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CD フルトヴェングラー/ウィーンでの演奏会1944〜54(18CD)

フルトヴェングラー/ウィーンでの演奏会1944〜54(18CD)

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    さすらいのBass  |  東京都  |  不明  |  2013年08月15日

    二名の方が仰っていることに幾つか付け加えたい。先ず、長生きしていて良かったことだ。私は高齢で鬼籍に入っている知人も多い。そのことを考えると、フルトヴェングラーのウィーンで行った戦中・戦後の演奏会が網羅されているセットを鑑賞できることに感謝したい。芸術にはどうしても個人によって好みの違いが出てしまうのは仕方がないことだろう。フルトヴェングラーの指揮を批判する陣営が語る理由に彼の重厚でロマンチックな解釈が挙げられる。しかし、現代はさておき、過去に於いて、芸術、特に音楽というものが世界中の人間に感動を与えて来た影響力は美術とは比較にならない計り知れないものがあると思う。当然、聴衆を陶酔させなければならない。となれば、フルトヴェングラー以前のビューローの様な指揮者も重厚でロマンチックな解釈をしていたと推測出来る。つまり、フルトヴェングラーはそうした正真正銘の演奏を渾身の力を振り絞って聴かせてくれた最後の指揮者だったと確信する。哲学者でもあった彼の楽曲理解の深さには同年代に活躍していた先輩指揮者たちも叶わなかったと考える。どの演奏も素晴らしい、特にマタイ受難曲には大変感動した。正直な所、キリスト者でない私にはこの楽曲を聴く資格はないとこれまで封印して来たのだ。しかし、信仰のない私でも全曲が静謐に終わった瞬間、とても敬虔な気持ちになった。涙がこぼれ落ちた。バッハがこの楽曲に込めた思いを見事にフルトヴェングラーがモダン楽器で再現していたからだ。現代ではバッハの大きな楽曲となると古楽による演奏が主流である。しかし、私は古楽を好まない。作曲された当時に合った楽器で演奏すべきだという主張は理解出来る、しかし、その演奏を数千人も収容出来る演奏会場で演奏することには全然価値を認めない。何故なら、その当時の音楽というものは王侯貴族だけが狭い空間で少人数で聴いたものだからである。よって、古楽派のしていることには大きな矛盾が常につきまとう。これは批判ではなく、私の価値観である。有名な外国の古楽オーケストラがバッハのロ短調ミサ曲を演奏したのをサントリーホールで聴いたことがある。楽器の音はとても貧弱で声楽法も大ホールに響き渡るものではない為、物足りないどころか憤りすら覚えた。これが古楽なのだと思い知らされた気持ちもした。しかし、私としては、現代は21世紀であり、音楽は一部の上流階級だけが聴く時代ではなくなったので、やはり、作曲された時代はバロックであっても近代オーケストラで楽しみたいものだ。古楽ファンからの批判は甘受しよう。しかし、ホールの音響も格段に向上した時代にかつらを被った雇われ楽師が演奏していたスタイルを真似することに抵抗を感じてはいけないだろうか?音楽は特権階級から大衆が楽しむ時代へと変遷したのだ。だからこそ、モダン楽器でバッハを楽しみたいと思う人間がいても良いと私は思う。そういうことをフルトヴェングラーはこのCDの中から半世紀以上経た現代に生きる私たちに語り掛けてくれている。ウィーン・フィルは世界で一番楽員のプライドの高いオーケストラだ。特に引退した団員には辛辣に指揮者を論評される90近い高齢の方もたくさんおられ、現役指揮者への厳しい批判をドイツ語のサイトや日本の音楽専門誌で読む機会が多い。実名は出さないが、現役で活躍する指揮者たちは全員一刀両断に斬り捨てられていたが、フルトヴェングラーの話題になると、巨匠の偉大さを賞賛しない方は一人もおられない。彼らはフルトヴェングラーを重厚ではなく神秘的と表現する。そして、一緒に仕事が出来た感動を未だに感謝しているのだ。私は音質には全然こだわない。耳よりも心で聴くので、音楽の価値を表面的な音ではなく、その精神性の高さに求めるのだ。そうした気高い指揮者は録音が現存する者ではフルトヴェングラーだけである。また、これだけ最近、フルトヴェングラーのセットで安価で音質が良いものが販売されると、フルトヴェングラーしか聴けなくなってしまっている自分に気付く。クナッパーツブッシュやシューリヒトも好きだったのだが、聴けなくなってしまった。 Ich liebe, achte und danke Wilhelm Furtwaengler, weil er fuer immer der groesste Dirigent in der ganzen Welt bleibt.

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    Pianist  |  不明  |  不明  |  2013年02月06日

