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西荻椿山 さんのレビュー一覧 

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     2013/03/18

    本曲蘇演の記録は59年カラス(S)、レッシーニョ盤です。カラスが歌わ(え)なくなった後引き継いだのがカバリエ(S)です。カラスの歌唱は立派なものだが、かよわく無力な公爵夫人というよりイタリアに実在した軍隊を率いて男と互角以上に戦ったという女公爵を思わせるところがあるのが贅沢な悩みです。カバリエは本曲を演じるにあたってカラスのレコードを参考にしたに違いありません。それがよかったかは別として、登場のSorgeteの決然とした調子にうかがえます。が、ancor、Ah!、Pieta!といった語を繊細で透明な音で引き伸ばせる彼女の個性は打ち消しようがなく本曲のヒロインにより近いのではと感じます。それだけに終曲のわが子への思いもよりしみてきます。Tはカラス盤より聴き劣りがし、Brはカラス盤より良いです。指揮、オケはカラス盤よりずいぶんおとなしいが、イタリアというのは強味でしょう。ライヴですが、録音は悪くないもののカラス盤よりは劣ります。観客は静かで歌唱の邪魔になることはなくフライングもありません。総合するとどちらかといえばカラス盤のほうがするっとまるっと聴けます。ブックレットに歌詞は載ってなく、演奏時間もわかりません。カバリエ引退後放置するには惜しい曲で両者に優る歌唱者の出現を切望します。

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     2013/03/18

    ベッリーニがナポリからスカラ座に初めて進出して作曲した彼の3作めです。1827年初演は大成功だったもののいつかレパートリーからは消え失せていました。この復活も1958年・初演と同じスカラ座・カラス(S)で、顔ぶれもコレッリ(T)、バスティアニーニ(Br)と豪華なのが録音されていないのは残念ですが、翌年の演奏会形式の本盤で十分うかがい知ることができます。第1幕第2場Tu sciagurato Ah! fuggi,fuggi.から始まるS、Tの掛け合い、第1幕最後のAh! partiamo,i miei tormentiからのアンサンブルなど「ノルマ」の萌芽と思います。また、第1幕第3場Parlarti ancor per poco,からのT、Br、Sの重唱も美しい。が、なんといっても聴きものは、幕切れ10分弱も続くSのソロです。これがベッリーニのみならずドニゼッティもルチアなどで愛用した狂乱の場の嚆矢といいます。Obの前奏ではじまり、夫(Br)への罪悪感にさいなまれる心を歌いますが、後段はもと彼(T)の処刑を聞きさらなる打撃をうけます。中段(Col sorriso d’innocenza・・・)はわが子への愛着がしみじみとききとれ、単なる技巧の誇示のための曲ではありません。カラスは登場からこの終曲まで歌唱に一瞬の緩みもありません。ただ、父のため泣く泣く恋人Tの政敵Brへ嫁いでいった無力な女性という感じはしません。再会したTの残党をかき集めTと一緒になってBrを打倒しかねない勢いです。狂うことがあるとしてもそれがうまくいかなくて怒り狂うというような。マリア・ストゥアルダにふさわしい歌唱です。Tは立派なもので、妙なクセがないだけコレッリよりよいかもしれません。Brはバスティアニーニと同列というわけにはいきません。指揮が元気がいいのはいいが、多少軍楽的な嫌いがあります。ライヴですが録音は良好です。観客の咳が少し気になる他、終曲中段の終わりで拍手するなど少々素養にも欠けます。

