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シューベルト(1797-1828)

CD ピアノ・ソナタ集 内田光子(8CD)

ピアノ・ソナタ集 内田光子(8CD)

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  • ★★★★★ 

    ゲゲゲアサ  |  神奈川県  |  不明  |  2019年03月29日

    内田光子さんは第8回のショパン コンクールで惜しくも2位となったが、1位はすでになもしれぬオールソンである。ロンドンを中心にヨーロッパで活躍しているが、間違いなく日本を代表するピアニストである。モーツァルトからショパン 、そしてシューベルト とレパートリーは広い。シューベルト のピアノ作品は歌曲の真髄が凝縮した作品なので、彼女の演奏はまさしくシューベルト の歌ゴゴロの調べを体現させてくれる。タッチの鋭さもどの曲を聴いてもシューベルト らしさにふさわしい。とても優れたCDである。

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  • ★★★★★ 

    fuka  |  東京都  |  不明  |  2016年03月21日

    素晴らしいです。曲本来が持つ抒情性に彼女独特の明晰さが加わり、何より彼女自身がこのピアノ曲を愛奏していることが聴き手に伝わってきます(聴いている側もシューベルトが好きでないと入り込めないかもしれないけど)。レリークやニ長調のソナタ(第2楽章きれいです)はこれまでの大家の演奏には感じられなかった親密さがあります。それ以降はもう名曲ぞろいですから。変ロ長調は、神様の贈り物ですね。

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  • ★★★★★ 

    segovia  |  愛知県  |  不明  |  2015年10月03日

    内田さんはモーツァルトの評判の良さが目立ちますが、シューベルトも大変よろしいです。モーツァルトとあきらかに弾き分けています。

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  • ★★★☆☆ 

    takeshi kagan  |  茨城県  |  不明  |  2012年10月31日

    もちろん高次元な演奏にちがわないけど、意識的な表情付けが煩わしかったです。 もっと自然な歌が聴きたいです。音も録音も雰囲気もいいので、それが惜しい気がしました。

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  • ★★★★★ 

    モデラート宮内  |  千葉県  |  不明  |  2012年03月13日

     文学、音楽、絵画など芸術を鑑賞する意味は、それにより、自分の人生のあり方を問い掛けられるということである。時には、自らの生死の問題にまで及ぶことさえあろう。人生が変わる場合もあるかもしれない。それがなくては、芸術の意味はない。単に楽しみのためだけの芸術と呼ばれるものは、畢竟、芸術足り得ないのである。  ピアノ芸術に限っても、同様のことであろう。現在のピアノ演奏の技巧は、もはや来るべきところまで来てしまった感があり、超絶技巧的な技量の持ち主は数多く存在するのであるが、彼らの中で、聴き手に対して、人生について問いかけて来るようなピアニストは稀である。われわれは、結局なぜ、芸術音楽を聴いているのであろうか。そして、ピアニストはいったい、何のために演奏しているのだろうか。もちろんBGMでありはしない…。これは聴き手の勝手な聴き方の問題ではない筈である。演奏者が演奏する「意味」を持ち、聴き手がその意味をどう受け取るかの問題である。  内田光子の音楽には、常に緊張感がまとわりついている。一世を風靡した彼女のモーツァルト・ソナタの演奏においてさえ、お気楽に楽しむことができないものがある。だがしかし、どの演奏にもわれわれに迫り来る「問いかけ」がある。このようなピアニストは、現代においては、希有で貴重な存在といえる。  しかしこのシューベルトの演奏は、数ある内田の演奏の中でも出色のものと言える。死を意識し続けたシューベルトの薄幸の人生が、内田の音楽性とぴったり符合することがはっきり見てとれる。これは、D.784やD.845の冒頭の楽章を聴いただけでも感じられる。そこには「意味」がある。  それにしても、これらの演奏を聴いていると、内田光子の日常とはどのようなものなのか、つくづく考えさせられてしまう。このような演奏を可能にしてしまう彼女の日常生活は、特別な何かの意識に支配されているはずのものであるからだ。自身の俗な日常性とは無関係に、崇高な芸術性を生み出すことができるのは、モーツァルトのような天才だけである。モーツァルト的音楽家は、もはや出現することがない現代において、内田のこのシューベルト演奏の記録は、現代のピアノ芸術の特別な意義を示していると同時に、芸術性と俗性の関係性の問題を呼び起こしてくる。だから、この録音が、極めて優れた歴史的名演の記録となることは疑いがないであろう。それほどの演奏であるのだから、お気楽には聴けない。しかし、お気楽に鑑賞できないものこそが芸術なのである。

