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ミュンシュ さんのレビュー一覧 

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     2013/06/30

    今の私には、フェリアーの独特の歌声と発音の癖が気になるが、これは私がフェリアーを聴きこんでいないためであろう。実は、同じワルター指揮で、後年のステレオ盤の女声を担当するミルドレッド・ミラーの素直な歌声をこよなく愛する私である。でも奇数楽章を歌うパツァークのほうは、一聴して、乏しい歌声に聴こえなくもないが、何度も聴いていると、この曲の奇数楽章にあらわれる退廃的な曲想にぴったりであると思われてくる。そして、ワルターの指揮も、特に第6楽章の中間部がそうであるが、えぐるような深さがある。前述のステレオ盤も私は愛するが、やや平面的なきらいがあると思う。対して、本盤はモノラルでありながらも立体的、そして厳しい。バーンスタインがウィーンフィルを指揮し、女声のパートをバリトンのディートリッヒ・フィッシャー・ディスカウ、テノールをジェイムス・キングが歌った盤とともに、私が愛する「大地の歌」のCDである。

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     2013/06/20

    福島交通軌道線(下)が郊外を扱っているのに対し、福島交通軌道線(上)は、この鉄道の歴史および福島駅周辺と近郊を扱っている。私の福島交通軌道線に対する思いについては福島交通軌道線(下)のレビューに存分に書いたので、そちらをご覧いただきたい。ちなみに、掛田を訪問した昔日は、福島交通軌道線という「めちゃめちゃに」面白い鉄道の利用の歴史であった。
    福島交通軌道線(上)についての評価も福島交通軌道線(下)の評価と変わらない。絵葉書を含む写真、資料の類は極めて豊富である。説得力がある。評価は五つ星とした。
    しかし、福島交通軌道線(上)は福島交通軌道線(下)ほど多くを語ることができない。鉄道は、思い出と繋がっているものであるが、その思い出は楽しいものとは限らない。苦い思い出もある。福島交通軌道線(上)の表紙のカラー写真は、福島駅の近くであるが、私はこの通りに面した旅館に泊まったことがあった。福島県立医科大学に入院していた祖母が危篤となり、父、妹と一緒にお見舞いに来た私は、旅館の二階で行き来する電車を見ながら、病院からの連絡を待っていた。ついに祖母は、この地で亡くなった。福島交通軌道線(上)は、亡くなった祖母を思いだす。そうであっても、私は本書を購入して良かったと思っている。理由は二つある。一つは、福島交通軌道線の歴史を知る、あるいは確認することができるから。もう一つは、「灯台下暗し」というが、福島交通軌道線の出発駅は、何といっても福島駅前である。その福島駅前から伊達町までの区間は、あまり知らなかったのである。極めて有益な資料を勉強することができた。
    福島交通軌道線がナローゲージであったころ、路線は掛田終着駅ではなく、さらに川俣まで延々15.6kmの路線があった。この路線の存在は頭では知っていたが、路線図で確認したのは本書においてが初めてである。また、長岡分岐点と保原駅の途中にある旭町から東北本線の桑折(こおり)まで、路線が存在していたのだ。この路線の存在を知ったこと自体、本書においてが初めてであった。両路線ともに、昭和2年に廃止になっている。掛田〜川俣、旭町〜桑折を含めて、福島交通軌道線全線の路線図」と停留所名が、停留所名の移変りとともに示してある。これだけで極めて意義のある資料である。
    以下、資料名を資料の種類とともに示す。本書の概要がおおよそ、ご理解いただけるであろう。
    (1)表紙の写真:本町-福島駅前、荻原二郎
    (2)モノクロ写真:福島市と伊達町の境、幸橋にて。高井薫平
    (3) モノクロ写真:福島駅前の賑わい。今井啓輔
    (4) モノクロ写真:信達軌道の特許状 提供:福島交通
    (5)軽便時代、福島駅前から伸びる本町通り。ラッキョウ煙突の「へっつい」が行く。絵はがき所蔵:白土貞夫
    (6)「福島市内本町四ツ辻」と書かれた絵葉書より。「7」と書かれた客車が通り去る。絵はがき所蔵:白土貞夫
    (7)軽便時代の福島駅前、絵はがき所蔵:白土貞夫
    (8)内務省への大日本軌道合併の届。 所蔵:国立公文書館
    (9) 福島市内本町通り、日本銀行支店前。バック運転の「へっつい」が行く。絵はがき所蔵:白土貞夫
    (10) 軽便時代の本町通り。絵はがき所蔵:白土貞夫
    (11)不鮮明ながらわずか5年のみの運行であった保原〜桑折間を含む信達軌道全線が掲載された「福島県伊達郡全図」 所蔵:幕田一義
    (12) 信達軌道の成り立ち
    (13)信達軌道の運賃表          提供:福島交通
    (14)軽便時代の東北本線跨線橋   絵はがき所蔵:白土貞夫
    (15)電車化後の東北本線跨線橋   絵はがき所蔵:白土貞夫
    (16)電車化後の本町通り    絵はがき所蔵:白土貞夫
    (17)飯坂西線(現在の飯坂線)飯坂温泉駅に停車中の福島電気鉄道1号車
       絵はがき所蔵:白土貞夫
    (16)福島駅前から出発、旧飯坂電車の飯坂西線への分岐を行く福島電気鉄道10号車。    所蔵:伊藤東作
    (17)福島交通軌道線略年表
    (18)廃止の前日、続行運転で松川橋を渡るお別れ記念の花電車