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     2013/03/17

    血縁関係、人物の生死に異同はあるが、基本はシェイクスピアと同じロメオとジュリエット(S)の物語です。が、序曲は悲劇の開幕とは思えない楽しげで調子がいいのは天国で結ぶ二人の恋を祝福しているのでしょうか。聴いて違和感をぬぐえないのはロメオがMsであることです。ヴェルディの「仮面舞踏会」や「ドンカルロ」でズボン役が(かなり重要な)脇役で変化をつけるのはわかりますが、主役で恋の歌を歌い続けるとなるとカペッロのように対立していなくても娘を百合にするわけにはいかんといいたくなります。第1幕第1場のLa tremenda ultrice spadaなんて勇壮だし、第1幕第3場SとSe ogni speme e a noi rapitaとデュエットするところなど美しいとは思うのですが。もし、ロメオをT、テバルドをBrにして作曲していたら、あるいはスターバトマーテルのような宗教曲だったら少なくとも「夢遊病の女」に優る人気作になっていたに違いない傑作です。というわけで、個人的には主としてSを聴くことになりますが、第1幕第2場Hrnの憂愁な調べのあとOh! quante volteとHを伴い歌いだすのを聴くと彼女の心には困難な恋の悩みだけでなく魂の問題があるようです。本盤のグルベローヴァは純真無垢な乙女の心の葛藤を澄み切った高音で歌いきって見事です。ライヴですが、歌唱中観客の音が妨げになる箇所はありません。録音も悪くありません。

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     2013/03/16

    ヴィヴァルディの2曲はよく取り上げられるもののようですが、彼らしい空騒ぎ感のするもので、こういうのが1枚続いたらかなわないと思います。ここではやや落ち着きのあるアルビノーニを挟んで配列されいいアクセントになっています。そのアルビノーニは第1の名作と思われる作品9/2ではなく次席の2作品が選ばれています。G.サンマルティーニはOb奏者だった作曲家とのことで緩ー急ー緩ー急の本盤収録作は佳品だと思います。というわけで1枚気持ちよく聴けますが、最初のA.マルチェッロの作品が際立ちます。1書の人という語がありますが、彼はこれ1曲の人らしい。第2楽章は映画音楽に使われたほどで哀愁が格別です。全部イタリア出身の作曲家でイタリアの弦の名手からなるイタリア合奏団の相性がいいのはいうまでもありません。シェレンベルガーはドイツといってもイタリアからアルプスを越えてすぐのミュンヘン生まれ、BPOのソロ奏者だった方といいます。輝かしい音色は曲やバックと違和感はありません。

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     2013/03/11

    本曲を検索しても3種しか出てこず閑散としています。聴いてみるとすぐに耳につく息の長い旋律がないのです。これが不人気の理由でしょう。高音はあっても華麗なブラヴーラのない「清教徒」といった趣きです。しかし、その名技的なアリアは聴いておもしろくても、劇的真実や進行を阻害しているといえないでしょうか。人物の心情が言葉と音によって素直に伝わってくるのは「夢遊病の女」や「清教徒」ではなく本作品です。これは埋もれた傑作だと思います。全曲沈鬱な雰囲気が支配しています。何しろSは常にベールで美しい(?)顔を隠しているというのです。最後に隠す必要はなくなりますが、幸せになったといえるのか。その傍らでTもMsも愛はかないません。ライヴでモノラルですが、音は良好で、観客やプロンプターの声が耳について困るほどです。その観客もSが歌いはじめると息を思わずひそめています。本盤のカバリエは彼女の全録音を聴いたわけではないが最上の出来だと思います。透明な高音が細くどこまでも伸びていき尋常でない美しさです。それでいてキイイーとなるところが皆無なのです。ベルカントとは何かを知りたくば本盤をお聴きになるといいと思います。何らメロディーがない声の連続だとしても法悦なのです。Ms、T、Brは詳細不詳ですが、立派に歌っています。下手なSで「夢遊病の女」や「清教徒」を聴くよりよっぽど素敵なひとときが過ごせると保証いたします。なお、ブックレットに歌詞は載っていません。