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  • ★★★★☆ 

    dali  |  山形県  |  不明  |  2012年02月14日

    緩急強弱、曖昧な部分が全くない、考え抜かれたすばらしい演奏。ホールの響きも充実している。もしライブでこれを聞いたら、たぶん感動に打ちのめされるだろう。 でも大好きなシューベルトだから、ピアノに合わせて思わずメロディーが鼻歌で出てしまうような自然な歌もほしい。暗すぎる。恵まれない短い生涯を送ったシューベルトの心の深い闇が一瞬でも救われるような音楽が聞きたかった。

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  • ★★★★★ 

    つよしくん  |  東京都  |  不明  |  2011年07月01日

    シューベルトは、交響曲などの管弦楽曲のジャンルにも傑作を遺しているが、どちらかと言えば、歌曲やピアノ曲、室内楽曲の方により傑作が多いと言えるのではないか。このうち、歌曲についてはここで言及するまでもないが、ピアノ曲についても、ピアノ・ソナタを軸として即興曲や楽興の時など膨大な作品を遺していると言える。ピアノ・ソナタについては、ベートーヴェンの32曲にもわたるピアノ・ソナタがあまりにも偉大であるため、それに続く独墺系の作曲家はかかるベートーヴェンの作品を意識したせいか、シューマンやブラームスなど、ピアノ・ソナタについてはわずかの作品しか遺していないと言える。その例外がシューベルトであると言えるが、シューベルトのピアノ・ソナタは、ベートーヴェンのそれとはまるで異なった独特の性格を有していると言える。シューベルトのピアノ・ソナタには、ベートーヴェンのピアノ・ソナタのいくつかの諸曲において顕著な苦悩から歓喜へと言った人生の闘争のようなドラマティックな要素など全くないと言える。それどころか、各楽曲における旋律は、ウィーン風の抒情に満ち溢れた美しさが支配していると言えるだろう。もっとも、一聴するとそうしたウィーン風の抒情に彩られた各旋律の端々には、人生への寂寥感や絶望感などが込められていると言えるところである。とりわけ、最晩年の3曲のピアノ・ソナタ(第19〜21番)については、そうした人生への寂寥感や絶望感がさらに深く刻み込まれていると言えるところであり、その内容の奥行きの深さ、深遠さにおいては、ベートーヴェンの最晩年の3つのソナタ(第30〜31番)やブルックナーの後期の交響曲(第7〜9番)にも比肩し得る崇高さを湛えていると言える。もちろん、これらの3曲のピアノ・ソナタにおいても、その表層は前述のようなウィーン風の抒情に彩られた美しい旋律が満ち溢れており、スコアの音符を精緻に音化しただけでもそれなりに美しい演奏になるとは言えるが、そのような演奏では、これらの楽曲に込められた奥深い内容を描出することは不可能であると言える。その意味では、内田光子による楽曲の内容の精神的な深みを徹底して追及するというアプローチは本演奏でも見事に功を奏しており、本盤におさめられたシューベルトのピアノ・ソナタのうち第15番以降の諸曲や、2つの即興曲集、そして3つの小品については、これらの各楽曲の様々なピアニストによる演奏の中でもトップの座を争う至高の超名演に仕上がっていると高く評価したい。とりわけ、最晩年の3曲のソナタの深みは尋常ならざるものがあり、本演奏を聴く際には相当の心構えがないと聴き通すこと自体が困難な峻厳さを湛えているとさえ言える。他方、ピアノ・ソナタの中でも第14番以前の諸曲、そして楽興の時や6つのドイツ舞曲については、もちろん名演の名には値する立派な演奏であるとは考えるが、いささか演奏自体が若干重々しくなってしまったきらいがあり、内田光子のアプローチには必ずしも符号しているとは言い難い作品と言えるのかもしれない。いずれにしても、本作品集全体としては、極めて優れた名演集と高く評価したいと考える。録音は従来盤でも十分に高音質であるが、このうちピアノ・ソナタ第7番と楽興の時をカプリングした一枚については、マルチチャンネル付きのSACD化がなされており(現在は入手難)、それは素晴らしい高音質であった。本ピアノ作品集の中でも、ピアノ・ソナタ第16番以降の諸曲や即興曲などの後期の作品については、それぞれの楽曲の演奏史上でもトップの座を争う至高の超名演であり、今後は、最低でもSHM−CD化、さらにはSACD化を図るなど、より一層の高音質化を大いに望んでおきたいと考える。