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     2013/06/20

    「本とは面白くあるべきだ」という意見に私は賛同する。本書のレビュー記事に筆をとった理由もそこにある。まず昔日の福島交通軌道線そのものが「めちゃくちゃ」面白い鉄道であった。だから、福島交通軌道線を素材とした本は面白くなる性質をもっている。そこに著者、高井薫平氏が、これでもかというように写真や貴重な資料を沢山掲載している。本としての「福島交通軌道線」が面白くないわけはない。

    まず福島交通軌道線そのもののどこが「めちゃくちゃ」面白かったのであろうか。一言で言い尽くすことは難しい。私なりにいえば、「軌間1067mmゲージ(JR/国鉄の新幹線を除くほとんどの区間がこれ)」でありながら、「軌間762mmのナローゲージ(例えば花巻電鉄)」のような顔をしているところにあると思う。これは福島交通軌道線がナローゲージから1067mmゲージへと改軌された歴史と大いに関係があろう。
    街中では、線路が民家にかなり接近して敷設されているところが多い。この事実にナローゲージの面影を見ることができる。また果樹園の木にも接近している。だから、果樹園の木の枝が、走っている電車の窓ガラスに触れ、乗っている私は「ばしばし」っという音にびっくりすることがあるのだ。
    また、民家がある都合で、改軌しても、電車の幅は広げることができなかったと聞いている。そのためであろうが、電車の形はナローゲージの花巻電鉄のような「馬面」となる。
    一方、1067mmゲージの側面もあった。それは、田園地帯では結構なスピードを出すことである。砂利道の軌道を掛田〜保原間では「高速」で走る。この「高速」の意味であるが、車輪が砂利を踏み、砂煙をあげながら、横揺れを生じながら走るのである。要は「脱線するのではないかというスリルにあふれていた」という意味での「高速」である。実際に、どのくらいの速度であったかは、わからない。でも実際に脱線することがあったと聞いている。
    また、夜の駅にも風情があった。夜、暗い中、福島から保原駅に近づくと、遠くに保原駅と示したピンクのネオンが見える。いよいよ保原に到着する。ここは、掛田方面と梁川方面への分岐する駅であるのだ。福島交通軌道線では大きな駅であるのだ。駅の周囲の街並みは賑わっている。何人かの人は電車を降りてタバコを買いにいく。電車はここで、しばらく停車するのだ。要は、途中駅で喧騒の情を味わうことのできる東北の私鉄の駅は、そうは多くない。

