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遊悠音詩人 さんのレビュー一覧 

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  • 7人の方が、このレビューに「共感」しています。
     2011/08/18

    スポーティーな快感を味わうのにはこの上ない。しかし、ムラヴィンスキーに代表される切実さは、この演奏にはない。スポーツライターの玉木正之氏は、バーンスタインの「檄速」に「爽快感」を覚え、ムラヴィンスキーの「テンポの鈍重なことと権威主義的重々しさにウンザリした」と書いているが、奇しくもこの言葉が当盤の全てを物語っているといえる。ムラヴィンスキーを「重い」と酷評する向きには、当盤は如何にも歯切れがよく、快速なテンポも心地好く感じられるだろう。しかし、だからといって、この曲を初め数多くの作品を初演し、また、旧ソ連の困難な時代を作曲家と生き抜いたムラヴィンスキーを、主観論で批判するのは如何なものか。むしろ、ムラヴィンスキーのように、圧倒的なスケールで金縛りに遭わせるような切実さがあってこそ、ショスタコーヴィチの真髄に迫れるのではないか。だからではないが、バーンスタインの解釈は、見方次第では、如何にも大衆受けを狙った、恣意的で、短絡的で、深みがないもののように感じてしまうのだ(勿論、若き日のバーンスタインならではの求心力は魅力的であり、一定の評価は可能なのだが)。もし宮〇誠氏なら、「アメリカン・ドリームを地で行く指揮者が、20世紀の陰の部分にはひたすら目を瞑り、ミュージカル映画のように分かりやすく興奮度の高い演奏を大衆に提供し、無知な大衆はそのスポーティーさに酔い、アドレナリンを放出した」云々と酷評するだろう(挙げ句、ヘルベルト・ケーゲルの怪演を絶賛するだろう)。玉木氏は「気持ちのいい音楽、聴き手をワクワクされる音楽が、いい音楽なのだ」というが、胸倉を掴まれるような、呆然と立ち尽くすような凄みのある音楽もまた、気持ちいい音楽以上に芸術的であり、感動的であり、後世に残すべき価値を有するものであるはずだ。無論、ムラヴィンスキーが全てではないし、まして鬱病になるために音楽がある訳でもない。バーンスタインもショスタコーヴィチその人を感動させるだけの演奏をしたくらいなのだから、どちらがどれだけ正しいかなど論じるだけ野暮である。こうなると、結局は個々人の好み次第ということになりそうだが、さて……。

    7人の方が、このレビューに「共感」しています。

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  • 1人の方が、このレビューに「共感」しています。
     2011/08/13

    何という表現力!メンゲルベルクの凄み全開!身も心も蕩けてしまいそうなポルタメントや、彼方へと誘うようなルバートから、泣く子も黙る怒涛の追い込みまで、チャイコフスキーがスコアに書ききれなかった想いまでも音にするかの如き演奏だ。まさに大胆にして繊細。弦楽器一つ取ってみても、艶やかなレガートから切り裂くようなアクセントまで、その音色の変化は目を見張るほどだし、弾むようなピチカートや地鳴りのようなコントラバスなども、優秀な復刻も相俟って抜群の存在感を見せ付ける。強奏時における金管やティンパニなど、舞台から迫り出して襟首を掴みにくるような恐ろしさだし、木管も埋没せずにくっきりと浮き出てくる。オケのバランスの絶妙さといい表現力といい、かのムラヴィンスキーも青ざめるのではないかとさえ思えるほど。もっとも、SP復刻のためサーフェスノイズやバチノイズは結構大きい。だが、過剰なノイズリダクションによって痩せきった音の復刻盤が跋扈する中、ノイズを敢えて残してもなお音楽そのものの情報量を完璧に引き出すことに重きを置いた安原暉善氏の復刻はさすが(因みに筆者はノー・ノイズ・テクノロジーが大嫌い!あのような金属的に変貌した音のほうが、寧ろノイジーである)。1928年の録音にこれほどの奥行感や残響成分が含まれているものかと、思わず唸る。と同時に、メジャーレーベルに蔓延る安易なリマスタリングが、如何に音楽の中枢的魅力を蔑ろにしているかということに、強い憤りを覚える。願わくは、歴史的遺産ともいうべき音源が改竄されることなく復刻されることを切望したい。オーパス蔵は、そんな想いをカタチにする、数少ない優秀なレーベルといえよう。

