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タイガー哲 さんのレビュー一覧 

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     2013/11/08

    バラの騎士は、いろいろ意見があるが、やはりマリアテレジア風の舞台及び衣装でやるのがベスト。日本の時代劇を現代風にしてだれが見る?それと同じこと。
    →森麻季をみなさん評価するが、これは評価できない。美人ではあるが残念ながら出っ歯。これがステージを見るなら気にならないが、DVDでアップにされるとアウト。歌唱力においても熱演であることは認めるが他のキャストに比較すると実力の差は歴然としている。なによりオペラの舞台慣れしていないのが致命的。見ていると小学生の学芸会のようなところが垣間見えて、なんともさびしくなる。もちろんどなたかが書いているように、衣装が悪い。あんなジャンパースカートでステージに出されたら(第三幕)、それでなくても小柄な体型なだけに、余計に学芸会の演技を想像してしまう。→日本のオペラ界にとっては外国の一流オペラの準主役に出演するということで、画期的なことだったのかもしれないが、いかんせんステージ経験の差が如実に出てしまっている。常設の小屋で毎晩のようにこの役を歌いこなしていないと、こういうステージに出されても、見る方は違和感ばかりが目に付くことになる。日本のオペラ事情の貧困さを再確認するためのソフトであるとしか評価できない。どういう事情があったのか不明だが、ドレスデンのプロデューサーの見識まで問われることになる。→別のレビューで紹介したが、ゾフィーはベームのザルツブルグライブ(残念ながら現在廃盤=DG)で歌っていたエディト・マティスを聴いていただきたい。クリスタルなその発声は見事というほかない。このレビューの中でどなたかが評価しているヒルデ・ギューデンなどとは比べ物にならない。ギューデンは美人でウィーンでは大変人気のあった人だそうだが、その歌声となると話は別。ステージではまだその姿かたちが見られるから許されるかもしれないが、音声だけではどうにもならない。カラヤン・ウィーンフィルとアムステルダムで「春の声」を歌ったライブ(こうもりライブのおまけ)があるが、そのひどさは聴くに堪えないというものではなかった。→「バラの騎士」は好きなオペラでよく聴くが、80年代のカラヤン、クライバー(もちろん息子の方、パパクライバーのウィーンセッションはやはりギューデンのゾフィーでペケ)以降、指揮者、歌手、オーケストラと三拍子そろったものが出てきていない気がする。セッションでもライブでもよい、優れたものが出てくるのを待ち望む。
                                      ※→は段落を示します。このレビュー欄、段落を入れられるようにしてもらえないものか。