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     2013/03/11

    観たこともないのにカーラス、カーラスとなぜ鳴くのと問われれば、上演が途絶えていたオペラをいくつも復活させたとされることもあげられます。普通にかけられていた作品を立派に演じることだって大変でそれで済ましてもかまわなかったのにです。本作品もその一つです。しかし、同じ台本作者で似たような路線のドニゼッティ「愛の妙薬」が上演し続けられたのに対し本作品が最初成功をおさめながらその後舞台から消えていたというのには十分理由があると思います。こちらのほうが、歌うのにずいぶん難しそうというのもありますが、台本の差です。ドラマに緊張をよぶ主演男女および三角関係の対立が弱い。話のタネが夢遊病を信じるか信じないかだけではたとえ絶世の美女が主演を務めていたとしても間がもちません。第1幕からいきなり第2幕第9場大詰めにとんでいっこうかまわない、むしろそのほうがしまると思います。そしてその音楽も超絶技巧に唖然とする箇所はあるもののいまいち浸透力が低いように感じます。こういう代物で、Sが不束では聴けたものではありません。カラスが偉いのは復活であってしかもほぼ理想的であることです。ほぼというのは、夢幻を彷徨うかよわい女性というには、「蝶々夫人」のときのようには化けきれていないからです。悲劇、巫女、魔女に最適性という尻尾が出てしまっています。そこで、サザランドの大詰めを61年レッシーニョ盤で聴いてみましたが、ライヴで最後まであえかさを維持できるほどの難度ではない(カラスよりいいとはいえない)ようです。ブックレットの5枚のモノクロ写真をみるとこのときはもう朽ちた橋桁を踏み外しそうに太ってはいなかったようです。それからバーンスタインてけっこう若いときからヨーロッパでも振っていたんだなと思います。録音状態はカラスのライヴとして普通です。つまり、即投げ出したくなるほどひどくはありません。

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     2013/03/10

    これは難曲です。そうだろう、ロッシーニのことだから歌手に容赦はないということではありません。日本人が理解するというかおもしろがるのが難しいという意味です。オペラは完全な異文化です。歌謡曲は流れていましたが、とてつもない高音で男女がデュエットするなんてことはありません。ちらっとTVでみてみると節をつけて会話しています。現実にはありえないことで笑うほかありません。そのただで笑えるオペラでこれは笑えるのだという。聴いてみると猛烈な早口言葉やSやBが妙な声を出す箇所がある、これがおもしろいというのだろうか、このように分析するようでは可笑しいわけがありません。イタリア語がわからないのが大ハンデで、日本語字幕で見るにしくはないで見てみます。咳で退散の約束をくりかえし反故にする、ウーム吉本では完全にスベリまんがな、高崎市民でないトルコ人にスパゲッティを大盛りにして一杯食わせているのがまあおもしろいといえなくもないが、何度も見れるものではないでしょう。それでCDで聴きなおしてみるとああこんな曲だったなとは思います。しかし、何かの拍子に頭のなかに浮かんできて、あれ、これどのオペラに出てくるんだっけという曲はないでしょう。作曲家初の大ヒット作といっても、音楽そのものとしても、最上とはいえないと思います。タイトルロールのMsが要です。頭の回転が速く行動力があるらしく聴こえなくてはいけません。が、女前でないといけないといっても和田アキ子みたいではムスタファのいうとおり持参金つきのSと一緒になったほうがいいと思えてきます。その辺は登場の際のo mio Lindoroのくだりを聴くとよくて本盤は合格だと思います。男性は若ければリンドーロ(T)、中年ならタッデオ(B)のつもりで見るのでしょうが、本盤で一番いいのはムスタファです。VPOは溌剌として美しく作曲家がウィーン訪問したとき街がロッシーニ一色に染まったという話を思い出します。そのとき片隅においやられたベートーヴェンにも同じ女性による男性救出劇があるときくが、これは作曲したということ自体がギャグに思えて実物を聴いたことはありません。曲自体ー1、DVDでないでー1です。

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     2013/03/09

    評価困難な音源です。まず音質は現代の録音に慣れた耳には聴けたものではありません。オケは団子状態、合唱もそうで何をいってるのかわかりません。歌手は遠くそれでいて高音では必ずヒスが入る始末です。次に台本の処理とキャスティングです。台本を見ながら聴いていると大きく飛ぶ箇所がいくつもあります。そしてTにはかけもちの方がいます。それもチョイ役ではなく2番目に重要な男性です。しかも殺される役と殺した奴を救出する役兼任というのだからすごい。ズタズタ、メチャメチャなのだが、本作品はロッシーニのなかでも特に愛の甘さを表現する点で最高級品と感じます。イタリア語がわからず、大幅にカットしているのでかえってドラマチックになっている可能性はありますが。困るのは、SがDella morte,piu funestaと歌い始めると諸々の難が気にならなくなることです。第1幕第7場TのAmor・・・Possente nome!ではじまる二重唱、鳥肌ものです。そして第2幕終わりのD’Amore al dolce imperoの圧倒的なパトス、拍手がしばらく鳴り止みません。第2のカラスという売り出し文句は最近使われなくなりました。上から下までムラなく無理なく出すことはできてもこのパトスにかけとうてい同列に論じられない方が続いたからでしょう。いくらTをきちんと揃え完全版にしてもSがカラス級でないとアルミーダの魔法はかかりません。未だカラスの魔法が解けていないのは検索すると本音源が5社から出されているのでわかります。しかし、未来永劫解けないとは思えません。カラスの活躍したのは前世紀の半ば、今世紀はもう10年以上過ぎています。いくら天才といっても百年に一人は出現すると思われ、もうすぐ完璧に塗り替えられるものと思いたい。

