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NKK さんのレビュー一覧 

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  • 9人の方が、このレビューに「共感」しています。
     2019/07/01

    カタログNo:GS2205、
    交響曲第9番『合唱』 ヴィルヘルム・フルトヴェングラー&バイロイト(1951)(平林直哉復刻 2019年リマスター)入手しました。
    発売予定日よりも、何故かかなり早く配達されました(6月27日土曜日に届きました)。
    早速視聴してみましたが、完璧ですね。今までに色々なレーベルから種々発売されて来たバイロイトの第九ですが、ついに終止符が打たれる完成型のCDが発売されたのです。
    とにかく他のCDとは、情報量が、ダイナミックレンジが、細かい所まで明瞭に聞き取れる分解能力が、全く違います。唯一無二ですね、これは。
    例えば、第一楽章。「足音入り」の純正CDだと、どうにも迫力が足りない。
    とくにティンパニの打音や音量、トゥッティ時の響きの厚みや緊張感など。
    しかし、平林直哉復刻2019年リマスター盤だと、ティンパニの迫力が違う。
    不必要なリマスタリングをしていないおかげで、様々な楽器が奏でる音の情報量が豊だから、他の盤とは楽器の音そのものがかなり違って聞こえる。
    要するに、より生々しくて、表情が濃いのだ。バイロイト祝祭管はピックアップオーケストラだったそうだが、ティンパニ、木管楽器と弦楽器が素晴らしいことが実感出来るだろう。フルトヴェングラー特有の個性的な(天国的な雰囲気とは違う)第三楽章も、さらに濃厚な表情付けが感得出来て、より一層魅力を増している。終楽章の爆発と疾走は言わずもがな。
    今までどこのバイロイトの第九を買って聴いても物足りなかった人、これは本当に「最終型」だと思います。これ一枚買っておけば、他は一切必要無いと私は確信します。

    ちなみに、ノイズも非常に少ないですよ。ここも不思議です。
    へんに弄くっていないのに、ノイズがゼンゼン無い。
    ダイナミックレンジが増大し、なおかつ低ノイズなので、第一楽章の冒頭部分はボリュームを上げないと聞こえ難いです。
    平林氏が、調整された再生環境でお聴き下さいという旨を仰っておられるのは
    そういうことだと思います。

    9人の方が、このレビューに「共感」しています。

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  • 11人の方が、このレビューに「共感」しています。
     2016/09/14

    この私のレビューは、
    最新(2016年09月06日発売、2トラック38センチオープンリール復刻、カタログNo:GS2151)の復刻版CDの「ブラームス交響曲第3番」についてである。他の方のレビューは、数年前の4トラック19センチオープンリールの復刻版CDのレビューであって、2トラック38センチの最新版のことを書いていない。まずそれをお断りしておきたい。
     さて、私は今までに、SONY純正の「マックルーア版」、「音質改善版」、そして平林氏の4トラック19センチ版と聞いて来ていたが、音が痩せ過ぎ・情報量が無さ過ぎ、ダイナミックレンジが狭過ぎの純正CDは話にならないとして(オーケストラがあまりにも少人数過ぎ+下手くそすぎに聞こえてしまっている)、その中で一番音質・情報量がマシだった平林氏の4トラック19センチ版にですら、ダイナミックレンジの幅や金管楽器のヌケ等に不満を感じていた。いつか2トラック38センチものが出て来るだろう、そう期待して待つこと数年。ついに平林氏がやってくれた。非売品の、個人が所有していたらしき2トラック38センチオープンリールから、ブラームスの第3番を復刻してくれたのだ。早速発売日に入手し、試聴してみたが、4トラック19センチ版を足蹴にする素晴らしさである。断然最新の復刻版の方が良い。音質的な特徴、印象は、2016年03月10日に発売された、カタログNo:GS2145「ブルックナー交響曲第4番ロマンティック」とほぼ同じである。純正CDに比べると、若干残響が少ない。音への余計なデジタル加工や、残響の付与などしていないから、楽器の音の分離が良く、細部まで大変鮮明だ。しかも大変生々しい音に聞こえる。ダイナミックレンジも大幅に広がって、トゥッティ時の迫力が素晴らしい。全ての楽章にわたって言えることは、弦楽器群が生々しい音で峻厳に弾いていること、金管楽器群が純正CDのようにヘタッピに聞こえる箇所が無く、非常に力強く吹き抜けていることだ。コロンビア響が、実はこんなに力強く鳴っていたのか、と驚く。しかし、それでも第一楽章の出来映えには幾らかの不満を感じなくは無い。音の分解能力が高まりダイナミックレンジも広がったので、要所要所で迫力はあるのだが、オーケストラが少人数であることがどうしてもバレてしまう。弦楽器群がもう少し人数がいてくれたら、と思わずにはいられない。だが、緩徐楽章である第二・第三楽章はオーケストラの人数の少なさは特にデメリットとして表れていない。第二楽章も、純正CDなどと比べると印象がだいぶ違う。弦楽器が峻厳に、力強く弾いているのがよくわかるのだ。そして、何より驚きなのが終楽章だ。ワルターものの純正CDには、終楽章の録音レベルが何故か一段低く感じられ、トゥッティに迫力が無く、音のヌケも悪く感じられ、結果的に緊張感が足らなく感じられることが幾つもあった。ところが、この平林氏の最新の復刻版CDは、終楽章こそが最も大迫力なのだ。終楽章冒頭の、前奏が終わった後の金管楽器のフォルテには、威圧感がタップリ。その後に続くテーマの、ワルターならではの早いテンポでの疾走は素晴らしい迫力と緊張感だ。ここは、各種楽器が鮮明な分解度で実に細かいところまで聞き分けられるにもかかわらず、オケの人数不足感を全く感じさせない。何かに溶け込んで消え行くような印象の終結部分も、各楽器が精妙なバランスで鳴っていることが非常にハッキリと聞き分けられる。だから印象がまるっきり違う。本当にこの最新復刻版CDは素晴らしい。純正CDで、ここまで聞こえたことは無い。故・カラヤンは、晩年に至っても尚、この終結部分をどういう風に演奏したら良いのかがよく分からず、迷っていたと言われている。実際、カラヤンの晩年のCDを聴いてみても、終楽章には感動を覚えない。が、ワルター氏はやはり別格であった。フルトヴェングラーもここは見事だと思うが、録音がステレオではない。ステレオ録音として残された往年の名匠の演奏の中では、やはりワルター/コロンビアの第3番が永遠の名作だと思う。純正CDが、昔から何故あのような酷い音質なのか全く理解できないが、ようやくスタジオで録音したばかりの音質、つまり、ワルター氏がプレイバックを聴いて最終的にOKを出した録音の質に、限りなく近づいたCDが発売された。正直な話、今まで生きていて良かった、と思う。ワルター氏が満足し残した、本当のブラームスの姿が今になってようやく日の目を見たのだから。秘蔵テープの入手価格はかなり高価だっただろうと思う。このような、ブラームスの第3番を愛する世界中の人たちにとって、まさに宝と言えるCDを、非常に安く提供してくれた平林氏に、この場をお借りして心から御礼を申し上げたい。

