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mimi さんのレビュー一覧 

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  • 3人の方が、このレビューに「共感」しています。
     2011/05/12

    J.S.Bachの大曲中で、ヨハネ受難曲ほど、様々な意味での課題を抱えた傑作もないでしょうが、第2稿は冒頭合唱にマタイ第1部の終曲、終結合唱にカンタータ第23番の終曲を用い、総譜版にないアリアを3曲使用し、ある意味音響的な華やかさは最も高い版であるかも知れません。異稿の意義や優劣などの議論はさておき、全く別曲と言える程に異なる第2稿ですが、Herreweghe/Collegium Vocale Gentの演奏は、現時点の第2稿のDiscにおいてこれ以上ない名演奏で、ヨハネ受難曲の演奏史上でも特に優れたものの一つではないでしょうか。まず、モダン楽器、オリジナル楽器全て含めて、これ以上に声楽の上質なヨハネはちょっと思い当たりません。ヨハネの要であるEvangelistのMark Padmoreは、いついかなる時にも気品と冷静さを失わず、いかに劇的に切迫した場面でも、決して声が感情的に荒ぶることがなく、凛とした佇まいを保つ。典型的なのが第1部終盤のペテロの否認の場面で、時間をかけて切々と歌い上げていても、その語りには悲しみや怒りといった感情は感じられず、あくまで聖ヨハネの聖句を美しく明確に伝えることに終始する素晴らしい名唱と思いました。これはPadmoreのみならず、他のソリストおよびコーラスにも言えることで、早めのテンポで一見劇的な場面でも、声は決して乱れず、群衆の合唱ですら生の感情をぶつけるような表現は聞かれず、聖句の持つ内容以上のものを込めようとはしていないため、全ての声がまるで教会堂の淡い光輪に包まれたような美しさを湛えています。言うまでもないことですが、これはHerrewegheのヨハネに対する素晴らしい理解と、それを共演者全てに実現させる指揮者としての統率力の功績以外の何物でもありません。とにかくどこをとっても表現に逡巡するような部分がみられないのは、数あるヨハネ受難曲の名盤の中でもそうあることではないと思います。全集版によるBruggenの旧盤と並ぶ名演奏ではないかと思いますが、Bruggenのどこまでも透明で気高い静けさに比較して、このHerrewegheは常に静けさが軟らかい暖かさに包まれています。近年のLassussの名録音でも感じましたが、Herreweghe/Collegium Vocale Gentを凌ぐ古楽合唱団体は存在しないのではないでしょうか。自分は個人的に、ヨハネ全集版も西洋の受難曲史上の最高の傑作と考えるので、無い物ねだりながら、このコンビでヨハネ全集版も録音してくれたら....と思います。

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     2011/04/27

    年齢のことを書くのはゴシップ的で品が無いかも知れませんが、まだ35歳にもならないのに、何と言う完成度でしょうか!A.Bacchettiの驚異的な技巧が端的に判るのは、余白に収められたA.Magdalena Bach音楽帳からの5曲で、ペダルも使用した演奏であるにも関わらず一点の濁りもなく、まるでモダン・ピアノで演奏してるのではないかのような軽やかさと美しさです。Goldberg変奏曲は、基本的に現代ピアノの機能を制限せず、開放的でありながら、全く自由な演奏。各変奏曲の反復のどれ一つとして同じようには演奏はせず、楽想によってテンポも強弱も自在に動かしていながら、殆ど全くしつこさを感じさせないのは、演奏の基幹にGoldbergの柱である低音主題の回帰と発展があくまで厳然と据えられていることと、Bacchettiの演奏が古典派・ロマン派以降のピアノ音楽の伝統に全く囚われないからで、まるでポピュラー音楽や現代音楽を聞いているかのような錯覚を覚える瞬間さえあります。決してバロック音楽としての歴史的様式を強く感じさせるタイプの演奏ではないのですが、演奏者の音楽性と背景を、それが何であれ受け入れてしまう点で、Goldberg変奏曲という類の無い受容力を持つ傑作の魅力を、改めて実感させる演奏と思われました。以前のイギリス組曲では、さすがに様式感の欠如が気になったのですが、今回の演奏については、此れ程美しく楽しいGoldbergは、ひょっとするとGouldの旧盤以来ではないかと思いました。Gouldが亡くなって30年、こうしてGouldの呪縛(正負いずれかの影響)から自由なモダン・ピアノによるBachの名演奏が、ようやく少しずつ現れつつあるのを、心から嬉しく思います。

