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西荻椿山 さんのレビュー一覧 

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     2013/02/03

    音が素晴らしい。第2集序曲のTrpなど胸がすく思いがします。リコーダーが空気が漏れるみたいで即切りたくなることもありません。本曲集を知りたい方には迷わずお薦めできます。だったら星5つだろうになぜ。演奏に問題は全くありません。才能の濫費という句が頭に浮かびます。こんなに名人ばかり揃えることができるのならせめてヘンデルで聴きたかったということです。この作品集対位法に凝ったりしないから耳に優しい、どこをとっても活気があり素晴らしい響きです。入れ代わり立ち代わり楽器がかわるので目先も変わる、でもそれだけ。長々と4CD聴いても今何番目のトラックだったっけ控えておこうということはついぞありませんでした。どんな音楽だって音は出した瞬間消えていきます。だけど1楽章すんだあとに感興が残るか残らないかが名品か否かの分かれ目でしょう。バッハならクラシックファンでなくたって(バッハ作曲とは知らなくても)知っているメロディーがあります。テレマンにそんな節があるのでしょうか。(といっても上等といわれているクープランやラモーをきいても感興を覚えたことがない聴き手の論なわけですが)。常套句という語が頭をよぎります。聴きほれて会食者との会話が中断して困るということはありませんから作曲家は大した手腕だといえなくもありません。LP時代にもこんな際立った演奏ではないが盤はありました。バッハ、ヘンデルに次ぐドイツ人バロックの大家の代表作という話で、たぶん楽器編成により第3集を購入したものの、1回針を通したきりで3つ揃えることはありませんでした(本セットは全曲ですから当然第3集は含まれていますが、聴き覚えのある楽曲はありませんでした)。バッハは足元にも及ばない人気を生前は誇ったのに、死後急速に忘れ去られたというのももっともだと感じたのでしょう。おまいの耳がおかしいという方がいたらおめでとうといいます。3000曲を軽く越える作品があるといいますからとてつもない宝庫にぶちあたったことになるからです。ただ個人的にはやっぱりゴミ屋敷にしか見えなかったということです。宝庫かゴミ屋敷かですが、三度目に頭に浮かぶのは時間の浪費という言葉です。結果浪費になってもかまわないのはそれをたっぷり持っている人です。持ち時間がいくら残っているか定かでない年令にいたっては、膨大な作品群を一括無視してきたがこのまま死んでもたぶん人生の損失にはならないだろうと思わせてくれた本盤に感謝すべきでしょう。とにかく素晴らしい音でバロック音楽が流れていれば幸せという方むきと思います。

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     2013/02/02

    Vn音楽の最高傑作はバッハの6曲の無伴奏ソナタとパルティータとされています。CD1枚につめこもうと思えば4曲いれることができるが、個人的には通しで聴く気にはなりません。Vnを76分通しで聴かなければならないのなら本盤を選びます。バッハの1/4の集中力で1枚が聴けてしまうのです。神韻縹渺たる雰囲気が漂うなどという作品ではもちろんありません。が、バッハよりVnの本性には忠実な作品たちだと感じます。ヴュータンの2曲の協奏曲はともに4楽章からなりますが、一体としてまとめて聴かなければならないという気がしません。第4番は第2楽章まで第5番は第1楽章だけのほうがスッキリすると思います。後100年完全版でプログラムに生き残れるのか疑われます。対して、バッハはシャコンヌだけ取り出して演奏されることもままあるが、1曲の多楽章が恣意的に結び付けられているとは感じません。技術的困難度は同等と思われるのになぜ一方は内容、構築性があり、一方は乏しいと聴こえるのかは謎です。さてVnの本性といったのはメロディーを歌い上げることです。本盤収録曲は全て19世紀後半から20世紀初頭に作曲された曲たちでその本性を強調した大げさで甘ったるいものです。最終曲の作曲者は昔のアメリカ映画の音楽担当でクレジットされているのをみたことがあります。曲はカルメンの有名なアリアを接続してVnで景気よく華やかにやってみましたという代物。これでこの曲たちに共通する雰囲気に合点します。オペラ歌手が芝居がかった調子でアリアを歌い上げるのと同類なのです。イタリアオペラのアリアは技巧がゆるくては聴けたものではありませんが、本当に歌えたといえるには臆面もなく情緒に同調できることが必要です。それと同様内容や構造面に弱点があるこの曲たちには完璧なテクニックがあることが前提ですが、同時にこの時代の気分に心から共感できる方でないといけません。そういう人としてはハイフェッツの他考えられません。彼のバッハやベートーヴェンを信用しない評論家もこの曲たちへの適性については折り紙をつけています。評論といえば彼の演奏は冷たいとよくいわれますが、それは彼の容貌や演奏する姿を観ての印象、見た目であって誤りだと思います。本演奏において弓をきりかえすところなど情熱をもって行っています。ピツィカートなど冷淡どころかノリノリです。本盤でどれか1曲といわれれば、曲の出来も考慮してツィゴイネルワイゼンです。これは他のヴァイオリニストで聴く必要は全くないと思われます。が、同一人の他録音との比較は残ります。彼は加齢による音の荒れに見舞われることはなかったそうですから、総合的にはステレオ録音のほうがいいかもしれません。本盤はモノラルですが、管弦楽部分が所詮合いの手に過ぎないこともあり全く不満はありませんでした。この曲を含め4曲までバルビローリが指揮していて彼の下積みの長さを思い涙です。偉大なソナタの夕べなどに行ったはいいが、イマイチだったときなど家に帰ってお口直しするのに最適の1枚です。

