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ベートーヴェン(1770-1827)

CD 『レオノーレ』序曲第3番(トリノRAI響、1952)、交響曲第7番(ベルリン・フィル、1943) フルトヴェングラー(平林直哉復刻)

『レオノーレ』序曲第3番(トリノRAI響、1952)、交響曲第7番(ベルリン・フィル、1943) フルトヴェングラー(平林直哉復刻)

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    jin  |  長野県  |  不明  |  2021年07月02日

    この令和の時代、未だに世界初出音源が出てくるとは!ならば録音の所在が噂されている聖フローリアンでのブルックナー交響曲第9番や、ミラノスカラ座でのパルシファルを是非リリースして下さい、お願い致します。

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  • ★★★★★ 

    カニさん  |  兵庫県  |  不明  |  2021年01月19日

    初出の「レオノーレ 第3番」は、意外と素晴らしい演奏だった。初出というと、録音状態が悪かったりで「これは、出せないわ!」と言うのが、ままあるのだが、これは良かった。そして、遂に、フルトベングラー指揮・ベルリン・フィル・ハーモニー「ベートーヴェン:交響曲第7番」の最高の演奏1943年戦時中録音の、オリジナルなるが、聞けた。私のは、全て第4楽章の冒頭の欠落を補ったものです。復刻された、このオリジナルを聴くと、2っのことがわかった。1っ目は、第4楽章の冒頭は、確かに何らかの原因での欠落である。2っ目は、同じ1943年の戦時中録音でも、次期が遅いせいか、第4番や第5番「運命」より、会場の雑音を拾わないように、マイクを、演奏の場所より少し遠くへ離したことが分かる。これは、それでも、壮絶な音が聞こえているし、かえって、繊細な表現が聞き取ることができる。いい点である。逆に、やや不満なのは、全体的に音が響きが遠くなっている。グラモフォン版で、人工的に反響を付け加えるのが、不自然だと言う意見があったが、このオリジナルを聴くと付け加えたくなるのも、良く分かる。とにかく、これは、フルトベングラー指揮・ベルリン・フィル・ハーモニー「ベートーヴェン:交響曲第7番」の最高傑作であることは、間違いない。是非とも、聞いて欲しい。

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  • ★★★☆☆ 

    NAKAKO  |  長崎県  |  不明  |  2012年05月08日

    フルトヴェングラーは大好き、ベートーヴェンの7番も大好き、皆様の評判も芳しく、評価も高い、しかし、なぜかフルトヴングラーの7番では感動できないのが、私自身の感じる不思議であります。粗すぎるような、バランスが悪いような、いつもは魅力であるところが、欠点であるような、とにかくわかりません。

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  • ★★★★★ 

    つよしくん  |  東京都  |  不明  |  2010年04月19日

    本盤の売りは、初出音源のレオノーレ序曲第3番であるが、これは我々聴き手の期待を決して裏切ることがないフルトヴェングラーならではの名演だ。冒頭の一撃からして驚かされるが、劇的なテンポの変化や切れば血が出てくるような生命力が迸る熱い演奏などを駆使。特に、終結部の猛烈なアッチェレランドは圧倒的迫力だ。トリノ・イタリア放送交響楽団も、さすがにベルリン・フィルのようにはいかないが、フルトヴェングラーの棒の下、なかなかの好演を行っている。録音もなかなかに良好。他方、ベートーヴェンの第7は、あくまでも私見であるが、フルトヴェングラー&ベルリン・フィル(50年盤)、クレンペラー&ニューフィルハーモニア管(68年盤、EMI)、そしてカラヤン&ベルリン・フィル(78年盤、パレクサ)を名演のベスト3と考えているが、本盤のような高音質盤があらわれると、前述の50年盤との比較をどうしても考えてしまう。劇的な迫力という観点からすれば、むしろ50年盤よりも上ではないかと思われる。テンポはめまぐるしく変化し、随所におけるアッチェレランドの連続、金管楽器の最強奏や低弦によるどすの利いた重低音のド迫力など、自由奔放と言ってもいいくらい夢中になって荒れ狂うが、それでいて全体の造型にいささかの揺るぎもなく、スケールの雄大さを失わないのは、フルトヴェングラーだけがなし得た天才的な至芸と言えるだろう。

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