トップ > My ページ > Tan2 さんのレビュー一覧

Tan2 さんのレビュー一覧 

検索結果:91件中1件から15件まで表示

%%header%%

%%message%%

  • 0人の方が、このレビューに「共感」しています。
     2021/04/23

     岡田暁生さんが一般向けの新書本として書いた「目から鱗が落ちる」本の中の1冊。よくある「作品史としてのオペラ史」ではなく、いわゆる「プロトタイプとしてのオペラ」つまり「豪華絢爛、上流社会の紳士淑女、社交界、天井桟敷の通たち」といった「ヨーロッパ社会における場・空間としてのオペラ」の形成の歴史とその末路を追った意欲作である。
     日本では、オペラは敷居が高く、クラシック音楽の中でもとりわけ「難しい」と考えられ、コアな「通」を除くとファンの数はそれほど多くない。上演機会が少ない、仮に上演があってもチケットが非常に高いということもある。ただ、それ以上に、タキシードやイヴニングドレスなどの正装に身を包んだ「上流社会」の雰囲気や、ワーグナーに代表される「総合芸術」という高尚さが、生半可な知識や興味では近寄りがたい「格調の高さ」を形成しているからだろう。
     この本では、そういった「オペラ的なもの」がどのように形成されていったか、19世紀後半の民族の自覚と「後進国の国民オペラ」の持つ政治性などについても触れて行く。そして20世紀にはオペラは「オペラらしくない」様相を呈し、伝統的な「娯楽」オペラの世界は映画に移っていく。そういった「流れ」を、岡田氏は「オペラの運命」というタイトルに込めたようである。
     オペラを楽しむ人も、これからオペラというジャンルに足を踏み込んでみようかと思っている人も、一度「全体を俯瞰した」この本を読んでみてはいかがでしょうか。新しい「視点」が得られると思います。

    0人の方が、このレビューに「共感」しています。

    このレビューに共感する

  • 0人の方が、このレビューに「共感」しています。
     2021/04/19

     う〜ん、どこが「科学」なのでしょうか。タイトルからすると、一見「これさえ知ればだれでも作曲ができる」という「科学的法則」が出て来そうですが、残念ながらそういうものではありませんでした。サブタイトルに『美しい音楽を生み出す「理論」と「法則」』とありますが、そんな内容にはなっていません。
     第1楽章『作曲は「足し算」である』〜これは横に流れる旋律やリズムのこと。
     第2楽章『作曲は「かけ算」である』〜これは縦に積み重ねられた「和声、和音」のこと。
     第3楽章『作曲のための「語彙」を増やす』〜これは「いろいろな楽器を知ろう」ということ。
     第4楽章『作曲の極意』〜既存の曲も参考に、まずはやってみろ!
     これで作曲が出来たら、苦労はないと思います・・・。
     いかに「科学の一般向け啓蒙書」のブルーバックスであっても、やはり「たった1冊で作曲できるようになる」ことの啓蒙は無理なようで・・・。

    0人の方が、このレビューに「共感」しています。

    このレビューに共感する

  • 0人の方が、このレビューに「共感」しています。
     2021/04/19

     ピアニストであり、かつ物書きでもある青柳いづみこさんの、ピアニストであることにこだわった1冊。つまりは「自分自身」を肴に書いた本です。私も少しはピアノを弾きますが、ピアノを弾く人には非常に参考になり、プロとしての見方や考え方、ああそんなこともあるのか、といったことが満載です。「テクニック」といったせこいレベルではなく、「音楽の捉え方」とか「音のイメージ」という点で。
     ピアノを弾かない方でも、ピアノ演奏を聴いて楽しむときに、ピアニストはどんなことを考えているのか、どんなことを気にしているのか、それが演奏にどう関係するのか、といったことを想像する上で役に立つと思います。一種の「裏の事情」ということで。
     ところどころに挿入された「コラム」が、ピアニストの「本音」の部分に触れていてとても面白い。