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     2013/02/01

    バッハの膨大なharps独奏曲群のなかで個人的にどうにかついていける唯一の曲集です。といっても聴くのは本セットではCD1に収録されている部分、それでもフーガのなかのあるものは持て余すことがあるという程度です。まあ、好きな曲を選んで聴けばいい曲集だとは思いますが。本録音は史上初の全曲録音です。演奏者はヴィルトォーゾには数え上げられないにせよ独墺系ピアノ文献についての権威でフルトヴェングラーと共演した方です。歴史的価値は十分ですが、やわな聴き手がいうのも何ですが、聴き手を選ぶ録音といえるでしょう。まずPfで演奏されています。音の豊麗さ、操作に問題があるから現代楽器に開発されていったわけで個人的にはPf演奏は大歓迎です。しかし、バッハの作曲時グランドピアノがあるはずもありません。もし、作曲時の響きで演奏されるべきだというお考えならだめです。次にモノラル録音です。歌手やVnならともかくPfや交響楽ならハンデでしょう。しかも早期であればあるほどPfとは別の鍵盤楽器であるかのような響きで録音されます。広大な音の拡がりの再現を重視される方にはむきません。最後に同じ曲の録音でもコルトーとJ.ホフマンの演奏を区別できる方であるかです。そういう方なら貧しい音に我慢する意味もあるというものです。フィッシャーはもちろん楽譜に忠実な現代的ピアニストの系譜の始めに位置する方です。しかし、現々代のピアニストに比べればロマンチックな演奏であるといわれています。ショパンやリストは自分の作品でもいつも同じようには弾かなかったといいます。そのときの感興に従って、音を伸縮、付加するというようなことでしょうか。私はといえば冒頭プレリュードがせかせかしているのがその現れかとおもっていたのですが、(ちなみにもっとゆったりと漣がつきることなくうちよせるかのように演奏いただくほうが好みです。)SPの収録時間の限度のせいにすぎないというレヴュアーの指摘がありました。もしそうなら私にとって本盤は猫に小判ということです。要するに一般にはファーストチョイスにするには難物だろうということです。しかし、本曲集が好きでいろいろ違った調理で味わってみたいという方にはお薦めできます。グールドみたいにフライにするようなまねをしてもおいしくいただける新鮮な生牡蠣みたいな作品ですから。

