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mimi さんのレビュー一覧 

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     2020/01/19

    Rudolf Lutz/J.S.Bach-Stiftung St. Gallenのカンタータ第18集。今回の3曲は特に共通項のない選曲で、超有名なクリスマス・カンタータBWV61以外の2曲は特に知名度も高くありませんが、総じて非常に誠実で質の高い好演揃いです。まず冒頭のBWV125「平安と喜びもて我は逝く」は、マリアの浄めの祝日のためのカンタータ。有名曲とは言えずやや地味ではありますが、Rudolf Lutzらの演奏はひとつひとつの曲にじっくりと誠実に向きあい、考え抜かれた解釈と高い演奏技術によってごく細部の美しさも疎かにせず掘り起こしており、この曲に関する限り過去の演奏のすべてを含めて最上位に置けるのではないでしょうか。特に第2曲のアリアの滋味は素晴らしい。次のBWV61「来たれ、異邦人の救い主よ」は言わずと知れた待降節カンタータの名曲、もしかすると最もよく知られた曲かも知れません。自分らのような長年のBachファンにとって、この曲は何と言ってもあのK.Richterの記念碑的なカンタータ選集の劈頭を飾る、鮮烈きわまりない名演奏の記憶から離れることは(おそらく)永遠に不可能ですが、今回のRudolf Lutzらの演奏はあえて新奇な解釈等などの独自性を狙うことなく、己らの読み取った音楽に忠実な再現に集中しており、目立った名演とまではいかなくても好感の持てる演奏です。最後のBWV116「汝平和の君、主イエス・キリスト」は、1724年のライプツィヒにおけるコラール・カンタータ年巻の中間に位置する作品であり、近くではS.KuijkenのOVPPによる名演奏が記憶に新しいところです。Rudolf Lutzらの演奏はOVPPによるものではありませんが小編成による堅実なものであり、過去の演奏を上回るとまではいかずとも、美しい佳演と言えるでしょう。CD全体として、曲の解釈、指揮、演奏者の技術すべてにおいて質の高い好演集であり、多くのBachファンにお薦めする価値があると思います。

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     2020/01/09

    Rudolf Lutz/J.S.Bach-Stiftung St. Gallenのカンタータ第16集。BWV30,158, 9いずれも、K.Richterの名演をはじめとして、複数の録音がある比較的よく知られた有名曲ばかりと言えるでしょう。だから、という訳では無いですが、Rudolf Lutzらの今回の録音は、曲の性格と彼らの美質がぴったりあった好演ぞろいとなっています。まず何よりも祝祭的な事ではBachの全カンタータ中でも一二を争うBWV30「喜べ、贖われし群れよ」、曲全体の規模の大きさと華やかさに、ともすると演奏の勢いが空回りする危険性がある曲ですが(K.Richterの名演すら、その懸念と無縁では無かった!)、今回のRudolf Lutzらの演奏は抜群の技術と非常に考え抜かれた楽曲構築によって、長大な(30分を越える!)カンタータ全体においても細部の一曲一曲においても、緩急自在かつまったく緩みの無い緊張感の持続を実現しており、正直この曲においては古今のあらゆる好演をも凌駕するかも知れないトップクラスの名演奏と思います。BWV158,9は、BWV30に比較すると小規模ながら、ぞれぞれ壮年期以降のBach作品特有の分厚い構成と楽曲内容を有した名作であり、Rudolf Lutz/J.S.Bach-Stiftung の演奏は曲の魅力を決してはずさない、見事な好演と評価できます。Bachファンだけでなく、広く音楽ファン一般に推薦できる名盤ではないでしょうか。

