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金山寺味噌 さんのレビュー一覧 

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     2014/12/14

    1996年に16歳でデビューした深田恭子。あどけなさのあるキュートなベビーフェイスと天真爛漫な言動、水泳で鍛えたやや筋肉質ぎみのむっちりとした健康的なプロポーションでたちまちトップアイドルとなった。デビューから16年経ち、彼女も32歳になった。映画やドラマ、音楽活動もこなす人気女優となり、経験や年齢を重ねて色っぽくもなったが、基本的な印象は16歳の頃とほとんど変わっていない。キュートなベビーフェイスは劣化知らず、ふいに見せる童女のように無邪気な表情も相変わらず。健康的なプロポーションもしっかりと維持しており、惜しげもなく水着姿を披露してくれている。まさに努力の賜物だが、「きょーこりん姫」本人は努力とも思っていなさそうだ。好きなことを好きなようにやってきただけ、なのだろう。たぶん彼女はこれからもこんな感じで、「永遠の16歳」として過ごしていくだろう。いい目の保養になり、堪能させてもらった。買って損なし!

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     2014/12/13

    佐村河内守という稀代のペテン師と、天才と賞賛されたほどの音楽的才能を持ちながら佐村河内のゴーストライターを約17年に渡って務めてきた新垣隆。この奇妙な2人の「共犯関係」と、一連の騒動の全貌を明らかにした著作である。まず、佐村河内という男のあまりに異様で奇怪な性格に呆然とさせられる。大法螺吹きで強烈な上昇志向の持ち主で、平気で嘘がつける男。自己演出と自己プロモートに関しては天才的な才能があり、周囲の人々を巻き込みながら壮大な虚像を作りあげていった。一方の新垣隆は著者神山氏曰く「音楽バカ」で、音楽さえできれば例え貧しくとも幸せだという無欲な才人。佐村河内は新垣のこうした才能と性格に目をつけて接近、ゴーストライティングを依頼するようになる。作品が発表できればゴーストライターでも幸せだと考えていた新垣だが、結局は佐村河内に巧妙に絡め取られ、あやつり人形になっていく。その過程の描写はとてもスリリングだ。

    佐村河内を語る上でもう一人欠かせない存在なのが義手の少女ヴァイオリニスト”みっくん”の存在である。佐村河内は”みっくん”の存在に目を付け、利用できるだけ利用し、利用価値がなくなったと見るとあっさりと捨てた。だが佐村河内にとって誤算だったのは、この”みっくん”への傲慢な対応に対して新垣が激怒したことだったろう。「大人は嘘つきだ」という”みっくん”の悲痛な叫びに新垣は全てを告白することを決意する。「共犯者」としてのケジメをつけるために。こうして”現代のベートーヴェン”の虚像はもろくも崩壊していった。

    「共犯者」という観点で言えば、新垣よりはるかに悪質なのがNHKである。第11章『疑義まみれのNHKスペシャル』(222ページ〜 )にはその一部始終が詳細に記述されているが、NHKスタッフの佐村河内への無批判な迎合ぶりはあまりに情けなく、ジャーナリズムの魂を全く喪失していたとしか言いようがない。神山氏も「NHKは佐村河内という悪魔に、完全に手玉にとられ弄ばれたとしか言いようがない。ジャーナリズムの屈辱といっていい。」(233ページ)と手厳しく批判している。久々に読み応えのあるルポルタージュだった。

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     2014/12/13

    とりあえず、無事に最終回を迎えてほっとした。19年間の長期連載とは言いながら、途中で休載が何度もあって、「ちゃんと終われるのかな?」と不安に思っていたからである。内容的にはほぼ満足。旧劇場版の殺伐としたエピローグを貞本氏なりの解釈でより温かみのあるストーリーに仕立て上げている。抜群の画力、構図の
    大胆さは相変わらず素晴らしい。旧劇場版の刺激的な展開を良しとする人には「ちょっとヌルい」と感じられるかもしれないが、貞本氏のスタンスは第1巻の頃から変わっていないので、僕自身はこの締めくくり方は十分納得がいった。19年間お疲れ様でした。