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     2011/04/27

    ロ短調ミサ1985年、昇天祭オラトリオ1990年、ヨハネ受難曲1991年、復活祭オラトリオ1994年と、ほぼ20~25年前のJ.S.Bachの大曲集です。まず、比較的規模の小さい昇天祭・復活祭オラトリオは、きびきびとしたテンポと活力に溢れた好演で、近年の他の録音と比較しても遜色ないと思われます。最も古いロ短調ミサは、リフキンの歴史的録音よりわずか4年後の、OVPPによるロ短調ミサとしては最も初期に属する演奏で、リフキンによる盤が歴史的重要性はさておき、演奏としては必ずしも後世に残る質とは言えなかったことを考えると、A.Parrott/Taverner Consortの演奏は、歌手陣もKaikby,Tubbを始めとする当時のスターを揃え、おそらくこの演奏方式のロ短調ミサでは実質初めての本格的な盤ではなかったでしょうか。ただ、草分け的な演奏の宿命として、現在のレベルの演奏からすれば、どうしても不満な部分が目に付くのはやむを得ません。特にOVPPの場合、合唱と比較して、各声部間のバランスのわずかなずれも非常に目立ちやすく、スター歌手を揃えても余程指揮者が強力にコントロールしていないと、すぐ多声構造の崩れが露になりやすいようです。ほぼ同年のOVPPでないLeonhardtの、歌手陣にスターを器用していない、驚異的に透徹したバランスと比較すると、演奏の質の差はあまりにも歴然としてしまい、スター歌手の器用がかえって脚を引っ張る結果に繋がったのでは、とさえ思えます。もちろん、まだ若かったA.ParrottをLeonhardtと較べるのは気の毒なのでしょうが、当時のOVPPによるロ短調ミサが、合唱使用のスタイルのレベルにはまだまだ達していなかったのも事実ではないでしょうか。ヨハネ受難曲もこの演奏スタイルとしては、最も初期のものでしょうし、誠実な演奏ですが、この難曲中の難曲の演奏としては、解決しないといけない問題が山ほどありそうです。まずマタイなどと異なり、コラール・アリアよりも群衆のコーラスの比重が大きいヨハネでは、小編成使用による場合、やはり歌手間の乱れ・不統一が聞き進むにつれ、どうしても我慢できなくなってきます。もちろんこれは演奏スタイルの問題というより、いかに指揮者がそこを音楽的に強力にコントロールできるか、だと思うのですが、当時のParrottにここにみるキラ星のようなスター歌手をねじ伏せるのは、まだ荷が重かったのでしょうか。もう一つ、Evangelistの比重が何より重要なヨハネ受難曲において、アリアや合唱のみが浮き上がってしまうのは一番まずいのですが、R.C-CrampによるEvangelistが気品をもった歌唱を聞かせているにもかかわらず、どうしてもややロマン的に激しい合唱やソロの背後に隠れてつなぎのような位置にしか聞えず、これは指揮者のヨハネ受難曲の解釈がまだ十分固まっていない、未成熟な現れと考えられました。とはいえ、OVPPによるヨハネとしては、ロ短調ミサとともに演奏史上の重要性は大きいと思われますし、CD全体としては価格的に非常にお得ではないかと思います。

