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千葉のアリアドネ さんのレビュー一覧 

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  • 6人の方が、このレビューに「共感」しています。
     2012/02/18

    ベームと言えばモーツァルト、ベームと言えばVPOと言われながら、壮年期のBPO盤が何度となく再発売されているのに対し、70年代以降に録音されたVPOとのモーツァルトの交響曲集(ベーム、DGは全曲をVPOと録音する計画だったとされる。尚ユニテル-DGから出ているVPOとのDVDは別テイク)は後期のうち36番がベームの逝去により録音できなかったせいもあってか、40.41番を除いてここのところ求めにくい状態になっていた。これは全く残念なことで、晩年のベームの滋味あふれる指揮と、70年代前後の黄金期のVPOの魅力満載の名演としてお薦めしたい(往時はBPO盤はかっちりしすぎている。こちらの方が好きと言う人も少なくなかった)。29番(80年録音)は全体的にゆっくりめのテンポを採って充分に「歌って」いく〔テンポはクレンペラー盤(65)に近いが第一楽章はややこちらが遅い。ワルター・コロンビア(54)はこれに比べればかなり速く「跳ねて」いく感じで、速度はガーディナー盤に近い〕。BPO盤(68)より角がとれた印象はあるが、基本的なスタンス、テンポ感覚は変わらず、VPOが絶妙なニュアンスを加えていく。77年の来日公演はこれをややビビッドにした感じだが(私にとって本当に何物にも代え難い体験であった)、CDは今は高価なシングルレイヤー盤しか手に入らない。35番(80)も壮麗かつ芳醇な響きに魅了される。終楽章の推進力は「元気いっぱい」のBPO盤(59年)、更には73年LSO(Andante)、74年VPO(DVD-これがベームのハフナーのベストか)などが勝っているが、魅力的な演奏だ〔演奏時間は59年盤より約1分長いが、ワルターのステレオ盤(61)より約30秒短い〕。だがこのCDの白眉は最後の「葬送音楽」(79)である。当レコード(LP)は、81年ベームの没後まもなく追悼盤として発売された。ザルツブルク音楽祭では、大黒柱の訃報に歴史上初めて半旗を掲げ、カラヤンは声をつまらせて弔辞を述べた後、この曲を演奏したと伝えられた。我々もまたこの演奏を聞いて大指揮者への追悼の思いにひたったのであるが、そうした思い出を全く抜きにしても、これは本当に深い演奏である。絶叫ではないのだが、強い哀しみの思いと、その中のほのかな明かりと慰めが格調高く綴られていく。最後のピカルディ終止のところでは私はいつも涙が出そうになる。この7分弱の曲のためだけでもこのCDを購入する価値は十分にある。

    6人の方が、このレビューに「共感」しています。

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  • 5人の方が、このレビューに「共感」しています。
     2012/02/12

    まずmembranに感謝すべきだろうか。ブラームスやメンデルスゾーンのコンチェルトもとか、バルトークはコントラスツではなくて、ソナタとかにして欲しかったとか言いだせばきりが無いが、この価格でこれだけの貴重な音源に接することができるのは大いなる喜びである。録音年代が30年代から50年代にわたっているのも、とかく話題になるシゲティの技術レベルやその変化を辿るのに好適といえるだろう。音質は多くを期待するものは無理というもので例えば冒頭のバッハの3番のソナタをステレオ盤と聴き比べようと思っても音質的には少々しんどい。が、プロコフィエフのVn協(35年)等意外と聞きやすいものあり、シゲティ迫真の演奏を今に伝えてくれる。毀誉褒貶激しいシゲティだが私はやはり当代有数の芸術家と考えている(それにしても30年代はかたやクライスラーやティボー、かたやシゲティやブッシュ、更にフーベルマン、エルマン・・・何という時代なのだろう)。もっとシゲティの演奏に触れていきたいのだが、驚いたことに晩年のフィリップスへの録音は90年代には廉価な国内盤があったのに今まるで手に入らないのではないか(オークションでとんでもない値段を付けている)。宇野氏の言う様に、精神的に深い最も感動的な演奏なのか、故大木正興氏のように(戦前のシゲティを賞賛したうえで)実際に弾くことよりも観念が先行した美感には目もくれないギスギスした表現に変わってしまったとするのか、聞いてみないことにははじまらない。今グリュミオーが限定版とはいえ廉価で大くの盤が再発されているが同じことをシゲティにも是非実施して欲しい(どうもユニバーサルになって旧フィリップスの盤は冷遇されいるのではないだろうか)。

