トップ > My ページ > マスター・ヘルシー さんのレビュー一覧

マスター・ヘルシー さんのレビュー一覧 

検索結果:7件中1件から7件まで表示

%%header%%

%%message%%

  • 0人の方が、このレビューに「共感」しています。
     2023/01/11

     マタイ受難曲はかつては取っつきにくくて、何故この曲が人類史上に挙がる神曲なのかと理解に苦しんでいたが、最近では名盤を聴く機会が増えていき、この曲の良さが少しずつ分かってきたこの頃である。この曲の名盤と言えば、ゲヒンガー・カントライ&ラーデマン盤、ピグマリオン&ピション盤、バッハ財団管弦楽団&ルッツ盤、ベルリン古楽アカデミー&RIAS室内合唱団&ヤーコプス盤等だった。

     今回のリ・アンジェリ・ジュネーヴ&マクラウド盤は残念ながら前述の名盤に並び連なるレベルには至らなかった。正確無比なオーケストラと合唱団であり、レベルが高いことには間違い無いが、彼等の演奏だったら他の演奏家でも再現可能な演奏であり、聴き入るようなオリジナリティは感じられなかった。確かに部分部分では彼等ならではの音が聞き入れたが、曲全体に至るまでの個性が感じられず、途中で聴くのが退屈になってしまう始末だった。どれだけ凄腕のソリストを揃えようともやはり指揮者の手腕で演奏全体の善し悪しが決まるのだと改めて思い出させてくれた盤でもあった。

     ある偉大な指揮者は言ってた。「曲が退屈だからではない。演奏が退屈だからだ。全ての責任は演奏家であり、曲自体は一切無い」マタイ受難曲は神曲であることは間違い無い。ただ、それに見合う演奏家が居なくて曲の真価を伝えるに値していなかった。

     尚、これは筆者の主観であり、他の方々が聴いたらそれに限らないかもしれない。ただ、自分にとっては聴き惚れるような演奏では無かっただけだ。

    0人の方が、このレビューに「共感」しています。

    このレビューに共感する

  • 3人の方が、このレビューに「共感」しています。
     2022/08/31

     現在最も若々しくて華やかなメンバーで構成されたマタイだろう。ハルモニア・ムンディのマタイと言えば、ヤーコプス指揮のベルリン古楽アカデミー&RIAS室内合唱団&ベルリン大聖堂合唱団というドイツの伝統を受け継ぐ堅実で強固な最強布陣だったが、今回はフランスバロックで最も旬な音楽家ラファエル・ピション率いるピグマリオン等、フランス系が中心の布陣だ。今回のレビューは最も新しいマタイで最も注目されている演奏家達のCDということでいつもよりもさらに長文のレビューをさせていただく。


     まずは演奏家の説明だが、声楽&オーケストラのピグマリオンには世界的に有名な歌手が多く組み込まれているのが特徴だ。具体的にはクリスティアン・イムラーとハナ・ブラシコヴァは第59回レコードアカデミー賞大賞銀賞を受賞したバッハ・コレギウム・ジャパンのヨハネ受難曲で共演していたことで名高い。ザビーヌ・ドゥヴィエルはピションの愛妻でフランスの新進気鋭の歌姫であり、彼女は何枚かピションの伴奏によるソロアルバムを出している。実際に凄く綺麗な歌声が印象の歌手だ。次にティム・ミードというアルト(あるいはカウンターテナー)、彼はアルバム「舞踏と歌のはざまで」のPVでキメ顔で見事な美声を披露していたことが印象的だった歌手だ。YouTubeで検索すれば見ることが出来るだろう。イエス役のステファヌ・ドゥグーはフランスの人気バス歌手の一人で前述のピションの愛妻ザビーヌのソロアルバムにも共演したことやハルモニア・ムンディのデビューアルバムでピションと共演していたことからピションの贔屓にしている演奏家だ。そして、何よりもレオンハルトやアーノンクールのマタイで共演し最高のエヴァンゲリストの一人として名高いクリストフ・プレガルディエンの息子、ユリアン・プレガルディエンがエヴァンゲリスト役を務めていることが注目点の一つだろう。彼は世界的な合唱指揮者であるペーター・ダイクストラとドイツ三大古楽の一つであるコンチェルト・ケルンによるマタイとヨハネの各々でいずれもエヴァンゲリストとして起用されており、見事に絶賛させている新進気鋭のテノール歌手だ。ちなみにユリアンと共演しているダイクストラ&コンチェルト・ケルン盤は自分のお気に入りで前回レビューしたラーデマン&ゲヒンガー・カントライ盤にも劣らぬ名盤だ。他にもソロアルバムを出しているような凄腕歌手はいるのだが、そこは割愛、あるいは後述で記載する。