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     2013/02/01

    ブラームスの鬱っぽいところがやりきれないという方でも聴けるであろう大曲2曲がならんでいます。まずVn協奏曲は力強さというか推進力といった面と歌謡性といった面が見事に融合した曲で、もし、本曲がなければ大の大人がいい歳になっても聴ける曲はこの種目ではロマン派にはなくなるといってもいいくらいでしょう。雄渾なスケールから作曲当初は女性による演奏は想定外だったのではと推測します。両面でVnを十全に駆使できる方としては、D.オイストラフがあげられ、問題は数種ある演奏のなかからどれを選ぶかだけといってよいと思います。が、本曲が好みで、もう1人くらい別の演奏家の盤があってもよいという方にはデ・ヴィトーは有力候補です。おまいは男性向きといったではないか、なぜ女流をといわれるかもしれません。確かに第3楽章などオイストラフほどの男性に比べれば推進力に劣りますが、第1楽章出だしの強奏など決然としていて、これを羨む男性ヴァイオリニストはいくらもいるでしょう。そして彼女の長所は第1楽章カデンツァに聴き取ることができます。清潔な高音が細くどこまでも伸びていくようです。カデンツァとともに第2楽章もゆっくりめですが、この音でじっくり聴かせていきます。ソプラノそれもイタリアンがアリアを歌いあげていくのを想起するのは私だけではないと思います。本当についでですが、交響曲もレビューしておきます。私は残念ながら一聴、キラーン、「これは○○の指揮だね、それも○○年、オケは○○だ」というほどの耳を持ち合わしません。が、純音的に本盤のこのオケ、弦はそこそこだが、管は聴き劣りすると感じました。協奏曲第2楽章Obは深みがなく大いに感興をそがれます。交響曲第1楽章のHrnもしょぼい。これでは次代の巨匠になるかもしれないと目された指揮者でも分が悪かろう。VPOやBPOに同じモノラルでフルトヴェングラーがあり、ベームやカラヤンレベルでもそれはステレオ盤です。個人的には繰り返し聴くことはないだろうと思いました。星は協奏曲についてです。

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     2013/01/31

    J.S,バッハのFlソナタは8曲しかありません。もっとみたいなものを聴きたい、それもむしろ偽作のほうをという方がいたら、Vn音楽史でチラッと名前をきいたことがあるかもしれない程度の作曲家のFlソナタ全曲ですが、かなりいけるのではないでしょうか。1曲を除きLargo-Andante系で曲が開始しますが、大方で偽作と同じような牧歌的雰囲気を感じることができます。急速な楽章でもC.P.E.バッハ作品のような焦燥感じみた気分はありません。いずれも聴いていると口笛がでてくる箇所があります。偽作との差はただ聴きなれていないせいだけかもしれないが、1曲としての纏り感にやや欠けるかいう点です。どこで1曲が終わりか判りかねないわけですが、本盤ではOp.2では、Continuoに偽作でも聴きなれたVcやharps.の他にバスーンやOrgなどを起用し、1曲毎に組み合わせを変えています。また、Op.5は2つのVnまたは2本のFlのための作品ですが、半数をFlとVnで演奏しています。学問的にはどうなのかは存じませんが、聴く分には変化があっていいです。偽作のように耳が虜になって思考のじゃまになって困るというほどではなく、かといって空疎過ぎて途中で止めたくもなりません。BGMとして適すると思います。

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     2013/01/29

    Obの名手のひとりシッリによるアルビノーニの協奏曲「全集」です。本セット収録曲以外にもこの作曲家のOb協奏曲はあるようです。が、Op.7、Op.9に含まれるOb協奏曲は全て収録されています。2本のObのための曲にもきちんと第2奏者が配されています。Op.7、9はそれぞれ4曲のVn協奏曲を含みますが、Op.9の分だけ1枚にまとめて本セットに入っています。3曲まで2つのVnのためのものらしいが、少なくとも本セット表記上は全部Vnソロのためとされています。Obは古楽器ではありません(個人的には現代楽器のほうが望ましくこれでOK)。くどくど注記してきたのは完全主義者の方もいるかもしれないと思ったからです。まあ、バロック音楽でコンプリートをめざせば、果ては破産か狂死だとは思いますが。さて単にアルビノーニのOb協奏曲といえば本セット冒頭に置かれたOp.9/2で大好きです。これと同等のOb協奏曲があれば幸せと思い購入しました。しかし、平均した曲の出来はむしろVnのためのものの方が上と感じました。だから長々聴くためにはOp.の枝番順に演奏していただいたほうがよかったと思います。二つの作品集はどの曲でも好きなものを中から選んで演奏すればいいのはもちろんですが、どちらも1・4・7・10番がVn協奏曲で作曲者乃至楽譜出版者ももし全曲演奏するのならこの順番がいいと思っていたのではないかと想像します。Ob用でなんとか1作品として聴けたのはOp.9/11ですが、3楽章全て出来が比較的いいというだけでOp.9/2の域にあるというわけではありません。Op.9/6は第1楽章が、Op.9/8は第2楽章が惜しい。単独楽章では他にもまずまずと思ったものがありますが、素人の好みに普遍性があるとも思えませんからこれぐらいで。第2楽章といえばOp.9/2の魅力の一つが緩徐楽章のカンタービレですが、4分と短いものです。ところが本セットの他のOb協奏曲と比べるとこれでも最長で多くは2分、1分に満たないものさえあります。これでは情緒が一定の段階に達する前に終わってしまいます。総体的にはバロック音楽的無性格さに蔽われていると感じました。すなわちヴィヴァルディの作曲であるといわれてもああそうかと思うだろうし、アルビノーニの作品何の何番の何楽章でしょうかと問われても(緩徐楽章だったら第2楽章とはさすがにわかるが)答えられません。Op.9/2は突出した名作で、長い歴史のなかでこれを選んだ人々の耳は伊達についていたわけではないと思いました。Obまたはバロック音楽の重度の愛好家は購入ありですが、一般にはObの名人がいろいろな作曲家の名品を選んで吹いたCDのほうが楽しめるのではないでしょうか。

