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ハイドン(1732-1809)

CD 交響曲全集 エルンスト・メルツェンドルファー&ウィーン室内管弦楽団(33CD)

交響曲全集 エルンスト・メルツェンドルファー&ウィーン室内管弦楽団(33CD)

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    L.V.B  |  千葉県  |  不明  |  2020年07月04日

    個人的に無形文化遺産といえるすばらしい全集です。全録音に3年? ハイドン交響曲に熟知していた人々からの贈り物でしょう。録音は旧くマスターテープを紛失したみたいですが、私のオーディオシステムではそれらをほとんど気にせず最新録音なみに音楽を楽しむことができます。(ブルーレイ オーディオD/Aコンバーター192kHz/32bitで再生、自作の低損失信号ケーブル、スピーカーケーブル、自作改良型のスピーカーシステム) ハイドン交響曲とは何か、ウィーン音楽とは何かについて細かく丁寧に説明してくれる---Hans Grafのモーツァルト交響曲全集を超えたような---エルンスト・メルツェンドルファー&ウィーン室内管弦楽団のすばらしい演奏です。

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    うつりぎ ゆき  |  京都府  |  不明  |  2019年02月15日

     再三の発売日延期を繰り返していた、E.メールツェンドルファー指揮/ウィーン室内管弦楽団による、交響曲全集(CD33枚組。交響曲A、B、協奏交響曲を含んだ全107曲)が、先日届きました。まだ何曲か「つまみ食い」聴きですが、全体的にはいい感じの印象です。  先ず、数年前の某指揮者の全集では、高域のホルンが演奏できなくて、あろうことかオーボエで代奏させていて、一気にテンションが最低まで下がってしまった、第5番を聴きました。  当然ですが、きちんと譜面通り(別の某演奏の様にオクターブ下げる事もなく)、ハイトーンの綺麗な響きを聞かせてくれていて、一安心です(*´▽`*) ウィーンの演奏家達ですから、これ位は当たり前ですが。  全体の印象でまず感じるのは、随所にあるソロ・ヴァイオリンの、程よく艶やかで心地良い音色と表情です。ハイドンの交響曲の中の独奏弦楽器は、ヴァイオリンよりもチェロの方が多めで、朗々と歌う独奏ヴァイオリンの箇所は、いざ探してみると、思った程多くはないのですが、その中で第31番(「ホルン信号」)の第2楽章では、音を伸ばし気味なテヌートで、綺麗に歌っていきます。こういう演奏は、一歩間違えると「ロマン派的」な、べったりな演奏に陥りかねませんが、ここでは全くそういう危険性は感じられず、まるで窓辺にいる人に、路上で弾き聞かせているセレナーデの様な心地よさです。  じゃあ全体的にソフトな雰囲気で流しているか・・と言うと、寧ろ逆で、アタック感のある縦線のしっかりしたサウンドです。これは管楽器がよく聞えるという、小編成オーケストラの特徴も手伝っている様です。特にフルート1本が加わった初期の曲では、そのフルートが、まるで外側を縁取っているかの様に、くっきりと聞こえて新鮮です。  それと、旋律ではなくて、全音符で「ポー」と伸ばしているだけだったり、四分音符一つ「ポン」と鳴らしている箇所(ヴィオラとかによくある)に、神経がよく行き届いていて、響きが効果的です。  通奏低音チェンバロは、一部の曲でのみ加わっているだけです。チェンバロ有りで聴きなれた第1番などは、無い響きが寧ろ新鮮に感じたりもしますが、これは個人的にはやはり在った方がいいですが、録音された1970年前後では、未だやむを得ないのでしょう。  第6番(「朝」)の第2楽章では、前奏の部分では加わっていなくて、主部になっていきなり参加しています。「通奏低音」と言うよりは、「独奏楽器」の扱いなのかも知れません。  ちょっと珍しいのは、繰り返し記号が一切ない第2番の第1楽章で、提示部が終わった所(他の曲の場合は、ここに「複縦線+:」の繰り返し記号が付きます)で繰り返しをしています。提示部の繰り返しは、今では行うのが当たり前で、私達の耳も、そういう演奏に慣れ親しんでいますので、ここで繰り返した方が自然なのですが、これはちょっと物議ポイントかも知れません。  あともう一つ気付いたのが、協奏交響曲の第1楽章提示部の結尾部で、4小節の「異版」が挿入されています。この4小節は、フィルハーモニア社の「ランドン版」スコアにも、巻末に追加で掲載されていますので、怪しい物ではない様ですが、実際に演奏されているのは珍しいです。  他には、繰り返しを行ったり省いたり(例えば31番の第4楽章)と、不統一感とかもありますが、全体的にはきちんと曲の考証や分析を行っての演奏の印象です。 最近の「尖った」演奏とは違う、聴いていての心地良さと、きっちりした裏付けが、程よくバランスされた、好演奏だと感じます。  22番「哲学者」はびっくり。第2楽章(Presto)と第3楽章(Menuetto)の間に、短いゆっくりの楽章が入っています。  これはドラティ盤でも、巻末の付録に収録されている、変イ長調のAndante grazioso楽章なのですが、ドラティ盤(とフィルハーモニア社スコア)では、2Flと弦楽(何とVaが二部)と言う編成なのに対して、メールツェンドルファー盤は、2Cor.ingと弦楽と言う編成でした。  22番の管楽器の編成は、2本のコール・アングレ(イングリッシュ・ホルン)と2本のホルンです。そして恐らく、コール・アングレが無い楽団用に、誰かがこれをフルートに書き換えたのが、異版の意図だと思います。  で、フルートに置き換えてしまうと、冒頭のホルンとコール・アングレの、強烈に間抜けな「哲学者問答」の雰囲気が、すっかり弱まってしまいます。ならばこの第1楽章は全部割愛して、代りに別の緩徐楽章を挿入・・ これが異版を書いた人の意図だと思います。(ドラティ盤の異版は、Presto-Andante grazioso-Finale の、メヌエットも割愛された3楽章スタイル)  それに対してメールツェンドルファー盤は、正版にコール・アングレ使用のAndante grazioso を挿入した「フル構成」です。  もう、何が正しくて、何が「確実に」正しくないのか(苦笑)、訳が判りません・・  順番に聴いていますが、40番台辺りになって、急に表現が豊かになって、生き生きとして、響きも「ツボを押さえた」様な感じになって来ました。  管楽器が和音で加わった部分で、ハッ!とさせられる事がしばしばあります。  ハイドンが、単に音を増強させる為に、和音の根音と第三音を機械的に書き加えたのではなくて、その楽譜から生まれる響きを、ちゃんと計算して書いていたのだと言う事が、解かる演奏です。  ただ、この全集には、一切の解説や説明文はありません。LP(米MHS)で発売された当時、ジャケット裏面にびっしり書かれていた解説(当然英語。K.ガイリンガーが担当していた回もありました)は、跡形もありません。  独奏のある曲では、独奏者名が一応は記載されていますが、独奏部のある曲全てで、記載がある訳ではありません。  「マスターテープは失われていて見つけられなかったので、デジタル化はビニール(発売されたLP盤と言う意味でしょうか?)から行われた。」と書かれていて、実際、微かな盤面の傷のノイズらしい音もありましたが、復刻版っぽいプアな音質ではありません。オーディオマニアさんや「音質屋」さん的には、不満足かも知れませんが、普通に音楽を楽しむには十分な音質です。

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