トップ > 中古(販売・買取)CD / DVD / アナログレコード / 本 / ゲーム > 中古 > ベートーヴェン(1770-1827) > 【中古:盤質AB】 ベートーヴェン:交響曲第5番「運命」、バッハ:アリア ケーゲル指揮ドレスデン・フィル(1989)

ベートーヴェン(1770-1827)

CD 【中古:盤質AB】 ベートーヴェン:交響曲第5番「運命」、バッハ:アリア ケーゲル指揮ドレスデン・フィル(1989)

【中古:盤質AB】 ベートーヴェン:交響曲第5番「運命」、バッハ:アリア ケーゲル指揮ドレスデン・フィル(1989)

商品ユーザレビュー

レビューを書いてみませんか?

レビューを書く

検索結果:43件中1件から15件まで表示

  • ★★★★★ 

    タシマ  |  宮城県  |  不明  |  2017年08月13日

    ダイイングメッセージとでも言おうか…。ベートーヴェンの赤々とした命の炎がケーゲルの青白い炎に完全に包まれてしまっている。生きる事に疲れて、動く事すらままならない感情に似ているとでもいおうか。それにしてもケーゲル本人が音を出しているわけでもないのに、どうしてこんな個人的な心の声みたいなものが 、オケという大勢の集団から発せられるのだろう。皆どんな思いでこの日演奏していたのか…

    0人の方が、このレビューに「共感」しています。

    このレビューに 共感する

  • ★★★★★ 

    ケイ太  |  鳥取県  |  不明  |  2015年11月10日

    ゲーゲルの運命を聴いていて気づきます。悲しみも思想なんだと。 この第五は悲しみに支配されているかのようです。 ゲーゲルの悲しみ、それがオーケストラにも乗り移り、えも言われぬ 美しい楽曲として、心に響きます。それは、失恋の悲しみとか、親を失った 悲しみとかとは違う、とても深い悲しみのようです。愛する祖国が、崩壊しようとする予感でしょうか?それとも人間とは、とても悲しいものだという根源的な問いかけでしょうか?それにしてもなぜ、こんな演奏が東京で行われたのか?パリでもなくニューヨークでもなく、東京で。1989年の東京がゲーゲルとオケのメンバーに何かインスピレーションを与えたのでしょう。 ともかくお気に入りの1枚になりました。NHKの録音もさすがです。

    0人の方が、このレビューに「共感」しています。

    このレビューに 共感する

  • ★★★★★ 

    みすず、つれづれクラシック好き。  |  神奈川県  |  不明  |  2014年10月10日

    なんだか評価が高すぎて、狂気じみている評論をみます。東ドイツ崩壊後、ピストル自殺というスキャンダラスな最期。なんだか神格化する文章が多すぎ、気持ち悪いなあ、と思っていました。 ケーゲルが自殺する一年前に日本で演奏したもののCD化だそうです。 曲は「運命」。TVである音楽家が「さがるぞお」と歌詞をつけていました(笑)音程が下がるフレーズがしつこくしつこく繰り返されます。運命が扉をたたくそうです。 どんなにすごい「運命」なのかしら?と思い聴きました。 意外に、ドラマチックじゃなくて(もっと重々しく、ドラマチックに指揮する人がいそうです)びっくりしました。でも、なんだかひっかかる!!音がさがる、基本のフレーズが、ひっかかる。スムーズに音がおりてこないんですね。なめらかに演奏できないのって、オケの技術かしら?とも思いましたが、どうもそうではない。考えてみると、運命がどんどんと扉を叩いているのに、なめらかに音がおりてくるはずはない。一音一音、ひっかかったような表現が正しいのかもしれない。ベートーヴェンには妙にロマンチックなフレーズがあって、綺麗になめらかに演奏しているのを聴きますが(技術が高いであろう、〇〇フィルがここぞとばかりなめらかに演奏しそう。。。。)ひっかかる演奏が、私のなかにすーっと入ってきました。いままで、なんとなく納得できなかったのって、あまりに演奏がスムーズだったからだ。。。。と。 章がすすむにつれ、なんとなく気持ち悪い演奏になっていきます。もちろん、最大限の賛辞です。おどろおどろしい感じではなく、普通なんだけど、なんとなくひっかかる演奏です。第三章は、本当にすばらしい!ゆっくりの演奏は嫌いなんですが、ゆっくりだけど、無駄がないというか。。。余白がすばらしいというか。。。実直に音楽に向かっている感じが胸にせまりました。 アンコールは「管弦楽組曲第三番、ニ長調〜アリア」有名なバッハのアリアです。もったいつけて演奏する感じが苦手で、ゆっくり目の演奏は苦手なのですが、これはあり!!逆にこの速度でないと表現できないのかも知れません。ちゃんと必要があってゆっくりと演奏している感じ。実直に音楽に向き合う感じ。あんなにきれいなクラシック曲をきいたことがありません。クリアなのにロマンチックに流されず、実直に音を紡いでいく感じ。 自殺したケーゲルを神格化するわけでもなく、クラシックに狂信的になるわけでもありませんが、やはりこの演奏はすばらしく、素敵な音楽だと思います。やはり、自分の耳で聴かないと。。。。あちらこちらで、妙なオススメ文をみるCDだと思いますが、これは本当に良い演奏だと思いました。やっぱり、自分の耳で聞かなくては。。。。      