    11人の方が、このレビューに「共感」しています。

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  • 10人の方が、このレビューに「共感」しています。
     2016/06/09

    驚愕。コレは、SONY純正のCDとはあまりにも違うので、
    一瞬、別の録音セッションがあったのか?と思う程。
    音質だが、ノイズが無く、非常にクリアーで、
    相当細かいところまで明瞭に聞き取れる。
    (特にドヴォ8の方ですけどね)
    アナログテープに録音された初期ステレオなのに、
    なんでこんなにノイズが無いのだろう?
    (エンジニアの功績?)
    ワルターが弦楽器に非常に細かいニュアンスを与えているのが
    非常によく分かる。
    正直なところ、オケが非常に細やかなニュアンスで精緻に
    鳴っているので、寄せ集めの「コロンビア響」とは信じられない。
    明らかに、通常の寄せ集めのコロンビア響よりも、
    このドヴォ8を演奏している集団はアンサンブルが纏まっており、
    上手な演奏である。
    響きも、下手くそな普段のコロンビア響とは少し違うと思う。
    コロンビア響が、特別演奏会として「ドヴォ8(その他?)」を
    演奏したことがあったと、誰かがどこかに書いていたのを覚えている。
    もしかすると、ソレは記述者の誤記憶で、実体はロスフィルによる
    演奏会だったのかも知れない(ブル9と同じように)。
    ロスフィルなら、寄せ集めのいつものコロンビア響とはメンバーの
    多くが重複しており、響きが似ていてもおかしくない。
    音のヌケが良くなり、響きが豊かに明瞭に聞こえるようになったことで、
    SONYの純正CDではモッサリとしたダレた印象しか感じなかった(出来映えに不満を感じていた)
    終楽章も聴き応えがある演奏に変わっている。