    私の親戚は掛田にいた。そこで、何かといえば、掛田に遊びに行った。ついでに飯坂温泉に連れていってもらった。福島交通軌道線の利用ルートは次のようなものだった(乗換えについての記憶が定かではないので略す)。
    1)東北本線で伊達(福島から二つ北の駅)着、伊達から福島交通軌道線で掛田着
    2)掛田から福島交通軌道線で湯野町(飯坂温泉の福島交通軌道線の名前)
    3)飯坂から福島交通専用線(飯坂電車)で福島駅へ行き、福島駅から福島軌道線で掛田着

    本誌の表紙を飾るカラー写真、これが当時の掛田停留場である。ちなみに、カラー写真は、この本では、この表紙のみである。でも表紙の写真から、とても美的センスがあるとは言い難い、でも、親しみを感じるといってよい、2色に塗り分けられた電車の風情が伝わる。私の記憶では、道路事情は、この写真が撮影された1966年よりも、ずっと悪かったであろう。砂利道を走ってきたため、もっと白っぽく汚れていたとも思う。また電車は貨車をけん引している。掛田停留場では電車が貨車を連結している姿がよく見られた。でも、連結器という「文明の利器」はない。長さ1メートル程度の鉄の棒(連結棒)を用いるのだ。よって、連結された電車と貨車の間には1メートル程度の距離ができる。表紙の写真をよく見ると、貨車は電車と離れて連結されていることがうかがえる。
    福島交通軌道線の「めちゃくちゃな」面白さがお分かりいただけだろうか。そのような眼で、本書の中のモノクロ写真70枚を見ると、これまた面白い。紙面の都合で、すべての写真の説明は割愛する。改軌前の軽便時代の絵はがき写真(所蔵:白土貞夫氏)、有蓋貨車ホワを連結した電動貨車ニモ1、およびニモ1単体の写真も掲載されていることを特記する。すべてが面白い写真であった。写真提供者は、著者および竹中泰彦氏、湯口徹氏、今井啓輔氏、田尻弘行、伊藤東作、福島交通らである。

    また、この本の掲載資料(写真以外)について示す。いずれも、興味深い。
    (1)昭和35年2月20日改正運行図表
    (2)長岡分岐点の配線
    (3)長岡車両庫付近平面図、提供:福島交通
    (4)伊達駅前停留場と国鉄伊達駅引込み線平面図、提供:福島交通
    (5)保原停留場平面図、提供:福島交通
    (6)保原〜掛田間線路一覧略図、提供:福島交通
    (7)掛田停留場平面図、提供:福島交通
    (8)梁川停留場平面図、提供:福島交通
    (9)電化当初投入された梅鉢製木製ボギー車の組立図、所蔵:国立公文書館
    (10)木造時代の12・13号の竣工図、提供:福島交通
    (11)1956年、木造車鋼体化の際の申請書に添付された改造前の日車支店製木造車体、提供:福島交通
    (12)1・4号(→1101/1104号)竣工図、提供:福島交通
    (13)1102・1103・1105・1107・1109・1111号竣工図、提供:福島交通
    (14)1106・1108・1110号竣工、提供:福島交通図
    (15)1112・1113号竣工図、提供:福島交通
    (16)1114・1115・1116号竣工図 ただし図は1112・1113のもののようで窓の数や形状など1114〜1116とは異なる。提供:福島交通
    (17)1117・1118・1119号竣工図、提供:福島交通
    (18)1120・1121号竣工図、提供:福島交通
    (19)2022・2023号竣工図、提供:福島交通
    (20)ニモ1号竣工図、提供:福島交通
    (21)21号〜25号竣工図、提供:福島交通
    (22)ホワ1〜3、提供:福島交通
    (23)ホワ10〜14、提供:福島交通
    (24)ワフ7〜8、提供:福島交通
    (25)ホト1〜7、提供:福島交通
    (26)ホト8〜13、提供:福島交通
    (27)昭和14年2月に日本車両東京支店で作成された福島電気軌道向け2軸電動貨車の形式図、提供:湯口徹