    0人の方が、このレビューに「共感」しています。

    このレビューに共感する

  • 0人の方が、このレビューに「共感」しています。
     2021/04/18

     ご自身がピアニストである青柳さんの書く文章はどれも非常に面白い。
     一流のピアニストから見た他の一流ピアニストの姿、その中の何人かは実際の交流もあったわけで、そういった「裏の顔」や「同業者としての推測」も含めて興味深く読める。特にマルタ・アルゲリッチの「ソロの孤独」では、ある時期以降室内楽やピアノ・デュオは弾くがソロをめったに弾かなくなった気持ちの推測にも触れておりなかなか興味深い。また、青柳さんの師であるピエール・バルビゼを通して語られた早世したヴァイオリン奏者クリスチャン・フェラス(バルビゼとデュオを組んでいた)の話もなかなか興味深く読んだ。
     音楽を一段二段深く掘り下げて聴くための「着眼点」をいろいろ与えてもらえる貴重な本である。(この本は、もともとが白水社から2005年に出版された単行本の文庫版である)

    0人の方が、このレビューに「共感」しています。

    このレビューに共感する

  • 0人の方が、このレビューに「共感」しています。
     2021/04/18

    ピアニストで日本ショパン協会の理事であり、一流の物書きでもある青柳いづみこさんによる2015年の第17回ショパン・コンクールの密着ドキュメント。
     スポーツと違って、音楽コンクールは「審査員の採点」によって結果が決まるため、その基準や判定結果には常に「不明」なものがつきまとう。そもそも審査員は「客観的」に審査しているのか、そもそも音楽や演奏における「客観性」などあり得るのか? 「優勝」と「2位以下」では、その扱いが大きく異なることになるので、その辺が大いに気になるところである。
     そういった点で、ご本人がピアニストであり、審査員の多くと「仲間」としてお付き合いのある青柳さんの書くことは、事実や本音に近い「実態」に迫っているのもと思われ、非常に興味深く読んだ。
     とはいっても、それでも多くの疑問点やもやもやは残り、そういったものに青春を賭けないといけない若手音楽家たちに心が痛むし、そこにうごめく(であろう)音楽ビジネスや「大衆人気」のようなものも心に引っ掛かる。(「良いものは良い」はずなのに、「コンクール入賞」の箔が付くと出演機会やギャラが大きく変わるのだろう)
     本来であれば2020年に開催されるはずの第18回ショパン・コンクールも、コロナの影響で今年2021年の秋に延期されたが、予備審査も遅れているようである。今からでも間に合うので、この本を読んで、予備知識なりコンクールの裏側に思いをはせながら、同時進行するコンクールを注視してみてはいかがでしょうか。

    0人の方が、このレビューに「共感」しています。

    このレビューに共感する

  • 0人の方が、このレビューに「共感」しています。
     2021/04/18

     岡田暁生さんの「目から鱗が落ちる」本の中の1冊。「音楽は好みだ、好き嫌いだ」「好みは感性だ」「どう聴こうが人の勝手だ」とよく言われ、好みや感性を共有する人との会話は楽しいものだが、他人と本当の意味で音楽を共有し合うのは難しい。自分の音楽との接し方も、気分次第で一定しない。しかし、と氏は言う。「紅茶を楽しむ習慣を持たない人にとっては、ひとつの銘柄は他と似たり寄ったりの味に思える。しかし、洗練された味を探すだけの暇と意思と機会を持てば、本当の鑑定家になり得る」といった例を出して。「ワイン」や「日本酒」などもそれに近いのかもしれない。
     そのための「音楽の聴き方=聴く型」や「音楽を語る言葉」「音楽を読む(その音楽の背景や作られ方など)」、さらには「再生して聴く」というだけの受動的な態度だけではない「音楽をする」(自分で演奏する、積極的に聴きに出かける、参加するなど)という能動的な行動様式などにも触れている。
     自分はどのように音楽に相対しているのか、どのように接したいのか、接していけばよいのかなど、いろいろなことを考える良いきっかけになった1冊である。
     あなたも、自分の音楽の聴き方、接し方、自分にとって音楽とは何なのかを、この本をきっかけに一度振り返ってみてはいかがでしょうか。