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     2011/04/06

    「モテット全集」「バラード集」と続いたEnsemble Musica NovaのGillaume De Machautプロジェクトの、おそらく締めくくりのCDと思われ、Machautの「ノートル・ダム・ミサ」を中心に、同時代作曲家のモテットを併録、最後をMachautの死を悼む二重バラードで終えるという構成。これまで14世紀の作品としては、異例な程に録音に恵まれてきた「ノートル・ダム・ミサ」ですが、Kandel/Musica Novaの演奏はこれまでのいずれとも異なります。有名なA.Dellerの録音以来、どちらかと言えば早めのテンポできびきびと演奏されることが多かったのですが、Musica Novaは器楽を加えず声楽のみで押していくにもかかわらず、遅めのテンポでしかもラテン語の発音、反復の際の微妙なニュアンスを意図しながら、あくまで美しくじっくりと歌い上げて行きます。その精緻なこと、緊張感の高いこと、細部の変化の変幻自在なことでは、同じ声楽のみによるHilliard Ensembleの名演奏をすら確実に超えています。Kyrie,Sanctusなどのイソリズムによる部分はもちろんですが、Gloria,Credoのコンドクトゥス部分はこれまでの録音では軽快にあっさりと過ぎるのが普通なのに、Musica Novaの演奏は一歩一歩ニュアンスを克明に描いて、同じ曲を聴いてると思えない程です。同時代のアルス・ノヴァ・モテット他も、この錯綜とした難曲群にして考えられないくらいに美しく精緻であり、David Munrow以来の名演の一つではないでしょうか。現在のEnsemble Musica Novaの恐るべき実力が十分に発揮された名演奏で、疑いなく数ある「ノートル・ダム・ミサ」の録音の最上位に位置づけられる名盤と考えられます。

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     2011/03/30

    個人的にChristoph Roussetは、現存する世界最高のチェンバロ奏者(の一人)であり、同時に世界最高のバッハ奏者と考えています。Roussetのバッハは「W.Friedemanのための音楽帳」以来5年ぶりと思いますが、あの天才的なイギリス組曲・フランス組曲の録音からもう10年、この年月は確実に変化を生んでいるようです。J.S.Bach初期作品集と言えば、2年前のA.Staierの名演が記憶に新しいですが、ほとんど同様の企画でも重複する曲は「旅立つ最愛の兄のためのカプリッチョ」のみ。StaierのCDが初期作品でもどちらかと言えば演奏効果のある華やかな曲が多く、演奏もStaier特有の前古典派に立脚したダイナミズムをはっきり打ち出したものであったのに対して、RoussetのCDはより無名で地味な曲ばかり、有名と言えば上記カプリッチョ以外になく、演奏も曲の構造をゆったりした、どちらかと言えば変化の少ないテンポで克明に描いていくもので、一聴して強い印象には残りません。「旅立つ最愛の兄の...」にしても、Staierが情景描写を様々な工夫によって前面に出して聴かせるのに対し、Roussetの演奏は純粋にバロック・チェンバロ曲としての魅力のみに力点を置いてるようで、面白い演奏とは言えないかもしれません。しかしながら、繰り返し聴くと、この決して傑作とは言えない初期作品群の味が、Roussetのあくまで堅実でしみじみとした演奏によって、少しずつ染み渡っていきます。かってあれ程奔放で天才的な装飾をちりばめて、われわれを圧倒したRoussetも着実に年齢を重ねているようで、それはここ数年のL.Couperin,Frobergerなどの美しい演奏でもすでに明白でした。決して目立ちませんが、第一級のBach初期作品集として、お薦めできると思います。今後Roussetがどんなバッハを聴かせてくれるのか、楽しみに待ちたいですね。

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     2011/03/24

    Gouldより出発し、Gouldの切り開いた現代ピアノによるGoldberg演奏の方向を、ある面で極限まで洗練していった演奏ではないでしょうか。その演奏は、同じくGouldを出発点としたSchiff, Serkin, Feltzman, Schepkin, Stadtfeld, 熊本マリ...といった多くのピアニストの、いずれよりも高次元で完成されていると感じられます。ある意味Gouldそのものより完成度は高いかも知れず、Gouldの演奏に色々な不満を感じる方をも満足させられるかも知れません。ただ、この完成度の高い演奏が、Gouldが成し遂げたもの以上(以外?)のものを、Goldberg変奏曲の再現に賦与しているかどうか、自分には判りませんでした。あくまでピアノでGoldbergを聴きたい方に、これ以上の完成度を持つGoldbergはないことは保証できそうですが....。