    もう一方のレオノーレ2番だが、こちらも非常にクリアで鮮明。
    隅々まで見通しよく、そして相当力強くオケが鳴っている。
    冒頭のフォルテからして(ティンパニが凄い)SONYの純正CDとは
    かなり異なった印象を与えられる。
    コレも演奏しているのは
    寄せ集めのいつものコロンビア響では無いだろう。
    こちらは、録音年月日が1960年7月ということなので、
    (この年はマーラーの生誕100周年祈念の年で、色々な
     音楽の催しがあった年である。ワルターも高齢の体を
     押して、ウィーンやニューヨークで演奏会を指揮をしている)
    どこかの演奏会を指揮しに行った際に、地元のオケを
    スタジオに入れて録音した可能性が高い。
    昔から思っていることだが、何しろこの曲を演奏しているオケだけは非常に巧い。
    非常に引き締まっていて、揺るぎのないアンサンブルを聴かせており、
    ティンパニ、弦楽器や木管、金管の音もいつものコロンビア響とは
    全く違うのだ。
    印象としては、ニューヨークフィルをやや少人数で演奏しているといった
    印象なのである。
    残響の加減や、オケの配置感というか、音場感というか、それも明らかにリージョンホールとは違う。
    あるクラシック評論家の話だと、「合唱」の録音にワルターがニューヨークを
    訪れた際、「コリオラン」も同時に録られたというのだが、
    ソレが誤記憶なのではないか?と思うのだ。コリオランを演奏しているオケは、かなりの少人数で、アンサンブルが下手くそである。弦やティンパニ、
    金管楽器の音も、いつものあの寄せ集めのコロンビア響と同様に聞こえる。

    ワルターは、「合唱」の最初のセッションの出来が気に入らず、
    後で撮り直しをしたという話もある。
    その時かどうかはわからないが、ワルターがニューヨ−クに
    出て来たときに「コロンビア響」として録音されたものの一つは、
    コリオランではなく、このレオノーレ2番だったのではないだろうか。

    とにかく、この復刻CDに聴く演奏は、普段の寄せ集めのコロンビア響とは
    相当違った印象を感得させられることは事実。貴重な永久保存版だと言えるだろう。

    10人の方が、このレビューに「共感」しています。

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  • 9人の方が、このレビューに「共感」しています。
     2016/03/12

    いやはや、これは驚いた!DSD盤や国内版初期(35DC)などと聴き比べると、印象がだいぶ違うではないか!
    マスターテープをそのままコピーしたと思われる、このオープンリールからの復刻盤は、それら既出のCDに比べて、明らかに残響感が少ない。
    (ワルターの初期LPレコードの各演奏を聴いても、やはり同様に感じる。)
    既出のCDは、やや残響感が多過ぎて、そのせいで細部がボヤけている。ボヤけているからダイナミックレンジが狭く感じられ、トゥッティに緊張や迫力が欠け、異様に温かみのある音響になってしまっている。
    「緊張感が足りない演奏」「響きが明る過ぎる」と評価されてしまっていたのは、
    エンジニアによって人工的に付与された「残響」のせいだったのだ!
    ところが、こちらの復刻盤は、残響感が少なめなことから、音の分解が良い。
    響きも妙に暖かくなることがなく、トゥッティ時の音響に、分離の良さに加えて、緊張と迫力がある。ダイナミックレンジが広がった感覚だ。音そのものも人工着色が無く、オケの生の音そのものという感じがする。
    コロンビア交響楽団は、人数が少なめのオーケストラだった。音響に厚みが足りないのはやむを得ないところだが、指揮者のワルター自身がコロンビア交響楽団をいたく気に入っていたこと、満足のいく録音結果が得られるまで何度も撮り直しをし、「最終稿」をワルター自身が選定していたこと、発売されたレコードを再生して、結果に満足をしていたこと等々を考えると、
    マスターテープに記録されているそのままを「無添加」で商品化するべきで、
    CD化にあたって「エンジニアが勝手に手を加える」ようなマネは一切しないで欲しかった、というのが正直なところだ。既出のCDの音響は、指揮者ワルターが「OK」を出した録音結果とは異なっているのであるから。
    ワルターが「OK」を出し、満足をしていた録音結果と同じもの、
    ソレがこの復刻盤CDである、ということが出来る。

    既出のCDに比べると残響感が少なめなので、ことブルックナーのような宗教音楽にとっては必要と思われる、
    消えていく余韻の中に感得される、
    一種「形而上学的」な、「凄い雰囲気」、みたいな感覚は若干
    薄まっているかもしれない。
    だが、そんなことは重要視するべきではないだろう。本当に重要視するべきことは、「この復刻盤CDの音響こそが、ワルター氏が最終的に満足した録音結果そのものだった」という「事実」なのである。
    平林直哉氏には、この場をお借りして厚く御礼を申し上げたい。

    9人の方が、このレビューに「共感」しています。

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  • 20人の方が、このレビューに「共感」しています。
     2015/11/24

    自宅の訪問者に対し、
    ワルター自身がブルックナーの第九とマーラーの第九の
    ステレオ録音のレコードを再生して聞かせ、
    「どちらも非常に満足している録音だ。」
    という意味の言辞を述べて、
    しごくご満悦な様子だったとの述懐は、
    私も目にしたことがある。