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     2013/03/08

    「湖上の美女」、シューベルトの歌曲「水の上で歌う」を連想します。事実、跳びはねるような旋律もありますが、第1幕第2場のエレナ(S)のOh mattutini alboriのロマンチックな雰囲気が大勢をしめています。お話の設定は水戸黄門、もっと若いから暴れん坊将軍(T)みたいです。Tは対立する陣営の娘(S)に恋しますが、Sはこれまた同陣営の恋人(Ms)に忠実で2度も拒絶されるのですが、TはSに恋慕する首領(別のT)を成敗した後さっぱりと陣営ごと許すという筋書です。政治と愛情、2重に対立しながらこの結末はひじょうに寛大で、ありうべからざることと思われますが、当時の当局に対する配慮でもあったのでしょうか。まあそのような疑問は結尾のSのアリアAh chi sperar potea tanta felicitaの歓びを聴くとどうでもよくなりますが。このように本盤の聴きものはカバリエ(S)です。恋人がMsというのは「タンクレーディ」やベッリーニの「カプレッキとモンテッキ」などヴェルディより前にはありがちなのですが、宝塚的違和感があります。が、第1幕第7場終結の2重唱など美しくありかなとも思います。ライヴですが、観客の存在は幕の終わりの拍手だけで聴くじゃまになることはありません。ステレオと盤面に記してありますが、拡がりはなく歌手が遠い。90年よりずっと前の録音のように感じます。といって、スカラ座盤もアンダーソン(S)のせいなのか、ムーティがへぼなのかどうにも退屈です。本曲の理想的上演は未来に期待するほかありません。なお、手元にあるのはfoyer盤です。

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     2013/03/08

    モーツァルトのVn協奏曲(で真作と確定しているもの)は1775年の第1番から第5番までしかありません。Vn好きとしては彼がPfへ転向していったのは残念です。そういう気持ちを見透かすようにモーツァルトを名乗る第6番、第7番があります。本盤同封パンフレットを読むと第6番は1983年新モーツァルト全集には収録されず、第7番は新全集の疑作群を集めた巻に収録されたそうです。第6番は偽作と確定、第7番は一縷の望みありということでしょうか。第6番は至難の技巧のほかにモーツァルトらしからぬ作曲上の不手際まであると書いてあります。1955年グリュミオー(Vn)が旧録でとばしているのも思い起こされます。しかし、第1楽章は愛すべきものがあります。第7番は第3楽章のヴィルトゥオジティはらしからぬ印象だが、もとの楽譜に1777年作と記されていたのを信じれば確定真作群の2年後で、ありうるとも考えられます。何しろ1年で第1番から第5番までに進化した天才だからです。が、第2楽章の味の薄さがやはり偽作かと感じます。1777年といえばディヴェルティメント第15番が作曲されているというのに。真偽は別にしてこの時代の音楽には厚ぼったく熱っぽい油絵具のような音は禁物です。カントロフはその点問題ありませんが、長く記憶されるヴァイオリニストというには決め手に欠けると思います。第6番にはご本人、録音の状態は知りませんが、ティボーが、第7番にはハルトナックが真作と信じざるをえないほどという成人前のメニューインがあります。まあそこまで追求しなくともディヴェルティメントなどのなかの独奏楽章を聴いたほうがいいかもしれません。