    0人の方が、このレビューに「共感」しています。

    このレビューに共感する

  • 0人の方が、このレビューに「共感」しています。
     2021/04/14

     この本は決して「入門書」とか「分かりやすい解説書」の類ではない。逆に、かなりクラシック音楽を聴きこんだ愛好家が、300年のヨーロッパ音楽を捉え直して再整理し、「クラシック音楽の大きな流れ」を大局的につかみ直すための本だと思う。個別の作曲家や代表的な音楽を聴きなじんでいる、それらに対する自分なりの位置づけや評価をすでに確立している人が読む本なのだろう。
     そういった予備知識をもってこの本を読むと、帯にあるように「流れを一望」できて、自分なりに納得できる「クラシック音楽史」を形成できると思う。それが「正しい」とか「教科書通り」ということではなく、あくまで「自分にとってのクラシック音楽史」ということで。その意味で、音楽愛好家の一人一人が「自分にとってのクラシック音楽と何か」「自分は何故この音楽を聴くのか」を問うときに、この本は非常に大きな啓示と道しるべを与えてくれると思う。
     さらにいえば、副題に『「クラシック」の黄昏』とあるように、著者は現代における「クラシック音楽の聴かれ方」は、「黄昏」もしくは「既に終わっている」と位置付けているようである。つまり「過去の音楽しか聴かない」ところに「音楽史」などできようがない、ということ。それでは、20世紀後半、そして21世紀のクラシック音楽は、どのような歴史を形成していくのだろうか。

    0人の方が、このレビューに「共感」しています。

    このレビューに共感する

  • 0人の方が、このレビューに「共感」しています。
     2021/04/14

     中山右介さんの「戦争交響曲〜音楽家たちの第二次世界大戦」(朝日新書)の続編ともいうべき本であり、ここでは第二次大戦後の「東西冷戦」の中での音楽家の生きた足跡が書かれている。
     中山右介さんの本は、「点」としてバラバラに持っている知識を、線あるいは面、さらには立体的な複合的視点へとレベルアップしてくれるものが多い。漠然と知っているだけの情報を、いろいろな視点から眺め直すことで、新たな側面や気付かなかった意味があることに気づかされる。
     この本もそんな中の一つで、話の展開軸はアメリカとソビエトによる「冷戦」。その中でも、「西」の代表としてアメリカのバーンスタイン、「東」の代表としてソビエトのムラヴィンスキー、東西分裂国家となったドイツのカラヤンといった指揮者を中心に話が進んで行く。今から思えば、何という面倒くさい世の中だったのだろうということになるが、そういった国家・社会の威信をかけて「芸術家」が利用され翻弄される20世紀社会であったということだ。音楽家も大変な「重荷」を背負わされていたことになる。そんな時代の記録として、後世にも語り継がないといけない「歴史」なのだろう。
     この本も、他の中山さんの本と同様に、初級者を卒業してひととおりクラシック音楽の常識を持った愛好家が、自分の持っている個々バラバラの音楽に関するエピソードや見識を時間順に、そしてそれら相互関係を体系的に整理するため本だということになるだろう。何も予備知識なしに読むのはちょっと辛いかも。

    0人の方が、このレビューに「共感」しています。

    このレビューに共感する

  • 0人の方が、このレビューに「共感」しています。
     2021/04/14

     中山右介さんの本は、「点」としてバラバラに持っている知識を、線あるいは面、さらには立体的な複合的視点へとレベルアップしてくれるものが多い。漠然と知っているだけの情報を、いろいろな視点から眺め直すことで、新たな側面や気付かなかった意味があることに気づかされる。
     この本もそんな中の一つで、「音楽家」という一種の「浮世離れした存在」も、実は歴史の流れの中では過酷な現実の中で様々な毀誉褒貶をくぐり抜けなければならないことを知らしめてくれる。ある者は矜持を保つことで権力や社会から迫害され、ある者は芸術や伝統のためにやむを得ず(あるいは進んで)権力に迎合する。何が正しいかなどと軽々しくは断罪できるものではない。
     この本は、暦年形式で時間が進行する中で、100人近い音楽家(作曲者、指揮者、演奏家など)の身に何が起こったか、その中でどのように決断して行動したかを淡々と記述していく。ある意味で単調ともいえるが、読者はそれらの音楽家のことをある程度は知っているという前提で書かれているのだろう。その意味で、初級者を卒業した「音楽愛好家」が自分の持っている個々バラバラの音楽に関するエピソードを時間順に、そしてそれら相互関係を体系的に整理するため本だということになるだろう。何も予備知識なしに読むのはちょっと辛いかも。