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  • 1人の方が、このレビューに「共感」しています。
     2011/07/26

    これが1955年の録音か!?最新のデジタル録音ですら顔色なしと言えるほどの、細部まで克明に再現しつくす超弩級の優秀録音に驚愕!冒頭の一音からして、何という重厚さ!驚くべきは第一楽章主題で、主旋律の陰で忙しなく動くビオラの音や、弧を描くようなフルートの音など、普通の録音では殆ど埋もれてしまうような音までも、明確な分離感を伴って鳴り響くのである。第一楽章や終楽章のコーダにおけるチェロやコントラバスの鳴りっぷりも凄まじく、地響きのように唸りに唸る。勿論、シカゴ響特有のパワフルな金管も迫力がダイレクトに伝わってくるし、豊饒な弦楽器も魅力的だ。何よりアンサンブルの正確さが尋常ではなく、まるで剃刀でスパっと切ったかのような揃い方だ。まさに神業!ライナーの妥協を許さぬ厳格さは時としてトラブルを招き、それゆえ批判の対象にもなっているのだが、これほどまでに完璧に仕上げることのできる指揮者は、世界中どこを探しても皆無であろう。無論、精神的な深みが足りないという向きもあり、フルトヴェングラーを引き合いに出して批判をすることは簡単だ。しかし、フルトヴェングラーの死後1年余りしか経たぬ間に隔世の隔たりを見るほどの音質の違いを鑑みると、抗い難いものがある。いくらどんなに優れた復刻盤でも、フルトヴェングラーの録音をこのライナー盤と同等の音質で聴くことは、夢のまた夢である。もっともファンとしては、もし1954年3月時点で、存命中のフルトヴェングラーがRCAに在籍していて、モア&レイトン辺りが気を利かせてステレオ録音していたら……と妄想は尽きないし、ライナーとフルトヴェングラーを比較するなど野暮かもしれないが、とにかく、半世紀以上も前の録音をこれほどの高音質で聴ける喜びに、素直に浴すこととしたい。

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  • 4人の方が、このレビューに「共感」しています。
     2011/07/25

    盤鬼・平林直哉氏の渾身の復刻は、ハイフェッツに対する偏見を根底から覆した!ハイフェッツが20世紀を代表する大巨匠であることは衆目の一致するところであるが、個人的にはどうも好きになれなかった。いや、むしろ憎んでいたといっても過言ではない。CDで聴くハイフェッツは何れも機械的で艶がなく、無機質で拙速で、ロマンのかけらもないように思っていた。加えて音質も悪いという印象だったこともあり、当サイトでも散々酷評してきた。しかし、平林直哉氏自身をして超高音質で有名なXRCDを超えるというからには、一体どんな音が鳴るのだろうかと思い、演奏はさておき音を楽しむつもりで購入。聴いてみて唖然呆然!散々批判してきたはずのハイフェッツに感動を覚えている自分にはっとした!そう、何とこの平林直哉復刻盤、我が偏見を180度覆し、私を一気にハイフェッツのファンへと変えてしまったのだ!そのヴァイオリンの音色は恐ろしく豊饒で、タイトでありながら金属的になることがなく、ふとしたところに垣間見る甘美な響きの、何と艶やかなことか。人間味に欠けているような冷たい印象はどこへやら、曲に対する真摯な想いが一つ一つの音にこもり、実に熱い!「ああ、これが本当のハイフェッツなのか」と、今までの無知を恥じたい。天国のハイフェッツに、頭をついて謝りたいほどだ。同時に、今まで如何に陳腐で貧弱な復刻盤を“名盤”として崇め奉るように強要され続けてきたのかということに、強い憤りを覚える。願わくは、業界関係者におかれましては、偉大なる芸術家の遺産を、正確に我々に伝える責務を全うして頂きたい。並びに、優秀な復刻で感動へ誘う平林直哉氏のますますのご活躍を祈念して、レビューと代えたい。

    4人の方が、このレビューに「共感」しています。

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  • 1人の方が、このレビューに「共感」しています。
     2011/07/25