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     2020/01/09

    Rudolf Lutz/J.S.Bach-Stiftung St. Gallenのカンタータ第17集。今回は実質世俗カンタータ集ですが、まず19世紀以来のBach復興時に絶大な人気を誇った王妃の追悼カンタータBWV198。現在はどちらかと言えば聴かれる機会は減っていると思われ、正直自分もあまり頻繁に聴いた事はありませんが、19世紀〜20世紀前半ごのみの非常にロマンティックな音楽が随所にちりばめられています。Rudolf Lutzらの演奏は決して恣意的な解釈を伴わない、客観的でどちらかといえば即物的なもので、予想通りこの曲に関してはあまり適合性は良好ではないかも知れません。ただ演奏技術、質は例によってきわめて高く、良質な好演とは言えるでしょう。クリスマス・オラトリオの原形となったBWV214は、明るく楽天的な世俗カンタータであり、BWV198に較べるとはるかにこの演奏者向きと言えますが、いかんせん、クリスマス・オラトリオでの改変を聞き慣れてる耳には、どうしても重みを持った音楽には聞えないのがハンデですが、それでもやはり手抜きのない誠実な好演と言えるでしょう。Bachファンは一度は聴かれて損は無いレベルの演奏と思います。

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     2020/01/05

    非常に美しいオルガンの響きであり、優秀な録音とあいまって、この方が確かに現代のトップレベルのオルガニストと国際的に評価されているのがよく判ります。他方、前奏曲とフーガの各曲、特に後者のフーガ部分において、この錯綜とした多声構造を明晰に描き出す点は、ヴャルヒャ、アランなどの歴史的な名匠や、現役であるコープマン、フォクルールなどのレベルに比較すると一歩も二歩も及んでいません。日本人奏者としてトップのレベルであるのは疑いないのでしょうが、J.S.Bachのオルガン録音としては佳演と評するのが公平かと思われます。

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     2019/11/20

    目立たないが、とても好感の持てる演奏と思います。J.P.Rameauのクラブサン全集は少し前にM.Esfahaniの鮮烈きわまりない演奏が忘れられませんが、このBertrand Cuillerの全集は発売時期もEsfahaniとそう離れておらず、どちらも新進気鋭の若手チェンバロ奏者ということで、どうしても比較したくなるのが人情ですが、同じ若手が同じクラブサンを弾いてもこれだけ違うのか、正直ちょっと驚きでした。ナント生まれ、生粋のフランス出身であるCuillerの演奏は、テンポ、リズムなどEsfahani同様新鮮で現代的ではあっても、その演奏の微妙なニュアンス、フレーズの歌い方、リズムの揺れなど、非常に細やかで繊細、月並みな言い方ですがやはりフランス的としか言いようの無いエスプリに満ち満ちており、逆にCuillerを聴くとEsfahaniのRameau演奏に足りなかったものは何か、よく判るように思います。その味わいの特質が最もよく判るのは、1724年のPieces de Clavessinの諸曲で、La Rappel des oiseaux, Rigaudons, Tambourin, Les Soupirsなど、フランスに生まれ育った芸術家でなければおそらく出せない自然な息遣いに溢れ、限りなく魅力的です。。その一方で、CD後半のNouvelles Suites de Pieces de Clavessinに含まれる、非常に構造的な曲ーGavotte et Doublesなどーにおいては、全体の構造の厳格な把握が今一つで、聴いていて一本調子で疲れる瞬間も散見され、ここらへんはEsfahaniの現代的かつ構築的な演奏や、Peter Jan-Berderの広範な歴史的素養と経験をベースにした演奏には及ばないと言えるかも知れません。しかしながら、それでもこれだけ繊細な味わいを有するRameau全集は、決してそう多くはないことを考えると、貴重な良演集と言えるのではないでしょうか。今後におおいに期待したい演奏家であり、バロック音楽がお好きな方には、一聴していただく価値が十分あると思われます。