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     2013/06/11

    このロイヤル・オペラハウスにおけるプッチーニ「マノン・レスコー」、演出はゲッツ・フリードリッヒ、マノン役はキリ・テ・カナワ、騎士デ・グリュー役はプラシド・ドミンゴ、マノンの兄はトーマス・アレンが演じる。そして指揮は故シノーポリである。極めて質の高い「マノン・レスコー」である。キリ・テ・カナワがマノンになりきっている。特に第四幕、アメリカの荒野でデ・グリューの腕の中で死んでいくマノンとデ・グリューの嘆きの場面は、真実に満ち満ちている。絶品。ドミンゴの騎士デ・グリュー役は、これは聴く前から想像できるような充実ぶり。特に、第三幕で、マノンにつれそってアメリカへ行こうと決心し、船に乗せてくれるように船員に懇願する場面の生々しさに圧巻される。シノーポリの指揮は悪くいえば神経質、よく言えば繊細このうえない。何故あのように早く天に召されたのかがわかる気がする。

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     2013/06/11

    この曲の2楽章、4楽章、6楽章を歌うのはアルトまたはメゾソ・プラノという低音の女声が歌うのが通例ですが、本盤ではバリトンという男声が起用されています。それも、歌うのはフィッシャー・ディスカウです。すなわち、ジェームス・キング(テノール)、ディートリッヒ・フィッシャー・ディスカウ(バリトン)が歌い、管弦楽はウィーン・フィル、指揮はレナード・バーンスタインです。通常は女声が歌う楽章をフィッシャー・ディスカウが歌う、面白く聴けるだろうかと思われる人がいるとすれば、そのご心配は半分当たっていますが、半分は間違っています。とにかく真面目に考えられたマーラーに接してしまうと、こちらも感動します。そしてテノールは、これもまた真面目なジェームス・キング。こちらも、ちょっと面白くないかもしれません。しかし考えてみると「大地の歌」が面白い曲ではありません。このように男声、バーンスタイン指揮ウィーンフィルによる徹底的に考えられた「大地の歌」というのもよいものです。フィッシャー・ディスカウの歌う第6楽章(告別)の終結部には涙が出ます。

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     2013/06/10

    パリオペラ座バレエは、動いている美しい絵を見ているよう。バレエに不満は毛頭ない。でも、どうしても不満をいだくのはルドルフ・ヌレエフの振付・演出に対してである。バレエ団によって、幕および場の構成は違うので置いておくが、今となっては、「影の王国」(パリオペラ座では第3幕第2場)の次の幕は必要であると思うのだ。というのも、ナタリア・マカロワが、「影の王国」の次の幕(最終幕)をマカロワ版として蘇演しているからである。ロイヤル・バレエとミラノ・スカラ座バレエ団が、このマカロワ版を採用している。マカロワ版では、「影の王国」の後、銅像の踊りに続いて、結婚式にのぞむガムゼッティとソロール、そこにニキヤの魂があらわれ、結婚式が行われる寺院の崩落、そして天国で結ばれるニキヤとソロールという物語が切々と語られる。ちなみに、結婚式前にガムゼッティにより踊られるソロが極めて美しい。そこには悪女ガムゼッティはいない。不安さにかられる女ガムゼッティがいる。このようなマカロワ版が世に出た現在、パリオペラ座のように「影の王国」で終わらす演出に、どうしても私は「あきたらなさ」を感じるのである。でも、この「あきたらなさ」は、パリオペラ座バレエの公演にもっと浸っていたいという私の願いと無縁ではないかもしれない。

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     2013/06/10

    パリオペラ座バレエは、動いている美しい絵を見ているよう。バレエに不満は毛頭ない。でも、どうしても不満をいだくのはルドルフ・ヌレエフの振付・演出に対してである。バレエ団によって、幕および場の構成は違うので置いておくが、今となっては、「影の王国」(パリオペラ座では第3幕第2場)の次の幕は必要であると思うのだ。というのも、ナタリア・マカロワが、「影の王国」の次の幕(最終幕)をマカロワ版として蘇演しているからである。ロイヤル・バレエとミラノ・スカラ座バレエ団が、このマカロワ版を採用している。マカロワ版では、「影の王国」の後、銅像の踊りに続いて、結婚式にのぞむガムゼッティとソロール、そこにニキヤの魂があらわれ、結婚式が行われる寺院の崩落、そして天国で結ばれるニキヤとソロールという物語が切々と語られる。ちなみに、結婚式前にガムゼッティにより踊られるソロが極めて美しい。そこには悪女ガムゼッティはいない。不安さにかられる女ガムゼッティがいる。このようなマカロワ版が世に出た現在、パリオペラ座のように「影の王国」で終わらす演出に、どうしても私は「あきたらなさ」を感じるのである。でも、この「あきたらなさ」は、パリオペラ座バレエの公演にもっと浸っていたいという私の願いと無縁ではないかもしれない。