    3人の方が、このレビューに「共感」しています。

    このレビューに 共感する

  • ★★★★★ 

    フジワラカオル  |  東京都  |  不明  |  2012年10月14日

    皮肉にも初めて買ったベト全集がLASERLIGHTのケーゲル盤でした。新星堂コラボの当時破格の5000円のものでした。あまりに平凡な演奏(実は録音に問題があった)に辟易したものでしたが周囲の尋常ならざる反応に再びこの盤を手に取りました。 言っておきます。「取扱注意」です。私は大袈裟でなくこの盤を最後まで聴くたびに気を失って病院に担ぎ込まれます。はた迷惑なので滅多に手にとらないようにしております。医師にも「もう聴かないほうがいい」とまで言われました。理由はよほどの無感動無神経な人以外ご自分で耳にすれば分かるはずです。第一楽章からアンコールまでが異常な空気が張り詰めています。終始続く緊張感に耐えられません。当時どんな客がどんな顔して聴いていたのだろうと訝りたくなるくらい尋常ならざるライブです。 これを野辺の送りになんて考えている方の気が正直知れません。静謐というより激情を上から圧迫した悲鳴のような静けさです。こんなもの葬式で鳴らされた日にはそれこそ参列者は倒れるし遺体になっても地獄に行くのは必定、そんな曲です。「運命」はなんら解決しないしアリアは涙せずには聴けません。流れる演奏はいたって穏やかですが、決して穏やかな気持ちで聴ける類のものではないのです。 くれぐれも聴くときに身近に危険なものを置かないように。 あと軽率に手にしてはいけません。聴くときはくれぐれも心穏やかなときにと忠告しておきます。

    2人の方が、このレビューに「共感」しています。

    このレビューに 共感する

  • ★★★★★ 

    Human@TheEarth  |  静岡県  |  不明  |  2012年07月18日

    どうしても先入観で1年後のピストル自殺と結びつけてしまうので、真っ新な状態で聴いたらどういう印象を持つのか正確にはわかりませんが、このG線上のアリアは溜め息が出てくるほどきれいで澄んだ演奏ですね。バロック音楽は古楽器による演奏が好きなのですが、このロマン派的な演奏は別で、聴いていると曲想に乗ってに乗って自分の呼吸も変わってくる。こういう体験は、マタチッチ&チェコPOのブル9以来です。