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     2019/11/03

    帰ってきた!ーこのアルバムが発売された当時、「醒めない」のオープニングが走り出した時の印象は強烈でした。彼らのアイドルであるデヴィッド・ボウイへの追悼曲として書かれたこの曲の、あまりにも高らかな、しかしその中身に限りないものー喜び、悲しみ、苦しみ、追慕、後悔、無力感、etc.ーがいっぱい詰まった瞬間を実感すると、作曲者が、バンドが、多くのものを確かに乗り越えた上で新たな一歩を踏み出したことが判ります。思えば、昔からスピッツは、様々なことー辛いこと・悲しいこと・汚いこと・醜いこと...ーから目をそらさずに(それが草野氏が、バンドが自分の立脚点として決して離れない「ロック」の真骨頂であると思うのですが)、それを踏まえた上で常に希望を歌い続けるグループでした。それでもあまりにも悲惨な現実世界の出来事に、この前作「小さな生き物」では(美しく謙虚な音楽ではありましたけど)いつも前を向けない瞬間も垣間見られ、感動的である反面、大丈夫かな?と思わせる人間肖像をさらけ出していたのも事実であったと思います。作曲者、メンバーがそれをどのように乗り越え、この「醒めない」の心からの躍動に辿り着いたか、自分には知る由もありませんが、この感動的なビートで始まる物語に「帰ってきてくれた」事には涙が出るほど感謝しています。実は個人的な事情で未だに涙無しには聴けない「みなと」(大切な人を失った者なら誰でもわかるはず)、これ以上はないくらいに切ない「コメット」、晦渋と隠喩が美しい「子グマ!子グマ!」「ハチの針」など、聴きこめば聴きこむほど味の出てくる作品揃いですが(数作前に較べても深化している!)、後半終わり近くに現れる「ヒビスクス」の美しさはどうでしょう!冒頭からラストまで、潮風と波のさざめき、南国の匂いがむせぶような、(草野さんはその形容を嫌がるかもしれませんが)これはもはや芸術としか言い様の無い素晴らしさ、日本のロックもここまで来たか、と実感させる、まごう事無き名品です。まず確実に意図してそうしたと思われる尻切れトンボのClosing「こんにちは」は、明らかに決して「完成」する積もりのないスピッツの決意表明でしょうが、この「醒めない」で始まったアルバ厶の真の終曲は、1年後CYCLE HIT 1991-2017 Spitz Complete Single Collection -30th Anniversary BOXのラストに置かれた傑作「1987→」で、これは明らかにこのアルバムのオープニング「醒めない」に呼応しています。(復活した)スピッツが、現在に至る、そして未来に向けたバンドとしての姿勢を決然と確立した、転換点としての記念碑的名盤ではないでしょうか。

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     2019/10/25

    Bernard Foccroulleの最新録音。Foccroulleの重要なレパートリーであるJ.S.Bach以前のオルガン音楽であり、今回はH.Scheidemannと同世代でScheidemann同様オランダのSweelinckに学び、その後ドイツの地でドイツオルガン音楽発展の基礎を築いた二人のオルガニスト、Jacob PraetoriusとMelchior Schildtの作品集です。自分は恥ずかしながら、どちらの作曲家もこのCDに接するまでは未聴であり、本CDのFoccroulleのライナーで教えてもらった知識が全てなのですが、いずれの作曲家もScheidemann同様Sweelinck譲りの堅固な構成と、華やかさよりあくまでテキスト(聖歌)内容を表現することのみに注視した作曲姿勢という点で、Bachに至るドイツオルガン音楽の紛れも無い先達であることがよく理解されます。楽曲の自由度や幅の面では前記Scheidemannに一歩譲るかも知れませんが、 PraetoriusのVon unser in Himmelreich、SchildtのHerr Christ, der einig Gottessohnなどのコラール変奏曲において、地味ながらかけがえのないしみじみとした音楽です。Bernard Foccroulleの、曲の構造と背景、および楽器を知り尽くした明晰きわまりない演奏は、もはや他に比較するもののないレベルですが、加えてこの人でなければ出せない滋味が(少し前のFrescobaldiでも感じましたが)、最近聴けば聴くほど味わい深く感じられるようになってきています。目立たないCDですが、古楽愛好家にお薦めする価値の十分にある良演盤と思います。