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     2013/06/09

    ベルリーニは生涯に10のオペラを作曲しましたが、上演されるのは「ノルマ」「清教徒」「夢遊病の女」などに限られるでしょう。ベルリーニの歌い手が、そう多くはいないことが一因で、これらの三作も頻繁に上演されることは少ないのです。しかし、ベルリーニが生み出した旋律はあまりに美しく、例えば「カプレティとモンテッキ」を知らずして人生を終えるのは、あまりにもったいないと思うくらいです。
    かといって「ノルマ」「清教徒」「夢遊病の女」に加え「カプレティとモンテッキ」を含め、これら以外の録音が豊富にあるかというと、その数は限られます。そこでこの全集の意味がでてきます。この全集は10のオペラをすべて収録しています。10のオペラとは、「アデルソンとサルヴィーニ」「ビアンカとフェルナンド」「海賊」「異国の女」「ザイラ」「カプレーティとモンテッキ」「夢遊病の女」「ノルマ」「ベアトリーチェ・ディ・テンダ」「清教徒」ですが、さらにカラスがスカラ座で歌った「夢遊病の女」とカバリエの歌う「ノルマ」(放送録音)が加えられています。すなわち、この全集は、延べ12タイトル×2枚=24枚のCDからなっています。さらにCD-ROMも1枚、付属しています。それはイタリア語台本を収録したものです。
    最後に、一言述べましょう。「ビアンカとフェルナンド」はこのCDを含めて2種類のCDしか世の中にありません(2013年6月現在)。でも聴いてください、ソプラノの二重唱を。あまりの甘美さに、金縛りに会うでしょう。ベルリーニは、人を金縛りにする旋律を沢山、生み出しました。「ノルマ」のみのベルリーニではありません。

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     2013/06/09

    このCDは「Happy Birthday to You」のメロディを知っている人であれば十分に楽しむことができるます。
    「Happy Birthday to You」+モーツァルトの「アイネ・クライネ・ナハトムジーク」のメロディを知っている人であれば
    十二分に楽しむことができるます。
    「Happy Birthday to You」+「アイネ・クライネ・ナハトムジーク」+「蛍の光」のメロディを知っている人であれば、めちゃめちゃに楽しむことができるます。
    「Happy Birthday to You」+「アイネ・クライネ・ナハトムジーク」+「蛍の光」+「イギリス国家」のメロディを知っている人であれば、
    「めちゃめちゃ」の2倍、楽しむことができるます。
    「Happy Birthday to You」+「アイネ・クライネ・ナハトムジーク」+「蛍の光」+「イギリス国家」+ベートーヴェンの「月光の曲」の第一楽章のメロディを知っている人であれば、
    「めちゃめちゃ」の4倍、楽しむことができます。

    では、すべてを知らない人はどうなるのでしょうか?そのような人でも十分に楽しむことができるのです。

    チャールダッシュ風の編曲が楽しさを導きます。
    でも、上に書いたいずれの場合であっても、楽しむのには条件があります。
    それは、このCDを真面目に(心を込めて)、聴く(聴こうとする)ことです。
    収録されている音楽は見かけよりも、はるかに真面目に作曲(流用)され、真面目に演奏されています。
    だって、演奏者の一人にヴァイオリンのクレーメルがいるのですから、真面目さがわかろうというものです。

    その昔、冗談音楽というものがありました(今もあるかもしれません)。あれは、扱われる曲を知らないとわけがわかりません。
    どこが冗談かがわからないのです。
    よって私は冗談音楽に不愉快さを感じましたが、でも、このCDは冗談音楽とは本質的に違います。
    すべてを知らない人でも十分に楽しむことができるのです。