    5人の方が、このレビューに「共感」しています。

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  • 5人の方が、このレビューに「共感」しています。
     2012/02/12

    ベームがブラームスを得意としたことは周知の事実だが、実演の回数では1、2番が圧倒的に多い。ベームの「最後のコンサート」となった81年1月のパリ公演でもモーツァルトの34番とブラームスの2番をとりあげている。75年録音の全集の中でも当2番が白眉とする意見も多かった。2番はブラームスの「田園」とも言え、田園を超得意としたベームがこちらも得意というのも理のあることかもしれない。従って録音も多く、吉田秀和氏が「世界の指揮者」(ちくま文庫版P307-308)の中で高く評価した、壮年期のベストフォームを示す@56年BPO盤(これが現在廃盤とは全く困ったこと、50年代のベームとかいう括りで再発売して欲しいものだ)の他、A70年VPOライブ(ユニテルDVD)、B73年LSOライブ(Andante)、C77年VPO東京公演ライブ(日本コロンビア)、D77年LSOライブ(BBC-廃盤)などがあり、それぞれの良さ、またライブはライブとしての活力があるが、録音状態、併録曲の素晴らしさ(特にルートヴィヒ共々味わいのあるアルトラプソディー)に鑑みれば、まずは当盤から聴き始めるのが妥当かもしれない。演奏時間は当盤42分41秒、@40分30秒、A37分33秒、B41分1秒、C41分11秒、D39分45秒。カラヤンBPO(83年)40分12秒。

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  • 5人の方が、このレビューに「共感」しています。
     2012/02/12

    75年、大騒ぎとなった東京公演の直後、全集として録音。翌年のレコードアカデミー賞(交響曲部門)を受賞している。悪く言った批評家がいたのも事実で、当1番における直近の東京公演やBPO盤(59年)との緊張力、迫力の差に理由の一つがあったと思う(2、3番の評価はおしなべて高く、4番が特に素晴らしいという批評家もいた)。ベームにとっては得意中の得意曲であり、プライヴェート盤も含めれば夥しい録音がある。ベーム支持者の間でもドイツ的で堅固な59年BPO盤を推すもの、無比のドライブ感で知られる69年BRSO盤(Orfeo)を最高とするもの、75年東京公演こそベーム芸術の総決算とするもの-あれは確かに凄かった-私は幸い3月17日の公演を聴けたのだが(DVD-NHK)等意見は様々だ。当CDの内容を含む3枚セットの全集(輸入盤)は当サイトでも根強い支持を受けていて、40件ものレヴューが投稿されている。内容を読んで行くと、この演奏の燻し銀的まろやかさの観点から評価するという意見も少なくない。ハイドン変奏曲も温かみのある名演であり、当盤は充分購入の価値があるが、HMVでマルチバイなら全集でも2千円強。是非そちらの購入を御薦めする(国内メーカーに申し訳ないが)。国内メーカーには是非東京公演のCDを再発して欲しい。

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  • 9人の方が、このレビューに「共感」しています。
     2012/02/12