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     2019/10/20

    数年前、Pierre de La Rueの名作「レクイエム」で名演奏を聴かせてくれたCappella Pratensisの新発売アルバムにて購入しましたが、データをみると、現在より20年前、前記「レクイエム」より15年程前の録音でした。しかも現在この団体は男声ヴォーカルのみによるアンサンブルと思うのですが(それはLa Rue「レクイエム」の演奏に、大変重要であった!)、このOckeghem録音時は数人女声が加わっていて、指揮者も現在と異なり(現在の指揮者Stratton Bullはグレゴリオ聖歌演奏の一部にのみ加わっている)、この団体の初期の形が現在と違っていたことを初めて知りました。演奏ですが、おそらく音楽学者でもあるこの当時の音楽監督Rebecca Stewart(名前からして女性?)のもと、実に手堅く堅実で美しいOckghemのミサを聴かせており、ほとんど傷の無い良演奏と言えるでしょうか。このMissa Mi-Miは、古楽分野では近年の新研究によってOckghem自身のシャンソンに基づく、最も初期のパロディ・ミサであることが、日本人研究者によって明らかにされた話題の作品ですが(解説にも詳しく触れられている)、Rebecca Stewart/Cappella Pratensisの演奏はOckghemの濃密な多声要素をあくまで堅実に再現していくことを第一に構築されており、好感が持てます。確かに、過去のPCA、Hilliard Ensembleなどの各声部があくまで独立して、自由に絡みながら全体として強烈な表現意欲に満ち満ちた世界を作り上げていくまでのレベルには程遠いですが、それでも十分標準以上の好演であるのは確かで、現在のCappella Pratensisとはまた違った良い団体であったのが窺えます。飛び抜けた名演奏とは言えませんが、意外と多くないOckghem良演奏の一つとして存在価値があるのではないでしょうか。