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     2013/11/08

    音楽的にはなんの不足もない。というところがこのCDの欠陥といえば欠陥かな。いずれの歌手も余裕綽々の歌いぶり、シュヴァルツコップなぞ、うますぎることが問題といってよいほどである。聴き物はクンツのダニロ。本来テナーの役回りだが、軽めのバリトン飄々とで歌いこなしている。→  アッカーマンの指揮は他のオペレッタもそうだが、これが正調のウィンナオペレッタといわんばかりの楽しさと美しさをフィルハーモニアのオケから引き出している。 録音はモノラルとしては十全と評価するが、いかんせんセリフのところが全てオンマイクで取られており、劇場的雰囲気を阻害しているのが不満。→  「メリーウィドウ」はぜひ画像入りで見たい。というより劇場へ足を運んで見たい。それでないと真価は分からないといってよい。ウィーンフォルクスオパー日本公演(1982年、第2回来日時)のCDがいつのまにか廃盤になっている。第1回来日(1979)初演は空席だらけだったのが、口コミでその楽しさが伝わり最後は満席続きだったと聞くが、ベートーベンやブラームスを額に皺を寄せて聴くのが音楽鑑賞の王道だといっていた、わけの分かっていない評論家連を、音楽ファンが一挙に乗り越えた瞬間として、私は快哉を叫んだものである。このCDのハンナはイーロッシュ、ダニロがミニッヒというベテラン。本当はもっと若手がやるほうがおもしろいし楽しい。ハンナも私が大阪で見たマルテッィケという人のほうが歌がうまいし、美人で立ち居振る舞いに男心をとろかせるような色気があった。こういうことはオペレッタでは歌のうまさもさることながら重要なのです。バランシエンヌもCDで聴くメラニー・ホリディが確かに美人で力演だったのだが、これも私が聴いたダクマール・コラーという人のほうが一枚上。この人、歌がうまい上に芝居がうまい。それに加えてバレーができる(ホリディもできたのだが)。例のフレンチカンカンなど、アンコールを含めて4回もやる大サービス。あとでこの人が来日当時ウィーン市長夫人だと聞いてビックリした事を思い出す。ウィーンフォルクスオパーの第1回来日のときには、草月ホールで特別コンサートをやっている。これがまたすばらしく(NHKで放映された、どなたかビデオを持っている人はぜひダビングさせていただきたい)、一挙にフォルクスオパーに肩入れをすることになった。→  オペレッタでもう一つ重要なのは、狂言回し。こうもりの牢番フロッシュ、このメリーウィドウでいえばニエグシュ。この役がへたくそだと見れないし聴けない。年季の入ったベテランが必要。→  もう一点オペレッタについて書かせていただくと、メルビッシュ音楽祭の各公演が良いと推薦しておきたい(NHKで毎年放映していたが、最近はやらないようだ、ぜひ復活してほしい)。基本的に若手で実力のある歌手が出演している。毎年違う曲をかけているが、メリーウィドウは少なくとも2回、違うキャストで見ている。私が見たのではカーレスのハンナ(すでにベテランだった)、エーデルマン(オットー・エーデルマンの息子?)のダニロの時が素敵だった。指揮はここ20年ぐらいほとんどルドルフ・ビーブルが振っている。この人80年代初頭のフォルクスオパー日本公演にも同行している。いったい年はいくつになるのだろう、今でも若々しい指揮ぶりだし、歌手を生かすのがうまい。アッカーマンもそうだが、こういう指揮者がいないとオペレッタは成立しないといってよい。メルビッシュの公演記録は、屋外ステージのライブとは思えないすばらしさ。録音はアフレコしたのではないかと思うほどの出来。歌手たちは美男美女がそろっているし歌もうまい。衣装も華麗。ステージのセットも夏の短期公演とは思えないほどに手が込んでいるし、自動車や馬車、船は本物を使っている。オペレッタなんぞと毛嫌いせず、ぜひあなたも一度ご覧になってはいかが。その楽しさにはまること請合います。  →は段落を示します 

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     2013/11/08

    音楽的にはなんの不足もない。というところがこのCDの欠陥といえば欠陥かな。いずれの歌手も余裕綽々の歌いぶり、シュヴァルツコップなぞ、うますぎることが問題といってよいほどである。聴き物はクンツのダニロ。本来テナーの役回りだが、軽めのバリトン飄々とで歌いこなしている。→  アッカーマンの指揮は他のオペレッタもそうだが、これが正調のウィンナオペレッタといわんばかりの楽しさと美しさをフィルハーモニアのオケから引き出している。 録音はモノラルとしては十全と評価するが、いかんせんセリフのところが全てオンマイクで取られており、劇場的雰囲気を阻害しているのが不満。→  「メリーウィドウ」はぜひ画像入りで見たい。というより劇場へ足を運んで見たい。それでないと真価は分からないといってよい。ウィーンフォルクスオパー日本公演(1982年、第2回来日時)のCDがいつのまにか廃盤になっている。第1回来日(1979)初演は空席だらけだったのが、口コミでその楽しさが伝わり最後は満席続きだったと聞くが、ベートーベンやブラームスを額に皺を寄せて聴くのが音楽鑑賞の王道だといっていた、わけの分かっていない評論家連を、音楽ファンが一挙に乗り越えた瞬間として、私は快哉を叫んだものである。このCDのハンナはイーロッシュ、ダニロがミニッヒというベテラン。本当はもっと若手がやるほうがおもしろいし楽しい。ハンナも私が大阪で見たマルテッィケという人のほうが歌がうまいし、美人で立ち居振る舞いに男心をとろかせるような色気があった。こういうことはオペレッタでは歌のうまさもさることながら重要なのです。バランシエンヌもCDで聴くメラニー・ホリディが確かに美人で力演だったのだが、これも私が聴いたダクマール・コラーという人のほうが一枚上。この人、歌がうまい上に芝居がうまい。それに加えてバレーができる(ホリディもできたのだが)。例のフレンチカンカンなど、アンコールを含めて4回もやる大サービス。あとでこの人が来日当時ウィーン市長夫人だと聞いてビックリした事を思い出す。ウィーンフォルクスオパーの第1回来日のときには、草月ホールで特別コンサートをやっている。これがまたすばらしく(NHKで放映された、どなたかビデオを持っている人はぜひダビングさせていただきたい)、一挙にフォルクスオパーに肩入れをすることになった。→  オペレッタでもう一つ重要なのは、狂言回し。こうもりの牢番フロッシュ、このメリーウィドウでいえばニエグシュ。この役がへたくそだと見れないし聴けない。年季の入ったベテランが必要。→  もう一点オペレッタについて書かせていただくと、メルビッシュ音楽祭の各公演が良いと推薦しておきたい(NHKで毎年放映していたが、最近はやらないようだ、ぜひ復活してほしい)。基本的に若手で実力のある歌手が出演している。毎年違う曲をかけているが、メリーウィドウは少なくとも2回、違うキャストで見ている。私が見たのではカーレスのハンナ(すでにベテランだった)、エーデルマン(オットー・エーデルマンの息子?)のダニロの時が素敵だった。指揮はここ20年ぐらいほとんどルドルフ・ビーブルが振っている。この人80年代初頭のフォルクスオパー日本公演にも同行している。いったい年はいくつになるのだろう、今でも若々しい指揮ぶりだし、歌手を生かすのがうまい。アッカーマンもそうだが、こういう指揮者がいないとオペレッタは成立しないといってよい。メルビッシュの公演記録は、屋外ステージのライブとは思えないすばらしさ。録音はアフレコしたのではないかと思うほどの出来。歌手たちは美男美女がそろっているし歌もうまい。衣装も華麗。ステージのセットも夏の短期公演とは思えないほどに手が込んでいるし、自動車や馬車、船は本物を使っている。オペレッタなんぞと毛嫌いせず、ぜひあなたも一度ご覧になってはいかが。その楽しさにはまること請合います。  →は段落を示します 