    名盤の嬉しい復活。BPOとの交響曲全集等でシューベルティアン、ベームの名は国際的に既に確固たるものだったが、我々日本人にとって「とどめを刺された」のは75年VPOとの来日、あの3月19日の未完成とグレートではなかったか。特にグレートは堂々たる骨格と、とめどなく流れる豊かな「歌」が組み合わり、「天国的な長さ」が苦痛どころか、「天上の喜び」と感じられた稀有な体験であった。さて当演奏は、最晩年(79年1月-84歳)のライブだが、活気に満ちた演奏で、数あるベームのグレート中最高に押す人も少なくない。東京公演がどちらかと言えば、充分に歌う方に比重がかかっているとすれば、こちらはオケがSKDということもあってか、構成感と推進力に重点があると感じられ、むしろ壮年期のBPO盤(63年)を想起させる。最晩年にはライブでも衰えもみられたベームだが、微塵もその影はなく、盟友SKD(戦前から縁の深いこのオケとの81年1月のパリ公演がベーム最後の「コンサート」となった)と渾身の演奏を繰り広げる様は驚異という他はない(ユニテルの73年の映像が両者の中間といった感じだろうか)。演奏時間は63年BPO51分3秒、73年VPO51分0秒、75年東京公演53分50秒、当演奏50分03秒。東京公演の復活も是非お願いしたい(映像は本当にないのだろうか)。

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  • 2人の方が、このレビューに「共感」しています。
     2012/02/12

    当盤の録音ニュースには皆驚いた。大衆的に著名か啓蒙活動に熱心な指揮者(バーンスタイン、プレヴィン、カラヤン、アバド・・・)が通り相場のこの曲の録音を、ベームは強く望んだという(録音に先立ちウィーンやミュンヘンでご子息俳優カールハインツ氏の語りでの実演もあった筈だ)。カラヤン、バーンスタイン的なあり方に少しは魅力を感じるところがあったのだろうか。演奏はプロコフィエフが「予想外」の素晴しさ。半分はベームの功、半分はVPOの功だ。音色の美しさ、表情の魅力、わざとらしい色付けは無いのに情景を髣髴とさせる活き活きとした描写力。ピーターの動機を聴くだけでうっとり。これまで多くの魅力に気付かずにいたことを教えられる。本国でも日本でも長く現役盤を続けているのは演奏の質の高さに対し広い支持があるからだろう。サン・サンースは少々重い。今回も名女優キンゴールド女史の語りで発売だろうか。女史の語りはなかなかだが、巧拙はとにかく日本版初出のご子息の語り(英語)でとも思う。家庭をこよなく愛したベームの演奏なのだから[当時のグラモフォンの宣伝コピー「なんとほほえましい」-皆さん憶えていますか]。

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  • 4人の方が、このレビューに「共感」しています。
     2011/08/25

    74年初出。私は名演と思うが、様々な意見の出た演奏。ベームの伴奏、「レコ芸」の志鳥栄八郎氏は「入神の技」、かたや「ステレオ」の福永陽一郎氏は「音楽の死骸」と断じた。吉田秀和氏は「肩の力をまったく抜いた、体操の名人の身のこなしのような演奏」(世界のピアニスト)と評価した。「2台」については父娘の様式の一致が素晴らしいとする吉田氏に対し、エレーナが足を引張っていると言った批評家も少なからずいた。まず「2台」だが私は吉田氏に賛成(というか私の耳ではどちらが父で娘だかわからない)。27番、ギレリスは鋼鉄のようなタッチが影を潜め、純粋でクリーンな音作りに徹している。寂寥感、孤独感というものは希薄だが、高潔な音楽がK595の高みへと通じていく。ベームも立派だが、バックハウスとの共演(55年DECCA)の境地は更にこれを上回る気がする。ベーム-ギレリスの共演はザルツブルグライブの皇帝(71年-Orfeo)、シューマン(75年-Andante)が知られているが「正規のセッション録音」は残念ながらこれだけだ。

