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チャイコフスキー(1840-1893)

CD 【中古:盤質A】 チャイコフスキー:ヴァイオリン協奏曲、コルンゴルト:ヴァイオリン協奏曲 アンネ=ゾフィー・ムター、アンドレ・プレヴィン

【中古:盤質A】 チャイコフスキー:ヴァイオリン協奏曲、コルンゴルト:ヴァイオリン協奏曲 アンネ=ゾフィー・ムター、アンドレ・プレヴィン

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  • ★★★★★ 

    つよしくん  |  東京都  |  不明  |  2011年07月31日

    本盤におさめられたチャイコフスキーのヴァイオリン協奏曲は、ムターによる15年ぶり2度目の録音になる。最初の録音は、最晩年のカラヤン、そしてウィーン・フィルとの演奏(1988年ライヴ)であった。当該演奏においても、ムターは決してカラヤンの言いなりになっていたわけではなく、むしろ、自由奔放とも言うべき個性的な演奏を展開していた。したがって、当該演奏については、巨匠カラヤンによる枯淡の境地をも感じさせる味わい深い名演奏とも相まって、現在においても燦然と輝く名演であると言える。これに対して、本演奏は、ムターの個性が更に深まったと言っても過言ではあるまい。ムターのヴァオリンは、いささかも線の細さを感じさせない骨太の音楽づくりが際立っていると言えるが、これによって、同曲の演奏に必要不可欠な強靭な迫力や豊麗さが過不足なく表現し尽くされていると言えるだろう。そして、同曲の特徴でもあるロシア風の民族色豊かな美しい旋律の数々を、ムターは格調の高さをいささかも不足することなく濃密に歌い抜いており、その妖艶な美しさには聴き手を酔わせるほどの抗し難い魅力に満ち溢れていると言える。また、粘ったような奏法や、土俗的とでも言うべき思い切った表情づけを、いささかの格調の高さを失うことなく随所において行っており、楽曲の細部に至るまで彫琢の限りを尽くした演奏を展開している。このように、音楽のスケールは一段と大きくなるとともに、表情づけなども格段に濃厚になってきており、これはムターの円熟の至芸と言ってもいいのではないだろうか。このような超個性的なムターのヴァイオリンを下支えしているのが、夫君であるプレヴィンとウィーン・フィルであるが、ムターのヴァイオリンを巧みに引き立てるとともに、聴かせどころのツボを心得た名演奏を展開しているのが素晴らしい。他方、コルンゴルトのヴァイオリン協奏曲はプレヴィンの十八番であり、何度も録音を繰り返してきた楽曲ではあるが、現代音楽にしては親しみやすい旋律に満ち溢れた同曲を、ムターは格調の高さを保ちつつ、濃厚なロマンティシズムに満ち溢れた情感豊かな名演奏を展開しているのが素晴らしい。録音は本従来盤でも十分に満足できる音質であるが、ベストの音質はマルチチャンネル付きのSACD盤であると言える。各楽器の位置関係も明瞭になるような臨場感溢れるマルチチャンネル付きのSACDの極上の高音質は、本演奏の価値を更に高めるのに大きく貢献しているのを忘れてはならない。

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  • ★★★★★ 

    ムター、私の女神  |  香川県  |  不明  |  2008年11月18日

    チャイコフスキーは大好きな曲なのに、大好きな演奏にめぐりあえず、有名アーチストはほとんど聴いたのに、どれもしっくりこない。そこに突然ムターが現れて、私がずっと「こんなふうに弾いてほしい」と思っていたとおりに弾いてくれたのには、正直ぶっとびました。でもカラヤンの伴奏はまったくダメ!全然私の(ムターの?)感性を理解してくれてない!くそーっと思っていたら、プレヴィンがやってくれました。誰が何と言おうが、これが私の求め続けたチャイコフスキー。一生の宝物です。