    これまで聴いてきた音楽に、息がつまってきた人にお奨めします。

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     2013/06/08

    この映像の収録にさかのぼること十余年前、当時のレニングラードバレエ団(キーロフ・バレエ)が来日した時、私は当バレー団の公演を観に行った。来日したメンバーにイリーナ・コルパコワがいた。この時に初めてコルパコワの存在を知った。というのも、購入したプログラム−それは写真集ともいえる立派なものであった−に掲載されていた多くのバレリーナのトップの位置に彼女の写真があったからである。それは毅然とした写真であった。私が彼女と舞台でお目にかかることはなかった。というのも私が観た演目の主役は彼女ではなかったからである。その後、コルパコワのオーロラ姫役の「眠りの森の美女」にお目にかかることはなかった。それだけにこの舞台を目にすることができてうれしく思う。この「眠りの森の美女」は優れている。どこが優れているのであろうか。それは、このキーロフ・バレエの舞台がロシアの典雅なバレーを引き継いだ伝統的舞台であることを感じるからである。そしてコルパコワのオーロラ姫はオーロラ姫そのひとである。もちろんオーロラ姫はずっと若いであろう。オーロラ姫は年をとることがないのだ。でも、コルパコワ=オーロラ姫の構図ができている。風格がある。姫に風格というのもおかしな話である。気高さといったほうが適切かもしれない。とにかく見入ってしまう、ひきづりこまれてしまう。
    振付:マリウス・プティパ
    演出:コンスタンチン・セルゲイエフ
    オーロラ姫:イリーナ・コルパコワ、デジレ王子:セルゲイ・ベレジノイ、リラの精:リュボフィ・クナコワ、他
     ーロフ歌劇場管弦楽団、ヴィクトル・フェドトフ(指揮)
    収録:1982年11月、キーロフ歌劇場

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     2013/06/08

    私はチョン・キョンファが好きである。チョン・キョンファが世に出て間もない時のヴァイオリン協奏曲の録音はほとんど持っている。また映像も3種類ある。一つはショルティ指揮のシカゴ交響楽団と共演したメンデルスゾーンのバイオリンの演奏(DVD)である。曲に食らいついて離さないというすさまじさがあった。他には指揮者テンシュテットと共演したベートーヴェンのバイオリンの映像(LD)、指揮者で弟のチョン・ミュンフンと競演したブラームスのバイオリン演奏の映像(放送をVHSに録音したもの)である。特にブラームスの演奏における燃焼しつくす様には唖然とさせられたものである。映像でみる彼女の興奮は、興奮しているからといって音楽が壊れるということは寸分もない。曲が曲として活発に動いていた。音が極めて明確でもあった。
    今回購入したチョン・キョンファ衝撃の東京ライヴ第2夜(CD2枚)(1998年4月28日、サントリーホール)もすさまじい演奏であった。収録されているのは、次の曲目である。J.S.バッハ:無伴奏ヴァイオリンのためのパルティータ第2番以外のピアノ伴奏はイタマール・ゴランである。

    ディスク1
    ・J.S.バッハ:G線上のアリア BWV.1068-2
    ・ストラヴィンスキー:協奏的ニ重奏曲
    ・J.S.バッハ:無伴奏ヴァイオリンのためのパルティータ第2番ニ短調 BWV.1004
    ディスク2
    ・バルトーク:ヴァイオリン・ソナタ第2番
    ・ラヴェル:ツィガーヌ
    ・ラフマニノフ:ヴォカリーズ
    アンコール
    ・クライスラー:美しきロスマリン
    ・クライスラー:中国の太鼓
    ・ドビュッシー/ハイフェッツ編:美しい夕暮れ