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     2019/10/09

    是非多くのBachファンに聴いていただきたい好演です。Pesciaの演奏の特質が非常によく解るのは、疑いなく後半の第2巻で、この難曲集の中でも特に難しいこの2巻を演奏してここまで魅力的なのは正直驚きでした。まだ本当に若い奏者らしく、その演奏は分析的・思索的であるよりは、直感的・感覚的であり、時に即興的ですらあるのですが、それでいてこの難曲の数々(どんな小曲であっても)の魅力の本質を決してはずさず的確に描き出しているのです(これは言葉で言えば簡単だが、実際にそれができている演奏は数えるほども無い!)。特に変わった解釈などなく、全く素直と言えるくらい真っ当なので、ちょっと聴いただけでは強い印象など残らず、場合によっては凡庸な演奏と誤解されがちですが、二回三回と繰り返し聴くにつれ、この2巻の演奏の魅力からだんだん離れられなくなってきます。43歳というまだ若いと思われがちな年齢であっても、おそらく子どもの頃に平均律と出会って以来数十年、Pesciaは信じられないくらい長い間この曲達と付合い続けてきたのでは無いでしょうか。でなければ、一般に1巻に比較して難解、地味、晦渋、玉石混交と言われることの多い第2巻の諸曲の一つ一つをこんなに生き生きと自然に、奏者自身が明らかな歓喜をもって表現できることは有り得ないでしょう。もちろん、ある意味「フーガの技法」に匹敵する程のBach多声音楽の頂点の数曲を含むこの2巻の演奏としては、Leonhardt, Gould, Roussetなど、過去の一分の隙も無く構築された名演奏に比較して、未だ細部から全体の構造把握とそれに基づく表現に曖昧な部分は(当然!)散見され、そのことが評者によっては「甘い」という印象を持つ原因ともなるでしょうし、この演奏をもって現代最上の平均律と言うのは流石に無理がある、まだまだ発展途上の演奏ではあるでしょう。第22番のフーガなど、卓越した技術による演奏ではあっても、上記の名演にみるような全体がまるで大伽藍のような建造物を実感させるレベルには程遠いのは事実です。それでもPesciaのこの第2巻がこれほど魅力を放つベースには、他の多くの平均律演奏とは異なる演奏姿勢ー決して目立たないながら、実は上声部を上回る低音声部の強固な構築をあくまで基礎にした、若い世代としては珍しいくらいの見事な多声演奏があり、正直、これだけ低音声部が強調されたピアノによるBachは、有名ピアニストの演奏を含めそうありません。Pesciaのこの第2巻は、従って一見感覚的で即興的な外見を有しながら、その内面はきわめて多声的・構築的であり、それが繰り返し聴くにつれその魅力が次第に次第に実感される演奏を実現させています(決して甘いとかBGMなどと片づけられない!)。加えてPesciaのこの演奏からは、歴史的に多くのピアニストが良きにつけ悪しきにつけ、意識せざるを得なかった西洋古典音楽の「しばり」がほとんど感じられません。風貌と名前から、おそらく純然たるヨーロッパ世界以外にもそのルーツを持ち、生まれた時にすでにBeatlesが解散して数年たった世代に属し、おそらくクラシック音楽以外の、黒人音楽、ジャズ、ロックなどもフツーに、ふんだんに耳にしていたかも知れないPesciaの演奏からは、Gould以前の古典派〜ロマン派的なBach演奏の面影も(その代表がリヒテル、グルダでしょうが)、また逆に古典派〜ロマン派音楽伝統を拒絶し己の音楽的思考のみを純粋に拠り所にしたGouldのBach演奏の(そしてGouldへの明らかなアンチテーゼとしてのシフらの)影響のいずれも感じられません。もちろん、J.MacGregorがそうしたように、Pesciaも幼少時からの数十年に及ぶBach探求の際に、ルネサンス・バロックにまで遡る後半な歴史的背景を探求した上で、自分の演奏を組み上げていったでしょう。しかしながら表現された音楽の姿は例えばLeonhardtのそれのように遥な過去から現代を鳥瞰する風情よりは、あくまで現代から未来に生きるBachであり、それがBach音楽が現代のあらゆる音楽(現代音楽、ジャズ、ロック、ポップス?etc)の紛れも無い基礎でもあることを逆に実感させる結果になっていることは、今回密かな驚きです。A.BacchettiのGoldbergでも似たような実感を持ちましたが、平均律でこういった実感を得たのは初めてであり、特にこの平均律2巻の今まで知らなかったポテンシャルを知り得たのは自分にとって大きな収穫でした。2巻に比較すると、1巻は曲そのものがあまりに馴染み過ぎるからと、2巻ほどに多声的要素が強くないためか、2巻の演奏ほど新鮮な印象はありませんでしたが、これも若い世代としては群を抜く技術と構築性を備えた良演奏です。実はこのCDを聴き始めて以降に、興味が湧いたのでPesciaの過去の録音、2003年のGoldbergを購入して聴いてみたのですが、15年前(28歳時!)の演奏は、Goldbergの表層を撫でただけのような内容の薄いものであっただけに、この15年間のPesciaの充実、深化は改めて驚異的と思いました。決して完璧な傷の無い演奏ではありませんが、それを補って余りある新鮮な魅力と、未来のBach演奏への限りない期待を提供してくれる平均律として、多くの音楽ファンにお薦めしたいと思います。