     そして、次に肝心な演奏だが、一言で言えばとにかく美しい。古楽らしからぬ分厚くて、しかも切れ味鋭くない、まろやかで流れるような美しい響き、それは美しい響きを追求していた大指揮者カラヤンを思わせるような響きだと思わせた。カラヤンは演奏そのもの以外でも録音技術や収録する場所にも徹底的に拘っていたという。同じく美しい音に拘るピションが今回収録場所に選んだのはフィルハーモニー・ド・パリ、前衛的でシンメトリーに反する特徴的な構造のホールであるが、音響効果は世界最高レベル。ピションの美しい音作り(残響)に一役買っている。次に通奏低音の部分も充実している。ヤーコプス盤とはまた違った形でエヴァンゲリストや語り口調の歌の部分の伴奏ではオルガン以外にもテオルボやチェンバロ等と歌声に応じた変幻自在かつ美しい伴奏で聴き手を飽きさせない音の流れを構築している。そして、前述した歌手陣だ。くどいようだが、徹底的に美しい音楽作りに拘るピションはただ有名な歌手を起用するというよりは自分の目指す音楽に合致する歌手を選ぶことにも徹底しているような印象を受けた。とにかくバスもテノールもソプラノ、それぞれのパートのいずれもが美しいオーケストラの響きに呼応するような透明感溢れる美声を披露してくれている。特にエヴァンゲリスト役のユリアンの美声は格別である。最近のマタイの演奏配置の解釈では合唱部と独唱は兼任することが一般的となっているが、ユリアンだけは合唱部に組み込まれておらず、明らかな別格扱いだ。このマタイはユリアンとピション率いるピグマリオンの共演によるものだということが如実に表れている。ピションが構築した美しい叙事詩をユリアンが美しく読み解くという演奏形態が血生臭いオペラ的なマタイと一線を画する純音楽的普遍的で美しいマタイを成り立たせているのだ。


     ちなみだが、驚いたのはピグマリオンに参加している歌手の一人であるルシール・リシャルドーだ。後述する演奏曲目で最初カウンターテナーが歌っていたのかと思っていたのだが、確認すると女性のアルト歌手ルシールだったのだ。ルシールはとにかく男性並みの力強いカウンターテナーのような歌声であった。調べてみたらあの第58回レコード・アカデミー賞大賞銀賞を取ったガーディナー指揮のセメレに出演した凄腕歌手だったことを知ったのだ。彼女の美しくも男性並みに力強い歌声も勿論良かったが、個人的にはユーチューブでキメ顔で歌っていたティム・ミードにもう少し出番を与えて欲しかった。しかし、ルシールは愛妻ザビーヌと並んで最もピションに贔屓にされている女性歌手だから仕方ないといったら仕方ない。しつこいようだが、キメ顔で印象的なティム・ミードはこのマタイでは力強さの中にも憂いを秘めた歌声を見事に披露してくれている。とってつけたようだが、他のいずれの歌手もピションの美しい音楽に添った美しい響きを持つ歌声で聴き手を陶酔させてくれる。