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     2014/12/12

    1972年8月7日、ザルツブルク、モーツァルテウムでのライブ収録。当時のライブ収録としては満足できる音質で、ワイセンベルク独特の極上のクリスタルガラスのような冷涼感ある端整な美音を十分に堪能できる。CD1枚目冒頭の『クープラン墓』のキラキラと輝くような美しさと鮮やかさが心地よい。シューマンの『幻想曲』もヘンにロマンティックにせずにクールにキメてみせるのもいかにもワイセンベルクらしい。CD2枚目の『展覧会の絵』は幾分速めのテンポ設定で、颯爽と、しかし緻密に演奏してみせる。アンコール集はさすがにライブらしい熱気とノリの良さで、5曲も演奏する大サービス(笑)。ワイセンベルク全盛期の実力の凄まじさにシビれてしまった。

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     2014/12/12

    ピノックと手兵イングリッシュ・コンサートによるモーツァルトの交響曲全集からの分売。第40番は1994年6月、『ジュピター』は1995年1月、ロンドン、ヘンリー・ウッド・ホールでの収録。古楽器によりながらも古臭さはなく、むしろモダンでスマート、絶妙のバランス感覚がピノックの身上であり、古楽器が苦手という人も安心して聴けるはず。両曲ともテンポ設定はかなり遅めで、かのワルターやクレンペラーの録音よりもゆったりと演奏している。ただ重苦しさはなく、音符の一つ一つを丁寧に拾い上げ音化しているという感じ。ピノックの誠実な性格がよく現れた演奏であろう。音質良好。

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     2014/11/30

    昭和41(1966)年公開、高倉健・鶴田浩二・藤純子という、東映仁侠映画路線を牽引した3大スターの共演による豪華な作品。この作品のプロットは翌年公開された『昭和残侠伝 血染の唐獅子』と共通点が多い。大正末期の東京が物語の舞台、伝統を守る鳶の一家と悪辣な新興ヤクザとの諍い、ヒーロー健さんとヒロイン藤さんの悲恋、祭の晩の殴りこみ、などなど。両作品ともマキノ雅弘監督作品なので当然かもしれない。当時の東映は仁侠映画を文字通り量産していたのでこうしたプロットの流用はごく当たり前のことだった。

    この頃の仁侠映画を見る上での楽しみとしてはキャスティング、誰がどんな役どころかを確認するのが見どころである。中心の3大スターを支える脇役陣も非常に豪華だ。大木実、里見浩太郎(現・浩太朗)、長門裕之、中原早苗、野際陽子、山城新伍、柳生博、 潮健児などお馴染みの面々が続々と登場。河津清三郎、山本麟一、内田朝雄など普段は悪役の面々が今作では善玉、健さんサイドで登場しているのも興味深い。浪花の喜劇王藤山寛美も登場、とぼけた演技でコメディリリーフをこなしている。悪のラスボスは甲賀幻妖斎こと名優・天津敏。お腹一杯になるキャストである。

    当時35歳の健さんの匂い立つような男臭さ、鍛え上げた肉体のダイナミックな躍動感、デューク東郷のモデルになったとも言われる精悍な風貌と鋭い眼光、絵に描いたような「男の中の男」である。クライマックスの立ち回りでの健さんの動きの切れ味!!晩年の重厚で静謐な健さんしか知らない人がこの頃の若き健さんの姿を見たら驚くのではなかろうか。一方の鶴田御大はクールでスマート、旧海軍仕込みの洗練されたダンディズム。今作では大阪から流れてきた一匹狼の渡世人役だが、どんな役であろうと御大のダンディズムが失われることはない。マキノ監督の内弟子として演技を学んだというヒロイン藤さんの艶やかさも美しい。

    平成26(2014)年11月10日、健さん逝去、83歳没。お疲れ様でした。ありがとう、健さん。

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     2014/11/30

    『序』や『破』のような冒険活劇路線でいくのか、と思いきやいきなり旧劇場版の
    ようなすさんだ雰囲気の作品になっていて少し驚いた。おそらくこれから公開される第4作と対になっている作品だろうと思われるので現在の評価は過渡的なものにならざるを得ないが、正直ちょっと見るのが辛い作品かな、と。他サイトのレビューにもあったのだが説明不足の点が多すぎてねぇ。クライマックスの戦闘シーンの
    迫力はさすがに凄いと思ったが。新キャラもまだ使いきれていない感じ。