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     2013/11/08

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     2013/11/08

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     2012/09/06

     08年7月のコメントへの追記。男声陣の脇が、現在から見てもすばらしいメンバーをそろえている。ロバート・メリル、ジョルジョ・トッツィ、フェルナンド・コレナ、ジョン・リアドン。これだけのメンツはなかなかそろわないだろう。あくまでも推測でしかないが、ビーチャムがメットに招かれ指揮したこのオペラの出来がすばらしく、急ぎセッションが組まれたのではないか。ユニオンが厳しく、なかなかステージのオリジナルメンバーでセッションを組むということはむつかしかったはずである。よくぞオーケストラおよびコーラスを臨時名称にすることだけで切り抜けられたものである。
     →再度言うが、カラヤンのように壮麗・華麗でもなく、セラフィンのように雄弁でもないが、なによりも歌手にそしてこのオペラの本質である『ボヘミアン』に寄り添って演奏しているのは、このビーチャムである。名演はすべてそうであるが、録音年代の古さなどまったく気にならないことを付言する。
     →余談であるが、ビクターのニッパー君(例の蓄音機のラッパに耳を傾けているワンちゃん)のイギリスのおける商標権はEMIの親会社とも言うべきHMVが所有していて、私の持っているこのディスクにもそれが印刷されている。アメリカや日本では権利者が違うため、外箱のニッパー君の部分には金色の目隠しシールが貼られていた。ちなみにニッパー君の絵の下には「his master’s voice」と書かれている。すなわち蓄音機のレコードに録音されているのは彼のご主人様の声ということ。みなさん、HMVの由来がこの三単語の頭文字から来ていることをご存知でしたか。最近、音盤業界に勤務していた人と話をしていて、その彼が知らないでいることにびっくりした。
     →は段落を示します。