     今回のマタイに対して「バッハはこうであるべきだ」や「バッハらしくない」や「こんな美し過ぎるマタイは許せない」なんて言う偏狭な批評家達の感想もあるかもしれない。しかし、結局は最後に物を言うのはその人にとっての好き嫌いである。私はこのピションが構築した美しいマタイが大好きだ。王道的で堅固なラーデマン盤とは一味違う魅力が溢れた名盤と言っていい。エンターテイナーに満ちたヤーコプス盤に近いかも知れない。とにかくピションの音楽活動において全盛期となる程の名盤であると確信している。もしかすると何十年後程に新録音のマタイが出るかも知れないが、この名盤を超えることは困難になるだろう。リヒターの名盤が新盤では無く旧盤であったように。


     ちなみにだが、この盤とは別にライブ映像のピション&ピグマリオンがYouTubeで見かけた。各歌手の演奏曲目もその映像で確認したし、この盤とほぼ同じ形態と見て間違い無いだろう。配役とは別に主要独唱で演奏した歌手別に以下記載させてもらう。もう一度言うが、配役として歌っている部分は記載していない。何故ならば解説書に曲ごとに登場する配役は記載されているからだ。とにかく参考に確認してみて欲しい。


     ザビーヌ・ドゥヴィエル…12.13.27a.48.49.67 ハナ・ブラシコヴァー…8 ルシール・リシャルドー…5.6.27a.30.39.60.67 ティム・ミード…51.52 レイノウド・ファン・メヘレン…19.20.67 エミリアーノ・ゴンザレス=トロ…34.35 ステファヌ・ドゥグー…56.57.64.65.67 クリスティアン・イムラー…22.23.42

    3人の方が、このレビューに「共感」しています。

    このレビューに共感する

  • 1人の方が、このレビューに「共感」しています。
     2022/08/27

    鈴木雅明やヤーコプスのマタイを聞き、ヨハネに続きマタイも聞き心地が良くなった頃だった。日本語訳でレコード芸術特撰盤と紹介されていたから購入した。ハンス=クリストフ・ラーデマン、格好いい名前だけど聞いたことが無い音楽家だ。バッハ演奏と言えば、現代ではガーディナー、鈴木雅明、ヘレヴェッヘ等々だが、聞いたことが無い。聞いたことが無いから色々調べたが、クラシック音楽会では十二分に知名度が高い音楽家だ。なにせヤーコプス盤でモンスター級の合唱力を聴かせた名高きRIAS室内合唱団の合唱指揮者を歴任したことがある凄腕だったらしい。さらに彼が率いるゲヒンガー・カントライの前身はかつてバッハ演奏の権威の一人であり史上初めてバッハの合唱曲全曲を単独で制覇したというヘルムート・リリングが設立させたという。ラーデマンはそのリリングの後継者だったのだ。バッハメダルも授与したことがあるリリングの後継者に選ばれたのだからただ者であるはずがない。リリングが設立した合唱団にさらに凄腕の古楽オーケストラを合体させて新たに設立したのがラーデマン率いるゲヒンガー・カントライなのである。ヤーコプス盤のベルリン古楽アカデミー&RIAS室内合唱団に負けず劣らずのドイツ音楽の伝統を背負う古楽スペシャリストと言えるだろう。歌手陣は自分はあまり知らないが、兎に角豪華であるらしい。さて、ラーデマンを始めとする演奏陣がとにかくバッハ演奏する者達にとってはかなり知名度が高いものだと調べたが、実際に演奏はどうなんだろうか。

     実際に聴いてみるととにかく圧倒された。何と力強い合唱とオーケストラなんだろうか。オーケストラは古楽特有?の貧弱な響きは全く感じさせない一糸乱れぬ正確無比な力強くて鋭い響きの中に良い意味で古風で典雅な世界観を感じさせてくれる。合唱も正確かつ力強い響きでこれぞドイツ合唱とも思える、まさに伝統的な響きだ。ヤーコプス盤や鈴木雅明盤と違い、徹底して装飾音は無く、エヴァンゲリストやイエス等の語りはほぼオルガンを中心としたものだ。本来なら単調な伴奏だと思うところだけど、適度に早いテンポと表現力に溢れた歌手陣のお陰で全くダレることは無い。とにかく歌手の一人一人が凄く上手いのだ。オーケストラと合唱が王道なのに対して、歌手陣は実に自由で即興に満ちた表現力溢れる歌声で聴き手を深く魅了してくれる。ラーデマン等の揺るぎない頑強な伴奏があればこその良い意味で自由度の高い魅力的な歌唱だ。歌手陣だけで言えば、ヤーコプス盤や鈴木雅明盤よりも個人的には気に入っている。オーケストラ、合唱、歌手、それぞれが一切隙が無く、この上無い完成度を誇る名演であった。

