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マーラー(1860-1911)

SACD 交響曲第7番『夜の歌』 マリス・ヤンソンス&ロイヤル・コンセルトヘボウ管弦楽団(2016)(日本語解説付)

交響曲第7番『夜の歌』 マリス・ヤンソンス&ロイヤル・コンセルトヘボウ管弦楽団(2016)(日本語解説付)

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    風信子  |  茨城県  |  不明  |  2018年04月02日

    ”夜の歌”はセレナードだったのだと改めて気づかされる それは夕べの音楽 一日を締めくくる時間に感じるものは人それぞれ 充足したひと日の甘やかな余韻に浸る者 疲れと眠りへの誘いに抗う者 新たな夢と希望に胸掻き毟られる者 孰れにもセレナーデはある 恋人に歌い掛ける音楽は眠りの前にこそ相応しい 今日を閉じる時間だから放たれた想いは全て夢となる 次に目覚めた時希望を携えて起き上がれると言うものだ マーラー第7交響曲の謎であり問題点はフィナーレだった いかなる指揮者もそして聴衆も面食らうのである 夢幻の誘惑に満たされて行き着けば お祭り騒ぎの行列の中に飛び込んでしまう 甘い幻想もたちどころに霧消する マーラーは何を考えているのだろうと誰もが訝しむ ヤンソンスは見事に答えた フィナーレはカオスであると 現実の人の世界をマーラーは音楽にした これを行進曲に演奏してしまう指揮者は人生をそう生きているのだ だがマーラーが住む世界はどこへも向かわずどこにも行き着かない だからヤンソンスは第四楽章までをこれほど蕩けるような美しさで奏でたのだ これは夢だから 人生が夢見る夕べのままならどんなに幸福だろう 朋も含めこれを解する人の少ないこと あなたは如何

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    John Cleese  |  静岡県  |  不明  |  2018年02月03日

    これでもかという程の、むせかえるような美音が波状に次々と押し寄せ、難しいことは一切言わずにこの快感に身を委ねるのが一番ですね。第二、第四楽章が本当に官能的でロマンチックな響きの「夜の歌」になっています。ショルティ先生のクソ真面目な「真昼の歌」と真逆の世界。ただしショルティ先生の場合は真面目にやりすぎてかえってこの楽章の屈折したユーモアが浮き出る場面があるのですが。今のヤンソンス先生とコンセルトヘボウなら当然こうなるであろう、という予想の通りにことが運び、大変美しい音楽が出来(しゅったい)しています。満足ですが、「予想通り」という点が一点減点です。「予想以上」ではないのです。贅沢な要求でしょうが、マーラーなんだからさ、もっと悩ましいところか、あるいは第七なんだからさ、どこか喉に引っかかるようなところがあってもいいじゃないか、など文句があってもいいかもしれません。文句のつけようがない、ところが文句ですかね。朝比奈先生の八方破れのライブやテンシュテット先生の暑苦しさが懐かしい・・・このコンビのマーラーはすべて聴いてきましたが、器楽のみの第五、第六がなんとも微温的な出来で、一言でいえば淡泊なんですが、この第七は録音の優秀さ・生生しさも加わって、前二曲では曲の外側に立って、少しよそよそしかったヤンソンス先生がここでは踏み込んでいる感じで、それらを完全に凌駕する出来栄えです。前述のようにあまりに楽天的なところが減点ですが、これは以前のリリースにも共通することですから、これも個性と考えたほうがよいのかもしれません。

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