    破格の音質、驚異の合奏能力!XRCDの復刻盤は、今から半世紀以上も前の録音が中心ながら、何れも録音年代を疑うほどの超高音質に仕上がっている。殊にライナー&シカゴ響のものは、原盤がRCAきっての名技師:モア&レイトンの担当であることも相俟って破格のクォリティを誇っている。当盤は1959年の録音だが、さすがはXRCD!音の一つ一つの動きが見えるのではないかというほどの超弩級の音質である。音質が破格ならシカゴ響の合奏能力もこれまた破格!剃刀でスパっと切ったかのような尋常ならざる揃い方といい、手を変え品を変え登場する三連符のモティーフの正確な鳴らし方といい、よくもここまでというほど完璧だ。それでいて決して機械的にならないのは、艶やかな弦やまろやかな管、殊にパワフルにしてうるさくならない金管楽器の磨かれた響きの所以だろう。もっとも、精神的な深みのある演奏ならフルトヴェングラーを筆頭にいくらでもあるし、よりタイトな演奏が好きならトスカニーニを聴けば良いだろう。しかし、音質に限って言えば、いくらどんなに優れた復刻盤でも、ステレオ原盤のXRCDには太刀打ち出来ないといえるところであり、まして板起こしやオープンリール復刻に付き物のノイズや揺れも殆どないことからすると、当盤の価値は非常に大きい。

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  • 7人の方が、このレビューに「共感」しています。
     2011/07/25

    名録音の名復刻!デッカの伝説のエンジニア、ケネス・ウィルキンソン氏が手がけた原盤を、超高音質のXRCDで復刻したとはいえ、この音質はまさに破格。年代離れしているというよりむしろ、目の前で演奏されているような生々しさだ。音が“見える”と比喩してもいいだろう。舞い散る松脂や弓使い、更にはフィンガリングの一つ一つまで“見えてくる”のだ。その生き生きとした表情は、とかく真面目一辺倒と思われがちなシェリングのイメージを一新、奇をてらわずして細やかなニュアンスにも事欠かない、味のある演奏をしていたのだと、目から鱗が落ちる思いがする。シェリングとしては後にドラティやハイティンクとも録音しているし、クーベリックとのライヴ盤(ORFEO)も名演として名高い。だが、歳を重ねるにつれて冗長さが目立つようになり、殊に最後のハイティンク盤に至っては、すっかり弛緩しきってしまっている憾みもある。その点、若い日のシェリングには後年にない覇気があるといえる。当盤はシェリングの全録音中、最も熱のこもった演奏になっており、大変好ましい。モントゥのサポートも素晴らしい。最晩年ながらだれることのない指揮は、シェリングの音楽性と見事な一致を見せている。タイトな弦や明るい管など、録音の優秀さも相俟って、はっとするような響きにも恵まれている。若きシェリングと老巨匠モントゥの邂逅によって生まれた、奇跡の演奏と言えよう。

    7人の方が、このレビューに「共感」しています。

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  • 1人の方が、このレビューに「共感」しています。
     2011/07/10

    盤鬼・平林直哉氏渾身の復刻は、EMIの録音に対する印象を根底から覆した!私は今まで、EMIのステレオ録音といえば、音揺れや割れが必至であることを当然のように思わされてきた。情報量に乏しく、スカスカしていて、高音はダマになり、低音は鳴らず、音が無駄に拡散した、要するに貧弱を絵に描いたような録音だという印象が、常に頭にこびりついていた。殊に国内盤の劣悪ぶりは目に余る程で、そのくせHQCDだの24bit最新リマスタリングだのを売り物に高音質を標榜する態度に、ただただ呆れていた。その状況を見事に打破したのがESOTERICによるクレンペラー指揮:シューマン&フランクのCDで、これにより、いよいよ劣悪な音質の元凶がマスターテープによるものではなく復刻方法にあるのだと確信した。そこへ来て平林氏の復刻である。彼自身、「原理的にはオリジナル・マスターに太刀打ち出来るはずがないオープンリールだが、実際には逆転現象が起きている」と自画自賛しているが、全くその通りの恐るべき情報量に思わず唸った!音の一つ一つが立体的に躍動し、直接音と間接音のバランスに優れ、殊に低音のマッシブな感触が非常によく現れている。あたかもRCAのリビングステレオの録音をオリジナル・マスターからXRCD化したような、実に鮮烈な音である。ヒスノイズも少ない。しかも過剰なノイズリダクションによってではなく、オープンリールの良好な保存状態によってもたらされたものであるため、不自然なところが一つもなく、ストレスのない伸びやかなサウンドが豊かに拡がるのだ。これぞ耳の御馳走というもの。演奏自体も、クレンペラーならではの、一抹の甘えも許さない大変ストイックなものであり、遅めのテンポながらだれることなく凝縮した世界を創出している。これを聴いてしまうと、昨今の古楽器演奏が、如何に小手先の業であるのかが分かる。ベートーヴェンの魂に肉薄するかの如きクレンペラーの至芸を、超高音質で堪能あれ!