     ラーデマン盤はヤーコプス盤や鈴木雅明盤のように明言するような工夫は無い、装飾音も無い、素朴で標準的な演奏だ。ここまで言えば地味に聞こえるかも知れないが、それこそがこの盤の魅力だ。彼等には工夫も装飾も必要ない。なぜならば、彼等は長年に培ったドイツの伝統を受け継いだ純粋な演奏技術と表現力のみで聴き手を魅了できるからだ。まさに伝統を受け継いだ職人技というべき王道のマタイだ。自分は「バッハはこうであるべきだ」や「バッハの演奏には似合わない」という批評は好まない。芸術とはもっと寛容で自由であるべきだと考えている。だが、やはり王道が魅力的であることは否めない。ラーデマン盤は間違い無く王道的なマタイであると確信している。ヤーコプス盤や鈴木雅明氏のマタイも負けず劣らずの名盤であるが、もし、最初にマタイをお薦めするとすれば間違い無くこのラーデマン盤をお薦めするだろう。そして、ラーデマンの知名度はもっと上がって欲しい。個人的にはラーデマンのバッハ演奏はガーディナーやヘレヴェッヘにも劣ることは無いと思っているからだ。

    1人の方が、このレビューに「共感」しています。

    このレビューに共感する

  • 1人の方が、このレビューに「共感」しています。
     2022/08/25

     鈴木雅明氏。アジアで初のカンタータ全集を完遂させ、バッハメダルの授与、レコード芸術特撰盤量産機、バッハの化身と言われたリヒターやレオンハルトと同じく指揮だけでなくオルガンやチェンバロ演奏も出来る凄腕演奏者、ヘルムート・リリング続く最もバッハ大全集をほぼ単独で完成させることが出来る逸材等々と日本人の贔屓目を抜きにしても客観的に見ても彼こそが世界最高のバッハ演奏の権威でなかろうか。


     さてと、マタイに最近ハマっている。ヤーコプス盤の次に手にしたのはこの日本が誇る世界のバッハ・コレギウム・ジャパン&鈴木雅明の二度目のマタイだ。前回ヤーコプス盤を聴いてレビューしたのでヤーコプス盤と比較してのレビューであることは了承して欲しい。この盤は鈴木雅明氏にとっての二度目の録音であり、説明でも書かれていたように今回はオルガンにかなり拘ったらしいとのこと。けれど実際聴いたところ自分は耳が肥えた音楽家どころか全くの素人であるためなのか、自分の耳が悪いのか、どういう風にオルガンの響きが良いのかはサッパリ分からなかった。他のマタイでもオルガン伴奏はよく聴いたりするのだが、他と比較してどのような面が良かったが分からない。だからオルガンの工夫を除いた形で演奏の善し悪しを語らせてもらう。

     前回聴いたヤーコプス盤のベルリン古楽アカデミーの超絶技巧の演奏はとにかくインパクトがでかかった。それと比較するとBCJのオーケストラはやや劣る印象であるが、十二分に高水準であると響きだと思えた。飽くまで素人の耳で聴いた印象だが。演奏の随所に装飾された響きがあるがヤーコプス盤と比較して控えめであり、語りの部分の伴奏もオルガンとチェンバロの控えめな伴奏で終始している。しかし、単調にならないように随所に即興じみた響きが入っているからダレることはない。ソリストも普通に高水準であり、聞き心地は良い。ヤーコプス盤が余りにも派手だったことから聴き始めはやや地味な印象であるが、途中に入る合唱の部分は凄絶の一言。合唱部分だけで言えば、ヤーコプス盤のRIAS室内合唱団に勝るとも劣らない凄まじい響きだ。さすがは英国グラモフォン賞(合唱部門)を受賞しただけはある納得の合唱だった。

