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森林浴 さんのレビュー一覧 

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     2021/10/30

    この大指揮者は、壮年期から晩年にかけて、基本的なスコア解釈を変えることなく突き進んでおり、展覧会の絵、チャイコフスキー後期群、ベートーヴェン、ワーグナーなどの一連の記録を聴けば、一貫した骨太の描出に圧倒される。この指揮者のマーラー1番には、本人が55歳時、1967年のフランス国立管弦楽団との超名演がある。イタリア トリノのラジオオーケストラとの1967年版もあるようだが、これは未聴。
    1967年の解釈は、この70歳時のGWHO盤よりも全体で5分ほど早く、各パートの謳わせ方、強調は一段と際立っており、コーダの爆演もこのGWHO盤をはるかに凌ぐ。55歳と70歳で何が変化したか?彼本人は、おそらく肉体的な衰えによるスローダウン程度であろう。はっきりしていることは、GWHOの技量、特に金管、もっと言えばトランペットの下手さが、フランス国立管に比較し明らかである。解釈は今でも群を抜いて圧倒的だが、手にしたオーケストラが悪かったと言わざるを得ない。もったいないCDである。

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     2021/09/23

    Mozart(SKD) Beethoven(SKB)での、必要な抑揚と要所を押さえた自然な流れの語り口が、ここでも曲想と相まって、100%開花している全集でしょう。諸氏の絶賛するとおり、Dvo.全集、までは、手元に置いて常に基調とすべき演奏群と言えましょう。
    Suitnerで聴くと、Schubertを音楽年表のBeethovenの位置と入れ替えたくなるほど、その作品が古典的な骨格で構築されていることがよくわかる。ロザムンデを聴いていて、マエストロのGriegの管弦楽曲集、Mozart序曲集の超名演と寸分たがわぬ筆跡に、この指揮者の音楽解釈を貫通する美学に痛み入る。
    Schumann Brahms Bruckner Mahlerではこのアプローチは特殊であり、聴者は不満を抱くこともあろうが、Schubertまでは冠たる王道と言える。

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     2021/06/25

    ムラヴィンスキーの2番は、楽友協会大ホールのLP(御大がオケの右後方に向け左手でキューを出しているジャケット)がまず市場に出て、その後、レニングラードの大ホールの本拠地版がCDでリリースされていた。いずれも、即時入手。確かに後者は、収音マイクの分解度・距離感はより奏者に近い。また、巡航速度は楽友協会よりも遅く、細部の描出には適している。しかし、ホール残響も合わせた演奏の総合的効果として、楽友協会ライヴはレニングラード版をはるかに凌駕する。ウイーンでBrahms、Schubertを披露するからには、この奏者たちの絶頂期といってよいのだろう。緩徐楽章の琴線の緊張感、終楽章の疲れを知らぬ硬質の推進力とコーダの突進は、まさに、戦闘態勢のムラヴィン=LPOそのものである。ロジェベンとのPROMSでのプロコフィエフ5番、ロンドン録音のチャイコフスキー後期群、ウイーン芸術週間でのオイストラフとのショスタコ協奏曲、そしてこの録音と、このオケの対外試合での異常な程の集中力と表現力にはただただ脱帽するのみである。コーダ終末でのティンパニ連打は、他のあらゆる演奏を喝破する。

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     2021/05/16

    論評無用の歴史的名盤ではあるが、この指揮者の仕業をよく認知しない若い世代が世の中に増えてきたので、書いています。
    千夜一夜物語-シンドバッドの航海、帰港である。テンポとパートの語り、インパクトのすべてが、圧倒的な明晰さをもって再現された、マルケヴィッチならではの仕業である。この指揮者の特徴として、フレーズの起点、終点が完全な楷書体で描かれていくこと(あいまいな開始、終点がない)が挙げられるが、波打つシェヘラザードでもそれは健在。原色を濃厚に塗りあげるゴーギャンの絵画に通じるものあり。チェリビダッケ=MPOの航海は、巨大帆船が帆の風力のみで真夏の緩やかなうねりに漂う様、かたやマルケヴィッチ=LSOは、帆を張った、オール漕ぎ手3対の小型帆船が帆に風を受けて外洋のうねりを突き進む観あり。聞き分けの楽しみは尽きない。個人的には、うねりを突き進む描出を好んでいる。特筆すべきは、LSOの高い合奏能力とソロ奏者の上手さである。モントゥ−の監督下であったのか、当時としては技術的に厳しい要求を突き付けたであろう鬼才マルケヴィッチの絵画パレットの機能を100%果たしている。
    これを聴くにつけ、最近の指揮者の同曲の解釈の不毛さにため息が尽きぬ。シェヘラザードを論じるときは、これを聴いてからお願いします。