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     2014/11/17

    Berryz工房のラストライブが3月3日の日本武道館公演だと発表された。嗣永桃子はカントリー娘。改めカントリーガールズの、須藤茉麻はハロプロ演劇女子部のプレーイング・マネージャーに就任することもそれぞれ発表され、他のメンバーの進路も順次発表されていくという。ラストシングルのリリースがこの時期になったのも活動停止後のメンバーの進路に向けての準備期間を作るためだったのだろう。彼女たちの人生はむしろこれからの方が長いのだから当然だと言える。

    『永久(とわ)の歌』はベリ10年の歩みを振り返るような内容で、ノリのいいアップテンポの曲調ながらどこか切なさも感じさせる。この曲でのコスチュームはチェック柄なのだけれどこれはメンバーからのオーダーであるという。デビューシングル『あなたなしでは生きていけない』のコスチュームがチェック柄だったので、ラストシングルもチェック柄を着たいという事らしい。MVにはデビュー当時のメンバーの姿が随所に挿入されていて、ベリ10年の歩みと厚みを実感させる作りに仕上がっていた。一方『ロマンスを語って』は時期的なこともあってかクリスマス・ソング的な内容で、ベリには珍しいスウィートでロマンティックなラブソング。これまでベリの「歌」を牽引してきた夏焼雅と菅谷梨沙子のツイン・ヴォーカルでしっとりと歌い上げている。やっぱり彼女たちにはこれからも歌い続けて欲しいし、そうしてくれるものと信じている。

    有終の美へ向けてラスト・スパートに入ったBerryz工房。しかし彼女たちは解散ではなく無期限活動停止だといい続けている。今回は第1章の完結で、いつか来るであろう第2章へ向けての準備期間に入る、と捉えておこう。

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     2014/11/12

    デビュー当初の頃はどこかしら「大人に決めてもらった事をやらされてる」感があったLoVendoЯだけれど、デビューして1年以上経ってだいぶ自主性が出てきたように感じる。けれん味のないまっすぐなロックサウンドに乗ってれいな&おかまりのツインヴォーカルが華麗で力強い歌唱を披露している。全5曲の中で唯一のオリジナル曲『UNDERGROUNDER』は宮澤茉凜の作曲だが、曲調は彼女が影響を受けたというメタリカのテイストを思わせる硬派なハードロック。結成当初からのナンバーでライブではお馴染みの『この世に真実の愛が一つだけあるなら』はこのアルバムが初収録。『少年』は書き下ろしのフォークロック風ナンバーで、魚住有希曰く「テレキャスによるアルペジオなどもこだわった」とのことで、ドラマティックな仕上がりとなっている。中島卓偉提供の楽曲でアルバムのタイトル曲でもある『イクジナシ』のキレキレぶりも聴き応えあり。

    れいなのしなやかで柔軟性に富み、しかし芯のある歌声はさらに表現力を増したように感じる。「れいな、大人にはなりたくないけん」などと発言してる通り、いい意味でのヤンチャさ、可愛らしさも相変わらず。一方のおかまりはデビュー当時の硬さはさすがに取れていて、しかし彼女独特のまっすぐでパンチの効いた歌はさすがにひとつの個性となった感がある。DVDで『Stonez!!』、『愛の儀式』、『だけどもう一度それでももう一度』の3曲がライブヴァージョンでの収録となっている。れいなの余裕綽綽のステージングはさすがに百戦練磨だ。次は是非フルアルバムを!