     とにかく飽くまでヤーコプス盤よりは地味だというだけの話で全体的に高水準でマタイの王道に行く名盤だった。「バッハはこうであるべき」という偏狭な批評家にも受け入れられるだろうと思う。

    1人の方が、このレビューに「共感」しています。

    このレビューに共感する

  • 1人の方が、このレビューに「共感」しています。
     2022/08/25

     マタイは今までカラヤン盤、マクリーシュ盤、アーノンクール盤、リリング盤と聴いてきたが、長大さやエヴァンゲリストやイエスの語り、古楽演奏特有の薄くて硬い響きに中々馴染めず、途中で聴くのを止める始末だった。特にマクリーシュ盤は古楽系のしかも各パート1人のOVPP(One Voice Per Part)という最少数編成のオーケストラとソリストという構成で兎に角演奏の厚みが薄く、合唱を好む自分にとっては馴染まない演奏だった。けれど鈴木雅明盤のヨハネ受難曲を聴いて感動した後、再びマタイに挑戦するに至った。この時に至るまで20年以上掛かったわけだ。マタイ受難曲という人類最高峰の神曲は聴き手に威圧的で敷居の高いものだった。

     自分が入手したのは日本語訳解説書付きのもので普通のCD二枚組なわけだが、どのみちSACDを聴けるプレイヤーは持っていなかったし、特典のDVDも日本語字幕の無い代物だったわけだから、CD国内盤以外の選択肢は無かった。この日本語解説書なんだが、ヤーコプスのマタイの演奏における時代考証や演奏形態の解説が実に読み応えがあり、これだけでも国内盤を買った甲斐ががあったというものだった。ヤーコプスはマクリーシュやクイケンのような少数編成の演奏に対して否定派であり、その説明の中でも「記念碑的作品が貧相な小品にようになってしまう」という言葉には痛快感を覚えてしまった。他にも個人の声量が作品よりも重要になるやら、中規模以上の編成の方が謙虚な演奏になるやらと少数編成嫌いの自分にとっては胸がすっとする内容が書かれていたので少数編成で迫力に欠ける演奏がイヤだと思った人達には是非読んで欲しいと思う。

     さて、前書きが長くなったこのヤーコプス盤は一言で言えば「一番派手なマタイ」だ。ヤーコプスの指揮の下、世界最高峰の古楽室内楽団のベルリン古楽アカデミー、古きドイツの伝統を受け継ぐこれまた世界最高峰の合唱団のRIAS室内合唱団という鬼に金棒というべきハルモニアムンディ最強の演奏集団で構成されている。RIASは最高潮に減り張りの富んだエッジの効いた合唱を聴かせてくれる。特にハイテンポで歌う場面ではどこまで滑舌が良いのかというほどの超絶早口で一糸乱れぬアンサンブルで歌うという離れ技を披露してくれる。かつてレコードアカデミー賞大賞を取ったガーディナー盤の「聖母マリアの夕べの祈り」も滑舌が良く、かなりの早口で歌っていたものだったが、RIASはそれ以上の早口合唱だ。ただ、テキストに従って適切なテンポを考慮しているので遅く歌うべきところはゆったりと歌ってくれている。一方でベルリン古楽アカデミーはそんなRIASに負けず劣らずの聴くだけで細切れにされそうなほどの鋭くて煌びやかな音色を響かせてくれる。前述で自分がマタイで苦手であったエヴァンゲリストやイエスの語り(今は聞き心地が良い声に酔い痴れることが出来る)で従来は単調なオルガンの伴奏(苦手な原因の一つ)の所をチェンバロやリュートなどと場面と心情に応じた多彩な通奏低音で展開されることでダレることなく聴くことが出来た。ヤーコプスは単調な高音を聞かせるような伴奏を「あまりにも無味乾燥で機械的な灰色のインク」になることを懸念しての工夫であり、これも確固たる時代考証や研究に基づくものだ。そして、これを可能に出来るのがベルリン古楽アカデミーの確かな演奏技術と表現力だ。ただ、余りにもイエスや他の登場人物の心情を代弁するかのような切れ味鋭い伴奏の時もあるのでソリスト達の影がやや薄くなることも否めない。このようにベルリン古楽アカデミーとRIAS室内合唱団の最強演奏集団(に喰われそうになっている歌手陣も水準以上の凄腕)の超絶技巧を駆使し、ヤーコプスは得意のバロックオペラ風に劇的にイエスの受難を描写した迫力ある演奏を展開させてくれる。その力強さとドラマ性は個人的にはリヒター盤を凌いでるとも思えた。

