまうのだが、やはりこの50年代シリーズはその後のカラヤンBPO(あるいはVPO)の再録にはない魅力が横溢している。壮年期のエネルギーと集中力は半端ないものがある。ただ、シベリウス、ブリテン、バルトークとヨーロッパでも地中海とは縁のない国々の基本的には暗いシリアスな音楽が終ると、いきなりロッシーニに移行し、以後はラテン系の通俗商品が並ぶという、ボックスとしてはまとまりのない企画だ(タイトルも変だし)。こういうのでなければわざわざこの後半のような商品を聞くことはないので、後年の演奏と比べてどうこうとはいえないのだが、こうした傾向に関わらないカラヤンとフィルハーモニアの適応力の目覚ましさは凄いものだ。オケの柔軟性と技術力は瞠目すべきものがある。シベリウスは最初の二曲がステレオ(5番はモノのも収録)で、いずれも名演。作曲者を唸らせただけのことはある。二番はカラヤンにしては珍しいくらい熱っぽい演奏だが、手持ちの既成CDがやや寸詰りの音だったので、幾分未成熟かもと思っていたが、今度のは改善されて素晴らしい演奏だったことが十分に分る。BPOとの晩年の再録より遥かに良い。他の曲は60年代のDG盤の方が音が良いけれども、演奏としては引けを取らない。バルトーク(弦チェレはBPOステレオ再録もあり)もDG盤より遥かに上の凝集力(オケコンのEMI再録は未聴)。他でびっくりしたのは「幻想」。もの凄い集中力と細部の巧さ(一楽章のホルンのソロとか断頭台での恋人の主題の再帰とか)。BPOやパリ管との再録は手許にないが、こんなに凄い演奏だったという記憶はない。ミュンシュとかベイヌムに匹敵する。BPOとの『新世界』は、やや甘い音質もあるのか、ロシア・アルバムのチャイコの4番ほどの衝撃力はない。他はいずれも巧いものだが、強いていえば、野卑なユーモアみたいなものはカラヤンには欠けている。でも欠点と言うべきかどうか。

    3人の方が、このレビューに「共感」しています。

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     2016/11/22

    ミトロプーロスのライブのマーラーがかなりまとまって残されたのは大きな僥倖である。同じNYフィルを率いたにせよ、前のワルターとも後のバーンスタインとも違う、苦く暗い、ザッハリッヒで叙事詩的なマーラーだ。廃墟と化した古代の遺跡の中に残された巨人像のような(彼の容貌のイメージもあるけれども)、しかし溶岩流のような熱さが迸るマーラー。あの「エレクトラ」や「トスカ」の超熱演の線上にある演奏だ。当今のマーラー演奏はもっと「客観的」でつまらない。二集に及ぶアルバムだけれど、HMVでは二集は売り切れとか。収録曲目のせいだろうか?一番だけは両方に入っているけれども、一集の方のは唯一のスタジオ録音とはいえ、いかんせん音が貧しい。二集の方のを取るべきだろう。他のは皆没年の録音で、ケルンでの三番は亡くなる数日前とかだが、いずれもこういうものとしては音はまずまず。近寄る死の影など微塵も感じさせない演奏の熱さを堪能するには不足はない。どの曲も同曲異演中で最も傑出した演奏である。この二アルバム以外にもケルンでの六番とかNYとの三番とかもあるが、いずれも引けを取らない。しかし他の曲はやらなかったのだろうか?「復活」や「大地の歌」も聞いてみたかった。でもこれだけでも残されたことを感謝しなくてはならないだろう。

    2人の方が、このレビューに「共感」しています。

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  • 17人の方が、このレビューに「共感」しています。
     2016/11/01

    高校生の頃に文化会館の最前列に近い席でこの公演(同じ日かどうかは分らないが)を聞いた。名前だけは知っていたマタチッチが容貌魁偉な巨体を現すと何とも底力のある野太い音楽が響き出し、幕が開いてチャンガロヴィッチが姿を現すと、爛々と光る歌舞伎役者みたいに大きな目で演技し、柔らかく底知れないバスの美声でタイトルロールの懊悩を手に取るように劇的に描き出した。クリストフだと陰険で酷薄な僭主としてのボリス像が強烈だが、チャンガロヴィッチは子供たちを思いやる優しい男が、魔がさして犯した罪に押しつぶされる心理劇になる。もう半世紀以上も前のことだが、あちこちの細部を昨日のことのように覚えている。とくに歌うよりももはや語るようになる箇所は実に独創的な名人芸だ。翌年来日したカラヤンが、ギャウロフで計画していた「ボリス」の録音の参考にNHKのスタジオに赴いてこれを視聴し、「NHKは素晴らしいボリスを手に入れたものだ」と感嘆したエピソードがあったし、マタチッチに圧倒されたN響が以後密接な関係を築いたという因縁の上演でもある。それ以降内外で見た幾多のオペラをも凌ぐ強烈な体験だった。テレビの中継でも見たし(あの名演技は本当に映像付きで欲しい)、FMのエア・チェックをオープン・リール・テープで録音してもっていた。しかし、それももう聞けず、チャンガロヴィッチは録音がなかったわけではないのにどれもCD化されていない。機会があるたびに何とかならないものかと思ってきたのだが、遂に半世紀を経てCD化され、実に感無量だ。お義理でない拍手が凄くて、CDで聞く分にはいささか邪魔だが、自分のも入っているかと思うと個人的な思い出が倍加される。人様のレビューを云々するのは失礼だと思うが、下の方が音について述べられている感想は、ちょっと驚いた。同時に他の盤も買ったので、「ボリス」との「再会」の楽しみは後回しにしていたのだが、このレビューを見て、そんなはずはないけどと慌てて再生してみて、65年のライブとしたら極めて良好な音に安堵した。生のチャンガロヴィッチの声は更に底光りのする声だったような記憶はあるが、なんせ半世紀前の記憶である。この再生音でも不足は全くない。発売に深く感謝したい。4幕ではワシリー寺院の場が省略され、しかも2場と3場を引っくり返して、白痴の唄ではなくボリスの死で終るが、民衆に焦点を当てた歴史劇としての前者での終結は『ヴォツェック』の幕切れと並ぶ 印象的なエンディングであるにしても、これだけ強烈な主役を頂いた上演としてはボリスの死でのエンディングはそうでなければと思わせる。時系列としてもこれが自然な並びである。これは、そうした版の問題を超えて、日本のみならず世界に共有されるべき名演だ。