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     2014/11/09

    日本史上最大の有名人といっていい聖徳太子。しかしその生涯はぶ厚い伝説のベールで包まれており、等身大の人間としての彼がどんな人物だったか分かり辛くなっている。これまでほとんどの日本人が知り、教わってきた聖徳太子の事績というのは、専ら『日本書紀』の記述に基づくものであった。しかし、『書紀』の記述の信頼性は近年大きく揺らいでおり、様々な論者が聖徳太子の実在性についての持論を発表してきた。元毎日新聞記者で古代史研究家の渡辺康則氏もそうした論者の一人である。

    渡辺氏が本書で展開している主張は大体、以下の通りである。
    ・聖徳太子は天皇に即位していた。そしてその正体は蘇我蝦夷であり、皇極(斉明)天皇と結婚していた。
     ・『万葉集』に掲載されている斉明天皇の恋の贈答歌に登場する「軍王」とは蝦夷=聖徳太子のことである。
     ・蘇我氏vs物部氏の宗教対立は存在せず、物部本家は滅亡していない。むしろ蘇我氏と物部氏は密接な連合関係にあった。
     ・聖徳太子の父である用明天皇の正体は蘇我馬子。聖徳太子の息子山城大兄王や崇峻天皇は実在しない。
     ・推古天皇の正体は蘇我馬子の妻で物部守屋の妹鎌姫。
     ・舒明天皇は捏造された天皇で、当時天皇位についていたのは蝦夷=聖徳太子=「豊浦皇子」
     ・『日本書紀』は蘇我本家を滅ぼした藤原氏によって大きく改竄されており、資料としての信用性は極めて低い。

    などなど、これ以外にも大胆な主張が目白押しで、非常にエキサイティングな本である。渡辺氏の論考自体は極めて綿密で説得力もあり、面白く読める。ちょっと大胆すぎるかな、と思えるところもあったりするが、興味深い仮説の一つとして読める本である。それにしても聖徳太子という人物は、なぜこれほどまでに多くの人々を引きつけるのか。こんな人が本当に居てくれたらいいな、という無意識の願望だろうか?読みつつ考えてしまった。

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     2014/11/08

    椎名林檎待望のオリジナル・フルアルバム、期待通りの出来映えで大満足。1曲目の『静かなる逆襲』からエッジ立ちまくりの切れ味の鋭さ!疾走感あるまっすぐなロックチューンあり、けだるいジャジーなアレンジのナンバーあり、『カーネーション』のような流麗なストリングスによるクラシカルテイストのナンバーあり、とリスナーを飽きさせない構成。レトロな雰囲気を出しつつ、時にねばっこく時に激しく時に可愛らしい、彼女独特の「林檎節」とも言うべき歌唱も痛快だ。ブルーレイ・ディスクによるMV集はさすがに画質・音質が素晴らしく、わざわざ選んで購入した甲斐があった。

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     2014/10/24

    2013年11月に開催された『本田美奈子.メモリアルコンサート』に出演した安倍なつみ(なっち)、その歌唱に感銘を受けた日本コロムビアからのオファーによって制作されたアルバム。クラシカル・クロスオーバーという新たなジャンルに進出し、ヴォーカリストとしてまた一段ステージを上げたようだ。MVで白いドレスを着てオーケストラを従え朗々と歌うなっちの姿には歌姫としての貫禄すら見える。スッときれいに伸びる高音、力強い低音の響き、いずれもモーニング娘。時代からは遥かに成長している。表現力もさらに深まっていて、娘。を卒業してから10年間ミュージカルやコンサートなどで積み重ねてきた研鑽と実績がムダではなかったことをなっちは自らの歌声で実証してみせた。ジャンルがジャンルなのでおなじみの「ハロプロ歌唱」ではなく、よりクラシック寄りの歌唱法に切り替えており、ヴォーカリストしての新境地を開拓したと言える。