    0人の方が、このレビューに「共感」しています。

    このレビューに 共感する

  • ★★★★★ 

    ドレクスラー  |  神奈川県  |  不明  |  2012年03月11日

    理想に燃えた純粋潔癖な魂は、崩れ行く現実の「運命」を直視し、耳に何を聴き、あるいは喜怒哀楽の思いに囚われ、あるいは立ち向かい克服しようとしただろうか?Kegelは自らを不幸だと思っただろうか。芸術のみが為し得る偉大な技が、我々の厳粛な心を鷲掴みにする。音楽は神からの天啓であり、いかなる運命を奏でる魂も救うことを教えてくれる奇跡・絶世の名演である。

    2人の方が、このレビューに「共感」しています。

    このレビューに 共感する

  • ★★★★★ 

    聖オーガスティン  |  IRELAND  |  不明  |  2012年01月04日

    あまり知られていない東ドイツの指揮者の振る運命と田園、クラシックファンなら見向きもしないコンサートで、こんな演奏が行われていて、録音も取られていたなんて。雑誌を見てクライバーやワルターを買う初心者には無縁のCD。評論家も無視。でもあなたが心あるクラシックファンなら買ってごらんなさい。数多いレビューを信じなさい。

    4人の方が、このレビューに「共感」しています。

    このレビューに 共感する

  • ★★★★★ 

    まーきー  |  徳島県  |  不明  |  2011年06月14日

    1989年10月にケーゲルが手兵ドレスデン・フィルを引き連れて行ったコンサートのアンコールでの演奏だ。このコンサートはある労働組合の招聘で実現したらしく、聴衆は普段クラシックなど聴かない組合員たちで、観客マナーは相当ひどいものだったらしい。 演奏曲目は「エグモント序曲」、「田園」と「運命」という驚異のオール・ベートーヴェン・プログラム。招聘側はファミリー・コンサート的なものを想定していたかも知れないが、実際に出てきた音はファミリー・コンサートなどとは似ても似つかぬものだった。ケーゲルがピストル自殺という非業の死を遂げる約1年前の演奏である。この日の演奏はすさまじく、現代音楽を得意とする冷徹なケーゲルらしからぬ何かに憑かれたかのような、なりふり構わぬ指揮ぶりで、今では伝説的なコンサートとされている。 「エグモント序曲」の冒頭の和音からして聴く者を凍り付かせるようなただならぬ響きだが、「運命」の第4楽章に至っては、よく言われている運命と戦い克服した勝利の歌などではない。音楽はクライマックスを迎えオーケストラは高揚しているが、そこにあるのは歓喜や情熱などではなく、むしろ冷徹で悲痛な哀しみに溢れている。ケーゲル流の魂の歌である。 アンコールに演奏された「アリア」は、人間の持つ世俗的な喜びや悲しみをすべて洗い流したような無垢な響きの、まるで彼岸から聞こえてくるような音楽だ。優しさとか静謐さとかを超越した、ただただ音楽がそこに存在しているというだけの有りように、私は思わず涙が流れた。熱心な社会主義者であったケーゲルがクリスチャンだったのかどうかはわからないが、まるで敬虔な宗教曲のようだ。私にはケーゲルの信仰告白のように聞こえる。

    3人の方が、このレビューに「共感」しています。

    このレビューに 共感する

  • ★★★★★ 

    alexander  |  東京都  |  不明  |  2011年05月14日

    他のレヴューアーの皆さんのおっしゃるとおりバッハのairが悲哀感が極まっていて、今まで聞いてきた曲とは別の曲にすら聞こえました。 何かを喪失した空しさ、告別といった心情を感じさせます。

    0人の方が、このレビューに「共感」しています。

    このレビューに 共感する

  • ★★★☆☆ 

    リョウ  |  埼玉県  |  不明  |  2011年02月23日

    理性の箍がはずれたような演奏。翌年に自殺するということになりますから、精神の平衡を失っていたのかもしれません。第3楽章から第4楽章への移行は圧倒的な迫力で演奏されるのですが、決して喜びへの高揚感としては聞こえません。悲痛を胸に抱えたまま必死に飛躍する苦悶に満ちた顔つきが眼前します。ひょっとしたら、ベートーヴェンの意図を忠実に音化した演奏なのかも知れませんが、繰り返し聴きたい演奏ではありません。これは1989年の演奏ですが、10年前のケーゲルは決してこんな演奏はしていませんでした。