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     2020/12/20

    手兵SKBと来日時に、Brahms1番の強靭な弦と太い金管の強奏で圧倒された直後、アンコールで一筆書きのごときフィガロ序曲を披露してくださったのが、未だに眼前の出来事のように回想される。最近、動画サイトなどで、この指揮者のオペラを通しで全曲視聴できるようになり、日本では歌劇場引っ越し公演でしか聴けなかったオペラ演奏を聴いている。バイロイト、BSO、東京、サンフランシスコでのWagner、BSOでのMozartは他の指揮者と比較しても、圧倒的な劇性(激性ではない)に満ちており、中でも序曲から第一幕への持ち込みの巧みさには舌を巻く。序曲すなわち前菜=第一幕すなわち主菜の引き立て役、であることをこれ以上に痛感させてくれる演奏は無かろう。かくも洒脱なテンポ設定+硬質な弦と太い金管でやられると、一曲終わるごとに「さて、第一幕へ!」と身を乗り出すこと間違いなし。

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     2020/12/12

    スイトナー=SKD=モーツァルト中・後期集。徳間=ドイツシャルプラッテンの3枚のLPを40年以上愛聴してきたが、生涯にわたって聴き続けるであろうから、CDにすべて乗り換えた。壮年期のスイトナーの解釈は正に楽曲の“肌ざわりと風合い”を最大現に生かしたもので、速度と音量のバランスは比類なし。ワルター、ベーム、セル盤をせせら笑うかののような妙味を体感できる。また、SKDの弦合奏の響きの芯と繊細さは比類なし。これを聴くと、ウイーン、ベルリン、シカゴなどの弦に嫌悪感すら持ったものだ。子息による氏の記録映画で御大自ら吐露されたように「ドレスデンの弦の美しさは、決して意図して達成できるものではない。」の意味が、身に染みて伝わってくる演奏である。再現不能といえる至宝である。

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     2020/05/06

    N響は、デュトワ着任前と後で“音の機動性”について大変容を成し遂げたと思っている。このDVD視聴前に、CDで販売された山田御大のマーラー5番+モーツァルト38+41番のCDを聴き込んだ。やりたいことはかなり良く解るし、デュトワ前の音の立ち上がりの相当鈍いN響が当時の総力を注入しているのであろうことも了解された。マーラー2楽章、3楽章での金管(Trp Hrn)のミスも愛嬌に、星5つと思った。しかし、このDVDはそのやりたいことの心情的背景を、指揮者と一体となって体感できる。まさに、山田御大を知るための記録である。金管がしんどくない41番では、BPO相手にヤマカズさんが振ったといっても気付かぬほどの統率感と強い推進力を体感できる。あの当時、テンシュテット、ハイティンクを追い回す前に、この指揮者をもっと聴いておけば良かった。デュトワ前のN響の3大名演=スイトナー+モーツァルト、マルケヴィッチ+悲愴+展覧会、そしてこのヤマカズ盤、という私見です。

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     2020/05/05

    ヤマカズさんの最晩年は、私の20歳代後半。当時は、この3曲のすべてで、日本人指揮者で聴こうなどとは思わず、クーベリック、ハイティンク、スイトナー、バルビローリなどを貪っておりました。あれから30年、このCDを聴きこんで思うに、この国のマーラー演奏先駆者は、世界に誇れるWien音楽の代弁者に成熟していた。3曲いずれも緩徐楽章の優しく繊細な描出には、ため息が出るほど。何をしたいのかが手に取るように解る演奏、これが匠の技なのだろう。N響の41番で、これほどの奏者全体の一体感が体感されるのは、スイトナー盤以来だろう。

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     2020/03/15

    ヴァントが“ワーグナーとメンデルスゾーンを足したようで、好かん”と申されたシャルク版。収音の悪いクナVPO盤で聴くと、2楽章を除き、打楽器の大暴れが際立って、細部の“メンデルスゾーン”が聴こえない。生で聴けばVPO盤もMPO盤も、それなりに聴きとれるのだろうが。そこで、噂のロジェベン読響を入手。遅めのテンポ設定はシャルク版の細部まで描出するのに必然であったと、納得。なるほど、重層、反復が減じられ、各パートの単独歌謡の場面が増え、奏者の表現力がより際立つ“浪漫的”改訂であることがよくわかる。そして適度に透かれた聴きやすい音の流れにシャルク氏の意図がくみ取れる。このように、クナ、マタチッチ、フルヴェン盤などで局所的にしか理解できなかったシャルク版の全貌が、このロジェベン読響によって白日の下にさらけ出されたこととなる。私は“展覧会”を、ラヴェル版とストコフスキー版、ユー版(OE Kanazawa)で聴き分け、楽しんでいますが、ブル5で聴き分けの楽しみを与えてくれたロジェストヴェンスキー翁に深謝しかない。これを聴いた後では、クナVPO盤がノヴァーク版のように響いてしまう。

