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シュトラウス、リヒャルト(1864-1949)

CD 【中古:盤質A】 R.シュトラウス:ツァラトゥストラはかく語りき、モーツァルト:協奏交響曲 K.297b ヘルベルト・フォン・カラヤン&ベルリン・フィル(1970年ステレオ)

【中古:盤質A】 R.シュトラウス:ツァラトゥストラはかく語りき、モーツァルト:協奏交響曲 K.297b ヘルベルト・フォン・カラヤン&ベルリン・フィル(1970年ステレオ)

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    つよしくん  |  東京都  |  不明  |  2013年05月12日

    凄い演奏だ。このようなお宝のような音源がこれまで眠っていたこと自体がおよそ信じ難い。本盤には、モーツァルトの管楽器のための協奏交響曲とR・シュトラウスの交響詩「ツァラトゥストラはかく語りき」の演奏がおさめられている。両曲ともに、カラヤンは複数の演奏のレコーディングを遺しているが、私としては、本盤の演奏こそは、カラヤンによる両曲演奏の最高峰に掲げられるのではないかと考えるところだ。モーツァルトの管楽器のための協奏曲の演奏は、流麗なレガートを施した優美さと躍動感が際立っている。カラヤンは、後年の演奏になるほど、健康状態の悪化も相まって、躍動感を失ったいささか重いとも感じられる演奏が多くなっていくのであるが、本演奏は60歳を少し過ぎたばかりの心身ともに充実していた時期のもの。シンフォニックな重厚さの中にも、前述のような躍動感と流れるような美しさを秘めた全盛期のカラヤンならではの稀代の名演奏に仕上がっている。ローター・コッホ、カール・ライスター、ゲルト・ザイフェルト、ギュンター・ピースクと言った、ベルリン・フィルの楽団史上での最高峰に掲げられるべきスタープレーヤーが奏でる名演奏は、卓越したヴィルトゥオジティの発揮は当然のこととして、芸術性も豊かであり、カラヤンやベルリン・フィルともども実に楽しげに演奏している様子が伝わってくるのが素晴らしい。R・シュトラウスの交響詩「ツァラトゥストラはかく語りき」の演奏は、先ずは、「序奏」の輝かしいブラスセクションの咆哮に圧倒される。「後の世の人びとについて」に入るとテンポを幾分落として、分厚くも艶やかな音色美を誇る弦楽合奏が伸びやかに曲想を歌い上げていく。その美しさは、この世のものとは思えないような音の桃源郷の世界だ。「大いなる憧れについて」や「歓喜と情熱について」におけるブラスセクションやティンパニの鋭い響きは悪魔的とも言うべき凄まじいまでの迫力を誇っていると言える。「科学について」の低弦の引きずるような響きも凄みがあり、対比する高弦の美しさは天国的とも言えるだろう。「病から回復に向かう者」のトロンボーンやホルンの咆哮は凄まじく、頂点における迫力は壮絶の極み。その後はトランペット、木管楽器、弦楽器などの絡み合いは唖然とするほど上手く、アンサンブルなどいささかも綻びを見せないのは殆ど驚異的だ。「舞踏の歌」のシュヴァルベのヴァイオリン独奏の美しさはこの世のものとは思えないほどであり、木管楽器セクションの合いの手のあまりの上手さは協奏曲のようであり、殆ど反則技とも言いたくなるほどだ。終結部の壮絶な阿鼻叫喚の世界は、カラヤン、ベルリン・フィルの大熱演。それでいて、各楽器セクションが団子状態にならず、鮮明に分離して聴こえるなど整理し尽くされているのは、後述のような音質の良さのみならず、お互いの楽器セクションの音を聴きあうというカラヤン&ベルリン・フィルの卓越した演奏の賜物と言っても過言ではあるまい。「さすらい人の夜の歌」が消え入るように終わった後、少し間をおいてから拍手が徐々に大きくなっていくのは、当日の聴衆の深い感動を伝えるものと言えるだろう。両演奏を聴き終えて思ったのは、何と言う凄い指揮者、凄いオーケストラが存在したのだろうかということである。全盛期のカラヤン&ベルリン・フィルの実演がいかに人間業を超えた凄まじいものであったのかが理解できるところだ。いずれにしても、本演奏は、カラヤンの演奏をスタジオ録音によるものでしか聴いたことがないというクラシック音楽ファンにこそ、是非とも聴いていただきたい名演の前に超をいくつ付けても足りない圧倒的な超絶的名演と高く評価したいと考える。音質も各楽器セクションが分離して明瞭に聴こえるなど、1970年のライヴ録音としては極めて優れたものと評価したい。

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    オオボラ吹き  |  東京都  |  不明  |  2013年02月13日

    没後10年目にして漸くProf. Lothar Kochの幻とも言える演奏が日の目を見ようとは! 同じくソリストと登場しているBPO絶頂期の木管セクションの名を見るだけでも、大いに期待が膨らむ。 本日届いたので早速拝聴した。ピュヒナー(今は無き往年のオーボエメーカー)をあの体格で縦横無尽に吹きこなす姿が目に浮かぶ。細やかなニュアンス、フレージング、敢えて付けると言われたビブラート等々・・・ 高い集中力と音楽性によってのみ到達し得る最高の藝術だ。 「コッホの前にコッホ無し。コッホの後にコッホ無し。」現在も尚言われ続けている名言である。 モーツァルト同様、リヒャルトも絶頂期のKarajan/BPO。スコアが透けて見えてくるような秀逸さで崇高な演奏である。

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    masato  |  新潟県  |  不明  |  2013年01月20日

     私にとっての『ツァラトゥストラ』はカラヤンの73年、83年の2枚です。60年のウィーン・フィル盤も“勢い”という点で魅力的ですが、精緻さを極めた73年盤(ティンパニの存在感たるや言葉もなし!)、黄金色の黄昏色とでも言いたくなるような83年盤(迫力と温かみの見事な共存!)には届きません。  そして、この70年のライブ。精緻さという点では、セッションのようにはいかないのは当然のことで、それによるマイナスを覆い隠すに十分な“ライブ感”(『春の祭典』やベートーヴェンの『第7』の“ライブ感”も凄かった!)が何とも新鮮。勿論、「精緻さという点では、セッションのようにはいかないのは当然」とは言っても、当時のベルリン・フィルの技量たるや、凄まじいの一言! 「後の世の人々について」から「歓喜と情熱について」にかけての盛り上がり、そして後半戦に突入し、特に残り15分になってからの弦楽の迫力と美の共存には、正に唖然。  他の曲でも「R.シュトラウスは精緻さこそ命」とセッション録音ばかりを聴いてきましたが、この『ツァラトゥストラ』…73年、83年の両横綱に割って入りそうな、強力な大関になりそうです。

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