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ブルックナー (1824-1896)

SACD 交響曲第0番 スクロヴァチェフスキ&読売日本交響楽団

交響曲第0番 スクロヴァチェフスキ&読売日本交響楽団

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    meji  |  神奈川県  |  不明  |  2016年01月26日

    下の七海耀氏のレビューに全面的に賛同するものであるが、この素晴らしいディスクを出来るだけ多いの人にも聴いて頂きたいという思いで、若干の補足説明を投稿させて頂くこととした。ブルックナーの0番といえば、余程のブルックナー好きでない限りディスクを購入しようとは思わないだろうし、ディスクを購入したとしても、第一楽章の冒頭から主題らしい主題が現れないまま、フレーズが途切れ途切れに先へと進んでいくのについて行けず、一度聴いただけで放り出す人が多いに違いない。しかし最晩年のブルックナーが、この曲を「演奏するに値しない」としながらも、廃棄せずに0番の称号を与えたことは事実であるし、スクロバチェフスキと読響による演奏は、この理由を我々にわかり易く説明してくれる。この曲は、第一楽章では調性が同じ第3交響曲を思わすようなオーケストレーションや和声進行が随所に聴かれ、続く第二楽章では晩年の第9番のスケルツォの第二トリオのモチーフや、第9番のアダージョを彷彿とさせる低弦の和声進行が突如として姿を現す。さらに終楽章では第5や第8のフィナーレを先取りしたかのようなブラスのシンフォニッックな響きを聴くことが出来る。そしてスクロバチェフスキは、これらの部分をここぞとばかり強調することで、「この曲があったからこそこの後の傑作が生まれたのだ」 というメッセージを我々に伝え、読響の全身全霊を傾けた演奏が、聴き手を理解と確信へと導く。そしてこのことはこの指揮者が90歳を超えて、敢えてこの0番に帰ってきた理由としても、合理的に説明がつく。録音はDENONの伝統に根ざしたディテール解像度が極めて高く、やや淡白だが透明で美しい微粒子サウンドである。ブックレットにはライブの写真が掲載されており、サイズが小さいので断定はしかねるが、天井吊りのサラウンド用ワンポイントメインマイクの他に補助マイクとしてティンパニの両側に置かれた2本が目を引く。そしてエンジニアがこの位置に補助マイクを立てた意図は、ティンパニのパワーと粒立ちや、ブラス(特にバストロンボ−ン)の量感に明確に表れており、まるで往年のDecca(ウィルキンソン)録音を聴いているかのような錯覚すらもたらす。 演奏、録音共に国内盤における久々の秀作だ!

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    七海耀  |  埼玉県  |  不明  |  2015年03月24日

    こりゃ凄い。ザールブリュッケンとの旧録音をはるかに凌駕している。音に込められたエネルギーと密度がハンパない。第一楽章こそやや慎重な感じがしないでもないが、音楽は徐々に熱気を帯び、第3楽章の冒頭でガツンとやられる。第四楽章も充実しきった響きに、涼風のように吹き抜けるブルックナーのロマンの表出も見事。弦も木管も金管も一流で、これまで朝比奈と都響の録音が一番かなと思っていたが、これが上だと思う。ライヴ一日の一発録りでこれだけの水準とは恐れ入る。指揮者とオケの高次元での幸福なる結びつき。他の演奏とは一味違う、引き締まったフォルム。しかし、音楽のスケールは全く失われていない。録音も金管の黄金の響きをとらえており、もうVPOだろうが、BPOだろうが、どんと来いという感じがする。

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