    とにかくヤーコプス盤のマタイはエンターテイメントに満ちた映画的な描写の演奏だった。レオンハルトやクイケンのように飽くまで時代考証第一と考える聴き手に優しくない演奏や「バッハの音楽はこうであるべき」や「バッハの音楽らしくない」等と嘯く偏狭な厄介オタク共の受けの良い演奏とは違う、時代考証や研究をしつつも聴き手のことも考慮した実に良心的で懐が深い名盤である。

    1人の方が、このレビューに「共感」しています。

    このレビューに共感する

  • 6人の方が、このレビューに「共感」しています。
     2018/11/06

     自分が最初に聴いたヴェスプロはガーディナー新盤だった。国内盤が店頭に売られていて、何となく購入したわけだ。後で調べるとレコードアカデミー賞大賞を受賞しており、最も理想的な演奏と名高かったことを知ったわけだが…。確かに聴けば教会音楽らしからぬスピード感が溢れていてダイナミックな演奏は現代的で素人でも受け入れやすいものであった。そこから聴き混み、他の名盤を聴きたくなったのであるが、これが大層困難を極まった。なにせ最初に聴いたガーディナー新盤は教会の典礼に従ったものではなく、純粋にモンテヴェルディの曲のみで構成されており、2種類のマニフィカトも収録されているという、言わば完全版であることが原因だったのだ。そのガーディナー新盤を見本にして他の名盤を探そうとしたわけだからなかなか見つかりはしない。結局それに見合うもので見つかったものはシュナイト盤、アレッサンドリーニ盤、最近でレコードアカデミー賞音楽史部門受賞で名高いマレット盤のみ。さらにマレット盤(日本語訳付き)のライナーノーツでマレットの言葉引用で「何より《夕べの祈り》は完璧に仕上げられた作品であり、調整の必要は全くないと、私は確信している。典型的な典礼の習慣と合致させる目的でグレゴリオ聖歌や器楽曲を付け加えることは、私には無駄な(あるいはさらには有害な)ことであると思われる」 もはや他の大半の名盤をディスっているとしか思えないぶった切りの言葉であるが、確かに共感出来る部分はある。目当ての作曲家の曲以外の曲が随所に挿入されていれば違和感があるし、邪魔ですら思ってしまうこともある。しかし、マレットの言葉を全て受け入れるとそれこそマクリーシュ盤、サヴァール盤、クリスティ盤、ヤーコプス盤、ガリード盤等々と超大型の名盤すらも脱落してしまうことになってしまう。それではさすがに勿体ないだろうと思い、典礼的演奏よりの名盤を探そうと思い、手にしたのが本題となるパロット盤である。
     ここからが本題であるが、パロット盤は典礼系の名盤の中では最も有名で規範として名高く、新盤が出る度に比較対象として挙がるほどらしい。さて、実際聴いてみると色々と驚かされることがあった。パロット盤はガーディナー新盤以前に収録されたものであるが、すでにマクリーシュやアレッサンドリーニが取り入れていた合唱の各パートをソリストに担当させること、さらにクリスティが典礼系のヴェスプロでチーマ作曲の器楽曲を取り入れたこと等はすでに時代を先駆けて実践されていたことだ。演奏形態の先駆けのみに腐心されず、演奏自体は静謐かつ荘厳であり、教会音楽らしい神々しい響きに満ちた見事な演奏。演奏が厳かであることからグレゴリオ聖歌やチーマ作曲の器楽曲挿入も全く邪魔にならなかったことがさらに驚き。何よりも美声の女王と讃えられたエマ・カークビーを始めとする超精鋭のソリスト陣の純粋無垢なハーモニーの素晴らしさはアレッサンドリーニ盤をも凌ぐかもしれないほどであった。ついでに収録されている「倫理的・宗教的な森」から抜粋された名曲も素晴らしい。
     このパロット盤のお陰で典礼系のヴェスプロも聴きたくなったことは言うまでもない。さらに倫理的・宗教的な森の全曲収録されているものも欲しくなるぐらいに。さて、次はまだ入手しやすいヤーコプス盤かクリスティ盤を手にしようかと思うところ。