    0人の方が、このレビューに「共感」しています。

    このレビューに共感する

  • 0人の方が、このレビューに「共感」しています。
     2021/04/14

     これは非常に面白い着眼点で書かれた本です。通常、我々が作曲家のエピソードを「点」として把握し、その作曲者の生涯の中でそういった「点」をつなぎ合わせて前後関係を「線」にするのが精いっぱいで、通常の理解はせいぜいそこまでで終わってしまいます。また、他の作曲家や演奏家との交流があるにしても、その「線上」のエピソードの一つに過ぎません。
     しかし、この中山右介さんの本は、たくさんの「個別の作曲家の動線」があちこちで交差して「面」を描いていたという視点を提供してくれる点で画期的です。シューマンとメンデルスゾーンの交友は有名だし、シューマンが駆け出しのショパンを「諸君、帽子を取りたまえ。天才だ!」と批評したのも有名ですが、それにとどまらずに、同時期のパリやベルリンやドレスデンに、リストやワーグナーや、はたまたベルリオーズまで登場し、同じ場所にいたりニアミスしていたりと、実にいろいろなことがあったのだということが分かります。確かに1830〜1850年という限られた期間の、ヨーロッパ主要都市の音楽界という狭い社会であれば、そんなことが起こっていても不思議はないことにあらためて気づかされます。
     そんな中で相互に触発されながら次々にいろいろな音楽が生み出され、作曲家同士も互いにリスペクトしたり対抗心を持ったりしながらダイナミックに発展していったことを思いつつ、音楽に耳を傾けるのも一興かと思います。

    0人の方が、このレビューに「共感」しています。

    このレビューに共感する

  • 0人の方が、このレビューに「共感」しています。
     2021/04/14

     現代日本におけるロシア文学界の権威である亀山先生による、スターリン時代のソビエトにおける芸術家たちの活動の記録です。その中の1章が「テロルと二枚舌〜ショスタコーヴィチの闘い」に充てられています。
     内容は、スターリンからの批判に「答えた」とされる交響曲第5番から説き起こし、その批判の対象となった「ムツェンスク郡のマクベス夫人」の何がスターリンに嫌われたのか、批判を受けて撤回した交響曲第4番とはどんなものだったのか、「批判に答えた」とされる交響曲第5番に引用・埋め込まれた「秘密」などについて論じています。
     先生は1994年に初めてショスタコーヴィチの音楽に向き合ったそうなので、2002年に発表されたこの本で、音楽が専門ではないながらここまで深く議論を進めていることには驚きです。根っからの音楽好きと、ロシアの歴史や文化や人間性に(もちろん言語にも)精通された先生のなせる業なのでしょう。
     先生はこの本以降さらに深く広く音楽を聴き、内外のショスタコーヴィチの研究や文献にあたられて、その集大成として2018年に「ショスタコーヴィチ〜引き裂かれた栄光」を公表されています。ショスタコーヴィチが目当てなら「ショスタコーヴィチ〜引き裂かれた栄光」の方をお勧めしますが、それ以外のスターリン時代の芸術家として、小説家、詩人、映画監督(セルゲイ・エイゼンシテイン)などにも興味があれば、ぜひこの本もお読みになってはいかがでしょうか。
    (星の「マイナス1」は、ショスタコーヴィチ以外は興味の対象外であったから)

    0人の方が、このレビューに「共感」しています。

    このレビューに共感する

  • 0人の方が、このレビューに「共感」しています。
     2021/04/13

    月刊誌「レコード芸術」に「傑作?問題作?」というタイトルで連載されていたものを単行本としたもの(吉田秀和賞、サントリー学芸賞を受賞)を、さらに文庫化にあたって「日本之巻」と「世界之巻」にまとめ直したものです。著者の片山氏はCDレーベル Naxos からシリーズで出ている「日本作曲家選輯」を企画している仕掛人であり、日本の近代・現代クラシック音楽について語らせたら右に出る人のいない通です(でも専門は政治学者)。
     その語り口は「世界之巻」にも生きており、片山先生が展開する音楽論・演奏論がつまらないはずはありません。
     ただ、雑誌記事の「まとめ直し」なので、一貫した息の長い議論でもないし、ひとつの視点から全体を概観したものでもありません。その点で僭越ながら「マイナス1」。
     片山先生には、まずは「日本の近代・現代クラシック音楽史」に関する首尾一貫した著作をお願いしたいと思いますが、その先にさらに「世界のクラシック音楽の現代史」に関する著作も、ぜひお願いしたいと思います。