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  • ★★☆☆☆ 

    eroicka  |  不明  |  不明  |  2015年03月08日

    チャイコフスキーはカラヤンとの共演盤を推すしかない。これだけ好き放題やれば面白く、往年の演奏家を超える個性的な名盤ともいえるが、個人的にはフレージングや音色のくどさ、しつこさは、まさにこの曲が初演された時の「安酒の香りのようだ」という批判を思い出す。しかも秀逸な録音がそのしつこさを強調する。この曲には頽廃性や官能性があり、それを強調すればこの路線に行き着くだろう。しかし、往年の演奏家も超えなかった一線を超えてしまっている。例えるなら、傾城の粉黛。ないしは、銀座の夜を闊歩する色っぽい美女のきついシャネルの香水である。美しさも色香も芳香も行き過ぎれば、吐き気を催す悪趣味となる。ただし、往年の名手以上にダントツに個性的で面白いのは間違いないので、興味のある方はどうぞ。コルンゴルドは曲想も相まってこれではもはや安物の映画音楽である。DGもアーティストを失い企画力も衰え、かつてのブランド力の勢いを失っている証左である。

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  • ★★★★★ 

    つよしくん  |  東京都  |  不明  |  2011年07月31日

    本盤におさめられたチャイコフスキーのヴァイオリン協奏曲は、ムターによる15年ぶり2度目の録音になる。最初の録音は、最晩年のカラヤン、そしてウィーン・フィルとの演奏(1988年ライヴ)であった。当該演奏においても、ムターは決してカラヤンの言いなりになっていたわけではなく、むしろ、自由奔放とも言うべき個性的な演奏を展開していた。したがって、当該演奏については、巨匠カラヤンによる枯淡の境地をも感じさせる味わい深い名演奏とも相まって、現在においても燦然と輝く名演であると言える。これに対して、本演奏は、ムターの個性が更に深まったと言っても過言ではあるまい。ムターのヴァオリンは、いささかも線の細さを感じさせない骨太の音楽づくりが際立っていると言えるが、これによって、同曲の演奏に必要不可欠な強靭な迫力や豊麗さが過不足なく表現し尽くされていると言えるだろう。そして、同曲の特徴でもあるロシア風の民族色豊かな美しい旋律の数々を、ムターは格調の高さをいささかも不足することなく濃密に歌い抜いており、その妖艶な美しさには聴き手を酔わせるほどの抗し難い魅力に満ち溢れていると言える。また、粘ったような奏法や、土俗的とでも言うべき思い切った表情づけを、いささかの格調の高さを失うことなく随所において行っており、楽曲の細部に至るまで彫琢の限りを尽くした演奏を展開している。このように、音楽のスケールは一段と大きくなるとともに、表情づけなども格段に濃厚になってきており、これはムターの円熟の至芸と言ってもいいのではないだろうか。このような超個性的なムターのヴァイオリンを下支えしているのが、夫君であるプレヴィンとウィーン・フィルであるが、ムターのヴァイオリンを巧みに引き立てるとともに、聴かせどころのツボを心得た名演奏を展開しているのが素晴らしい。他方、コルンゴルトのヴァイオリン協奏曲はプレヴィンの十八番であり、何度も録音を繰り返してきた楽曲ではあるが、現代音楽にしては親しみやすい旋律に満ち溢れた同曲を、ムターは格調の高さを保ちつつ、濃厚なロマンティシズムに満ち溢れた情感豊かな名演奏を展開しているのが素晴らしい。録音は本従来盤でも十分に満足できる音質であるが、ベストの音質はマルチチャンネル付きのSACD盤であると言える。各楽器の位置関係も明瞭になるような臨場感溢れるマルチチャンネル付きのSACDの極上の高音質は、本演奏の価値を更に高めるのに大きく貢献しているのを忘れてはならない。