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     2019/08/28

    Rudolf Lutz/J.S.Bach-Stiftung St. Gallenのカンタータ第15集。まずBWV36「喜びて羽ばたき昇れ」は、2部構成で規模はそれほど大きくないながら、曲自体が美しいクリスマス・カンタータの名品ですが、Rudolf Lutzらの演奏は曲の本来の魅力を損なわない、素直で忠実な再現であり好感が持てます。しかも、演奏者の技量的にも、明らかにS.Kuijkem盤と同等、ひょっとするとGardinerやKoopmanを越えてるかもしれず、この曲に関してはOVPP以外では現在第一にお薦め出来る演奏かもしれません。BWV168「務めの報告をいたせ!と轟く雷の声」は一転して罪の恐ろしさを訴えるカンタータですが、冒頭曲の付点リズムと跳躍音程が非常に効果的な名曲であり、Rudolf Lutz/らの演奏は重々しくなりすぎず生命感に溢れた音楽の喜びを伝えながら、同時に堅実で歌詞内容に則した素晴らしい演奏であり、これもS.KuijkemのOVPP盤と並ぶ現在ではイチ押しの演奏と言えるでしょう。最後のBWV166「汝いずこに」は復活祭カンタータの一つで有名曲ではありませんが、Rudolf Lutzの再現はどちらかといえば地味な音楽の一つ一つに丁寧に向き合い、その魅力を確かな技量によってしっかりと伝えてくれる好演です。3曲いずれも指揮者・演奏者の高度な技術と誠実な解釈が顕著な良演奏ばかりであり、すべてのJ.S.Bachファンにお薦めする価値のある盤と思います。

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     2019/08/25

    Rudolf Lutz/J.S.Bach-Stiftung St. Gallenのカンタータ第14集。今回の3曲はいずれもとびきりの有名曲ではありませんが、演奏の質で言えば、これまでのRudolf Lutzらのカンタータ・シリーズ中でも特に成功した盤ではないでしょうか。まず、J.S.Bachのライプツイヒ一年目に、市参事会式典のために作曲した大規模なBWV119「エルサレムよ、主を誉め称えよ」は、厳密には世俗カンタータとの境界域にある作品ですが、世俗の祝典作品らしく屈託の無い華やかで明るい音楽に満ち溢れており、Rudolf Lutzらの高度な技量をベースにした、生命感のあるリズム・テンポによる新鮮な演奏が、過去のいずれの演奏よりも素晴らしい名演奏を生み出しています。次のBWV163「各々に各々のものを」は、一転して独唱主体にしたどちらかといえば、派手さのない沈痛なヴァイマール・カンタータですが、小規模な作品の集合ながら、一品一品にしみじみとした美しさが溢れており、演奏はそのさりげない美しさを蔑ろにせずじっくりと表現しています。この曲も鈴木雅明やLeusingなど、過去の複数の演奏(すべて聴いたわけではありませんが)を上回る好演と言えそうです。最後のBWV93「ただ神の御心にまかすもの」も、小規模ながらK.Richterの好演があり、それ以上に第4曲の二重唱がオルガン用の「シュプラー・コラール集」に編曲されて親しまれる名曲ですが、これも現在のピリオド楽器による演奏としては技術的・質的にトップクラス、しかも決して独りよがりの再現でない、曲の魅力に寄り添った謙虚な好演です。全体として3曲すべてが、現在この団体がピリオド楽器によるカンタータ・シリーズとしては、質的にトップであることをはっきり示す演奏であり、多くのJ.S.Bachファンにお薦めして差支えない盤と思います。