     よく考えてみると、私はチョン・キョンファの演奏は録音にせよ映像にせよ、ヴァイオリン協奏曲しか聞いてこなかったのだ。そこで、J.S.バッハの無伴奏ヴァイオリンのためのパルティータ第2番ニ短調 BWV.1004を耳を凝らして聴いた。その音は実に神々しかった。当日、バッハは2曲を演奏したが、どちらにもドン、ドンという衝撃音が入っている。興奮のあまり足で床を叩いている音であろう。
    ストラヴィンスキー、バルトークもすばらしかった。この辺の曲想の表出はチョン・キョンファの独壇場であろう。そしてラフマニノフのヴォカリーズ、この曲に対しては滑らかな音で、進みゆく旋律をくっきりと浮きだたせるように聴かせてくれた。過去に聴いた彼女のヴァイオリン協奏曲−例えばチャイコフスキー−の音の美質を、一段と練りあげたかたちで聴き直したかのようでもあった。

    彼女が舞台を遠のいてから久しい。是非、戻ってきて欲しいと思うのは私だけであろうか。

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     2013/06/08

    この映画作品は、もちろん故三浦哲郎の芥川受賞作、短編小説「忍ぶ川」に基づいてはいる。しかし、本作品は、映画監督、熊井啓その人の「忍ぶ川」である。すなわち映画「忍ぶ川」は、三浦哲郎の短編小説「忍ぶ川」と筋書きのおおよそを辿ってはいるが、熊井啓ならではの息づかいを感じることができる。では熊井啓の吐息の本質とは何であろう。このように考えたとき、当たり前と思われがちなことを二つほど思うのである。

    一つは撮影技術である。本作品がモノクロであること云々をいっているのではない。撮影陣が極めて優秀であったということを言いたいのである。換言すれば、熊井啓の映画監督としての優れた資質が、優秀な撮影陣を選んだともいってよいと思う。周知のように、この映画作品は美しい画像の連続といってよい。なかでも、よくいわれる「馬橇の場面」は小説「忍ぶ川」と同じく映画でも極めて美しい。でも、本来、文学と映画では異なった芸術である。どちらも美しいというのであれば、文学による表現方法、映画による表現方法の奥底に、どこか人に訴える交叉する点があるはずだ。そこで、映画の「馬橇の場面」をワン・ショットごとにおっていく。ここがDVDのすごいところである。そうすると、文学「忍ぶ川」と映画「忍ぶ川」が交叉したと思われるショットをDVDの映像のなかに見出すことができる。それは、雪原の彼方からやってくる馬橇をカメラが捉え、馬橇の像を次第に拡大していく、その次のシーン、すなわち“馬と、馬が跳ね上げる雪、りんりんと鳴り響く鈴とを同時にとらえているシーン”である。このシーンを静止画像でみる(DVDプレーヤーを静止モードにしてみる)。そうすると画像は物理的には静止する。でもその静止画像は、意識のなかでは動いている。動いている美を描いた絵を見ているのと同じである。動いている美を描いた絵の一枚、一枚を連続的に観ることによって、実際に美しい動を描くことができるようになる。作家も、映画監督も、共通していることは、このような絵を一枚、一枚を描きほぐしていくことであろう。違うところは、それが文章によるのか、映像によるのかというところである。小説「忍ぶ川」の映像化にあたって、熊井啓は小説「忍ぶ川」を、もちろんのこと、徹底して読んだはずである。そして、動いている美を描いた絵を一枚、一枚、スケッチしていったはずである。そしてその絵を映像にして繋げたと思うのである。

    二つ目はこの映画の音楽である。具体的には、音楽を故松村禎三に依頼したことがこの作品を成功に導いていると思うのだ。松村禎三の音楽の素晴らしさは冒頭に字幕等が現れるところから分かる。まず重厚である。でも「いつくしみ」にあふれている。この音楽はしだいに編曲されて映画「忍ぶ川」の要所、要所で用いられることになる。そして、その音楽は、映画「忍ぶ川」がともすると冗長になりがちになることを防いでいるかのように、それどころか、物語に集中力を与えているかの如く響くのである。
    例えば、小説「忍ぶ川」には次のような局面がでてくる−死にゆく志乃の父との面会する主人公、やがて志乃の父は死に、一家は離散し、主人公は志乃を引き取る。郷里ですぐにでも結婚するために、大晦日の晩に二人は主人公の郷里である東北に行く列車に乗る。−三浦哲郎は、この場面を淡々と語る。すなわち、文学では主人公も志乃も、この二人を取り巻く世界も、読者の想像にゆだねるかのように実に淡々と語られる。しかし、映画では、読者の想像の世界を具体的な世界にあぶりださねばならない。映画とはリアリティを与えなければならない芸術であるのだ。この局面を松村禎三の音楽−それは極めて静かな音楽であるが−は切々と、切実さをもって、しかし途切れることなく一気に奏であげる。映像も一気に進む。