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     2011/08/25

    「ポストホルン」は1779年、パリ帰りのモーツァルト充実の作品。交響曲33番、協奏交響曲K364が同時期にあたる。同曲がどの行事のために書かれたのか明らかではないが(一説にはザルツブルク大学の課程修了の祝典曲で、駅馬車用のポストホルンは学生の旅立の象徴とも言われる)、内容は機会音楽の枠を大きく超え、事実1-5-7楽章で交響曲としても演奏された。ベームの演奏はこうした曲の内容をじっくりと、また堂々と表現したものだが、協奏交響曲的な部分では最強のソリスト陣を迎え華の部分にも事欠かない。既に録音から40年近くが経過したが、モダン楽器代表として今後も愛聴されるだろう。「アイネクライネ」はVPOの響きを生かした暖かさある美演だが、VPO主席陣との協奏曲集の高みには達していないと考える。壮年期に録音されれば、溌剌とした運びに、VPOの魅力がブレンドされ、さらに魅力的だったろう(56年BPO盤は筆者は未聴)。素晴らしい「ハフナー」、「13管楽器」も是非再発を。

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     2011/07/03

    クーベリックとの「若人」については今さら述べることもない。フルトヴェングラーとの共演盤ともども長く歴史に残ることだろう。「亡き子」「リュッケルト」はベーム指揮というのが目を引く。往時はマーラーらしくないとの評も少なくなかった当演奏、確かに瑞々しさはあるが、情念、ファンタジーを膨らますようにはベームは指揮しない。一言で言えば、流動性は控えめで、言葉が明確に聞こえる(「句読点」が留意されている)演奏と言える(ディースカウも、クーベリックのもとでの歌唱と-曲も違うが-スタンスが少々異なって聞こえる)。この録音に先立ち63夏、ザルツブルクでこの組み合わせによる「亡き子」の演奏会が行われており、ディースカウは自叙伝「追憶(Nachklang)」(メタモル出版、1998)の中で、次のように語っている。「マーラーが思い描いた通りに正確に歌おうとすると・・・歌節ごとに微妙に異なる繰り返しを区別しなくてはならなかった。このリートチクルスは自殺思考の山だが、幸運なことに目標は達成できた。BPOは繊細な演奏をしてあらゆる難題もこなした。ベームは卓越した演奏を聞かせ、格の違いを見せつけた。すでにゲネプロで私は涙ぐんでしまった。」(P165〜166、一部略)。ベームは歌曲伴奏は行っていて〔ルートヴィヒとのザツルブルクライブが2種(「若人」69年VPO、「亡き子」72年SKD)OrfeoからCD化されている〕、更に「大地の歌」の南米初演者(51年、ブエノスアイレス)でもあるのだが「歌無し」の交響曲については、ライブ音源も、自叙伝等での記述も見当たらない。フォルム(構造)を作ることこそ芸術の要と考えていたベームにとり、マーラーの交響曲の「フォルム」は相容れなかったと考えるほうが自然な気がしないではないのだが。スッキリマーラー、あるいは楽譜中心のマーラーが隆盛の現在、このディースカウ&ベームのマーラー演奏をどう聴くか、これも本盤を聴く大きな楽しみと言えるだろう。

    5人の方が、このレビューに「共感」しています。

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  • 2人の方が、このレビューに「共感」しています。
     2011/06/19

    名演として広く知られていたベーム、VPOの旧盤、90年代には国内盤もあったと記憶しているが、つい買いそびれ、ここ数年は入手不可能。オークションにも出ず歯痒い思いでいたところに嬉しい復活の報、即購入した。期待は裏切られなかったというより、何故こんなに素晴らしい演奏を廃盤扱いにしていたのか理解に苦しむ。間違いなく同曲トップランクの名演である。ブラームスの堅固な構成をずっしりと表出しながらも、音楽は淀みなく流れ、しかも叙情も十分にあり、往時のVPOの表現力(管の味わい、弦の美しい表情)が大きな威力を発揮している。第2、第3楽章の深い想い(叫んではいないのに、胸にぐっと迫るものがある)。そして第4楽章の熱気。知-情-意が極めて高い意味でバランスしており、幾度聞いても飽くことが無い。当サイトでも高い支持を得ている全集中のVPO盤(75.6)との比較だが、結論を先に言えばどちらも素晴らしい。58才と80才のこの曲に向ける視線の差、人生に対する思いの違いが両方の演奏の違いと言えようか。旧盤は壮年期の前向きなロマン性、後者は後ろ髪をひかれるがごとき深い情感に満ちている。ウェーバーも劇場人ベームの面目躍如たる活き活きとした快演だが、珍しい曲がある一方不思議にも「魔弾」が含まれていないのは惜しい(オルフェオに72年ライブの「魔弾」全曲があるがこれは序曲から素晴らしい)。前にも書いたが「生存率」の高いベームの録音だが、当サイトでも支持の高かった「運命」旧盤や、ミサ・ソレムニス旧盤、ブラ2旧盤等50年代の名録音がここのところ入手しづらい(もっともDGはネット配信はしていますというだろうけれど、やはりハードが欲しい)。今年はベーム没後30年。是非早期の再発をお願いしたい。