    17人の方が、このレビューに「共感」しています。

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     2016/10/26

    このボックスは色々と廉価だが、七枚組で千円いかないとは、いくらその後にカラヤンがBPOやVPOとより音の良いステレオ録音を入れているプログラムであるにせよ安い、安すぎる。ロシア物はドイツ物についで、この指揮者が繰り返し録音したレパートリーで、ここでもチャイコフスキーの三大バレーがモノとステレオの二通り―もちろん違う時期―が入っている(因に下のレビューの方が「悲愴」がモノ表記だと書かれているが、それはバレーの方を特定化した表記との混同だろう。確かに間違い易い表記だとは思うが)。珍しいのはバラキレフの交響曲位(冒頭はブラームスみたいだが、三楽章が国民学派風で美しい)。偶々チャイコフスキーの交響曲は後の吹き込みをもっているが、バレーとか「展覧会の絵」とかはもってないし、一々フォローしていないから、聞き比べは出来ない。けれどもこの覇王になる以前のカラヤンの指揮振りはやはり実に聞き応えがあり、巧いし、若々しい推進力に満ちている。チャイコフスキーの交響曲は、五番が一番彼の得意だと思うが、ここでも素晴らしい。二楽章のホルンのソロはうまいが、ブレインなのだろうか?「悲愴」のみステレオで、55-56年と言うのはEMIとしては実験的な最初期のステレオだが、これまたびっくりするくらいいい音で(もっと後のEMI録音でこれより音が冴えないいのは枚挙にいとまがない)、演奏も後年のものよりかえって引き締まって、かつ彫りも深い。オケの手綱の取り方はこの頃の方が求心的だ。オケも実に巧い。「展覧会」のブイドロのチューバが半音近くも音が低いという指摘をウェブで見たが、ちょっとフラット気味としてもそんなことはない。オーボエの音もクレンペラー時代にはチャラメラみたいな音だが、この時期のは巧いし音も良い(好き好きではあるけれど)。管のソロはレッゲが名手を集めたのだと思う。いずれも巧い。やがて他への移籍とかでレヴェルが落ちていったのではないか?で、最後はこれだけBPOとのもうひとつのチャイコの四番。もちろんステレオ。これも音はとても良い。POとのモノ盤はそれほど特徴がないが、こっちは筋肉質に引き締まったのみならず、色々と懐というか奥の深い演奏で、後年のと比べてもいいのではないかと思う。同じ60年のムラヴィンスキーの抜き身の刀みたいな演奏とも匹敵する。