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  • 5人の方が、このレビューに「共感」しています。
     2011/07/05

    LP復刻盤が、まさかここまで凄いとは!XRCDやESOTERIC盤などで、杉本一家氏による復刻に心底惚れ込んでいる矢先、たまたま通り掛かったこちらのページで、「ESOTERIC盤を超える」云々とあり、「そんな馬鹿な」と半信半疑で入手。LPの音が、マスターテープからの復刻の音に敵うはずがないと思っていたが、聴いて唖然!恐ろしいほどの情報量に耳を疑った!勿論、LP復刻盤特有のスクラッチノイズが混入しているし、最強奏ではやや割れ気味になるので、その点ではESOTERIC盤に一歩譲るかも知れない。だが、弦の艶やかさや管の厚み、なかんずく一つ一つの音にこもる情熱の再現は、ESOTERIC盤といえども顔色なしといえる出来ばえであり、スピーカーを飛び越え眼前で演奏されているような錯覚さえ覚えるだろう。勿論、DG盤との違いは歴然で、数多のリマスタリングが徒労であることを証明するかのようだ。特に驚いたのが地響きのようなコントラバスや抜けのよい金管だ。従来盤ではただけたたましく鳴っていたが、平林直哉氏の手によって、迫力満点ながらうるさくならないサウンドが蘇った。こうしたところからも、ムラヴィンスキーの緻密な音作りがよく分かるようになった。同時に、巷で言われている「鉄壁」とか「剃刀」などという批評が、必ずしも正当とは言えないのではないかとさえ思えてくる。更に言えば、今まで如何に貧弱な音を“名盤”として崇めてきたのだろうかということに、落胆の念を禁じ得ない。盤鬼・平林氏はこれに続いて、チャイコフスキーの後期交響曲を続けてリリースするらしいが、続編を今か今かと待ち侘びているのは、筆者だけではなかろう。盤鬼の更なるご活躍を祈りつつ、レビューと代えたい。

    5人の方が、このレビューに「共感」しています。

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  • 6人の方が、このレビューに「共感」しています。
     2011/06/30

    ライナー&シカゴ響のパワー全開!年代離れした音質の良さ!超高音質CDであるXRCDのプロデューサーを務める杉本一家氏をして「演奏・録音ともに超弩級」といわしめた《ツァラトゥストラ》と《英雄の生涯》を筆頭に、名作・名演・名録音と三拍子揃ったボックスが廉価で手に入るとは!さて、《ツァラトゥストラ》と《英雄の生涯》は、ともに1954年3月に収録された、ステレオ黎明期の録音。家庭用にはまだステレオ再生機がなかった時分、モノラルのデッキを二つ、それぞれ右チャンネルと左チャンネルに対応させる形で連動させて収録し、あとでミキシングしてステレオ化するという録音方法だという。現在からすれば極めて原始的な方法であるが、しかしそこに収められたものは、最新録音に勝るとも劣らぬ臨場感溢れるサウンドなのだ。ライナー&シカゴ響の黄金期ということも相俟って、演奏自体のクオリティも破格であり、半世紀以上経てもなお決定的名盤として君臨するのも頷ける。《ドン・ファン》や《サロメ》、《ドン・キホーテ》などでも、独特の音響を構築、カラヤンのような流麗さは脇において、荒々しくも確固としたフォルムを保った筋肉質な演奏を披露している。《ブルレスケ》では、ピアノはもとよりティンパニの上手さがものをいうが、さすがは往年のシカゴ響、リズムが正確無比で、竹を割ったような潔さだ。そもそもライナーは若い頃、ドレスデン国立歌劇場の指揮者として活躍している。しかもそれは、リヒャルトのオペラのプレミア公演をそれこそ何度も行い、リヒャルト演奏の黄金時代を形成したエルンスト・フォン・シューフの後任としてである。無論、作曲者その人が指揮台に上がることもあったし、ライナー自身がプレミア公演を受け持つこともあった訳で、こうした経緯からも、ライナーの解釈は他の追随を全く許さない。そもそもライナーの指揮法の代名詞である“ヴェスト・ポケット・ビート”はリヒャルトによるところが極めて大きく、リヒャルト自身も、殆ど右手のみで指揮をしていたという。話はやや逸れたが、要はそれくらい、ライナーとリヒャルトとの関係は濃密なのだ。作曲者直伝の解釈と、それを具現化してみせるシカゴ響による、決定的な演奏である。