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     2013/01/28

    ブラームスのPf協奏曲第2番どのCDを選べばいいのだろう。巨匠ピアニスト、一流指揮者、VPO、ステレオと揃えばブランド信仰なら本盤に決まったようなものです。それにLP時代からくりかえし何度もリイシューされていることが世間の高評価を示していますし。でも理論的(?)にもそうなることを吉田秀和と同様J.カイザーの力を借りて試論してみましょう。まずピアニストですが、万全のテクニックとスタミナがあることが前提です。選びたくても録音がないピアニストがいますが、どちらかに問題が疑われます。例えばハスキルにシューマンはあるが本曲はありません。たいていの協奏曲はせいぜい30分で終わるのにこれは小1時間拷問にさらされ耐えきれないのです。また、グルダにないのはこのピアニストの小者感を強めています。(かといって、録音があれば2点に問題ないということではありません。)バックハウスはどのピアニストも世の中に存在しないことにしたがる同じ作曲者のあの強烈なパガニーニ変奏曲を青年時いれていて、いまだに同曲の代表盤です。ただ、本録音時は83才で普通ならコルトーのようにとっくにガタがきているか、それを予見して指揮台の上にのぼったりしている年令なのが気になります。弾奏の強さ、指のまわり具合が壮年期の録音のほうが優れていると考えられます。しかし、素人耳には目立ってぎこちなく聴こえる箇所はなくモノラルでもいいから旧録を確かめたいとは思わないのは奇跡的です。テクニックといえば好調時のホロヴィッツで、録音もあります。が、本曲は協奏曲というよりピアノ付き交響曲というべきもの(形式的にもスケルツォを含む4楽章)で、ましてや競争曲ではありません。チャイコフスキーならとろい指揮者やオケを出し抜いて颯爽と駆け抜けるのもありです。所詮伴奏の域を大きく超えるものではないからです。が、本曲ではオケの音を注意深く聴く能力、態度が必要です。ホロヴィッツ盤がオケと協調して曲を作り上げていっていないとはいいませんが、ソリストは常に力量誇示の誘惑にかられそれがにじみ出しているのではと想像します。バックハウスは巨匠たちがブラームスの交響曲を指揮するのをじかに聴き、一流指揮者と長年共演を重ねてきた方でどうすればブラームスになるか身についていたと思います。それでもテクニック、スタミナともに問題なく音楽的素養にも欠けないピアニストには、ルービンシュタイン、アラウ、ギレリス・・・がいるのになぜバックハウスかです。決め手は楽器の違いも影響しますが、音色です。長調の曲でも沈潜した情緒に沈むことのある作曲家には他の作曲家なら素敵なことである豊満な、煌めく、明るい音色が不満になってしまうのです。ブラームスには深いいぶし銀のような音色がほしいのです。本セッションの写真を見ると、ややひるみをみせて満面の笑みでベーム(この因業爺の笑顔なんて初めてみた)が迎えているのにバックハウスはにこりともしていません。格の違い歴然で安易に使いたくはないが、このピアニストはやはり巨匠というべきでしょう。次にオケですが、欧米の一流オケならブラームスの交響作品を弾きこんでいないわけがなくVPOに格段優位性があるとは思いません。ですがVPOで本曲でよかった点は指摘できます。まずウィーンゆかりの作曲家は数多いる(だから音楽の都といわれるのはご承知のとおり)が、フィルハーモニカーが最も容易く一体化できるのは、マーラーでないのはもちろんだが、よくウィーンのと形容詞をつけられるモーツァルトでもない。それはブラームス(とJ.シュトラウス二世)と思われます。これはシュナイダーハンがいろいろな作曲家のソナタを弾くのを聴いて感じたことです。その共感は本盤でいえば第1楽章展開でのPfとの掛け合いの切々とした処に明らかです。そして、柔和で優美な弦はブラームスでも交響曲、Pf協奏曲なら峻烈な第1番より第2番に適していると思います。団員はプライドが(近年は実力が伴わないので妙にを付けたほうがいいかもしれない)高く空中分解の恐れがありますが、上辺だけでも従わせまとめ上げるのはカラヤンか本指揮者しかいないでしょう。本盤に破綻はありません。ついでと言っては何ですが併録曲にもレビューします。LP時代は別売でした。スター主義の自分が知らないわけはないですが、購入はしませんでした。それはバックハウスが何よりベートーヴェンの人といわれ、ご両人の顔がいかつくイメージではなかったからです。巨匠ピアニストといわれるためにはレパートリーが広いことが条件です。しかしこのモーツァルトはこんなものだって嗜みで一応弾けますよという類のものではないです。どこにも力みがなく淀むことが一瞬としてないモーツァルト、モーツァルト弾きといわれるハスキルやカサドシュより素晴らしくグルダ(なんぞといれたいほどです)の及ぶところではありません。危ない、危ない、もう少しで最上の演奏を聴かずに墓場行きになるところでした。対するオケは録音のせいかもしれないが、巨匠の邪魔にならないようにというかのごとく遠慮がちにきこえます。メリハリに欠け総奏ではもう少し元気よく盛り上げてほしかった。ともあれ本曲はCl協奏曲とともにまちがわず音を置くだけでも天上が現出する曲です。いくら長大にして工夫をこらしてもそこまで達することはできないとわかっていたからブラームスはOp、83を小さな曲とよんだのでしょう(といってもリストの協奏曲に劣るとは夢にも思っていなかったでしょうけど。)曲、演奏総合すると無人島に持っていく1枚Pf協奏曲部門は本盤で決定といえようーーーです。