    トップアイドルからミュージカルへ進み、さらにクラシカル・クロスオーバーまでやってきたというなっちの軌跡は、その道の先輩であった故・本田美奈子.さんの軌跡と酷似しており、それゆえに比較されることも多いだろう。しかし、歌手としての個性やスタンスの点で、本田さんとなっちは大きく異なっている。豊かな声量と3オクターブの音域を駆使したドラマティックで叙情的な歌唱で聴衆を魅了した本田さん。アイドル扱いされることは好まず、純粋にヴォーカリストとして評価されることを望んでいた。「私は歌と結婚したから、今生では幸せにはなれない」と生前語るほどストイックに歌と向き合い、命を燃やすように歌っていたことを思い出す。一方のなっちはと言うと、歌唱力や表現力は格段に成長したが、根本的な部分は娘。時代とは変わってはいない。優しくてしなやかでなめらかで、温かみのある歌声。童女のように無邪気な”なっちスマイル”も健在で、33歳となった今でも十分に「アイドル性」を残している。卒業して10年経たとは言え、今でも彼女はモーニング娘。の看板を背負っていて、後に続く後輩たちのことも気に掛けながら活動をしている。そしてなっちは明らかに今でもアイドルでいられることを楽しんでいて、ファンもそんななっちを支持し応援している。歌手としてはとても幸せで恵まれた環境にいると思うが、それは全てこれまでの努力と実績の賜物なのだろう。

    クラシカル・クロスオーバーという新ジャンルにおいても輝きを放つなっち、この才能がモーニング娘。から生み出されたということを永年応援してきたヲタのはしくれとして嬉しく、誇りに思う。

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     2014/10/22

    道重さゆみ卒業記念盤。ソロ曲『シャバダバドゥ〜』のMVは必見!以前出した道重さゆみ 写真集 『 Sayuminglandoll 』の世界観を思わせる、遊び心満点のプリティで華やかな作りが楽しい。彼女のこれまでの歩みを回想するような内容の歌詞、軽快で洒落たジャズ風のアレンジに乗っていたずらっぽく歌いかけるウィスパーボイス、よく工夫された楽曲で、つんく♂氏からさゆへ送られた「卒業証書」とも言うべきもの。表情、服装、動きなど、さゆが12年間かけて磨きぬいたアイドル・パフォーマンスの集大成。

    道重さゆみはハロプロメンバーはもちろんのこと、他グループの多くのアイドルたちからも尊敬され、その卒業を惜しまれている。彼女が尊敬される理由、それは青春の全てをモーニング娘。に捧げ、それ以外の事を考えなかったから。彼女は芸能人になりたかったのではなく、モーニング娘。になりたかった人。その一途さが他のアイドルにも伝わるのだろう。歌割りの乏しい後列メンから努力でのし上がり、ついにリーダーにまでなったサクセスストーリーに憧れるアイドルの女の子も多いだろう。「頑張っていればきっと誰かが見ていてくれる」と言う言葉を地で行くようなアイドル人生。そう考えると彼女が卒業後休業に入るのも理解できる。全てを出しきり、一息つきたいのではないか。しっかり休んで、また元気に戻ってきてほしい。

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     2014/10/20

    『豊臣秀頼 (歴史文化ライブラリー)』と同様のコンセプトの本である。誤解され、軽視されてきた人物の復権の書。本書の主人公は鎌倉幕府3代将軍源実朝である。実朝は古くから無力で文弱、幸薄い悲劇の将軍という見方が有力だった。生母北条政子と執権北条義時に実権を奪われ、和歌・蹴鞠に耽り官位の向上のみを楽しみとした貴族趣味の持ち主で、最期は甥で猶子(養子)の公暁に暗殺され26年の短い生涯を終えた。彼の死によって源氏将軍は断絶し、幕府は北条氏専制の時代へと移っていく。実朝には非力で無能な歌人将軍というイ
    メージが定着していった。本書はこれまでの負のイメージを取り去り、政治家としての実朝の再評価を試みた一冊である。

    実兄の2代将軍頼家の非業の最期を受けて将軍職を継いだ実朝、12歳の少年であったため生母政子や外祖父で執権の北条時政・義時らが政務を担ったが、成長するにつれ実朝も親裁を行うようになっていき、時政が失脚し義時が執権となってからは徐々に増えていく。実権が北条氏側にあったのは変わらないが、実朝も政務に意欲を示していたことを著者坂井氏は資料を紐解きながら説き起こしていく。当初は実朝のことを青二才と軽視していたらしい義時も一目置くようになったという。生母である「尼御台所」政子にはさすがに頭が上がらなかったようだが、それでも実朝は少しづつ独自色を打ち出していった。