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     2011/06/05

    ベームの国際的なキャリアを語るうえでメトでの活躍は欠かせない。名支配人ビング(両者は若きベームのダルムシュタット歌劇場監督時代の僚友)との密接な関係をもとに、50年代からスター歌手をそろえたモーツァルト、シュトラウス、ワーグナー(パルシファルの公演記録もある)等で観客を沸かせ続けた(ヴォツェックをアメリカに根付かせたのもベームである)。またニルソンも当公演の前年、イゾルデ(ベーム指揮)でメトにデビュー。画期的な成功がバイロイトでのイゾルデにつながっていく(ニルソンを評価していなかったヴィーラント.Wにニルソンを推したのはベームである)。さて当演奏だが、ベームの数多いフィデリオの中でも、その燃焼度と、ニルソンの起用という言う点で大きな意義を持つ。この頃のメトのオケは高いレヴェルとは言えないが、歌手ともども、懸命の力演をしている様がよくわかる。ニルソンの威力は絶大で2幕Zuruck(さがれ!)、Tot erst sein Weib(まず妻を殺せ!)といったところの迫力は流石(音が固いから幾分耳障りに聞こえてしまう部分があるのが惜しい)。ヴィッカースも強い表出力のある歌唱で充分ニルソンと張り合っている。音質は1960年という年代からすれば良いとはいいがたく、その意味では正規盤化のメリット(つい数か月前に出たWalhall盤との音の違いはどうなんだろう)がどれだけあったのか不明だが、今後もベーム-METの(特に60年代の)数々の名演を発掘していただき、半世紀前のメトの聴衆とオペラの醍醐味を分かち合いたいと思う。尚、72年ビング引退時のガラ(DG 6/6現在当サイトでは入手困難の表示だが)でも両者の凄まじい共演(サロメ終結部)がより優れた音響で楽しめる。オケもベームの薫陶あってか精度は著しく上がっており、ベームの透明感あるシュトラウスを十分に表現している。震えがきますよ本当に(是非再入荷を!)。

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     2011/06/04

    随分昔のこと「レコ芸」にVPOエピソード集が載っていました。カラヤンら指揮者とVPOのやりとりを集めたものですが、最後にハチャトゥリアンのこの録音の際の逸話があり、それによればVPOがなかなかハチャトゥリアンのいうことを聞かず、彼は「ソヴィエトでは指揮者が将軍で楽員が兵卒だが、ウィーンではさかさまだ」とぼやいたそうな(原典をなくして記憶にたよって書いているので表現が異なるかもしれませんが)。両者が「なんだコイツは」と思いながら「対峙」した様は興味深いものがありますが、結果としてホットな名演が残ったことは我々にとり幸運でした。ハチャトゥリアンは西側のオケを振ったときでも相当固い響きを出す人ですが、VPOはそうはならなかった。結果として、ローカル色や深い叙情を持ちつつも、ある種普遍性を獲得しえていると思います。尚54年EMI、77年EMIとは少しずつ収録曲が異なります。