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     2013/01/27

    姉妹それぞれの恋人は親友同士、彼らが別人になりすまし恋人でないほうを誘惑できるか競争するというお話です。どだいありそうもない話だが、かつらや髭をつけてTはちょっと加ト茶ん風、Brはブロンソン風になったもののそれぐらいで恋人が気づかなくなるはずもありません。まあその辺はスルーするとモーツァルトのオペラのなかではもっとも登場人物の心理が理解しやすい作品なのではないでしょうか。劇の1日では無理だがもっと長い時間の出来事としてみると四六時中好きだ好きだといわれたら恋人がいてもよろめいてしまうことは十分ありえます。本来台本はここまでですが、本盤フィナーレでは最初偽りで好きだといったほうも言い続けているとほんとうに好きになってしまうこともあるのではないかという演出がされています。作曲者も男声と女声の割り振りをみると後戻りはできないとみていたのではないかと思います。本盤では特に変装後の姿ではSにはT、MsにはBrのほうがお似合いです。女性は浮気者という主題ですが、男性も負けず劣らずあやふやなのは作曲者自身も自覚していたと思います。姉に夢中だったのにフラれると妹のほうを熱愛し結婚したのですから。歌手はヤノヴィッツだのアライサだのオールドファンになじみのある面子は出ていません。経歴も世間の評価も不承だが、「岩のように」にせよ「愛のそよ風が」にせよどうやら歌えているというレベルではなく立派なものです。その他も声に不満のある方はいません。特にBsは年配者の役だといってもあまり枯れ過ぎてしまっていてはこんなおせっかいな企みをするとみえなくなりますが、そういう心配はありません。姉妹はまあまあ美しいといえるしその恋人たちとともに何より4名そろって若々しいのが魅力的です。Msのほうが肉感的なのもガードが甘そうに見え役にぴったりです。デスピーナははしっこさを上手く演技しています。政治情勢や社会制度が前提にならない話なので流行の現代化演出でも違和感が少ないとは思いますが、個人的には劇場にいってまで奴隷の制服=背広をみたいとは思いません。本盤は現代化演出ではなく衣装はごくオーソドックスです。また仮に読み替えるにしてもこういう危なっかしい恋物語にはナポリがふさわしく場所は動かしてほしくありません。本盤の舞台であるパラッツォからは第1幕ではイタリア松が散在するカンパーニャの平原(パッケージご参照)、第2幕ではベスヴィオと海が望め南イタリアの開放感十分です。ときに平土間まで使う演出は歌手のファンならうれしかったことでしょう。古楽器で演奏する意義があるのかは知りませんが、素人耳には少なくとも物足りなく響くことはありません。他のDVDはムーティ盤(89年スカラ座は何が気に入らなかったのか忘れたが処分、残っているのは83年VPOのほう)を持っているだけだが、手が出るのはこちらのほうなのは上記を一言でいうといきがいいからです。