    よくもまあこのようなセットが、これだけの値段で出回るようになったものだ…という感慨がまず第一。LP時代には(時に)ひどい質の音源を使用したレコードで、それこそノイズやくぐもった音質の中に響く演奏の特徴を何とか聴き取ろう…と思ったものだし、新発見・新登場のフルトヴェングラーのライブ録音はファンにとって正に「憧れ」の存在でもあり、またとうに廃盤となって容易には手に入らず、聞く手段さえないものもあった。またライブ録音の正規音源のレコード化の唯一の期待はEMIか協会によるもので、年に一回(程度)登場する協会の新譜は非常に貴重なものに感じられた。今回のOrfeoのセットには、そうした希少な音源、世界規模ではCD化されていなかったもの、プライヴェート音源による断片まで網羅されて、しかもこの値段… かつてのありがたみが薄れてゆくような感覚は別にして、ファンには色々と検証の楽しみがあるのは間違いない。ただ先に問題点として戦中・戦後のVPOのライブ集成としては不徹底なところもあり(音質に問題のありすぎるのは分かっているのだが)、1940年ザルツブルクでのブランデンブルク協奏曲、別演奏であることが明らかな1952年11月29、30両日のベートーヴェン第一がひとつのヴァージョンしか収録されていないこと、同じくOrfeoのザルツブルク・セット日本盤のみに特典として付けられていた1947年ザルツブルクのブラームスの第一も、ファンのためにそろそろ特典扱いから解禁してほしかったという気もする。さて各演目についての音質レポート。まず全体的には好意的に受け取れ、ファンには十分購入価値があると思われる。【Disc.1】1944年6月のモーツァルト、かつてのTahra盤に比べてくすんだ感じ。Tahra盤が高音域のとげとげしいものだったので、それを緩和しようとしたのかもしれないが、収録日誤記で出たM&A盤と比しても、ちょっと古びのついた印象。こういうものだとして最初に聴かれる方にはちょっと気の毒かも。【Disc.3】ウラニアのエロイカ、なんだか整音が過ぎて”普通”になってしまった。まとまりのよい、こじんまりとした響きのG.KとO.Eの典型的な音作り。悪くはないけれど”ウラニア”らしい特殊な興奮が感じ取りにくい。【Disc.4】ほぼ同時期の録音なのに、これまで同様ブラームスの方が音が良い。フランクはここに至ってもやはり謎が多く、DG盤で聞かれたワウが無く、ブックレットによると「現存する最良の音源を最新の技術で」再生したものだという。Vox系に比べると明瞭度は劣るが、全体に安定した音質になった。但し第三楽章の9’40”辺りから音質が変化。日コロンビアで出たVoxのオリジナルテープで出たものとは明らかに別。どなたか検証をお願いしたいもの。そしてブラームス共々終演後の拍手と歓声が聴けるのは史上初だと思われる。【Disc.5】モーツァルトはこのセットの中でも音質向上の著しいもの。10番は日Venezia盤に比べ別物。音の見通しがよく楽友協会ホール特有の残響感まで感じ取れるのはよいのだが、一部の資料で贋物とされている日King盤と同じ演奏…に聞こえるのが気になる(音はもともと悪くないKing盤よりも更に耳当たりのよいものになっている)。22番は編集ナシの本物で、独協会から出たのと同じ音源。協会盤のマスタリングも同一チームなので音の傾向も似ているが、いかにもAMラジオ的な音だった協会盤に対し、今回は少々お化粧された音に変わっている。向上例。【Disc.6】1951年1月の第九。もともとCD化の機会の少ないものだったので歓迎。日King盤はかなり冴えない印象があったが、聞き返してみると悪くはなかった。Orfeo盤は、これまたG.K/O.Eの好みの音だが、普通に聴ける。第一楽章など相当にパワフルで、もう一回見直してみたい演奏。【Disc.7】もともと状態の良くない1951年のドイツ・レクィエム。なぜか4つの楽章のみ収録。これはセンター盤とさして変わりない。いじり様がないのかも。記録的価値。【Disc.8】1952年1月のVPOブラームス・コンサート。LP初出時はもっと鮮明な音に聞こえたものだが、今回は悪くは無いものの、なんだか普通。Altusと同じマスタリングだろうか? EMIで聞けた音の方が上品だった…ような気もする。【Disc.10】1952年のマタイ(抜粋)。フランス協会盤、Arioso盤と比較するが、このOrfeo盤、カッティングレベルは低めだが、一番迫力のある音楽・演奏に聞こえる。元々が個人所有音源らしいので、その限界を考えたら立派なもの。Disc.5のモーツァルトと共に好印象。【Disc.11】名演として定評あるもの。Cetraはじめイタリア系各社から出ていて、その頃から高音質盤だったが、今回もしっかりした音。11/29と両日分セットに組み入れて欲しかった。【Disc.15】後期の録音だけに鮮明な音質。但しG.K/O.Eの典型的なサウンド。Cetra盤LPで初めて聞いた時から比べれば、様々なレーベルから多様な音源で高音質盤が出るようになって、なんとも贅沢な話。(Disc.17】待望のマタイ、別音源だとか、編集が違うとか…色々吟味できそう。ちょっと聞いた限りではEMI盤とは確かに別演奏だと思うのだが… 音質は目覚しく向上。EMI盤、そしてイタリア盤、更に鈍い音質ながら別演奏の日本協会盤と詳細に検証される方はないだろうか? しばらく聴く機会の無い演奏だったが、メンゲルベルクほどの過度のロマンティックな表現には陥らず、テンポの面でもかなり推進力のある、停滞のない演奏に思われ、感動新ただった。確かに4/15演奏の初出なら「別公演のマタイ登場」としてもっと騒がれてもよいと思うのだが… 総じて好印象、貴重な音源が「会員」だけでなく広く一般に聞く・親しむ機会が与えられるのは素晴らしいと思うし、散逸・混乱の前にきちんとセット化されるのは貴重。個々の演奏についてはもうさんざん語られているので、ここでは音質を中心に述べた。

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    トラトラトラ  |  佐賀県  |  不明  |  2013年02月06日

    この箱と、auditeのボックスを買えば、フルトヴェングラーのコレクションの難しい部分をだいぶ楽に攻略できる。というのも、鍵になる同曲異演をかなり攻略できるからだ。エロイカ2種。合唱3種。ブルックナー8番2種。不完全ながらマタイ2種。そのた集めるのが面倒そうなのがいろいろ入っている。肝心の音は、ノイズがないので聴きやすいが、音はとがっているような気がする。俺は、高級住宅街に住んでもいないし、最高クラスのオーディオがあるわけでもないので、いまのところこれで十分満足した。

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