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シベリウス(1865-1957)

CD 交響曲全集、管弦楽曲集、ヴァイオリン協奏曲 C.デイヴィス&ボストン響、アッカルド、ロンドン響(5CD)

交響曲全集、管弦楽曲集、ヴァイオリン協奏曲 C.デイヴィス&ボストン響、アッカルド、ロンドン響(5CD)

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    mimi  |  兵庫県  |  不明  |  2019年03月03日

    自分は世評の高い、C.Davis/LSOのシベリウス全集を聴いておりません。なので、今は亡きこのシベリウス・スペシャリストのキャリア内での、この最初の全集の位置づけは判りませんが、最近ふとしたきっかけで購入し直したこのデッカ盤(CD初期に出たPHILIPS盤はあまりにもお粗末な音質で、演奏の真価をとても伝えられてなかった!)全集を、それこそ30年ぶりに聴き、初出時に数々の賛辞を受けたこの名演の真価をあらためて再認識しました。C.Davis/BSOのLP全集が出た40年前、すでにシベリウス交響曲全集は複数存在していた訳ですが、思うにこれだけ見事な合奏力を持つオーケストラによるものは、(バーンスタインやマゼール含め)Karajan/BPOの選集を除いて無かったのではないでしょうか。それだけここに聴くBSOのオケとしての能力は素晴らしいものがあります。そして徹底的に磨き抜かれて耽美的なKarajan/BPOの演奏とはまさに対称的に(作曲者自身が絶賛したようにそういった演奏もシベリウス音楽の本質をついた名演ではあるでしょうが)、このC.Davis/BSOの演奏は、希代のメロディスト、耽美家としてのシベリウス音楽にほとんど目をくれず、シベリウス音楽の構造性、現代性、そして非西欧性を徹底してハードに、武骨なまでに明らかにしていきます。それを支えるのが、BSOの粗削りなまでに強烈な合奏力ですが、それは粗い未完成な演奏とは対極の、徹底して考え抜かれた演奏であり、雪と氷に覆われた北欧の荒々しい自然の偉大さを目の当たりにするようです。最も典型的な例として、シベリウス通を自認される方が「通俗的」「恥ずかしい」と非難される事が多い第2番、ここに聴くC.Davis/BSOの演奏は、万人を興奮させるような盛り上がりには全く欠けるかも知れませんが、まるで寄せ木細工のように種々のモチーフがちりばめられ組み上げられていく様は、それまでの西洋古典音楽における交響曲概念からかなり逸脱しており、この「通俗名曲」がいかに限りなく斬新で現代的な価値を有するか、再認識させられます。一般には目立たないとされる第3番が、ここまでの雄大な偉容を有した大曲である事を感じさせるのも、この演奏をおいて知りません。第4番は耽美的な詩情こそ希薄かも知れませんが、やはり徹底的に構造を全面に押し出した、極めて現代的で充実した名演。最後の第7番も、バルビローリのような名人芸とは異なりますが、一切甘さを排除して純粋に音楽構造のみの充実を追求することによって、この最後の傑作がJ.S.Bachのシャコンヌや、Beethovenの最後のピアノ・ソナタ第32番のような、「音楽そのものによってしか説明できない」西洋音楽史上の第一級の芸術作品であることを、実感させてくれます。交響詩ではタピオラが、やはりKarajanの名演と全く対極の、しかも双璧をなす構造的かつ現代的な名演奏。いまや星の数ほどにある(であろう)シベリス交響曲全集ですが、このC.Davis/BSO盤は、少なくともオーケストラの能力の点で言えば未だにこれを越える演奏は(Rattle/BPO含めて)無く、かつシベリウス音楽の構造性、現代性、非西欧性を極限まで表現した点で、他にならぶもののない存在価値を有する名盤と言えるのではないでしょうか。

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    フォアグラ  |  愛知県  |  不明  |  2012年06月24日

    イギリスにはシベリウスの晦渋さを巧みな語り口で紡いでみせる指揮者列伝というべきものがあるが、コリン・デイヴィスはそれとは正反対のタイプである。無骨で徹底的に辛口、ファンタジーを膨らませようとしない。この頃のボストンはミュンシュ時代からのストレートで原色的開放的な音色を維持しており、そのためこのコンビのシベリウスは極めて異色のものになった。だから7番あたりは全くあわない。一方で1番の荒々しさ、4番の孤独は直接聴く者に突き刺さってくる。2番も極北の労働歌みたいだ。「ポヒョラの娘」もサウンドだけで聴き手を圧倒する稀な演奏だ。ロンドン響との2つの再録音はオケがシベリウスに慣れているのとデイヴィスが温和になったためこれほど異質感はないが、その分特色は減ってしまった。セカンドチョイスに是非お薦めしたい。

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    manmansaru  |  神奈川県  |  不明  |  2012年04月22日

    驚きました、今は手元には無いLP時代のシンフォニックなシベリウスが、こんな峻烈な音で聴けるなんて! (もうPHILIPS レーベルではないんですね!) この後何回聴くか(聴けるか)分かりませんが、これがあればコリンズもカラヤンもベルグンドも要らないかなと思ったほどです。 5枚で6時間弱の収録なので、オケが異なるコンチェルトは省いてもよかったのでは・・・ ( Op.47 は鳥肌が立つような演奏で単独で聴きたい)

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