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     2013/01/26

    モーツァルトの弦楽四重奏は全23曲フィルハーモニカーで揃えることができます。ハイドンセット以降10曲ならステレオ、同一四重奏団で聴けるのが2団体もあります。ところが弦楽五重奏6曲に移ると同一団体どころか揃えることさえできません。それも小林秀雄が著作で楽譜を引用したKV516がないのです。ステレオ録音に限ればKV515にウィーン室内合奏団があるだけです。ウィーン弦楽五重奏団の全集というのが出てやっとやる気になったかと購入してみたが、第1Vnがコンマスでなく看板に偽りありでしょう。ほんとうかどうか知らないがキュッヒルが自宅練習室のラックから本セットを取り出してきて誉めたという話があります。うがったみかたをするとVaをもう1本その都度その都度調達して演奏するにはフィルハーモニカーといえども連携に不安が残る作品が含まれているのかもしれません。俺らたちが演ってもウィーン風味は増すかもしれないが、これほど緊密性がある仕上がりにはならないと。そのウィーンの香りさえ今後オールVPOの全集がでたとしても末世では感じられない可能性が大です。とはいえ一縷の望みは捨てたくなくむりやりにでも暫定首位と思い込みたいので星1つ減です。

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     2013/01/25

    J.S.バッハ作曲とされているflソナタの中には他人の作が含まれているそうです。そういわれると確かに真作のほうが偉大とは思うが、偽作を捨てようとは全く思わず個人的にはむしろ偽作のほうが親しみやすく魅力的です。BWV1020とBWV1033にはC.P.E.バッハの影が色濃いと指摘され、彼の作品に同様のものがあるなら幸せと思い聴いてみました。Wq133/H564を除き緩ー急ー緩なのが大バッハに帰せられた作品と違います。その緩徐楽章には大バッハ偽作に匹敵するほど息が長く印象的なカンタービレは残念ながらありませんでした。大バッハの作品とされたものは彼の最上の作品と考えるしかありません(本盤収録分で全曲ではないが)。Wq131/H561、Wq133/H564は通奏低音ピアノです。比較的後期の作品で学問的には正しいのでしょうが、私的には全曲ハープシコード統一でお願いしたいところです。また、flは現代楽器で朗々と吹いていただいたほうが聴き映えするのではないでしょうか。