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  • ★★★★★ 

    candi  |  福井県  |  不明  |  2011年04月25日

    内田光子のピアノの透明感が引き立ちさらに、ムジークフェラインの持つ力で柔らかくより伸びやかになっておりどの曲を聞いてもいつまでも聞いていたい演奏。考え抜かれ鍛え抜かれた技術によって、ピアニシモからフォルテシモまで音色が自由自在にしかも最大の注意力で変化し、意識が通っていない音は一音もないと感じさせる。シューベルトの孤独感の表現が十分かどうかは解らないが、ブレンデルより録音が良く、リヒテルより重くなくついつい手にとってしまう。

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  • ★★★★★ 

    横濱の風  |  神奈川県  |  不明  |  2011年01月02日

    内田の徹底的に研究していく姿勢は、モーツァルトよりもシューベルトの演奏が向いているように思う。音符と音符の間を埋め尽くすような、考え抜かれた演奏で、究極のシューベルト像を聴くことができる。ただし、聴く側にも相当の覚悟が必要で、気を抜くことはできない。必聴のセット。

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  • ★★★★★ 

     |  岐阜県  |  不明  |  2009年12月10日

    内田光子についてはモーツアルトの協奏曲を大いなる期待を持って聞いたが、だめであった。内田の音はホロビッツやアルゲリッチのような黒光りしたつやつやした音でもないし、カサドシュやフランソアのような美しい音でもない。また、ルービンシュタインのような温かい音とも違うし、バックハウスのような潤いのある骨太の音とも違う。どちらかというと線の細い、神経質な音である。それでは、モーツアルトには合わないだろう。ところがこのシューベルトにはよく内田の音がよく合う。内田がシューベルトに心から共感し、いたるところに工夫を凝らしているのもよくわかる。19番のソナタの第1楽章などはその典型だ。末永く大切に聞くつもりです。

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  • ★★★★★ 

    sisina  |  千葉県  |  不明  |  2009年11月07日

    ケンプやダルベルトとは違ったアプローチで面白い。また、ブレンデルやポリーニのようにBGM的に流す部分もない。録音は残響が多すぎず申し分ない。

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  • ★★☆☆☆ 

    うぉんばっと  |  横浜市  |  不明  |  2008年03月01日

    どの曲も出口のない絶望に貫かれていて、その点は凄いと思うけれども、楽興の時やドイツ舞曲やソナタ13番のような愛らしい曲にまでそれをやられると正直ついていけません。それにところどころ楽譜にない変な音を弾いていて疑問に思います。たとえば即興曲Op.142-3の5’55”〜と6’16”〜のところ、突然オクターブ下を弾いていますが、どういう必然性が??

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  • ★★★★★ 

    寺尾  |  不明  |  2008年02月14日

    音はクリアに磨かれ、だれる事なく音楽が流れゆく。楽しさとか愉悦性はなかなか感じられないかもしれないが、シューベルトの内面を描き、録音の良さも相まってすばらしい傑作になっている。

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  • ★★★★★ 

    eroiika  |  tokyo  |  不明  |  2007年08月16日

    バラ売りを一つにまとめた待望のソナタ集。音一つ一つに深く意味を刻み、磨かれた音色が醸し出す死のメランコリー。作曲者につきまとう死の影と苦悩の表現に力点を置く点ではリヒテルやアファナシェフと近い。晩年のバーンスタインのマーラーと同様軽く聞き流せない。ファーストチョイスには個性が強すぎ、初心者にはぜひシフあたりを勧める。

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  • ★★★☆☆ 

    ともりん  |  京都市  |  不明  |  2007年07月11日

    実際のところ、みなさんこの演奏について行けますか? 一音一音の彫琢と進行の制御が厳しすぎる。内田が描くファンタジーは明確だが、それ以外の方向性は極端に狭められてる。息苦しい。音楽ってこんなに演奏者の解釈に従わねばならないものだろうか? この人はやってることがとにかく完璧すぎるんです。その意味ではカラヤンにも通じるものがある。もちろん通俗性では逆方向ですが。ただみなさんに問いたいですね。本当にこの方向性でよいのだろうか?と。

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