    撮影陣と音楽に優秀な人材をえたこと−それこそ、熊井啓の映画監督としての優秀さにつながる−が映画「忍ぶ川」を成功に導いたということを信じてやまない。文学「忍ぶ川」が名作であることはもちろんであるが。

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     2013/03/29

    このマーゴット・フォンティーンとルドルフ・ヌレエフとを主役とする「白鳥の湖」は、現在視聴できる多くの「白鳥の湖」の映像の中でも白眉といわれている。確かに、20世紀を代表するバレリーナ、バレエダンサーの共演、しかもオーケストラはランチベリー指揮するウィーン交響楽団、バックをウィーン国立歌劇場バレエ団が支える。万全である。しかし、本当に残念なことに、映画として収録されているために、足音がほとんど収録されていない。通常、場内で聴こえる咳払いの音なども、もちろんない。バレエ映像と音楽のみが存在し、他の音はほとんど入らないというのは芸術として理想的なようでいて、実は虚無的なものであることを痛感する。

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     2012/11/28

    私は、モスクワ・クラシカル・バレエという団体を知らなかった。好奇心の強い私である。そこで、この映像を買って、とにかく観ることにした。そして、映像を再生して驚いた、否、笑ってしまった。とにかく、この映像は、笑いを誘うという意味で、楽しめるのである。例えば、最終の場面である。悪魔ロットバルトは死んでしまう。上から幕が降りてくる。ここまでは、通常、よくあるシーンである。でも、この映像では、死んだはずのロットバルトの足の先端が、幕が下がるのと同期して動くのである。なぜって、そのまま幕が降りてしまうと、客席から観た場合、死んだロットバルトの足の先端がニョキっと幕の外(客席側)に出て、世にも珍しいラストシーンになってしまうからである。ロットバルトを演じたバレーダンサーにとってみれば、足を引っこめなければならなかった、換言すれば、ロットバルト演ずるバレーダンサーが倒れた(死んだ)位置が悪すぎたのである。この種の「傷」がこの映像には、あちこちにある。私は本映像を買って一週間ほど、笑いがおさまらなかった。そのよう意味で、本映像は面白かった(おかしかった)。さらに、失笑をさそう映像を購入した自分にも失笑した。でも良く考えれば、このバレー映像の価値は、バレースクールを主催する先生が、自分のスクールの発表会で「白鳥の湖」を取り上げようとする場合、参考になる情報が沢山、込められているのではないかと思う。決して、「白鳥の湖」を鑑賞する映像ではない。しかし、「白鳥の湖」というよりも「バレーの舞台」というものを学ぶことのできる映像であると思う。決して、世の優れたバレー団の公演記録を観ることのみが学びの方法とは限るまい。

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     2012/06/24

    このCDのジャケットの冒頭に記載されているブゾーニのバイオリンソナタ第2番を推薦します。ブゾーニというと、何か、編曲家のように思われていますけれど、本当は、偉大な音楽教師だったのです。そのブゾーニの渾身の作の一つが、このバイオリンソナタ第2番です。カントロフと上田晴子の息がぴったりあった名演です。ブゾーニが、作曲家として、どれほど偉大であったかが分かる一枚でもあります。第一楽章から深淵さを感じ取ることができますが、特に、最終楽章に現れる宗教的霊感に満ちあふれた旋律は、同時にいつくしみ、勇気、それらを私に語りかけてくれました。本当に涙の出る音楽です。購入した時に、入院していた私は、お医者さんの外出許可を得て、このCDを入手しました。この曲によって命が救われました。

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