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     2011/12/29

     いずれのレビューにもあるように、まことに巨大かつ真摯な演奏。比較して他の演奏を聴いたことがないが、その必要を認めないというのが本音である。→
     クレンペラーの指揮振りとそれに応えるオケ。なんともいえぬ醍醐味があるが、みなさんあまり評価されていないコーラスのすばらしさが、この音源の評価をいや増していると思う。コーラスマスターのウィルヘルム・ピッツの薫陶が行き届いているということであろう。でなければあの「いらち」(これは大阪弁です)のクレンペラーがここまでコーラスを持ち上げることはできなかっただろう。指揮者かコーラスのどちらかが音を上げていたはず。→
     録音はたしかに古いが雰囲気は豊か。KINGSWAY HALLの残響の美しさを十分に捕らえていて、聴いていて心地よい。EMIは不思議なレコード会社で、モノラル最終期からステレオ初期にかけての録音は非常にデッドな音撮りのものが多く、それがクレンペラーの録音を還暦近くなるまで聴かなかった大きな理由。いわゆる「食わず嫌い」であった。聴いていたのはほとんど国内盤のLPであったから、東芝EMIの音作りに問題があったのかもしれない。→
     なにはともあれ、これからミサ・ソレムニスを聴こうという人には第一番に推薦したい。あなたがクリスチャンでなく、ラテン語が理解できず、歌詞の意味が分からなくても、祈りの世界に引き込まれ、その「荘厳」さに打たれることは間違いない。それほどの演奏であるということ。発売当時の「レコード芸術」誌の評価が特薦でなく、「推薦」であるというのは理解できない。当時はクレンペラーに対する正しい評価がなされていなかったというほかない。
     →は段落を示します

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     2011/11/07

     今でもよく聴くのは魔笛。フリッチャイ指揮のCDのレビューにも書いたが、ディースカウのパパゲーノはペケ。オペラ終幕近くで、パパゲーノとの二重唱があるが、そこでかろうじて救われている。リーザ・オットーの功績大。リタ・シュトライヒの夜の女王も最高。一時期話題になったグルベローバなんて問題にならない。この人の夜の女王を聴かずして魔笛は語れないと思う。→
     他の三作はVPOを聴くべき。コジは別にしてスーブレットで出ているギューデンがすべてをぶち壊している。スーブレットのなんたるかが分かっていない。もともと声がスーブレットに合わないオバンくさい声だし、発声が悪い。クリスタルで硬質な声が出てこない。なんで50年代にウィーンで人気があり、DECCAが録音セッションで多用したのかが分からない。美人は間違いなく美人で、その当時のプロデューサーがその色香に迷ったとしか思えない起用である。バラの騎士のゾフィーなどはモーツァルトよりもっとひどい。クナが黙って棒を振っていたなと思うほどのひどさである。コジでデスピーナを歌っていたエミー・ローゼをそのまま他の二作でも使っていたら、その価値はうんと上がっただろうに。→
     ギューデンのことをくさしたが、他の歌手に聴くべきところはある。レポレロのフェルナンド・コレナ。ブッファバリトンの手本のような歌唱。ドン・ジョバンニのチェザーレ・シェピ。映画で見た颯爽として粋な騎士姿が、その歌唱から髣髴する。フィオルディリージやロジーナを歌うリーザ・デラ・カーザ。同時期のカラヤン指揮によるシュワルツコプフの方が歌唱として優れているのかもしれないが、セッション録音にもかかわらず劇場的雰囲気の横溢しているのはデラ・カーザだと思う。シュワルツコップフは完璧に過ぎて、ロジーナなどそう何度も聴こうとは思わない。ただしこの人の歌うオペレッタは別物で、完璧の上に余裕があって、愛聴している。アッカーマンの指揮が優れていることがそのベースにある。そしてエーリッヒ・クンツにエミー・ローゼ。クンツは今のバリトン歌手から比較すると声量にやや難があるが、そのエレガントな歌いまわしは今の歌手にはまねのできないところがある。エミー・ローゼのかわいらしい歌いぶりは、ギューデンなんか問題にならない。発声も明瞭。dictionも言うことなし。→
     数十年前にこの4作を揃えようとしたら万とつくお金が必要であった。リマスタリングにいろいろ問題もあろうが、お小遣いで買える値段であるのは、なんと幸せなことだろう。そのことも勘案すると一聴の価値はある。