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     2011/03/23

    Missa Pange Linguaの新録音は久しぶりでしょうか。このルネサンスを代表するミサ曲は、現在ルネサンス音楽の中で同曲異演盤の比較ができる唯一の曲ではないかと思いますが、初めて聴くKammmerchor Josquin des Prezは、同じく女声を使用するThe Tallis Scholars等と較べて編成がやや多いようで、女声による上声部を中心に各声部が渾然と溶け合う響きを重視した演奏と感じました。個々の声楽家の力量は非常に高いようで、声部が減る部分における清澄さは、ちょっと聴きもの、これだけ響きの美しいMissa Pange Linguaは珍しいかも知れません。一方で各声部間の独立したダイナミックな絡みはやや不明確になる傾向はありますが、これは指揮者の楽曲構成力に起因するかも知れず、それでも一流の再現であることは間違いないでしょう。Pange Lingua以外のMotetは、有名曲はO virgo virginumくらいで、偽作のSit nomen DominiやAve Maria gratia serenaの後半の旋律を誰かが(?)使用したVerbum supernum prodiensなど、Josquin専門の団体らしく、やや凝った選曲ですが、どれも強烈な印象はないものの、堅実で正確な歌唱と思いました。数カ月前にDufay Ensembleの時にも感じたのですが、現在ドイツの古楽合唱団のレベルは本当に素晴らしいですね。

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     2011/03/20

    数あるチェンバロによるゴルトベルク変奏曲の中で、最も優れたものの一つではないでしょうか。一聴したところでは、特に目新しい特徴がある訳でもなく、昨今多い新規(?)の解釈を主張するような所は皆無。しかしながら、二度三度聴き返すにつれ、この演奏の魅力に確実にとらえられていきます。まずチェンバロの音色が、優秀な録音もあいまってこの上なく清らかで美しく、曲集後半に頻出する技巧的なパッセージでも全く濁りがありません。武久源造のGoldbergは、近年よくみかけるピアノによる軽快な演奏をチェンバロに移したような演奏とは対極にあり、一つ一つのフレーズ・リズムを噛みしめ確かめつつ、その音楽の歴史的・文化的意味を明らかにしながら曲を進めていくもの。あくまで地道ですが、これ程にGoldbergの歴史的位置・Bach音楽としての意味を大切にした演奏は、日本はおろか世界でも近年、珍しいのではないでしょうか。反復を省略せず、どちらかと言えばゆったりした印象ですが、これだけ細部が克明に描かれてるにもかかわらず、曲の全体的な構築もほとんどもたれることがなく、一歩一歩着実にGoldbergの壮大な世界が築かれていきます。日本をベースに活躍されてるようですが、自分はその演奏に日本人特有の、といった印象は全く持たず、この奏者がいかに西洋の幅広い地域・時代の音楽を長年に渡って研究し、演奏し続けておられるかが、よく感じとれると思いました。近年のチェンバロによるGoldbergの中で、間違いなく第一にお薦めできる演奏と思います。遅ればせながら、この奏者の他のCDにもぜひこれから触れていきたいですね。

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     2011/03/09

    現代音楽とルネサンス以前の古楽を組み合わせたCDですが、非常に周到に構成されていると思いました。初めて聴くO’Reganの作品はMachautにinspireされ、Ars Novaのtextと様式を注意深く取り入れたもので、メインのノートル・ダム・ミサへの絶妙な導入になっています。CD終結部のヴィルレーと組み合わせた構成も秀逸で、現代音楽としての評価は正直判りませんが、現代合唱音楽としても演奏機会を持つ価値があるのではないでしょうか。ノートル・ダム・ミサはPaul Hillierとしては、Hilliard Ensembleの名演以来。Hilliard Ensembleの演奏が、スーペリウムの滑らかな響きを強調して古楽としての違和感をほとんど感じさせない美しさであったのに対し、Orlando Consortはことさら響きに拘らず線的対位法をはっきり表現することで、かえって現代音楽と並べても違和感の無い、曲の革新的な存在感が感じられます。しかしながら個人的に最も感銘を受けたのは、そのすぐ後に置かれたGuillaume Dufayの’Ave Regina Caelorum’で、決して演奏が多くはないDufay最期の傑作の演奏としては、Cantica Symphoniaに迫る名演奏ではないでしょうか。演奏時間わずか7-8分のこの小品が、中世からMachautらを経て、ルネサンス〜現代に至る西洋音楽史の数百年をしっかりと繋ぎ合せる、時代を越えた傑作であることが、このような企画の中心に置かれることでまざまざと実感されます。現代音楽に馴染がない古楽愛好家にも、十分お薦めする価値がある好企画ではないかと思われました。

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  • 4人の方が、このレビューに「共感」しています。
     2011/02/16