    0人の方が、このレビューに「共感」しています。

    このレビューに共感する

  • 0人の方が、このレビューに「共感」しています。
     2021/04/13

    月刊誌「レコード芸術」に「傑作?問題作?」というタイトルで連載されていたものを単行本としたもの(吉田秀和賞、サントリー学芸賞を受賞)を、さらに文庫化にあたって「日本之巻」と「世界之巻」にまとめ直したものです。著者の片山氏はCDレーベル Naxos からシリーズで出ている「日本作曲家選輯」を企画している仕掛人であり、日本の近代・現代クラシック音楽について語らせたら右に出る人のいない通です(でも専門は政治学者)。従って、その「日本之巻」がつまらないはずはありません。
     ただ、雑誌記事の「まとめ直し」なので、一貫した通論・通史でもないし、ひとつの視点から全体を概観したものでもありません。その点で僭越ながら「マイナス1」。
     片山先生には、ぜひ「日本の近代・現代クラシック音楽史」に関する首尾一貫した著作をお願いしたいと思います。

    0人の方が、このレビューに「共感」しています。

    このレビューに共感する

  • 0人の方が、このレビューに「共感」しています。
     2021/04/13

    ドビュッシーは、近代フランス音楽にとどまらずに20世紀の音楽に大きな影響を与えた作曲家にもかかわらず、その生涯や音楽の成り立ちなどについてきちんとまとめられた一般向けの本は少ないです。全く傾向の異なるラヴェルと一緒にされて「印象派」というレッテルで片付けられることも多いです。もっとも、身勝手な女性遍歴(生涯に2人の女性を自殺未遂に追い込んでだ)など、その伝記はあまり「文部科学省推薦図書」にはなりにくいとは思いますが。
     その意味で、この本は一般向けのドビュッシーへの道案内として優れた好著だと思います。
     ドビュッシーの生涯にはいろいろ「へぇ〜」があり、9歳の時に最初にピアノを習ったモテ夫人は詩人ヴェルレーヌの義理の母(ヴェルレーヌの妻がモテ夫人の娘)だとか(その後ヴェルレーヌ、ボードレール、マラルメなどの詩人と交友することになる)、パリ音楽院の学生時代にアルバイトでロシアの資産家未亡人フォン・メック夫人(チャイコフスキーのパトロンとして有名)一家の夏の旅行中の家庭教師を3シーズンも務めるなど(フォン・メック夫人はドビュッシーの作品をチャイコフスキーにも送って意見を求めたらしい)。
     そんなこんな、ハチャメチャで波乱に富んだ人生から、あの響きが作り出されたのだと考えると、音楽と人生が深くかかわっていたことにあらためて気付かされます。
     この客観的な評伝と、ピアニストの青柳いづみこさんの中公文庫「ドビュッシー〜想念のエクトプラズム」を併せて読むことで、内面・無意識の世界にも立ち入ったドビュッシーの宇宙をより深く立体的に捉えることができると思います。

    0人の方が、このレビューに「共感」しています。

    このレビューに共感する

  • 0人の方が、このレビューに「共感」しています。
     2021/04/13

    ピアニストで優れた物書きでもある青柳いづみこさんによるドビュッシーの評伝です。学者でも評論家でもない、まさしく「演奏家」の立場から(といってもかなり「学者」的視点ではある)、ドビュッシーという人間とその作品に切り込んでいる名著だと思います。青柳さんの「ドビュッシー愛」がにじみ出ています。
     ドビュッシーについては、一般向けの評伝として松橋麻利さんの著作(音楽之友社の「人と作品シリーズ」)があり、こういった「客観的評伝」と併せて読むと、ドビュッシーに対する「立体的」なイメージが出来上がると思います。その意味で両方をお読みになることをお勧めします。
     特に、晩年のドビュッシーが意欲を持っていたエドガー・アラン・ポーの原作に基づくオペラ「アッシャー家の崩壊」については、ほとんど手付かずなので松橋さんの著作ではほとんど触れられませんが、この青柳さんの著作では結構執念深く追跡されています。そういった「ドビュッシーの内なる意欲」や「執念」にこだわって迫っているのがこの本の特徴と言えるかもしれません(この本の副題はそんな意図で付けられているのでしょう)。

    0人の方が、このレビューに「共感」しています。

    このレビューに共感する

検索結果:91件中1件から15件まで表示