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     2013/01/24

    イタリア・オペラの魅力は歌、その歌がどの声部にもたっぷり、Bsにさえ第1幕は独演会をさせていて、本曲は全イタリア・オペラ中の華というべきでしょう。もしこれを聴いて(観て)何じゃこりゃだとイタリア・オペラとの相性は悪いと判定してほぼまちがいないでしょう。そのテストには一番出来のいい演奏を使いたいですが、それはたぶん本盤でしょう。個人全員が金メダルで当然団体としても金メダルという盤はないと思います。どの盤も個人の順位はいろいろだが、オケも含め総合すると1位になるのがこの演奏です。高く評価できる方からみていきましょう。Ms、ダントツの金メダルです。一般の日本人がイタリア語を解するはずもなく、もし筋書を知らずに本盤を聴いたとしたらMsとTが恋人同士と誤解しかねない高音の伸び、若々しさです。マンリーコが誘拐されたとき15才くらいと仮定すれば30代半ばにもっていけるが、ロマは劣化が急激だからやはりそぐわないなどという思考はベルカントの世界ではありません。シミオナートやバルビエリより素敵です。Br、金メダルです。本役でこの方に比肩できる他者はなく、比較するとしたらご自身の他の公演だけです。診断はちょっと先ですが、録音時すでに咽頭癌は発生していたものとみられ、声のつや、勢いにおいてこの年より前の記録のほうが優れていると思います。S、僅差で銀メダルです。声が出ていないということでは全くありません。感情を載せるテクニックが今1歩で、美しいのだが少しのっぺりしてしまうのです。Le pene,le pene del mio cor!の部分をカラスと聴き比べてみてください。T、銅メダルです。といってもパヴァロッティより曲に対する姿勢においてドミンゴより声自体において優ります。そのときそのときの気分だけで行動するおバカを演じるにはお行儀が良過ぎるということです。丁寧なだけではどうにもならないアリアがあります。コレッリが有名で舞台で観ながら聴くならけっこうかと思いますが、声だけだとあの芝居がかった(お芝居なんですけどね)処が個人的に苦手です。デルモナコが好みです。オケはトゥーランドット初演の余光がまだ残っている時代のスカラ座です。指揮は歌手の能力、コンディションによっていかようにも対応して舞台をつくりあげていくことができたというセラフィンです。本盤に起用されなかった(個人的には痛恨)のでカラスが臍を曲げたというエピソードがありますが、実力は重々承知ながらオールイタリアンで録音したかったのだと思います。売国奴じみた輩が平気な顔して横行するどこぞの国と違い、文明国では愛国心を持つ(気に入らない外国の民に暴行することではない)ことは立場の如何にかかわらず市民の基本です。

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     2013/01/24

    モーツァルトの協奏曲はペライアの全集があればいいんでないのというハーメルンの笛吹き男のお尻についていく子供のような者です。そんな大雑把な聴き手でも記憶に残っている盤というものはあります。それはこのセット中の17番、それも第2楽章です。ガンガンというと例えはヘンだが、天国への階段を一歩ずつ踏みしめるようにのぼっていき、真実の瞬間とでもいうほかないときが確かにあります。ピアニストが大物でモーツァルトに定評があり、バックの指揮者も一流というCDはこの他にはあまりありません。どうしておまいはいつもいつもスター主義なんだといわれるかもしれませんが、40年前LPは1枚2000円以上していたのです。ボンビーな境遇では、はずれだったら他盤を買えばいいというわけにはいきませんでした。当時の惹句はカサドシュは真珠をころがすような粒立ちのよいモーツァルト、セル/クリーヴランドは指揮者の仮借なき調教で、一体感はありながら各声部が鮮明に聞き取れるまでになったオーケストラだったと思います。これらを聴いてうんだべと何の不満も感じなかったのは事実です。他盤と聴き比べることはなかったのだから、今考えると滑稽ですが、弁明すると演奏より曲自体を聴いていたのだといえよう。(この言い回しに他愛なく舞い上がっていたことも思い出し、フォローするつもりがよけいハズい。)今、5CDで1枚のLPに満たない値段で購入できますが、ポチろうか迷っています。長い時間を隔てた後再聴してあの瞬間をまた感得できるのかという危惧もあるが、貧乏が習い性になってしまったものらしい。