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     2016/10/19

    久しぶりにベームの『指輪』を聞いた。デッカ盤レリースは、はじめて聞いたと思う。音は記憶にあるのとそんなには変わらないが、少し輪郭がクリアになったような気がする。いずれにせよ、半世紀前とはいえ十分な音である。ベームはカラヤンと対照的に、モーツアルト以降のドイツ音楽の正道を行く指揮者、と言われているが、実は二人ともノイエ・ザッハリッヒカイトの洗礼を浴びたモダンな指揮者だと思う。一世代前のフルトヴェングラーやクナッパーツブッシュと違い、音の輪郭があくまで明確で、内に凝集していき、余白に語らせるようなやり方ではない。前二者の神秘的な法悦とは無縁である。むしろ、味わいは違うが、トスカニーニにすら近い。余白に語らせるようなところは毫もなく、すべてが直接的に響いてくる(大味と言う評がネットにあって、ハァ?とか思ったが)。カラヤンのワグナーもまた室内楽的という形容をされるが、あれは色彩も含めた精妙な音の細工がそういう感じを与えるが、ベームのは、無限に広がっていくような場の作り方ではなく、設定された枠の中でのテンションの高さがそういう形容を呼ぶのではないか?本当の意味での劇場人なのだ。『指輪』は『ワルキューレ』二幕のブリュンヒルデを聞き手とした父神ヴォータンのモノローグとか『ジークフリ―ト』のミーメとヴォータン、あるいはアルベリッヒとヴォータン、『神々』のブリュンヒルデとワルトラウテ姉妹あるいはアルベリッヒとハーゲン父子のやり取りとか、複雑な筋を披瀝する語りっぽい場面が結構ある。そういうところは、誤解を恐れず言えば、室内歌劇的というか近代的な対話劇だ。ベームの明快な指揮ではそういうところが緊迫感に溢れ、少しもダレない。それでいて各楽劇の幕切れなど、腹に応えるような迫力にも少しも欠けていない。『ワルキューレ』はとりわけテンションが沸点にまで達している。見事なものだ。歌手たちはあの時代の最高峰を揃えているが、とりわけアダムをヴォータンに据えたのが大きいと思う。ホッターの茫洋とした声よりもくっきりとしたアダムの声の方がベームの音づくりには合っている。この当時のニルソンは個人的にはどうしても好きになれない(『ジークフリ―ト』はショルティ盤の方が声の柔軟性がまだ残されている)が、『ワルキューレ』三幕のヴォータンへの訴えかけなどそれなりに感動を誘うし、『神々』も一幕の幕切れは声も絶好調だ。でも彼女の無駄に輝かしい(?)「鉄の女」ぶりは、二幕ではどうもあまり同情=共感を惹かないし、「自己犠牲」も夫を取り戻して勝ち誇った雄(雌?)叫びに聞こえてしまう(ファンの方ご容赦)。ヴィントガッセンのジークフリートも、ショルティ盤の頃より多少声が老けた感じはあるが、『神々』での麻薬を飲まされたジークフリートの翳りには相応しいとはいえなくもない。キングとリザネックのウェウルズンク兄妹も、ナイドリンガーとヴオールファルトのニーベンルンク族兄弟も最高クラス。リザネックは決して美声ではないし、カラヤン盤のヤノヴィッツやショルティ盤のクレスパンの透明な美声に比べると野太いくらいだが、野生の狼族(ウェルズンク)としてはむしろ相応しい。ナイドリンガーはショルティ盤でも有名だが、ヴォールファルトのミーメも、誇張に走らずとてもいい。地味だがフリッカのブルムマイスターも同様。『神々』ではワルトラウテにソプラノ・ロールを降りてからのメードル(元々メゾ)が出ていて、仲良しのニルソンと共演。二人のコントラストも十分でとても好ましい。長文ごめんなさい。

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     2016/10/12

    有名な演奏だが、NBCとの全曲をもっていたのでこれまで手を出さなかった。しかし、聞いて本当に良かった。ベートーヴェンは39年、ブラームスはこれがいいと思ったら、どちらもライブだ。何年経てもテンポが変わらないとかいう神話が流布したおかげで、フルトヴェングラーとは対照的に、ライブでもスタジオでも変わらないというイメージが定着しているトスカニーニだが、やはり緩急や間の取り方の興趣が違う。流れがより生きており、勢いにつながっている。とくにこの演奏は戦後久々のロンドン公演ということで、聴衆の拍手も凄まじく、オケの緊張感も伝わる。一同固唾をのんでいる(本当にその空気が伝わる)中で始まる「悲劇的序曲」の最初の和音がそれにしては今イチ決まり切らないと思ったら、巨匠まで緊張していたのか、何と一番の交響曲だと思って6/8で振り出したのだと言う。緊張ならぬ緊迫の度合いの点で凄いのは1番と4番。ともに裂帛の気合だ。その代わりにこの二曲はライブならではの傷がある。1番のフィナーレではコーラルのところでトロンボーンがトチルが、リハで緊張しすぎた第一奏者がLSOのトップと交替して、そのピンチヒッターもまた緊張しすぎでトチッたとリーフレットには書いてある。4番のフィナーレでは、途中で爆竹を鳴らすとんでもない奴がいる。最初のはティンパニと歩調を合わせたのでなかなか音楽的な犯人と思ったら(?)あと二回音楽とは全然関係ない所で炸裂。ところが今度はオケは何事もなかったかのように進行。流れも緊張感も損なわれることはない。厳しい裸形の精神が屹立しているような4番だ。2番もとくに前半の二楽章が見事で、音楽が呼吸しており、機械的な所が微塵もない。ただフィナーレは文句をつけるところはないのだが、それまでと比べるともっと何かがあっても良いような気がする。リーフレットでも最高の演奏でレッゲも絶賛したと書いてる3番(何故か音はこれが一番良い)も、確かに生気に満ちた英雄的な演奏だが、私的には、立派だが何かが欠けた演奏に聞こえる。スタジオ録音とあまり変わりがないというか。ハイドン・ヴァリエーションはとてもいい。音質は皆さんがいわれるほど良いとは思わなかったが、年代並みで大きな不満はない。NBCとのスタジオより少し落ちる程度。少し留保がつくので星4つかなぁと思ったが、両端の曲があまりにいいのでやっぱり5つ。

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