    で、私も皆さんと全く同じように思った。

    新品の(当然、全く劣化していない)
    マスターテープから製作された、
    出来たてほやほやのレコードが、
    そんなに良い音だったとは!と。

    ならば、ワルターの一連のステレオ録音、つまり、
    市場に売られているCDの音源は、どれもこれも皆、
    劣化したマスターテープを用いているのであろうから、
    どんなにデジタル処理を加えたところで、劣化によって
    失われ、やせ細った音響は復元出来ないであろう。

    だから、ワルターのCDは、音の厚みがないとか、
    暖かすぎて緊張感がないとか、オケの質に問題がある、
    とか色々言われてしまっているのであろう、と。

    かつて、ウィーンフィルよりもコロンビア響の方が良いとさえ
    のたまわったワルターである。
    録音の録り直しは何度も行い、完全に満足する出来映えに
    なるまで妥協しなかった、とも言われている。

    だから、どう考えても、
    本当のワルター/コロンビア響の真実の姿は、
    今のCDのあの状態では無かったはずだ。

    是非とも、マスターテープが新品の時に作られた
    レコードを聞いてみたいものだ、と強く思い、
    今回入手したのが、このワルター氏他、音楽関係者にだけ
    少数配布されたという非売品のレコードを音源にした
    復刻CDである。

    確かに、ここに聴く「結果」は驚くべきものだ。
    コロンビア強が、まるで違う。
    迫力、緊張感、音響の厚み、全てが今まで聴いたものと
    全く違うと言って良い。

    ワルターものには、
    オープンリールを音源にした復刻CDも存在するが、
    このマラ9&ブル9のCDは、それと比べても異次元の出来だ。

    マスターテープが新品だった時に、商業用ではなく、
    関係者用として少数、入念に生産されたレコードの方が
    全ての点について良いとは。

    全く、驚愕すべきCDだ、これは。
    これは私の命の次に大事な宝物である。
    私が死んだとき、私はこのCDを墓穴に持っていく。

    20人の方が、このレビューに「共感」しています。

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  • 16人の方が、このレビューに「共感」しています。
     2015/05/18

    断言したい。
    過去〜今日現在までにおいて、
    商品化されている全てのワルター/コロンビア交響楽団の「英雄」
    の中で、このCDが確実に最高の音質・情報量・響きである。

    少なくともこの復刻CDを聴く限り、コロンビア交響楽団が
    極めて少人数なヘタっぴ集団であったとは到底思えない。

    SONY純正のCDよりもずっと響きに厚みがあり、ダイナミックレンジも
    広くて、トゥッティの時の迫力がまるで違うし、
    逆に、ピアニッシモの時でも音にちゃんと緊張感がある。
    上手なオーケストラが、ワルターの指揮に共感しつつ
    真面目に緊張感を持って演奏している、という「雰囲気」
    すら感じられるのだ。

    SONY純正のCDは音が痩せていて、ダイナミックレンジが狭いため、
    トゥッティに迫力がないし、特に、テンポがスローになったところでの
    ピアニッシモには緊張感がまるでない。
    雰囲気が全く無い、非常につまらなく聞こえてしまう部分が
    多数散見されるのだ。だから、オケが指揮者に共感しておらず、
    機械的に演奏しているのでは?と感じてしまう。

    オープンリールのCDと聞き比べてみて確信したのは、
    SONYから発売されている純正のCDは、マスターテープを
    リマスターしたものを音源にしているということだったが、
    私が思うに、SONYが所有しているマスターテープは、
    リマスターした時点で既にかなり劣化していたのではないか?
    ということだ。

    だから響きは量感に乏しく痩せているし、ダイナミックレンジが狭かったのだろう。

    何より、純正のCDを聴くと非常に気に障るのがトランペットだ。
    何か変な音色で、所々で「吹き間違えているのでは?」
    と思ってしまう程のヘンな音色なのだ。
    皆さんも、同じように思っておられるだろう。

    それが、このオープンリールテープから復刻した「英雄」は
    トランペットの音も全く違う。
    吹き間違えたかのように聞こえる箇所もない。


    「オープンリール」という商品が作られた時点において、
    オリジナルのマスターテープは当然ゼンゼン劣化して
    いなかっただろう。

    出来たてホヤホヤの生き生きとしたマスターテープを、
    いわばダビングした形のオープンリールだ。
    丁寧に保管されていさえすれれば、
    「擦り切れるほど使い込まれ、劣化してしまった」
    オリジナルマスターテープよりも、情報が豊かに残されていて
    当然であろう。


    このオープンリールテープから復刻した「英雄」こそが、
    かつて録音会場であったリージョンホールに鳴り響いた
    生のコロンビア響の響きに最も近いと断言して良いと思う。

    この最高で、極めて貴重な音源を格安でCD化し、
    入手の機会を与えて下さった平林直哉氏には、
    この場をお借りして厚く御礼を申し上げたい。

    16人の方が、このレビューに「共感」しています。

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