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     2013/01/23

    モーツァルトのPf協奏曲はペライアの全集があればいいんでないのというハーメルンの笛吹男についていく子供のような者です。まさに油の流れるがごとき演奏なのだが、こんなにスルスル事もなげに弾くこともないんじゃないかという気がしてきます。まあこれは何枚も立て続けにかけたあげくの感想なわけですが。実際はピアニストが1晩のプログラムにモーツァルトの協奏曲をCD1枚分(2曲)載せることさえまずないことでしょう。CD恐るべし、あんたは不自然です。けれどそんな気がしたものだからものは試し、このLPが発売された当時聴いて感激したのを思い出しかけてみました。結果は新幹線に乗りつけている線区で在来線の列車に紛れ込んだ気分です。訥々とした調子のほうがいいかもしれないという思いが当たりなのはわずかに第25番の第2楽章くらいです。こんなものだったかなあとすごすご肩を落として件の全集に戻りました。75年当時までは何とかオールウィーンメンバー(指揮者はイタリア人だが)でモーツァルトのPf協奏曲がやれていてその水準の記録ということに意義を見出すべきCDでしょう。

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     2013/01/23

    フルトヴェングラーはベートーヴェン以降の交響曲やワグナーでは筆頭にあげられることの多い指揮者だが、素人耳にはよくわからず曲に嗜好もないため愛聴盤はありません。しかし、本盤の序曲をみるとやはり別格らしい。あの小生意気なフィルハーモニカーが上っ面だけではなく心底畏敬しています。デモーニッシュでならした方だからモーツァルトのオペラで最適なのは本曲でしょう。そして、長大な曲なのに緩みなく進行させていき一瞬たりとも退屈することはなくさすがです。歌手に移ると声で不満な方はいません。映像作品ですから容姿・演技が問題になります。中核になるのは主従コンビでこれが良くないと漫才もとい、話になりません。シェピはスペインだけでも1003人(毎日おとしたとしても3年弱)が納得のかっこ良さ、ドンナ・エルヴィラとのやりとり、フィナーレの地獄落ち(ジャケットご参照)など演技も上手でたぶんDVDで見れる最上のドン・ジョバンニでしょう。レポレロは主人の自由奔放な生き方に眉をひそめる半面、憧れるところもあるという役で、一般サラリーマンの立ち位置です。一見ザキヤマを連想するエーデルマンの演技は秀逸で、お膳立てしてもらいながら持て余す場面など草食系は身につまされます。このコンビの生きの良さ、躍動感が全編を引っ張っていくのが素晴らしい。女声で最重要なのはドンナ・エルヴィラでしょう。デラ・カーザは美しく問題ありません。同じプロダクションのCDではシュワルツコプフがつとめているが、スタイルはまさるかもしれないが、二心ありそげなところがふさわしくなくドンナ・アンナのほうがむいているでしょう。そのドンナ・アンナですが、前歯が欠けているのがいただけません。トゥーランドットのリュウ役でガスディアがやはり歯欠けでしたが、オペラ歌手の発声は前歯によくないのでしょうか。舞台に立つのなら義歯を入れる配慮は当然で、そうすれば何とか見れそうなだけに残念です。ツェルリーナは寸詰まりの大昔美人で、ドン・オッターヴィオも同情されない役柄がさらに増幅しそうな爺むささです。これら2役で容姿優先で選択するならムーティ/スカラ座盤があるが、それではいささか本末転倒でしょう。ドン・ジョバンニはスカートをはいていれば後は拘泥しないということで。カラーですが口パクらしく観客の気配もありませんが、これから始まる一連のオペラ映画のなかでは珍しくも成功している作品だと思います。なお、騎士長の石像がピンボケになる箇所がありますが、霊と表現するためわざとそうしているものと考えます。

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     2013/01/22

    K190は一流のヴァイオリニスト2名を揃えた盤で聴きたいということであれば本盤くらいでしょう。作曲者自信作で父親も称賛していたというが、セレナーデやディヴェルティメントの中にもっと沁みる/弾む楽章はいくらもありそうです。あまり取り上げられないのも納得で自他の評価が相反するのは平々凡々な我々でもままあることです。ご愛嬌で共演することがあるというのではなくソリストとして親子で揃って一流というのはこの方たち以外にはありません。しかし、子が親のコピーになっているわけではないので競演が聴けるものになります。個人的には同意いたしかねるもののダヴィッドはモーツァルトには適性が低いという説があるが、ブラームスの協奏曲で最高の達成がみられることは事実で、K364でVaにまわっているのはよかったと思います。LP時代DG社の定盤的存在であったベーム/BPO盤や同じベームの69年ライヴ(Vnシュナイダーハン、VaシュトレンクVPO)より愉悦的でけっこうだと思います。

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