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     2013/03/07

    ブラームスにPfと他楽器のソナタはVn、Vc、Clがあります。そのうちVcソナタは旋律の旨みが一番少なくVcが比較的低音の楽器であることもあり、地を這うような印象です。しかし、もっと旋律に富むショパンや華々しいリストをたとえホロヴィッツのPfであっても1枚聴くよりは個人的には楽なのは不思議です。そのホロヴィッツは最初の国外演奏旅行はミルスタイン(Vn)とコンビだったそうだが、その後室内楽を録音した形跡はありません。対してもう一人のアメリカ国籍の巨匠ルービンシュタインは定住後室内楽の録音にも熱心でした。最初はハイフェッツ(Vn)、フォイアマン(Vc)との黄金トリオでしょう。が、これにはティボー(Vn)、カザルス(Vc)、コルトー(Pf)のトリオと違い定評ある録音はないようです。後者が自発的に活動していたのを録音したのに対し、レコード会社の思惑によるものだったからでしょう。そこで主導権争いじみたものが想像されます。ピアティゴルスキはフォイアマンの後釜という事情もあり、ルービンシュタインと対立するということはなかったと思われます。が、従順過ぎるのも善し悪しで、本盤はSonata for Pf&Vcになってしまっています。実演がどうだったかはありますが、録音ではVc助奏つきPfソナタで、Vcの音を楽しむつもりでしたらお薦めできかねます。Pfはブラームスであってもルービンシュタインで、薔薇、美酒、美女が似合う豊麗豪華な音です。5曲の間奏曲(詳細は画面曲名リストご参照)にも老年の孤愁、追憶、諦念といった感覚は毛ほどもありません。そういったものはずっと若いグールドが演じることができているのがこれまた不思議です。

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     2013/03/06

    第1幕82分、第2幕59分、第3幕58分、第4幕36分計235分、4CDです。普通のオペラたっぷり2つ分で、超難度の歌唱が要求されていなかったとしても、ロッシーニ最高傑作という掛け声ばかりでおいそれとは実演にお目にかかれないのもわかります。お話は子供の頭上のりんごを射ち落すスイス独立の英雄(Br)でおなじみだが、これにからむロメオ(T)とジュリエット(S)的なカップルの話が肥大しているのでこの始末です。本盤のBrは粘りつくような声が個人的に好みでなく聴きながし、T、S中心に聴くことで注意力をセーブできます。序曲の結尾はクラシックファンならずとも聴きなれた節だが、そこまでの調べにもうたれます。その他の部分のオケ、合唱もそうで、ワーグナーのように耽溺的ではない淡いロマンチックな色彩が魅力的です。理髪師のようにクレッシェンドだけで乾いた印象ではなくしっとりと潤っています。第1幕、TとBrのかけあいでTがAlla patria ,al dover mioと抜け出して歌うところは「ジョコンダ」を髣髴とさせます。第3幕SのEi stesso?以降、「清教徒」のTに同様の節回しが聴こえ、その後のTとの絡みは「アイーダ」の第3幕を先取りしているかのようです。つまりヴェルディ以降のイタリアオペラは好きだが、それより前のイタオペはどんなものだろうと躊躇っている方にも管弦楽も歌唱も抵抗が少ないだろうと思われるものです。本盤のTは後年のように高音が細くかすれるようなことはなく第4幕O muto asil del piantoなど見事です。Sも後年のアクが出てきてなく彼女の最高の録音の一つだと思います。これらT、Sの差がムーティ/スカラ座盤が退屈な理由の一つでしょう。ロッシーニがこれを最後にまだ若いのにあっさりオペラから足を洗ったのはよく知られています。インスピレーションが枯渇してしまったとは思われません。この後観客が望んだ方向でも作曲できたでしょうが、そうするのをご自分の美意識が許さなかったのでしょう。同じく肥満していましたが、本盤のTにはこの作曲家のダンディズムは理解できなかったようです。