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     2011/10/03

     実はこのソフトの全編を見ていない。「ナブッコ」はずいぶん昔に放映されたベローナ野外オペラのライブしか知らないし、その記憶もはるかかなたという状態。なにゆえユーザーレビューに投稿するかといえば、どなたかもコメントしておられるが、Va pensieroのコーラスが抜群なため。このコーラスの演奏はいくつも聴いているが、これほどの演奏にお目にかかったことがないと評価したい。→なによりコーラスとオケのマッチングがすばらしいし、そのようにまとめ上げたコーラスマスター及びレバインの手腕に敬服する。コーラス最後のソットヴォーチェなどいくら絶賛しても足りないほどのすばらしさである。加えてコーラスのメンバーの表情がすばらしく、歌とあいまって望郷の想いが切々と伝わってくる。メトロポリタンのライブであるから、メンバーは基本的にアメリカ人のはずだが、アメリカ人特有の「能天気さ」がかけらも見られない。メトのオペラはそれなりに優れたプロダクションがいくつもあるようだが、いずれを見てもこのアメリカ人特有の能天気さが鼻について、積極的に見ようという気にならない(それは今でも変わらない)。ただこのVa pensieroだけは別物で、このコーラスを聴くためだけに持っていたいソフトといえる。オペラのコーラスでアンコールに応えるというのも稀有のことで、レバインも出来に相当自信があったと思われる。
    →は段落を示します。

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     2010/04/02

     みなさんこのライブ録音がステレオで残されていることに驚嘆されているが、なぜだかご存知だろうか。50年代末ごろからラジオのステレオ放送の実験が開始された。当時は中波全盛の時代。中波の二局を使ってステレオ放送していたのだ。たとえばNHKは第一と第二の二局、この録音を担当したニッポン放送は文化放送と提携してステレオ放送していた(はず)。確認が取れていないが、この録音もこの二局を使ってライブ放送されたはず。今では信じられないが、そんな時代があったのだ。←
     民間放送局にもまだ草創期の活力が残っていて、こういうクラシック音楽のビッグプロジェクトに取り組む余裕もあったのだと思われる。そのソースを50年近く経った現在、非常に廉価に享受できることに感謝したい。←
     演奏については多々述べられているのであまりコメントすることはないが、成功の一因はディースカウを伯爵で歌わせたこと。この人、劇場で見たらどうか分からないが、少なくともレコードやCDで聴くと、うますぎてそれが優等生的な歌唱となって、ブッファの面白さが少しも伝わらなくなる。フリッチャイの魔笛もほかのキャストはよいのに、この人のパパゲーノで価値を下げている。魔笛ではこの人は弁者を歌うべき(その意味でショルティの指揮した音源の成功の原因はここにある。ただし夜の女王は不満が残る)。←
     なんにせよ、見事な一発録りで、これぞライブ録音と評価したい。それに比べて最近のライブ録音と標榜するつぎはぎだらけの、演奏後の拍手も入っていない音源のつまらなさはない。

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     2010/03/09

     グルダのピアノ、シュタイン指揮のVPOの魅力もさることながら、このセットの聴きどころはベーゼンドルファーの音色にある。LP時代に英デッカの廉価版のセットで聴いていたが、幸いにしてCDのリマスターがうまくなされていて、その音色の魅力は失せていない。低音、高音域はあまり分からないが、中音域の音の膨らみ、豊かさはどうだ。やや音割れしているようにも聞こえるが、ナチュラルホルンが倍音を響かせて鳴り響くような音の豊かさ、魅力がある。同じエンペラーの演奏でルービンシュタインが弾くスタインウェイの響きとは明らかに違う。スタインウェイはすべての音域で粒立ちのよさといったところを見せるが、そこが違う。このベーゼンドルファーの音色を評価するかどうかが、このセットの評価の分かれ目のような気がする。←
     グルダの演奏やシュタイン指揮のVPOのバックアップについては特にコメントすることはない。立派な演奏と評価する。VPOも最近のようにインターナショナル化する前のウィーン独特の音色が横溢していて大変魅力的。『ドナウ川で産湯を使い、ウィーンの音楽院で共通の先生に習い、ウィーン製の楽器を使って演奏する』という、VPOの独自性がなくなる寸前の演奏。いまや金管楽器もヤマハ製に切り替わってきているというから、音色の魅力がなくなるのもむべなるかな。←
     どなたかが評価されているが、デッカのゾフィエンザールセッションの魅力もある。←
     ベーゼンドルファーの音色を評価しない人には聴きづらいセットであろう。
       ←は段落を示します。

