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SegoviAHO さんのレビュー一覧 

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  • 3人の方が、このレビューに「共感」しています。
     2022/03/16

    「名盤中の名盤」と言われるカルロス・クライバーとウイーンフィル 。しかし、「名盤に名盤なし」というのが私の結論である。ベートーベンの交響曲第7番にはここには列挙できないくらいの名盤がある。単純に比較をして優劣を決めようとしているわけではない。ベートーベンの交響曲の解釈が的確かどうかを一つの基準としている。
    クライバーの演奏解釈は一言で言えば「おざなりの演奏」と言える。
    この様な演奏は「可もなく不可もない万人に待望される演奏」なので、安心して「名盤」と評価する評論家のいかに多い事か。
    いちばんの欠点は「音楽がブツ切れになっている点だ」。例えば第3楽章などのテンポの設定は「やたらに速いだけで」音楽にテーマの関連性がおざなりになっている。
    ウイーンフィル だから破綻なく演奏しているが、これを称して「名演奏」というのであろうか。こんな演奏は「一度聞いたら」「ゲップが出る」私にとっては「名盤」ではなく「御祓盤」とでも言っておこうか。やっぱり聞かない方がよかった。

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     2022/03/15

    1931年に来日した折に、「ヨオゼフ・シゲティというブダペスト生れのヴァイオリンの名手が日本へやって来て、日比谷の公会堂で三度ほど演奏会をひらいたが、三度が三度ともたいへんな不人気であった。」この評判にシゲティは憤ってしまって、東京朝日新聞へ一文を寄せ、「日本人の耳は驢馬の耳だ」、なんて悪罵したという。
    しかしLPを聴いていると日本人の耳は決して驢馬の耳ではなかったと思わせる。
    シゲティは決して「超絶技巧のヴァイオリニストではない」。
    またチャイコフスキーのヴァイオリン協奏曲を技巧をひけらかして大向こうを唸らせるヴァイオリニストではない。
    音楽とは「かくあるべきものであり、その表現にヴァイオリンはこのように演奏する」というのがシゲティの美学であった。
    ティボーやヌブーの演奏に一脈通づるシゲティーの演奏である。このような演奏は我が国では最早聴くことの出来ない美学とでもいうことができるであろうか。賛否両論があるのは当たり前であろう。

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     2022/03/05

    先頃テルマーニー・エミル(ヴァイオリン/弓:VEGAバッハ・ボウ)の無伴奏ヴァイオリンのためのソナタとパルティータがLPで発売された。
    これとパールマンの演奏を比較してみると、音量の点では圧倒的にパールマンの演奏が優れている。またテンポもパールマンの方が速い。バッハの本来の演奏という点ではテルマーニー・エミルがパールマンをうわまっている。しかし、どちらの演奏も「甲乙」付け難い。
    これまではパールマンのような「重音奏法」に親しんできた。しかし「テルマーニー・エミル」のような原点回帰の演奏に触れると、なるほどバッハの無伴奏の「重音奏法」とは「かくあるべきである」との結論に達する。
    さてどちらに「優劣」がつけられるかは聴く人の判断に委ねられるが、私はパールマンの演奏が優れたバッハ演奏であると思う。

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     2022/03/04

    弓:VEGAバッハ・ボウを用いた最初の録音ではないか、という点で多くの注目を集めている。ヴァイオリンを弾いた人なら当然気がつくが、弓だけではなく、ヴァイオリン本体の「駒の形状」は「なだらか」になっていることが必要である。この二つの要素が相まって、「普通のヴァイオリン」では不可能な多重弦の同時演奏が可能となる。
    バッハの作品が「多重弦の同時演奏」を前提として作曲されたのではないかと言われて久しいが、多くのヴァイオリニスト達は、多重音をあたかも同時に響かせるようにしてこれまで演奏してきた。涙ぐましい努力である。
    今回のエミル・テルマー二の演奏はそのような努力なしにバッハのソナタとパルティータを演奏している点に興味が湧いてくる。「VEGAバッハ・ボウ」の欠点は重音は確かに同時に演奏できるが、弓が丸くなるのでヴァイオリンとしての音量が足りなくなるのである。このレコードは無伴奏であるのでその点を録音でカバーしている。
    バッハ作品の「あるべき姿」の演奏として聴くことができる点で一度は聞いておきたい。