    ヨハネ受難曲は、J.S.Bachの大曲の中で、ある意味最も難しい作品ではないでしょうか。その原因は一にも二にも、同じ受難曲であるマタイと、曲のジャンルが違うとさえ言える程に性格が異なるからで、マタイ受難曲と同じ感覚で演奏し鑑賞しては真価が判らない。4福音書の中で際立って独特な「ヨハネ福音書」は、出だしも違えば書かれてる内容も大きく違い、受難のシーンにしても、時にどうでもよいと思われる程に事件の細部、人物の発言の細部に拘り、他の福音書にない場面も現れる。真にその場(受難の場)に居合わせた者だけが知る真実を後世に伝えようとする、聖ヨハネの意図がまざまざと感じられるのですが、Bachの作曲もこの意図を最大限に伝えるために行われる。つまりこの曲においては(マタイと異なり)、福音史家の言葉以上に重要な部分はなく、アリアも合唱もコラールも、福音史家が語る事実を補完するためにのみ存在する。ブリュッヘンの演奏はまさにこの点において、過去の巨匠の演奏(Richter,Corboz,Eochum等)を含めた、これまでのヨハネ受難曲録音の中で最も優れたもので、おそらくブリュッヘン自身のBach録音中での現在までの最高作ではないでしょうか。決して表層的効果や感情的表現に傾くことなく、ヨハネ福音書の言葉を精確に判りやすく聴衆に伝えることのみに集中しており、そのためにのみ最高の演奏技術が使われる。どこをとっても過剰な表現は皆無、音楽的に限りなく整然とし、一見クールであっさりしているように見えても、声・フレーズの一つ一つは、その内部に尋常でない緊張を孕んでおり、研ぎ澄まされた白刃を思わせるような迫力が感じられる。Heinrich Schutzが頂点まで推し進めた、声のみによる白亜の塔のような受難曲の精神がこのBachのヨハネにも生きていることを、ヨハネ受難曲がマタイと全く異なるルネサンス・バロック以来の受難曲のもう一つの究極であることを、これほどに実感させてくれる演奏はありません。ヨハネ受難曲を知る上で必聴の名盤と思います。まもなく現れるブリュッヘンの、20年ぶりの再録音が限りなく楽しみですね。

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  • 7人の方が、このレビューに「共感」しています。
     2011/02/10

    個人的にこれまで、オルガン演奏による「フーガの技法」は良い印象がありませんでした。何より一音一音、ほんの僅かの響きの協和一つ一つにまで、緻密に編まれたタペストリーのように、隅々まで意味を有するこの作品を、近代以降のオルガンによる大音量と残響の中に放り込まれると、フランドル楽派にも匹敵する繊細な線的対位法が消し飛んでしまうように感じられました。ヴァルヒャやアランなど往年の巨匠の演奏でも、最近の優秀な録音によるいくつかの演奏でも、これは変わりませんでした。Bernard Foccroulleによる演奏は、これまでのオルガンによる「フーガの技法」と全く違う、ペダルと残響を厳密にコントロールし、一つ一つの声部、一音一音が完全に独立しほとんど混濁なく、しかも互いに絡み合い音響を築いて行きます。これはBach時代のチューリンゲン地方の名器を詳細に調べて制作された楽器の功績も大きいでしょう。とにかくこんなにクリアな響きのオルガンは聴いたことがありません。Foccroulleの演奏は「フーガの技法」の音構造を、あくまで厳格にインテンポで構築していくことにのみ的を絞ったもので、音響的な効果や情緒的な表現とは全く無縁ですが、この限りなく客観的で透徹した演奏によってこそ初めて「フーガの技法」の西洋音楽史上類の無い世界が姿を現します。一切の理由付けの無い、ただ「音楽そのもの」の感動としか言いようの無い「フーガの技法」の純粋な世界を、オルガン演奏で実感することができたのは、自分にとって初めてかも知れません。「フーガの技法」の決して多くはない、お薦めできる演奏の一つと思います。Foccroulleによる解説、オルガン製作者によるコメント、各曲の演奏形態の詳細情報から、楽器の美しい写真にいたるまで、CDとしても(輸入盤しか知りませんが)非常に誠実で充実したものです。

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  • 10人の方が、このレビューに「共感」しています。
     2011/02/03