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  • ★★★★★ 

    つよしくん  |  東京都  |  不明  |  2011年07月31日

    本盤におさめられたチャイコフスキーのヴァイオリン協奏曲は、ムターによる15年ぶり2度目の録音になる。最初の録音は、最晩年のカラヤン、そしてウィーン・フィルとの演奏(1988年ライヴ)であった。当該演奏においても、ムターは決してカラヤンの言いなりになっていたわけではなく、むしろ、自由奔放とも言うべき個性的な演奏を展開していた。したがって、当該演奏については、巨匠カラヤンによる枯淡の境地をも感じさせる味わい深い名演奏とも相まって、現在においても燦然と輝く名演であると言える。これに対して、本演奏は、ムターの個性が更に深まったと言っても過言ではあるまい。ムターのヴァオリンは、いささかも線の細さを感じさせない骨太の音楽づくりが際立っていると言えるが、これによって、同曲の演奏に必要不可欠な強靭な迫力や豊麗さが過不足なく表現し尽くされていると言えるだろう。そして、同曲の特徴でもあるロシア風の民族色豊かな美しい旋律の数々を、ムターは格調の高さをいささかも不足することなく濃密に歌い抜いており、その妖艶な美しさには聴き手を酔わせるほどの抗し難い魅力に満ち溢れていると言える。また、粘ったような奏法や、土俗的とでも言うべき思い切った表情づけを、いささかの格調の高さを失うことなく随所において行っており、楽曲の細部に至るまで彫琢の限りを尽くした演奏を展開している。このように、音楽のスケールは一段と大きくなるとともに、表情づけなども格段に濃厚になってきており、これはムターの円熟の至芸と言ってもいいのではないだろうか。このような超個性的なムターのヴァイオリンを下支えしているのが、夫君であるプレヴィンとウィーン・フィルであるが、ムターのヴァイオリンを巧みに引き立てるとともに、聴かせどころのツボを心得た名演奏を展開しているのが素晴らしい。他方、コルンゴルトのヴァイオリン協奏曲はプレヴィンの十八番であり、何度も録音を繰り返してきた楽曲ではあるが、現代音楽にしては親しみやすい旋律に満ち溢れた同曲を、ムターは格調の高さを保ちつつ、濃厚なロマンティシズムに満ち溢れた情感豊かな名演奏を展開しているのが素晴らしい。録音は従来盤でも十分に満足できる音質であるが、ベストの音質はマルチチャンネル付きのSACD盤であると言える。各楽器の位置関係も明瞭になるような臨場感溢れるマルチチャンネル付きのSACDの極上の高音質は、本演奏の価値を更に高めるのに大きく貢献しているのを忘れてはならない。

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  • ★★★★★ 

    snowball(豚)  |  千葉県  |  不明  |  2008年12月30日

    ロマン派の残照を聞くがごとき一枚。ピリオド奏法と称してぎすぎすした奏法と、これまた全く咬み合わない現代的感性による演奏を如何にも正統的なもののように押し付けようとする輩が増殖する嘆かわしい状況ではあるが、こうした演奏の伝統そのものもオーセンティックなものではないのか。至当にして正当な演奏とはまさにこうしたもののことを言うのであろう。

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  • ★★★★☆ 

    ハッチ  |  愛知県  |  不明  |  2021年03月12日

    ヴァイオリン協奏曲の華がチャイコフスキー。 ピアノ協奏曲の華やかさもチャイコがNo.1。 カラヤンに見いだされたムターは10代でベルリンフィルと録音している。 円熟のソリスト、ムターが満を期して臨んだプレヴィンとのチャイコ。 コルンゴルトのコンチェルトも含めて素晴らしい。

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  • ★★★☆☆ 

    影の王子  |  大阪府  |  不明  |  2010年09月23日

    初演(このCDと同じウィーン・フィル)を聴いたハンスリックは「悪臭を放つ音楽」と言った。ハンスリックがこのCDを聴いたら同じことを言うかもしれない。しかし、この「泥臭さ」こそがこの曲の真骨頂だと私は思う。 「正統」的名演ではないが、聴き応えは十二分。しかし、カット無しの完全版ではないので★一つ減点。庄司もハーンも(あっ、3人ともDGだ)完全版で録音しているのに・・・コルンゴルドは完全に「演奏が曲を上回っている」。録音当時の亭主の口車で録音したのか?サン-サーンスの第3とか録音すべき作品は多くあるはずだ。なのでさらに★一つ減点。