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     2020/03/14

    初販時を逃し、待ちに待って2020年3月に入手。幾多の“練習的凡演”に辟易していた弦楽セレナードを是非、ムラヴィン御大で聴くがため。指揮者年齢では、74歳時の“フランチェスカ”、47歳時の“イタリア”、46歳時の“セレナード”と、約30年の時差がある演奏群である。偶然、目的の“セレナード”が最尾に配置されていたため、3曲を通聴することとなった。フランチェスカ、イタリアでは予期したとおりの超絶アンサンブルと峻烈なインパクト、細部の繊細表現に圧倒される。愛好者なら、前半2曲の後半3分の“弦”を聴いただけで、ムラヴィン+LPOの仕事と判るだろう。そして、“セレナード”。1949年、LPOの常任になって12〜3年時の演奏、モノラル、など、60年代以降の演奏を専ら聴いてきた者には「まだ、晩年の峻厳リリシズムは完成していないだろう。試行錯誤の過程を聴かせていただこう。」程度に聴き始めた。これ、全くの誤りでした。Andanteの冒頭の慈しむがごとき柔軟な離陸(これ、他のロシア指揮者では聴けない)、Elegiaのヴァイオリンと低弦の語るがごとき歌わせ方、終曲のソリッドな重層和音など、既に晩年の語り口と同様、唖然とするしかない。聴後には、“あの頃のレニングラードの弦”へのノスタルジアに満たされる。このCD、チャイコフスキーの軽音楽集などと、よもや侮るべからず。ムラヴィン+LPOの最高の遺産の1つである。間違いなく、必聴である。

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     2020/02/23

    ケンペのStraussを再々訪中である。この人の練習中のパートフレーズへの指示、徹底は相当なものだったのだろう。しばしば「奏者からの信頼の厚い指揮技術」などと評されていたが、やりたいことが明瞭に聴き手に伝わってくるという点で、実に的を得た評であった。”入ってきて欲しい音が、シミッタレズニ欲しい入り方で入ってくる”ので、聴後の満足感は最高に到達する。合奏の理想の姿。諸兄の印象どおり、これは、自室でアルプス登山が体感できる人類最高の音楽媒体である。動画などの比ではない。

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     2015/01/18

    1983年であったか、神田のロシア盤レコード専門店で、ルスランの入ったロシア小品集(メロディアであったか、ジャケットはおそらくモスクワ遠征のカーテンコールに微笑むムラヴィン御大であった)のLPでムラヴィンに憑りつかれ、チャイコフスキー後期集、ブラームス4番、アルプス交響曲と重要曲の初聴体験をこの指揮者で受けてしまった私。ブルックナー後期群で当時唯一の未聴曲であった9番を、ビクターから正規LPが発売された時のレコ芸の故、大木正興氏の評「さながらシベリアの雪原にただ1本そそり立つ針葉樹の如き演奏」を読み、即、購入。同曲の他の演奏を全く知らぬ私は、「なるほど、ブルックナーもルスランの超美技でやっとるわい。」程度に納得していた。あれから四半世紀、もはや9番は必ずこのCD(オリジナルジャケットのカーディガンを羽織り頬杖ついた左顔の御大)に手が伸びる。フルヴェン、シューリヒト、ジュリーニ、チェリ、ヴァント、クナ、アーベントロートなどの立ち位置から、はるかに離れた雪原に、今なお、凛と1本そびえ立つ絶演である。 

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     2015/01/10

    他の演奏家には望めぬ8番。徳間/DSのLP初盤以来30年以上聴き続けておりますが、この演奏以上のノスタルジアと高揚を、一糸乱れぬ演奏技術で提供している録音に出会ったことが無い。セル、クーベリックの角ばったインパクトがありながら、細部の弦の歌い回しや変速、間のとり方などは壮年期のスイトナーならではの、しっかり書かれた達人の草書体である。渋谷公会堂でブルックナー7番をやった当時のskbの強烈な表現力がここに再現されている。他、カラヤン、デイヴィス、ジュリーニ、ブロムシュテット、ノイマンも聴いたが、全て”鮮度の悪い魚”の類。私は、これ以外の8番はいまだに聴く気がしません。

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     2015/01/10

    Rienzi、Tannhauserなどを巻頭に除けて、この指揮者こだわりの小編成オケのSiegfried牧歌を差し水に、Tristanで締めくくるという構成は嬉しい、というか、趣味の良さに敬礼である。マゼールのオケ用”指輪”盤同様に、CD1+2を一気に聴き通すと、この上ない充実した聴後感が得られる。確かに、劇中曲としての響かせ方としては、フルヴェンやクナなどの劇場ライヴの籠り音に陶酔するワグネリアンには、いささか明瞭すぎるやもしれぬが(ワーグナーは求める重層音の目標効果が巨大すぎて、残響も無く、集音マイクのバランス調整をするスタジオ録音では、演出しきれない)、クレンペラーの巡航速度、強い拳、あの病んだ右手の生む絶妙な合奏の”ズレ”は、スタジオ録音でも強烈なインパクトを生んでいる。
    クレンペラー好きには、聴いていて、”ニヤニヤ”が止まらない魔性のディスクである。

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     2014/11/29

    5〜9番は綿綿と重層音を響かせてほしいが故、クーベリックの淀まぬゴシック建築では、いささか物足りなさが付きまとう。が、3,4番(おそらく1,2番も録音が存在すれば)は、正にこの指揮者の構成力と推進力を見せつける独壇場と言っても過言ではない。3番はショルティ、マゼールなどの、後期交響曲群で不人気(?)の面々が、俄然、評価を取り戻す場なのだが、ブルックナーの未成熟な曲想の動きの描出に、クーベリックのスメタナでの描写的な処理法が十分通用している証である。

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