    0人の方が、このレビューに「共感」しています。

    このレビューに 共感する

  • ★★★★★ 

    OWL ふくろう  |  福岡県  |  不明  |  2010年05月02日

    聞き飽きた同曲を、今更ながら購入するのは勇気のいることだ。同日の前半演奏された「レオノーレ」と「田園」を以前聴いたとき深い感銘を受けていたのと、他のレヴューワーの感想に後押しされようやく購入。 まず「運命」だが、「田園」のときと同様、非常に透明感のある響きがしている。また、聴き慣れたなじみの旋律やフレーズに、新しい発見をもたらしてくれたのも「田園」のときと同様である。氏の楽譜の読み込みが、幾重にもイメージしつくされた究極の演奏と印象する。しかも、翌年には同氏が悲劇的な終りを遂げることになるという指揮者自身が精神的な緊迫性を背景にもってなされた演奏であるから、いろんな意味で究極の演奏と言えるものである。 次に「G線上のアリア」だが、なんと心のこもった演奏だろう。ぐっとくるものがある。「自分の葬儀のときにはこの演奏を流してもらいたい」とかいうレヴューがあったが、気持がよくわかる。 ケーゲル氏の演奏を、一言で言えば、「まごころ」である。

    3人の方が、このレビューに「共感」しています。

    このレビューに 共感する

  • ★★★★★ 

    nori_sun  |  福岡県  |  不明  |  2009年09月07日

    ビートルズのイエスタディのように、表面上のはかなさばかり取り上げられて手垢に汚れた”G線上のアリア”。 ここにはそんなものは存在しません。 苦悩と表裏一体になった”安らかさ”が存在します。僕は、この演奏を何千回と聴き、死に行くんだろう、と思う名演です。 5番も変わってます。 この人の内面を探る音はいつ聴いても独特。 こんな5番もあってよいと思います。

    5人の方が、このレビューに「共感」しています。

    このレビューに 共感する

  • ★★★★☆ 

    あんぱん  |  京都府  |  不明  |  2009年07月17日

    この不完全燃焼な気分はなんだろうか。演奏は燃え尽きているのに、決してすっきりすることのない後味の悪いドロドロさ。最後のアリアがまるで消えそうな蝋燭のともし火に対する鎮魂歌のようだ…。 ひと癖もふた癖もあり、非常に食べにくくちょっとイライラする演奏。これは悪い意味ではなく、だからこその感動というか、他ではなしえない魅力を聴かせてくれる。 これが正しい、異端とかそういうことではなくて、演奏するという行為の圧倒的なパワーにただただ唖然とするのみ。 もしこの運命がアリアへの伏線として計算されているならばこれほど恐ろしいコンサートはなかっただろう。

    2人の方が、このレビューに「共感」しています。

    このレビューに 共感する

  • ★★★☆☆ 

    やまC?  |  京都府  |  不明  |  2009年07月04日

    鳥肌もんです。言うに言えない息苦しさを感じます。寒気がします。病中病後にはおすすめできません。名盤に間違いないですが、幸せな気分にはなれません。体調の良いときに聴きましょう。

    3人の方が、このレビューに「共感」しています。

    このレビューに 共感する

  • ★★★★★ 

    てつ  |  千葉市  |  不明  |  2009年03月14日

    田園のほうに入っているエグモントといい、このアリアといい、誰がこのような演奏を成し得たか。現代の苦悩をイデオロギーではなく純粋に音にしたケーゲル。良し悪しを超え迫るものは、我々の存在すら揺さぶる。表現の多様性とか言うレベルではない。震撼足らしめる演奏。聞くしかないのではなかろうか・・

    7人の方が、このレビューに「共感」しています。

    このレビューに 共感する

検索結果:43件中1件から15件まで表示