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     2022/01/21

    小杉武久、それは何者という人がほとんどである。彼は私の恩師である。今日私が音楽の道に入ったのは彼のお陰である。出会いは中学1年。弦楽クラブという部活の講師としてヴァイオリンを彼から学んだ。またジョン・ケージなど現代音楽の手ほどきをしてもらった。やがて私は東京芸術大学に進んだが、武満徹、湯浅、一柳などの日本の現代作曲家とも小杉さんを通じて知り合った。小杉さんは「マース・カニングハム」舞踊団の音楽監督として渡米した。その後世界中の現代音楽祭で活躍した。先日訃報に触れ「生涯のお礼を言うこともなく」彼は日本では知られることなく他界された。大変に懐かしくLPレコードが発売されるといい購入することになった。レコードを聞くまでもなく彼の作風は熟知しているので、再び聞くことになり大変に期待している。これは一度は聞かなければ「生涯の損失」であると思う。天から「ミューズが降誕する」が如き小杉の音楽は自然と一体となり空気のごとく人々の体を潤してくれる。これぞまさしく現代の音楽の頂点である。

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     2022/01/07

    1830年の初演という時代にしては画期的な楽器編成である。ジャケット写真によれば4台のハープをソロ楽器のようにオーケスストラの前面に据えて、第2楽章のハープの演奏を際立たせている。このような楽器の配置により第2楽章はこれまでにない効果的な演奏となり、ロト&シエルクの演奏はこれまでになかった魅力的な作品としている。作品全体は各楽器のソロ演奏を中心とし、第4楽章は特にティンパニーが支配する古典的な交響曲の域を脱した魅力的な作品として音楽の歴史にその名を留めている。ベートーベンやマーラー、ブルックナーの交響曲にはないフランス・ロマン派の金字塔である。第5楽章のヴァイオリンの弓ではなく弓の木の部分を弦にぶつける奏法は木に傷がつくと嫌がるオーケストラ奏者もおり、このような演奏法は他のオーケストラ作品では見た事はない。

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     2022/01/06

    このCDはヴァイオリン付きピアノのCDなのか?それとも編曲が雑なのか。やたらピアノがうるさい。せっかくヴァイオリンのストラディヴァリウスの音色を楽しもうとしているのに、ピアノばかりが「邪魔」をする。DECCAの録音にしてはピアノのマイクが「ON」すぎてピアノの打鍵が強すぎる。反対にヴァイオリンのマイクは「OFF」で弱音ではピアノの音に隠れてしまう。ピアノは本来指揮者のパっパーノが演奏しているのも問題の一つかもしない。
    ピアニストではないパッパーノのピアノを聴くのは初めてである。彼はオペラのオーケストラがわりの練習ピアニストとして頭角を表してきたので、バレンボイムのような本来ピアニストではない。ヤンセンの希望でパッパーノを指名したのなら誤った選択であると思う。残念なCDである。

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     2021/12/13

    合唱の録音で難しいのは響きが優先して、芯のない音響に録音されることが多い。このLPはその例にもれづ「芯のない」録音になっている。教会で合唱を聞いていると「こんなもんである」と思いがちであるが、「スタジオ」で録音するとこのようにはならない。パレストリーナから現代まで網羅した合唱曲の名曲が収録されているので魅力的なLPであるが、録音に難点がある点がもったいない。

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     2021/10/18

    あまたあるショパンのピアノ曲の中でもツィマーマンのこのLPは秀逸である。ディナーミクの幅の広さが充分に表現されており、ショパンの琴線に触れた叙情性が魅力的で是非一度は聴いておきたい。録音もダイナミックレンジが広くタッチが克明に聞き取れる。

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     2021/10/15

    小編成のモーツァルトのピアノ協奏曲の17番と21番のLP盤。昔バレンボイムの全集を持っており聞き直して見てたが、やはり劣化が激しく、このゲザ・アンダのLPを購入した。演奏・録音とも満足のいくLPである。ジャケットの写真には少々違和感があるがLPレコードの良さを感じさせる演奏である。

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     2021/10/15

    昔のシュタルケルの演奏、期待して針を下ろす。演奏も録音もこんなモノであったか?
    特に録音技術は一昔前のオンマイクで、チェロの豊かな低音や華やかな高音はまるで収録されていない。これならミクローシュ・ペレーニのCDの演奏と録音の方がはるかに優れている。アナログレコードが見直されているとはいえ、シュタルケルのLPを大枚を叩いて購入するほどのことはない。
    LPには音楽と同時に演奏の空気感・演奏者の息遣いなどCDでは欠落してしまう部分が録音されており、ホールやスタジオで演奏している光景を彷彿とする録音が再現されている場合が多い。それがLPのアナログたる魅力と言える。
    しかし、すべてのLPがそうかと言えばそうではない。よく吟味して購入しなければ、お払い箱になるLPがあることを認識するべきである。このLPは残念でした。