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     2011/05/29

    ショパンを愛する人にとって大きな価値を持つアルバム(この内容にしてこの価格!)。音質は期待するほうが無理(良くない中でベストを尽くして欲しいというのは尤もですが)。各人のベストの演奏が集められているかといえば、より上の選択(例えばコルトーなら前奏曲集を入れて欲しいとか)があるが、それはもはや贅沢というものだろう。個々の演奏に触れる紙幅は無いが、ショパン以上のショパン弾きと称されたパハマン、ショパン直系ミクリの弟子ローゼンタール、ポーランドの国民的英雄パデレフスキといった伝説の大家達の個性あふれる演奏を窺い知ることのできる価値は大きい。100年の間にショパン演奏が何を得たか、何を失ったか大いに考えさせられる。また当セットには30年代の録音が多いが、当時ポーランドは第一次大戦後独立を勝ち得た(短期間だがパデレフスキは首相を務める)ものの、政情は不安定でナチスドイツとソ連に分割占領される(39年)。演奏者16人のうちポーランド生まれは4人、ロシア生まれが5人(ソ連にとどまったのはギレリスのみ)、アメリカ等で80才を越える老体に鞭打って祖国回復の基金集めのコンサートを行ったパデレフスキ(37年時点でももう演奏は痛々しいが)を初め、どのような思いでショパンを演奏したのか、歴史ドキュメントとしても大変貴重。往年のピアニストについては、青沢唯夫「ショパンを弾く 名演奏家たちの足跡」(春秋社2009)等が参考になるでしょう。

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     2011/05/29

    シューベルト好きを標榜しながら歌曲はあまり聞いてこなかった。これではいけない思い切って購入(といってもLPの時の何分の一の価格で買えてしまうのだろう)。有名な曲を聴きなおしてみて、美しさと強い表出力に、ただただ「凄い」としか今の私には言えません。対訳が無いのは困る?ご心配なく、インターネットをみると色々な方が訳を試みておられ、収録曲の9割程度は意味を知ることができます。観賞の道しるべとしては、ディースカウ自身の手になる「シューベルトの歌曲をたどって(原題Auf den Spuren der Schubert-Lieder Werden-Wesen-Wirkung、1971)」(白水社、1997、訳は声楽家で芸大教授を務めた原田茂生氏)があります。この著作はディースカウがこの歌曲集録音のために渉猟したシューベルト関係の研究、資料をもとに書き下ろしたもの。邦訳500ページ弱にも及ぶ大著(演奏旅行中もタイプライター持参で書き綴ったそうな-やっぱり超人)で、歌曲を中心にしたシューベルト伝の趣。ドイツ語を(少しは)学んで、ゲーテやミュラーを理解して、シューベルトがそれをどう作曲したのか、それをディースカウはどう歌っているのか考える、頂の余りに高く、余りに遠いことではありますけれども、長い年月をかけても、この21枚のCDを傍らにおいて少しでもこの音楽と文学の高峰に近づいてみたいと思います。☆はいくつあっても足りないのではないでしょうか。

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     2011/05/29

    この名盤の存在は高校生のころから知っていたが、ハイドンの弦楽四重奏曲、それも「太陽」では手が回る筈も無く・・・。先日思いがけず発見し、喜び勇んで購入。まず質朴だが味わい深い弦の響き。この頃ベームのフィデリオ(69年DG)、カラヤンのマイスタージンガー(70年EMI)がSKDで録音されているが、それらの名演の「響き」がウルブリヒらの優れたアンサンブルを根底にしていたことを実感させられる。響きは伝統を受け継いでいても解釈は(当時の)現代風と言えるだろう。ロマン的な表情付ではなく、清新、溌剌として、感興まことに豊か。ハイドン発展期の音楽の魅力を十分に引き出している。当時の「東側」音楽界の良い面が出ていると言えるだろう。いつまでもカタログにおいて欲しいアルバムだ。室内楽レコード(CD)の「冷遇」は今に始まったことではなく、この盤もLP時代にはすぐ廃盤になりファンを嘆かせたが、我々にも責任があるだろう。自分もそうだったのだが「特定作曲家-特定交響曲-特定演奏家」に観賞が偏りすぎてはいまいか。CDが安価になった今これは本当に勿体ない。もっともっと室内楽を聴こう!

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