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森林浴 さんのレビュー一覧 

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  • 6人の方が、このレビューに「共感」しています。
     2013/03/17

    清涼な水分を含み、光沢を抑えたマット感があり、かつソリッド(充実性)な音で、かつ、鋭利な切り口も光る、というのがこのバイオリニストの感想。サロネンとのショスタコvcとこのディスクで、デヴュー時に比して更に深まる芸風を痛感する。聴き続けたい奏者である。が、やはり、諸兄の御指摘どおり、そして小生の危惧したとおり、ティーレマンの起用は大失敗。そもそも、skdのマイスター就任自体に大いに違和感を感じていたが。ブラームスvc+バティアシュビリ+skdの超最適トリオに全く迎合できぬ、速度配分とフレーズの(特に)終点のええ加減さ、全体を取り巻く軽薄感には閉口である。この指揮者は、ブルックナー、Rシュトラウスなどでも、時として流れに水をさしたような「大見得を切る」素振りを見せるが、それが悉く空振りで、巡航速度とインパクトの不調和に病んでいる。同じやるなら、マルケヴィッチやスウィトナーなどの、訳の解る強烈な「見得」を切るべし。skdとバティアシュビリが台無しの1枚となってしまった。魔法が使えるなら、同曲でクレンペラーやジュリーニと組ませたいバイオリニストである。

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  • 1人の方が、このレビューに「共感」しています。
     2013/01/06

    ノイマンのマーラー、ベートーヴェン、チャイコフスキーいずれをとっても、そして相方がチェコフィルであれN響であれ、弦の一音の直裁さに大変好感が持てる。もっと言うと、一音が粒立ちを適度に保ち、かつ、作為を感じさせないのである。ビオラ奏者上がりのこの指揮者の、弦楽器奏者の演奏心理に配慮した弓使いの指示が存在していた事を、勘繰って止まない。結果、マーラーでは最近の多くの演奏、特にBPO、CSOのものに多い「バシャ、ベシャ、ドシャ」音の連発とは全く別世界の、フレーズが丁寧に歌われ、それが聞き取れる、組木細工のような音楽が構成されるのである。さらに、諸氏の御指摘どおり、ゲヴァントハウスの実力みなぎる時期であったのであろう、上手く、美味い時代の、生木のようなソリッドな音質でやられると、もう、たまりませんな。荒らげずに難波節で歌うバルビロ−リ=BPOと、硬めのノイマンとでも言うべきクーベリック=BRO、そしてこのディスクの3枚で、私的には9番は完結です。ドレスデンのティーレマンなどは、その昔、近所のライプツィヒでかかる絶演が展開された事を押して知るべし。

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     2012/12/29

    前半3楽章は、時折見かける、インテンポで休止符をいじくったアプローチである。前任指揮者のアーベントロートに類似している。そして、合唱指揮者の面目躍如たる処を存分に聴かせる4楽章に突入する。この指揮者は、人声を「言語と喉の生理活動」の合作として理解し、合唱4パートをいかに分離し、かつ掛け合わせれば、共鳴するのかを実演をもって教えてくれる。パート間の強弱、発音、起点から終点への移行の全てが、大きな合唱隊の存在感を構成していく。幾千の劇場型凡演に辟易している聴き手には、たしかに個性的な解釈ととらえられるだろうが、これを聴いて、ミニマル音楽だ、バッハの受難曲だ、などとは全く思わない。合唱の各パートがオケの1楽器となって繊細に共鳴しているだけである。また、およそ30年前にハウシルトが率いて来日し、ドイツレクイエムをやったのを聴いているが、指揮者の無為無策に比し、比較的少人数であったこの合唱団の表現力の余りの高さには、大いに感動したものであった。合唱に丁寧にテコ入れして、第9をやればこう鳴るのだ、という、ケーゲルの遺構である。

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     2012/09/30

    薄い、余りにも薄いブラコンである。最善の表現をしても「軽妙」か。オイストラフ・クレンペラー、パールマン・ジュリーニを愛聴していたが、一度対極を経験してみるべくハーンを聴いてみた。中年期の淡白から、いまや枯淡と化したマリナーと小編成オケの組み合わせには正に整合する軽い端整なハーンの弓であるが、それが奏功するのはアダージョのみ。1,3楽章は希釈された炭酸飲料で終始してしまう。結局、アダージョのみをリピートして聴いている。ところが、ところが、ストラヴィンスキーは、この奏者達の薄い、軽い重力感が絶妙に効いた名演である。解説にあるようにハーンが自学研究し、弾きこんだ成果がよく聞き取れるし、マリナーとの分析的な響きはこの曲を初めて聴く者を「嵌らせて」しまうこと間違いなし。要は、ストラヴィンスキーを聞くべきディスクということか。

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     2011/07/03

    なるほど、朝比奈はこれをパクッた可能性あり。終曲コラール主題の歌わせ方やコーダにかけてのの対位法の扱い、特にパート間音量バランス調整など、朝比奈御大には申し訳ないが、クレンペラー翁にその原点があるやもしれぬ。独創性の是非を論じるつもりは毛頭無いが。

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     2011/06/04

    玉の置石を一つ一つ並べながら、その配置を気遣いつつ造形していく名人庭師の庭園を歩むが如し。リヒターの再録音盤を25年間聴き枯らしたが、クレンペラー翁のこの演奏と聴き較べるにつれ、Bachの音楽の、多様な調理法を受け止める懐深き雅量に恐れ入るのみである。空中分解直前の、遅くスリリングなクレンペラー節が堪能できる。この緊迫感はマーラー7番に共通する。