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     2021/07/10

    CDではなくあえてLPを聴くのには理由がある。単にCDよりはLPの方が「音が良い」といった理由だけではない。普段CDでは聴くことのない演奏にLPでは触れることができる。セル&ギレリスの演奏はそうした理由の一つである。ベートーベンのピアノ協奏曲の全曲はハイティンク&シフ、ラトル &ブレンデル、レヴァイン&ブレンデルなどの全曲演奏についつい関心がゆく。セル&ギレリスの演奏はかつての黄金時代の演奏でありながら、見過ごされてしまう。しかしLPレコードの復活が古い音源の優れた演奏を今日に蘇えらせてくれる。これぞLPが復活した真の理由と言えないであろうか。私はSP、LP時代を経験し、セル&ギレリスの演奏は当たり前なことであるが、CDしか知らない世代にはとても新鮮な演奏に映るのではないであろうか。私も久しぶりにセル&ギレリスの演奏を聴くと若かりし時代を懐かしく思う。本来はアナログの耳で育ってきたが、いつしかディジタルに席巻された耳が再びアナログの耳に蘇ってくる。古希を過ぎて人生も残り少ない音楽生活の最後の花道にLPが復活したことは誠に喜ばしい。

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  • 1人の方が、このレビューに「共感」しています。
     2021/06/27

    1921年、1937年、1955年とエルマンは三度来日しているらしいが、1948年生まれの私はとても聞くチャンスなどはもちろん無い。おそらく日比谷公会堂あたりでの演奏会であったのであろう。クライスラーの作品もプログラムに上っていたであろう。これらは全て推測の域を出ていない。しかし、このクライスラー愛奏曲集を聴いていると往年のエルマンの演奏が蘇ってくる。LPには不思議な再生能力がある。音楽とともに映像が蘇ってくる。毎週日曜日に、竹針でSPを父親からハイフェッツのチゴイネルワイゼンを聞かされていた映像もダブって蘇る。それがこうじて、クラシック音楽を生業とする仕事についてNHKの音楽セクションで40年近くを過ごした。ベルリンからの衛星生中継のプロヂューサーも勤めた。今思えば、エルマンの演奏は懐かしい幼少期の映像と妙に一致する。最近LPが復活している理由の一つが再発見されたように思える。

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  • 5人の方が、このレビューに「共感」しています。
     2021/06/25

    なんと「新鮮な響き」であろうか。LPのモノーラルの録音がステレオの録音より輝きを増す。50年ぶりに聴く「感動の一瞬である」。残りの人生はあと10年とすればLPを聴いておかねば人生に「悔いを残す」と一念発起して、レコードプレイヤー、カートリッジ、など諸々のLP再生装置を購入して、MCモノーラルカートリッジでフルトヴェングラーのベートーヴェン交響曲全集を聴く。私がNHKに入局した1973年頃の音楽番組制作はSPからLPに変わった頃で、音楽資料室はLPレコードで溢れていた。なるべく他人が手をつけていないような楽曲で2時間番組を構成した。FM放送の午後1時から放送される「ホームコンサート」という番組であった。あの頃、こんなに新鮮なサウンドで聴いていたかと思うと視聴者の皆さんは「贅沢な時代」であった。いつしかCDに慣れて、LPのモノーラルの響きの魅力から疎遠になってしまった。LPが素晴らしいサウンドであるのだから最近、レコードが復活してきたのも納得のゆく現象である。この交響曲全集に人々の注目が集まるのは当然の成り行きで、「聴いておかなければ「人生に悔いを残す」と私は思う。

    5人の方が、このレビューに「共感」しています。

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     2021/06/02

    ミュンヘンの名門、バイエルン国立管弦楽団は、国立歌劇場の専属オーケストラ
    である。今から45年ほど前にサヴァリッシュの指揮でワーグナーの「指輪」をハイビジョン収録するために、2ヶ月ほどミュンヘンに滞在し、連日この歌劇場に通っていた。ワーグナーの「指輪」以外にオーケストラ作品は聴いたことはなかった。
    ペトレンコがベルリンフィル の指揮者・芸術監督となったが、彼のCDはベルリンフィル 以外には少ないので、この2018年に収録されたマーラーの交響曲第7番はとても興味深い演奏である。今をときめくペトレンコであるので期待して聴いたが、一口で言えば、ペトレンコの演奏にしてはおとなしいマーラー である。もっと奇抜な演奏を期待していた私には物足りない演奏だ。ペトレンコはこれからベルリンフィル とマーラーを録音するだろうが、比較するには「カッコウな演奏」となるであろう。

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