    実朝は歌人として優れた才能を発揮し、当代一の歌人藤原定家からも高く評価され『小倉百人一首』の一人に選ばれたほどであった。それゆえに「文弱」のイメージも付きまとったのだが、坂井氏はそれを否定する。歌集『金槐和歌集』をはじめ実朝の残した和歌を丹念に調査し「文弱」に見えて実はしたたかな政治家実朝の実像を炙り出していく。実朝が和歌に打ち込んだ真意、それは当時朝廷の「治天の君」であった後鳥羽上皇に範を求め、その上で幕府の長として朝廷の長である上皇と渡り合うためのツールとするためであった。当代随一の総合文化人であった上皇から伝統文化を吸収し、もって御家人たちの上に君臨し、さらに朝廷とも向き合う。官位を追い求めたのも幕府統治に必要だと考えたからであり、決して貴族趣味などという軟弱な理由によるものでなかった。

    しかし、実朝の前途は多難であった。緊密な関係にあった幕府の重臣和田義盛が執権義時の度重なる挑発を受けて挙兵、いわゆる「和田
    合戦」によって一族全滅となる。これにより義時は幕府に揺るぎない権勢を確立するが、その義時に担がれて幕府軍の象徴となった実朝
    の権威も向上していく。実朝の官位は右大臣にまで上昇、将軍親裁の強化が図られていく。この頃実朝は唐突に渡宋計画をぶち上げ幕府
    重臣で義時派の大江広元を慌てさせる、という行動をとる。従来この渡宋計画は実権を失い厭世的になった実朝の気まぐれ、現実逃避で
    はないか、と考えられてきた。しかし坂井氏は「将軍を支持するか否かをみきわめる試金石」であり「将軍親裁に抵抗する勢力への強力な
    示威」ではないか、と指摘する。また実朝は「必ずしも自分の子孫が将軍職を継がなくてもよい」と発言するなど、なかなかしたたかな一面
    を見せている。

    歴史では実朝の死後、京都から摂関家の子弟や皇族を将軍に迎えるようになっていくが、元々の発案者は実朝その人であった。坂井氏は公暁の受けた衝撃は大きかったはずだ、と見る。自分が実朝の養子として次の将軍になれると思い込んでいたはずの公暁にしてみれば、ハシゴを外されたようなものだ。そして1219年、ついに公暁は鶴岡八幡宮において実朝を襲撃し殺害、自身もその日の内に討ち取られ、かくて源氏の嫡流は断絶することとなった。この暗殺事件については北条義時黒幕説、三浦義村黒幕説などがあったが、坂井氏は両説とも
    否定、追い詰められてヤケを起こした公暁の単独犯行と結論づける。いずれにせよ、実朝は志半ばで無念の横死を遂げたのである。

    「文弱の人」と見られてきた実朝のイメージに一石を投じた最初の人は正岡子規であった。子規は実朝の残した和歌に「文弱」では説明できない剛毅な精神性を感じとり「古来凡庸の人と評し来りしは必ず誤なるべく、北条氏を憚りて韜晦せし人か、さらずば大器晩成の人なりしかと覚え候」と書いている。実際は子規の見立て以上にしたたかで積極的な君主であったわけだが。

    きわめて真面目な学術書であり、和歌の解釈に多くのページを割いているのでスラスラと読み通せる本ではないが読み応えは十分な一冊である。

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     2014/10/20

    好きな芸人への愛情あふれる批評、嫌いな芸人への「これでもか」と言わんばかりのぶった斬り、どちらもこの人らしくて面白い。ただ、立川談志と立川流への肩入れぶりは批評家としてどうかな、という気がした。顧問だからしょうがないのかもしれないけど。「私の落語美学が許さない」などと偏狭な目線で言い捨てたりとか自分の著書を臆面もなく自薦したりとか、彼が嫌う「田舎っぺえ」みたいな行為を自分でやってるのはいかがなものか。インターネットへのむき出しの嫌悪感はいかにもこの人らしい。良くも悪くもアナクロニズム全開の批評集。

    快楽亭ブラックのことを「外人」と読んで中傷しているのはいくらなんでもやりすぎだ。もちろんブラックもとんでもないヤツなんだけど、そんなヤツを面白がってたのはどこの誰だ?と言いたくなる。

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