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     2011/01/22

    その昔、若かりし頃、クレンペラーのEMIスタジオ録音LPを始めて聴いたときは、クーベリック=BROの引き締まった構造美を颯爽と展開するDGの名演には及ばぬ、いや、テンポと曲との相性が合わぬ、などと一蹴しておりました。今でもクーベリック盤は素晴らしい。がしかし、このクレンペラーのライヴは、察するに、聴衆を前にした緊迫感とBROの高い表現力がクレンペラーアクセントを単に重いだけでなく、高密度な音塊に変貌させている。また、この楽団に特有なメロウな響きは更に曲想の描出に効果的である。これとクーベリックを聴き比べる楽しみは尽きない。

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     2010/12/23

    淡い憂いのある歌い回しと、要所を押さえながら疾走する旋律。ロマン派バロック=スイトナーの面目躍如。じっくり分析的、調和的、堅牢な構築の2番が氾濫する中(ベーム=DSK,VPO,ジュリーニ=LPO,ヴァント=NDR,チェリ=MPO、決して悪くはないが)この演奏の価値は高まるばかり。初めての2番には、絶対不向きだが、いくつか聴いた後で、これとムラヴィンスキーは必携と思ってます。

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     2010/12/23

    4番はシュツットガルドRSOでの衝撃的、繊細な演奏に驚愕し、地方公演が多々あったこの来日時は車を飛ばして福井公会堂の超デッドな超劣悪な音響でこのプログラムを聞いていた。このCDで聴く限り、東京文化会館の音響が多分に効を奏している。綿々と響く2楽章は相変わらず、パッサカリアも相変わらず。シュトラウスも、ここでは弱音でのパートバランスが実演よりも聴取できる。フルヴェンに次ぐ名演でしょう。また、LSO公演でも披露したハンガリー舞曲(得意なのだろう)や、このディスクには無いが、コダーイ=ガランタ舞曲などを聴くと、この人のルーメニアンの血が成す東欧人の土着性がよく感じられて、興味深い。(とはいえEMIのMPOとのバルトークは全くいただけないのだが、多分、高齢のせいだろう)

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  • 2人の方が、このレビューに「共感」しています。
     2010/11/28

    独奏や室内楽ではなく、オーケストラ好きは必ずこの曲を通過して、更なる合奏の醍醐味にはまっていく。そして、この曲は演奏記録が市場に溢れかえっているため、比較的容易に己の嗜好に合った演奏にたどり着ける事が多いのではないかと思う。フルヴェン、ヨーフム、スイトナー、マズーア、ヴァント等の比較的インテンポラインを、結果的に止む無く聴き続けてきたが、それはワルター、ミュンシュ、ベーム、ジュリーニではどうしても整然としない(ベームはイイ線まで行ってるが)テンポとパート音の分離とダイナミズムの調和に満足していなかったからである。この一枚は、その全てをほぼ完全なまでに解消してくれた。終音の長さが気になる方もあろうが、これが朝比奈流であろう。国産珍しく、世界に誇れるCDであると思う。

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     2010/11/23

    ベルリンでの名演の一報は、かつて音楽雑誌の海外報道欄で読んでいたので、このCDは発売早々に購入したが、演奏は予想を上回る名演。特に金管と低弦の充実振りは、残念ながら当時のの国内オケでは期待できない高レベル。もう少し言えば、例えば晩年のクーベリックがバイエルン放響で放ったモーツァルト後期群を聴く様な、一時代前の演奏の凄みととでも言うべきか、曲を掌中に収め、テンポと響きの関係をわきまえた老獪な仕事である。ただ、一点だけ、他の方も指摘していたが、終音直後の残響を劈くブラボー馬鹿は許せん。おかげで、演奏は星6つクラスだが商品CDとして星4つと言わざるを得ず。

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     2010/11/03

    これと、ショルティ=LPOのザロモンセットを聴き比べていると、当分飽きない。両者共に、交響曲の原始骨格を思いっきり堪能させてくれる。一音の重さを噛み締めつつ聞きたければクレンペラー、曲想の骨格を際立たせたければショルティというところか。両者とも五つ星だが、ハイドンのシンプルなスコアには、ショルティの一音を作為せず、構造美を披露してくれるアプローチに軍配を揚げたい。

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  • 1人の方が、このレビューに「共感」しています。
     2010/10/24

    伴奏達者なクーベリックを期待して早々購入。予想どおりの堅牢かつ緩急の効いたオーケストラドライヴに大満足。しかし、心配していたとおり、シェリングの細い細い琴線に腰砕け。何度聴いても、録音のせいではなく、シェリングのせいであろう。やはり、オイストラフ=クレンペラー盤に戻るしかなかろう。

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     2010/10/10

    2010年の猛暑が過ぎ、じっくり聴きたくなる時節となった途端にハイドンが聴きたくなった。ドラティ(LP)、クレンペラー、ヨッフム、ショルティを愛聴していたが、何度聴いても、ハイドン=交響曲の原始骨格であり、濃淡の色彩美よりも、シンプルな構造美を堪能したくなる。むしろ、フレーズ内の各パートの表情の激しい起伏や尾を引くパーカッションなどは邪魔で、しっかり鳴りつつもフラット気味のパート表現のドライブこそ求めたい。しかも、統率された大編成で。したがって、結局のところショルティ盤の出番が最多となる。ショルティは後期ロマン派よりも古典でこそ本領発揮と思ってます。私見ですが、繊細路線の例外は、チェリ=シュツットガルド放響の104番のみ。

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  • 3人の方が、このレビューに「共感」しています。
     2010/06/03

    電源と再生装置のある無人島にこれは必ず持って行く。LP時代から、そう確信していた演奏です。

    3人の方が、このレビューに「共感」しています。

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