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     2013/03/05

    このオペラ(?)の趣旨というなら最後の2トラック計10分で、んじゃそゆことでですんだでしょう。しかし、主催者側はもう2時間要求したようです。話はふくらましようがなく、場所も変わりません。興味は誰が誰に気があるかくらい、ブックレットに16枚公演の舞台写真(モノクロ)がついていますが、ぜひとも観たかったとは思いません。つまりこの作品、文学にも視覚にも頼らないで聴ける、それもどうやら聴けますというレベルではなく最高の声の饗宴が聴けるのです。純粋に音として美しいという点ではフィガロの結婚にまさり、バッハのロ短調ミサ曲、ノルマ級といえます。ただし、CD2に入るとタモリの1人4ヶ国麻雀や諸国対抗歌合戦みたいなくだりがあり、天才とはいえ作曲家ももたすのに苦労したようです。歌手は総勢18名、そのうち少なくとも10名は一流でないと本物にはなりません。本盤はめったにないものでしょう。この後、比較的キャリアが長かった男性歌手には声が若々しくて一瞬ほんとうにこの人なのと思う方がいます。女声ではクベッリが魅力的です。指揮のC.アバドはこの曲を再発見したわけではないが、真価を発揮するまで育て上げた方だと思います。このように再発見、育成した曲が2、3あげられます。対して、カラヤンはベートーヴェンのトリプルコンチェルトくらいでしょう。フルトヴェングラーが見向きもしなかった曲をたくさん録音しましたが、無名の曲ではありません。後年は世間が他の指揮者、団体の演奏でうけているので、自分も録音だけはしてみようかとした節があります。後任のC.アバドが独墺系の交響曲で先輩たちに並べなかったとしても、本盤があるだけでも決して凡庸とはいえないと思います。

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     2013/03/04

    Vnは好きです。好きでないとクラシックなんか聴いてられません。しかし無伴奏で延々と続くとなるとちょっとタンマです。いくら崇高な音楽だからといってバッハを1枚聴くのは耳にこたえるし、テレマンの12の幻想曲は退屈至極です。が、本曲は楽しく聴けます。それはバッハのようにVnに逆らっていないし、テレマンのように旋律欠乏でもないからでしょう。しかも私の好む19世紀のVn音楽はブラームスでさえこれからインスピレーションを得ているに違いないのです。ヴィエニャフスキはこれの下手くそな、サラサーテは上手な応用でしょう。だからそのサラサーテのツィゴイネルワイゼンを唖然とする完璧さで弾ききるハイフェッツが本曲を演奏するには最適と思われます。ところがなぜか録音はないようです。その欠を補ってくれるのが本盤です。ここでのラビンは若々しくハイフェッツと同等の技術的完成度で甘く官能的な音を堪能させてくれます。ラビンはノイローゼのあげく若くして事故死されたようです。ディスコグラフィーをみると三大Bおよびモーツァルトの録音はバッハのソナタBWV1005だけのようです。真に偉大なヴァイオリニストをめざして好きでもない三大Bおよびモーツァルトに真面目に取り組んでおかしくなったのだとしたら憐れです。パガニーニはヴィエニャフスキよりよっぽど真面目にとる価値があり、これが性に合うのならその全曲録音を目指すのだって十分りっぱなヴァイオリニスト人生だったろうにとくやまれます。

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     2013/03/03

    ここまでくるともう現代に直結している感じです。現実世界にではなくハリウッドのスクリューボールコメディにです。そういうラブコメ映画は個人的には大好きです。さて幕が開くと正面に金の枠のガラスの扉から階段が伸び下に豪華な衣装の人々が居流れます。なかに圧倒的なお胸のヴァランシェンヌのお姿が、これでこの舞台の成功は決まりです。このお胸のせいでハンナ(パッケージご参照)も決して悪くはないのだがちょっと喰われ気味です。対するダニロはGKカーンを思わせますが合格です。この二人、鼾とアンヨでお互いがわかるのですから、いろいろあっても結末はみえています。このオペレッタは、しりあがりによくなっていきます。第2幕、ああ小さな東屋でのカミーユとヴァランシェンヌの逢引きの甘いこと、それにもまして第3幕のダニロとハンナの手の握り方からだってはっきりわかるは泣けてきます。それから、第3幕のパリのキャバレー、クリゼットがルンタルンタで楽しいこと、ダニロがロロ、ドド、ジュジュで入りびたりなのもわかります。ヴェルザー=メストの指揮は勢いよく、いい味だしているニエグシとともにカーテンコールでまで楽しませてくれます。ウィーンのスイング感には独特のものがあるそうで、せっかくウィーンにいったのだから、本場でさらなる舞台を振ってくれることを期待して★一つ減とします(土地柄からメストはこの時代が最もいいとなってしまう悪寒もしないわけではないのだが)。

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