    6人の方が、このレビューに「共感」しています。

    このレビューに共感する

  • 2人の方が、このレビューに「共感」しています。
     2018/10/20

     聖母マリアの夕べの祈りで正確な演奏方法が分からないため、演奏者の作品に対する分析、解釈によって決まるため非常に個性豊かな演奏が綺羅星の如く出てくる。この名盤はモンテヴェルディ生誕450周年記念のためにグロッサが威信をかけて出したことからかなりの気合いが入っている。まずは母体であるラ・コンパーニャ・デル・マドリガーレ。ジュゼッペ・マレット指揮者も歌手として所属しており、ルネサンス時代の声楽曲を取り上げ、賞を取るほどの名盤を出している新進気鋭の精鋭音楽集団。次にマレットの子飼いであるカンティカ・シンフォニア。声楽と器楽の両刀遣いの古楽団体であり、デュファイ等の古の作曲家を知らしめることに貢献したこと等と精力的に活動している。最後に古楽系管打楽器アンサンブルのラ・ピファレスカ。モンテヴェルディのマドリガーレ全巻収録し、名を知らしめたラ・ヴェネクシアーナとカンティカ・シンフォニア両者の最精鋭により結成され、ロベルト・ジーニ盤でも共演を果たしたこともある。そして、それら3組の超精鋭古楽団体と密接な関係を持っている歌手兼指揮者であるジュゼッペ・マレット。まさにグロッサの看板音楽家によるオールスターだ。
     演奏形態として、グレゴリオ聖歌等と典礼に関係する曲の挿入は一切無しのモンテヴェルディ作曲したものだけの構成だ。また、2種類のマニフィカトも収録されている。紹介文で書かれていたようにマレットはとにかく使用楽器、ピッチ、テンポには細心の注意を払っているようだ。それは冒頭の曲からその成果が表れている。とにかく耳障りにならないような柔らかい響き、祈るようなゆったりとしたテンポ。随所に盛り込まれたオルガンの煌びやかな響き、ハープや弦楽の甘い音色等の通奏低音。精鋭歌手陣による透明感溢れる静かな声色。それら全てが融合され、典礼曲に頼らずとも教会音楽の如く静謐な響きを生み出している。同じくロベルト・ジーニ盤もゆったりとしたテンポで演奏されていたが、些か暑苦しい響き(悪い意味ではない)があった。ジーニ盤が筋肉質な修行僧が力強くマリアを讃えているのに対し、マレット盤は清楚な修道女がマリアに静かに祈りを捧げているような趣だ。
     とにかくマレット盤は数々の名盤で「このパートはゆっくりとしたテンポにして欲しかった」と言った不満を見事に解消してくれている。音程やテンポ、楽器配置等の演奏バランスの点で言えば、歴代名盤の中でも随一とも言える。教会音楽としての理想的な響きとも言えるだろう。その代わり、ガーディナー新盤やガリード盤のような迫力には欠けているし、アレッサンドリーニ盤のような突き抜けたような華やかさには一歩劣ってしまう。けれど歴代名盤とは同等かそれ以上の決定盤であることは確かだ。

    2人の方が、このレビューに「共感」しています。

    このレビューに共感する

検索結果:7件中1件から7件まで表示