    6人の方が、このレビューに「共感」しています。

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  • 1人の方が、このレビューに「共感」しています。
     2011/06/23

    19世紀生まれの指揮者によるマーラーの第4交響曲の名盤というと、まず真っ先にメンゲルベルクの名が挙がる。強烈なルバートや濃厚なポルタメントを駆使し、世紀末的な甘美さの中に頽廃的なニュアンスを滲ませる表現はさすがで、事実マーラー自身が最も信頼していた解釈であった。マーラーの愛弟子ワルターの演奏も世評は高い。個人的にはゼーフリートを独唱に迎えたライヴ盤が好みだが、ワルターの解釈は古典的な造形美の中にロマン的な甘さを含ませるものである。メンゲルベルクのような誇張がない分、作品の本来の美しさが際立ち、非常に親しみやすい演奏といえる。では、ここに聴くライナーはどうか。一言で言えば、前者とは好対照なほど即物的である。即物的というとクレンペラーもそうであるが、クレンペラーには精神的な凄みがある。しかしライナーは、精神論やらロマンティシズムやらを一旦脇において、ひたすら完璧に音にしていく。ある意味、昨今のアンチ・バーンスタイン的解釈にも通じる、作品構造の再現に重きを置いた解釈であり、19世紀の人間の手によるものとは思えないほど、極めて現代的である。マーラーの多彩なオーケストレーションの面白さを、文字通り一糸乱れぬアンサンブルで表現しているのだ。その効果は、優秀な録音および復刻も相俟って絶大であり、普通なら埋もれてしまいがちな響きがそこかしこに現れる。ライナー曰く「マーラーは、自分達の次の世代こそが演奏すべき」だというが、この言葉からも、ライナーの先見の明が窺い知れよう。自信を持って推薦したい。

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  • 1人の方が、このレビューに「共感」しています。
     2011/06/23

    巷では、ゲルギエフのように面白く聴かせようと思う余り誇張だらけに陥った盤や、カラヤンのように華美一辺倒な盤、ストコフスキーのような贋物優秀録音盤などが、評論家諸氏の手放しの称賛も相俟って、何故か高く評価されているようだ。もっとも、コンドラシン盤は世評に違わぬ名演だとは思うが、それに比してライナー盤が忘れられがちになっているのは残念だ。“魔術師”とも言われるリムスキー=コルサコフの華麗なるオーケストレーションを解きほぐし、説得力ある演奏をするためには、正確なアンサンブルや演奏技量がものをいう。表現力や個性という言葉だけが先行し、こうした基礎的な能力を御座なりにする音楽家が跋扈する現在、一糸乱れぬ完璧な演奏を披露するライナー&シカゴ響の存在はますます大きなものになるはずだ。その証拠となる名演の一つに、この《シェエラザード》を含めてもよいだろう。ヴァイオリンのソロといい、パーカッションといい、弦といい管といい、よくもここまでというほど一体となり、高度な要求をものともせずに音にする。それを“即物的でロマンがない”と批判することは簡単だ。しかし、ロマンという名でごまかされた過剰なデフォルメなど一切なしだからこそ、作品の本質的価値が焙り出さされるのではなかろうか。XRCDによる超高音質でライナーの至芸を堪能する醍醐味とは、余計なものを削ぎ落として純化された音を、手に取るような明晰さで聴くことにある。半世紀以上の時空を越えて強烈に訴えかける一枚だ。