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     2019/08/23

    Rudolf Lutz/J.S.Bach-Stiftung St. Gallenのカンタータ第13集。今回は、コラール・カンタータ中でも規模の大きいBWV20を冒頭に、規模は大きくないが名作の一つとして名高いBWV13、知名度はこの2曲に劣るBWV103が続く構成です。まずBWV20「永遠、そは恐ろしき言葉」は大規模な序曲で始まる2部構成の壮麗なカンタータですが、その外見上の華やかさとは裏腹に、テキストはどちらかといえば屈折した複雑な内容をはらんでおり、この屈折した内容とBachの美しい音楽をどのように折り合って再現するか、が一筋縄ではいかない困難さを生み出します。過去の演奏でも、S.Kuijken含めて、これはと言える決定盤はないでしょうが、今回のRudolf Lutzの演奏も、曲の真価を十分に発揮した演奏とまではいかないかもしれません。ただそれでも、器楽、声楽いずれも、過去のピリオド演奏の中では、疑いなくトップレベルの再現であり、控えめにみても好演とは言えるのではないでしょうか。BWV13「わがため息、わが涙は」は疑いなく名作の一つであり、Richter, Kuijkenいずれも非常な名演を残しています。今回のRudolf Lutzらの演奏が、(特に表現の深さにおいて)過去の名演奏を越えられていないのは致し方ないでしょうが、それでも演奏技術・解釈いずれも平均を越える演奏であることは確かです。なお、このBWV13では終結コラールでも合唱の使用が避けられており、Rudolf Lutzらには珍しく、ほとんどOVPP形態での演奏になっています。最後のBWV103「汝等は泣き叫ばん」は決して広く知られた曲ではありませんが、Rudolf Lutzの演奏は質的にこれまでのどの演奏者にも負けない上質のものであり、これは文句ない良演奏です。今回、すべてが最上とは言えないかも知れませんが、現在得られる最もレベルの高いカンタータ演奏として、多くの方に十分お薦め出来る盤と思います。

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     2019/08/16

    恥ずかしながら、H.Scheidemannの作品をまとまって聴くのは初めてですが、作品・演奏ともに非常に質の高い盤と思いました。Frescobaldiの同時代人で、Sweelinckの高弟であったScheidemannのオルガン作品は、Sweelinckと同様、非常に堅固な音楽構築に北ドイツーフランドル特有の豊かな幻想性を纏わせ、外見上の華やかさとは無縁の、あくまで教会音楽としての深みを追求していきます。こういった構築性の高い音楽の再現において、現在Bernard Foccroulleの右に出るオルガニストはなく、期待通り、一点一画をも揺るがせない明瞭な演奏を聴かせてくれます。Foccroulleの演奏としては、どちらかといえば少し前(20年くらい)に属するからか、近年のフーガの技法などよりは、やや自由で開放的な雰囲気の演奏(それほど緊張感の高くない)ではありますが、これは作曲家の初期ドイツバロック・オルガン音楽としてのある種の初々しさに適合する演奏を(あるいは)意図したせいかも知れません。いつものFoccroulleらしく、力ずくでねじ伏せるようないかめしい部分が一切無い、隅々まで穏やかな演奏なのですが、今回は特に随所に花開くような美しい瞬間がいくつも用意されており、長時間の演奏であるにも関わらずいつのまにか聞き通してしまいます。いずれにせよ、J.S.Bachに至るバロック・オルガンの重要な巨匠の真価を十二分に堪能できる良演盤として、多くの方にお薦め出来ると思います。例によって、Foccroulleによる解説もきわめて誠実で充実しています。