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  • ★★★★★ 

    fmk  |  東京都  |  不明  |  2009年12月04日

    取り澄ました演奏が多い昨今、濃厚すぎる程の表情づけがされた演奏。妖艶といえると思うが、決して下品ではない。賛否がわかれると思うが曲想とマッチしておりチョンの旧版と並んで私のベスト盤です。(どちらもプレヴィンの伴奏ですね。)

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  • ★★★★★ 

    9ol  |  東京都  |  不明  |  2007年04月13日

    この演奏は、評価が両極端に分かれるだろうと思う。私はこの演奏、堪らなく好きですね。何だか「ど演歌」聴いているみたいで、余り上品ではないが、圧倒される演奏。大年増の凄みみたいなものが感じられる。それから、チャイコの第2楽章でムターは弱音器を就けているようで、不思議な音色です。安いステレオシステムだと、逃げ出したくなるような酷い音に聞こえる可能性がある。万人向きの演奏とは言えないが、ムターファンなら必聴だろうね。もっとも出てから大分日が経つから、ムターファンはみんな持っているか、(笑)。

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  • ★★★★★ 

    HQ  |  愛知県  |  不明  |  2017年10月01日

     『チャイコフスキー』ヴァイオリン協奏曲 ニ長調 OP.35の魅力は、まず、第一楽章は、比較的早いうちからソロバイオリンが登場し、先導されたオーケストラが華麗に展開する主題にあります。一聴で引き込まれてしまいます。ソロバイオリンが主導する割合も高く、最初に技量を見せる所でもあります。続いて、第二楽章では、バイオリンが奏でる陰影のなかに憂いと安らぎが奏でられます。演奏者の情感が伝わってくるところです。そして、第三楽章は、ロシアの民族舞曲トレパークに基づく激しいリズムとスピードを備えた第一主題と、それとは対照的なゆったりとした第二主題との組み合わせが聴き所です。  さて、 本演奏では、第一楽章のカデンツアがややしつこいところはありますが、全体的にバイオリンの高音が綺麗で、低音の渋みが効いていること、バイオリンの技量の高さと情感の豊かさが伝わってくることが良いと思います。特に、第二楽章で弱奏部が強調されていることで情感が豊かに伝わってきます。第三楽章では、第一主題と第二主題がフィナーレへ向けて繰り返され、緊張感が増して退屈しません。そして、フィナーレは、さらに熱狂的にかつ華やかに締めています。  『コルンゴルト』ヴァイオリン協奏曲 ニ長調 OP.35は、ゆったりと美しいバイオリンが奏でられます。妖艶な美しさはこちらのほうにあるのではと思いました。  以上、「Dg No:4745152(2004年10月05日発売)」について記しておきます。  

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  • ★★★★★ 

    ぶひ  |  東京都  |  不明  |  2011年02月04日

    これは好みで評価が真っ二つに分かれるかもしれない (近いところでツィマーマンのショパンP協奏曲) 濃くてロマンチックな個性的ナ演奏である。 私の感想は スマートな演奏が増える中で中々嬉しい演奏です。 二楽章の儚い美しさは特に印象的です。 コルンゴルトは曲自体が”みせる曲”なので このムターの演奏とあっている感じがします。

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  • ★★★★★ 

    伊東  |  不明  |  不明  |  2010年06月12日

    CD盤から買い換えました。 2chでも空気感が増していいのですが、特にマルチチャンネルでの音場感と空気感が自然で、じっくりと音楽を楽しめます。 DGはSACDに余り熱心ではないようですが、私はSACD盤をお勧めします。

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  • ★★★★★ 

    北国の春  |  さっぽろ  |  不明  |  2006年12月22日

    大胆だが不自然さを感じさせない感性移入が素晴らしい。アシュケナージなどの、ワザトらしさとは別次元か?近時のムターにbravo!!!

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  • ★★★★☆ 

    ら  |  東京都  |  不明  |  2004年10月14日

    あのギュンター・ヘルマンス氏の録音ですが、同じオケでもカラヤン時代のほうが音が鮮烈だった。演奏は表情たっぷりでいいと思う。

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