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     2010/02/24

     オーケストラ以外はすべてスペイン出身の歌手、指揮者によって演奏されている。サルスエラのアリアはスペイン人の持つ情熱と楽天性がなければ聴いていられない。「Domingo sings Zarzuela」とタイトルされているが、これはよくない。ローレンガーの出来がすばらしく、ドミンゴ以上の聴きものといってよい。←
     指揮のナヴァロも上出来で、オーストリアラジオのオケを見事にドライブして、聴衆を熱狂させる。お国物というのはえてして独りよがりになりがちだが、ここではオケの好演もあってそうはなっていない。←
     ザルツブルグのライブだが、これを生で聴けた人がうらやましい。ライブの魅力が詰まっている。最近のライブのようにゲネプロも含めて編集したものと違って、本番一発録りと見ているがどうだろう。ザルツブルグ祝祭劇場の録音としては残響も十分に録られており、耳に快い。←
     気分が鬱屈したときに聴くと、たちまち爽快になること請け合いのCD。廃盤にならないうちにあなたもぜひお試しあれ。
         ←は段落を示します。

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     2010/02/24

     一度は見ておきたいソース。どなたが書いておられたが私もシュヴァルツコップではなくリーザ・デラ・カーザで見たかった。
     若いときに二度、大阪のフェスティバルホールで見ている。最近DVDの普及が著しくみなさんパーソナルに視聴されることになっているが、このソースの真価は劇場の大画面で、しっかりしたオーディオシステムのバックアップがあるところで見るとより発揮される。
     いろいろ評価のポイントはあるが、私はローテンベルガーの初々しい娘らしい雰囲気いっぱいの演技とバラの献呈の場面での、ノンヴィブラートの声の伸びを評価したい。もちろん第三幕のトリオが聴きどころであるのは言うまでもない。
     いまはHMVの販売リストから落ちているが、ゾフィーはDGから販売されているベームのやはりザルツブルグライブのエディト・マティスが断然お勧め。バラの献呈の場面での声はローテンベルガーを上回るすばらしさ。なにより彼女自身がまだ20代、ローテンベルガーがいかに若作りをしてもこのフレッシュさには及ばない。この人の歌を聴くだけのために持っていても損はないといえる。
     父クライバー盤の評価も高いが、ゾフィーのギューデンが最悪。ステージだったら姿かたちが美しいからまだごまかしが効くだろうが、オーディオだけだとペケ。聴くにたえない。

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     2010/01/19

     トロヴァトーレの規範となる演奏ではないか。歌手たちはいずれもベストフォームだが、バスティアニーニのルーナ伯爵が朗々たる歌声でいて、フォームを崩さず、かといって味気ないということもない、まことに立派な歌唱。コッソッとのアズチェーナも立派。シッパース盤のシミオナートで聴きたかったという思いがあるが、それはないものねだり。ベルゴンツィも言われるほど悪くない。同じバリトン出身でもドミンゴに比べるとこの人の方がやや声が軽く、それが一途さを表現するのによい方向に行っていると思う。→ セラフィンの指揮は毎度のことだが言うことなし。オケが前に出過ぎることもなく引っ込むこともない。そして謳わせるところはスカラのオケが見事なカンタービレを見せる。もちろん単なる伴奏に終わっているということはない。コラボレーションということで言えばこれほどのものはないと評価できる。この時代の指揮者は多少の凹凸はあるにせよ、歌手を生かすのがみなうまかった。→ 
     ユーザーレビューを読むとカラヤン指揮のウィーンライヴの評価が高いが、私はあまり評価しない。指揮者の格の違いといったものが歴然とある。カラヤンの旧盤(スカラセッション)やシッパース盤は未聴だが、トロバトーレのベストワンと評価してよいのではないか。というより、サバタ指揮のカラスのトスカと並ぶイタリアオペラのベストと評価したい。ステレオでこの録音が残っていたというのも、なんとも幸せなことである。DGはこの盤を出し続けてほしい。→
     ここからは余談。ユーザーレビューを読むと皆さん年齢を出したがらないようだが、ぜひお出しになってください。年代が分かるとコメントの内容もより深く理解できると思う。
      →は段落を示します。
     

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     2010/01/06

     09年1月1日付の記事でカラヤンが「レガートをいっぱいつけと」と書きましたが、小生の知識不足による間違いです。「テヌートをいっぱいつけてオケを引っ張っている」と訂正します。赤面の至りです。ちなみに小生が聴いているのはRCAのレッドシールのLPです(国内盤)。CDではどのような音がしているか分かりません。LPのこととて多少のノイズは入りますが、鑑賞にはまったく差し支えありません。アナログLPが再評価されている昨今、配偶者に「場所ふさぎである、早く整理せよ」と何度も命令を受けながらも残していてよかったと思っています。

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