    Wilhelm Kempffは自分にとって、命の恩人のような音楽家ですが、その晩年の録音のうちで、これだけは恥ずかしながら未聴でした。正直、年に一度も積極的にLisztを聴かない人間なので、Liszt演奏としての客観的レビューの資格なぞ無い自分ですが、Kempff晩年の演奏としては、Brahmsのピアノ作品集(Original LPで2枚)に匹敵する演奏ではないでしょうか。作品の一つ一つの深奥に沈潜し、作品と一体となり、いつしか聴いている自分も別の世界に連れて行かれてしまう。それでいて、決して人間離れした感覚は微塵もなく、Kempffの築く世界はどこまでも深く人間的で、慈しみに満ちています。ラスト2曲の大らかな感動は、月並みな言い方で恐縮ですが、やはりこの20世紀を代表するピアニストでなければ得られないものと思いました。Kempffによってクラシック音楽の世界に導かれて数十年、Kempffに出会えたことの幸せを今、再び噛みしめています。

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  • 5人の方が、このレビューに「共感」しています。
     2011/02/03

    此れ程にピアノが美しい平均律はちょっとありません。録音が優秀なせいもあるでしょうが、音の美しく濁り無い点に関しては、著明なスター・ピアニスト、シフ、アシュケナージ、バレンボイム等のいずれよりも上ではないでしょうか(グールド、ポリーニは除外して)。しかもどこをとっても、全く技巧を披露するような演奏でないのが、逆にこのピアニストの恐ろしく精確な技巧をみせつける結果になっています。El Bachaの平均律は、現代ピアノによる古典派・ロマン派的思考を基礎に置くものですが、ペダルを抑制し、自己中心的表現を避け、可能な限りBachの音楽に自分を寄り添わせようとする、非常に誠実なものです。一部、特に小規模な曲において、もう少し音楽構造の厳格な追求を求めたくなる部分もありますが、24番など精確で美しく真摯な演奏は、なかなか他で得難いものと思いました。十分現代第一級の演奏としてお薦めできると思います。続く第2巻がとても楽しみですね。

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  • 2人の方が、このレビューに「共感」しています。
     2011/01/25

    クラヴィコードによる平均律全曲は、Kirkpatrickによるもの(1967年)以来でしょうか?。良い録音で聴ける意義は大変大きいと思いますが、演奏はKirkpatrickの厳格な構造的再現に較べると、やや平板で曖昧に感じられます。諸氏の云われる様な、ゆったりしたテンポは良いのですが、ややもすればロマン派的・恣意的な解釈に傾きがち。従って第2巻のいくつかの前奏曲のような小規模なものは特有の味がありますが、フーガ構造の強い曲は、明らかにまとまりがない。Kirkpatrickによる歴史的名盤が、そこでしか聴けない平均律の姿を垣間見せてくれるのに対して、この盤の奏者は他の楽器を使ったとしても、世界の水準をだいぶ越える演奏となったか、少し疑問です。佳演ですがまだ若いということでしょうか。現時点ではクラヴィコードによる平均律は、録音は古くともKirkipatrickによるArchiv盤(現役盤で値段もこれと同程度)をお薦めするのが妥当かと思われます。

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  • 3人の方が、このレビューに「共感」しています。
     2011/01/10

    個人的に、Josquin des Prezの「Stabat Mater」は、西洋音楽史上の数あるStabat Materの頂点に位置する傑作ではないかと思いますが、それだけに満足できる録音に会った事がほとんどなく、この盤も第二部後半の歌詞Inflammatus et accensus..の感情の変化に伴う、劇的なリズム転換がやや不満でした。ただ、他の名曲、Josquinが自分の葬儀のために作曲したPater Noster~Ave Mariaや、Ockeghemを偲ぶ挽歌、長大な難曲Miserere mei Deusなど、遅めのテンポであくまで声の美しさを追求したHilliard Ensembleなどと対称的に、早めのテンポで曲の多声構造の全体をがっちり構築していく演奏で、過去の演奏を凌ぐ名演奏ではないかと思いました。初めて接するドイツの声楽団体ですが、近年の米英の新しい声楽アンサンブルがどうも低音声部が弱いように思えるのに較べ、一つ一つの声部特に低音声部が非常に優れていて、全体に精緻ながら曲構造が明確で充実していると思います。今後団体名のDufayのミサなども、是非聴かせて欲しいですね。

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