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     2019/08/15

    The Orlando ConsortによるGuillaume Dufay演奏は、自分の知る限り2006年のMedieval Christmasの中の有名な新年のシャンソン”Ce jour de l’an”(本盤には含まれていない)と、2008年Paul Hillierの指揮のもとMachautのMesse De Nostre Dameを歌った名盤「Scattered Rhymes」の中のモテット”Ave Regina Celorum”の二つしかありませんが、特に後者、Dufay晩年の名作の演奏は、Cantica Symphoniaのそれに優るとも劣らない圧倒的な名演奏であったと記憶しています。従って今回の盤は、彼らのDufay演奏集としては、初めての本格的なものになる訳ですが、流石に他の団体の同様の盤(シャンソン集はDufay録音としては比較的多い)とは一味も二味も異なるものとなっています。まず、録音全体の制作企画を仕切っている(と思われる)のが、現在の世界の古楽研究においてDufay作品の系統的研究を打ち立てたDavid Fallowsであり(もう80歳近い高齢であるにもかかわらず、歌詞の英訳まで自分でやっておられる!)、彼がDufay作品の標準的資料であるH.Besseler全集(1964)を1995年に校訂した最新版を使用しているのが何よりの特徴。シャンソン集としての選曲も他の盤と異なり、あの記念碑的なロンドン中世アンサンブルによる世俗音楽全集(1980)では、不十分なテキストとして器楽演奏のみであった、”La dolce vista” ”Helas, et quant vous veray” ”Belle, que vous ay je mesfait?”などは、最新の校訂により欠落部を補完して声楽演奏がなされています。これ以外の選曲、その演奏についても、決して他の盤のように馴染みやすい有名曲が優先されておらず、Fallows/Orlando Consortの学術的考察を経ての選曲と演奏であることが、Fallowsによる簡潔であるが詳細なライナーを読むとよく解ります。そしてThe Orlando Consortによる演奏は、器楽を一切加えず、低音声部まですべて男声歌唱によって演奏し切っており、通常器楽伴奏を加えることがほとんどのDufay/シャンソン集としては、相当に印象が異なる。器楽を付加したり、また女声が加わったりすると、ただでさえこの当時(1400年代!)随一のメロディメーカーであるDufayの曲の愉しさ、親しみやすさが、ある種の軽さも伴って否が応でも強調されるのですが、この盤には凝った選曲のせいもあって、演奏はひたすら重厚で現代的な愉悦澗はあまり求められません。しかしながら、中世音楽からの正統的な後継者であるDufay作品の重みは、他の盤以上に十分感じられ、決して気軽に聴き流せませんが、解説を読みながら聴くとこの盤の企画者・演奏者の意図がしっかりと伝わってくるきます。そして何より、現在男性のみによる声楽アンサンブルとしては、古楽界において比類なきThe Orlando Consortの高い技術力が素晴らしく、このような多声音楽としてはどちらかと言えば軽めの作品集であっても、すべての声部がクリアで線的対位法の醍醐味を十二分に味わわせてくれます。ただでさえ地味なDufay作品集のなかでも、一見さらに地味な佇まいの演奏ですが、その高い質の演奏内容と、ここでしか聴けない貴重な曲、D.Fallowsによる貴重な解説(英文)の故に、中世・ルネサンス音楽を愛される方には、お薦めしたい盤と思います。

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     2019/08/04

    The Tallis Scholarsが、Josquin、Palestrinaと共に、レパートリーの3本柱とする、自国イギリスのルネサンス音楽、中でもTavernerはMissa Gloria tibi Trinitasを2回も録音していることから、特に愛着を持っている作曲家なのでしょう。Josquinより数十年あとの時代であるTavernerは、フランドル楽派の非常に練れたポリフォニーを基礎に、英国独特の夢見るような上声部の旋律と、強烈に甘いハーモニーを軸に、一瞬たりとも濁りの無い音楽であり、このような作品における演奏はThe Tallis Scholarsのまさに独壇場と言えるでしょう。あまりにも響きの良さが勝ってしまうこの時代のイギリス・ルネサンスの特徴として、JosquinやOckeghemの、あくまでも厳格な多声構造による、強烈な表現力は一歩も二歩も譲るところはありますが(これらフランドル楽派の巨匠に匹敵する作曲家としてはW.Byrdを待つことに)、それでも大陸の作曲家にはない、極上の美しさを備えた名品であり、それをThe Tallis Scholarsが同国人としても情熱を込めて歌い上げています。正直申し上げると、このようなスーペリウムの旋律が有意になる作品として、現在のThe Tallis Scholarsは、やや女声部の精緻さが以前に較べると劣っており、満足できない部分もないではありませんが、それでも世界最高レベルであることは変わりないので、ここに文句をつけるのは贅沢の極み、というものなのでしょう。イギリス・ルネサンスの貴重な名品を上質な演奏で堪能できる機会として、多くの古楽ファンにお薦めできる盤と思います。

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