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     2011/06/22

    精彩極まるオーケストレーションの作品こそ、XRCDの本領発揮!複雑に入り組んだサウンドだからこそ、高度な分離能力や解像度がないとダマになってしまうのだが、さすがはXRCD、微細な音から大迫力の音まで、一つも漏らさず再現し切る。《火の鳥》の導入からして、コントラバスの地鳴りのような音が迫って来る。「火の鳥の踊り」では小刻みな弦やクラリネットが小気味よいし、「カスチェイ」の余りの凶暴さにも身の毛がよだつほど。圧巻は「フィナーレ」で、恐ろしく抜けがよい、光彩陸離たる大迫力のサウンドであり、レンジの広さも折り紙つきである。《金鷄》もこれまた名演・名録音であり、殊に「行進曲」の輝かしさには、これが本当に半世紀近くに録音されたものなのかと思えるほどである。ミュンシュや小澤に比べて、どうしても過小評価されがちなラインスドルフ時代のボストン響だが、優秀な復刻によって、正当に評価されることを切に願う。

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  • 2人の方が、このレビューに「共感」しています。
     2011/06/22

    半世紀以上の時空を越えて甦る名演!ミュンシュはベルリオーズやラヴェル、ドビュッシーなどのフランスものを十八番としているが、同時にドイツものも大変得意としていた。これは仏独両国の狭間に生まれたことはもとより、若い頃にライプツィヒ・ゲヴァントハウス管に在籍していたことも影響しているだろう。ゲヴァントハウス管といえば古くはメンデルスゾーンその人が楽長を務めたこともある老舗であるから、ミュンシュは何らかの形でメンデルスゾーンの伝統的な解釈を吸収していたに違いない。事実、《イタリア》にせよ《宗教改革》にせよ、情熱的にして堅固な構成感にも事欠かない、絶妙な演奏を披瀝している。各パートのバランス配分がうまく、明晰極まる録音によって、音の組み合わせ方や合いの手の入れ方など、面白いほどに味わえる。殊に《宗教改革》のラストは圧巻で、実に感動的である。XRCDの音質は格別で、音の一つ一つが手に取るように聴き分けられる。中でも厚みのある中音域の情報量の多さには、これが本当に半世紀以上も前の録音なのかと思ってしまうほどである。演奏・録音ともに、最高の一枚として強く推薦したい。

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     2011/06/22

    フランスとドイツの中間的色彩と形式を持つことで知られるフランクの交響曲であるが、仏独両国の狭間で生まれたミュンシュにとっては、まさにうってつけの曲といえよう。重厚でありながら冴えた響きも見せるあたり、さすがミュンシュの面目躍如というもので、燃焼度の高さは比類ない。殊に終楽章などダイナミックに盛り上がり、音が熱い血潮となって唸りに唸っている。その恐ろしいほどの迫力がXRCDによって完璧に再現されており、これが半世紀以上も前の録音であることが俄かに信じがたいくらいである。自信を持って推薦したい。

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     2011/06/22

    ストコ節満載!こってりした叙情と激しい情熱で、実に楽しく聴かせてくれる。ショーマンシップを発揮するタイプだというと、つい俗っぽいものを想起してしまうが、ストコフスキー決して下品にならない。むしろ、曲への愛着が聴き手にダイレクトに伝わる素晴らしさがある。大胆なカットや変更もあるが、恣意的にならず、却ってそれが自然であるかのように響くあたり、さすがとしか言いようがない。音質だが、やや癖のあるオンマイク録音ながら解像度は非常に高い。もっとも、入力過多と思しき音割れが散見されるし、会場近くを走る地下鉄(?)の音まで入っている。しかし、こうしたノイズなどを無理に取ると、その分豊かな空気感まで剥奪してしまう恐れがあり、これでは、オリジナルの音をリスナーに届けたいとするXRCDの理念に反する。ノイズなどを敢えて残したのも、瀧口博達氏の好判断といえる。つくづく、XRCDの丁寧な仕事に敬服する一枚である。

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