【インタビュー】AMORPHIS / Olli-Pekka Laine

2018年05月17日 (木) 21:30

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13枚目となるニュー・アルバム『クイーン・オブ・タイム』をリリースするフィンランドのアモルフィス。17年ぶりにバンドに復帰したベーシスト、オーリ=ペッカ・ライネに色々と話を聞いてみた。


オーリ=ペッカ:遅れてごめん。前のインタビューが長引いてね。

川嶋未来(以下、川嶋):全然構いませんよ。。

オーリ=ペッカ:でも日本人はとても時間に几帳面だろ(笑)。

川嶋:確かにそういう面はあるかもしれませんが(笑)。ではインタビューを始めましょう。ニュー・アルバム『クイーン・オブ・タイム』はあなたにとって17年ぶりの復帰作となりました。一体どのような経緯で復帰することになったのですか。。

オーリ=ペッカ:まあ大して面白い話ではないのだけど、ある日仕事を終えてバッグの中の携帯をチェックしたら、エサ(ホロパイネン)から着信が入ってたんだ。もちろんエサとはずっと友達のままだったけれど、電話が来るというのは滅多にないことだった。だからきっと何か特別な用があるのだろうということは、ピンときた(笑)。そのときアモルフィスは北米ツアー中で、アメリカからわざわざかけてきたんだ。それで話してみると、ニコラス(エテレヴォリ)がおそらくバンドを抜けるので、北米ツアーの後、彼の代わりに数回ベースを弾いてくれないかと。まったく突然の話だったんだよ(笑)。とても驚いた。俺はこの20年間勉強をしたり仕事をしたり、とても安定した生活を送っていた。朝7時に仕事に行って、4時頃帰ってきて、夕飯を作って、本を読んで、バンドのリハーサルに行って、みたいな感じでね。アモルフィスに戻るということは、これとはまったく違うライフスタイルになるということさ。だけど一方で、話を聞いた瞬間から、俺はこの話を受けなくてはいけないとも思った。アモルフィスというのは俺の重要な一部であるとずっと感じていたから。だからすぐにOKしたよ。ところが、数回のショウのはずが、あっという間に大きなアリーナでプレイするヨーロッパツアーの40回になって(笑)。で結局今このように正式なメンバーとしているわけさ。

川嶋:17年ぶりのアモルフィスは、どんな感じでしたか。以前とは違っていたか、それともやはり我が家みたいな感じだったのでしょうか。。

オーリ=ペッカ:戻った時は我が家という感じがした。馴染みがあって、ノスタルジックな感触だった。だけどだんだんと色々な感情が入り混じってきたんだ。何しろライフスタイルが180度変わったわけだろ。心理的な葛藤も起こり始めた。アモルフィスとしての活動もやりたい。だけど一方で20年間馴染んだ生活も恋しいし、家にいて家族と一緒に過ごしたい。ソファーに座ってテレビを見たいとかね(笑)。だけど幸い他のメンバーがサポートしてくれたし、「お前はアモルフィスにいるべきだ。お前が必要だ」って言われてさ。とても感謝しているよ。葛藤はあったにしてもね。バンドに戻るという決断は簡単だったし、ライヴをやるのは最高に楽しい。だけどこの年でこのライフスタイルは厳しいというのも事実さ(笑)。もうすぐ50だし。まあでもとにかくバンドをやるというのはエキサイティングだよ。日本に行くのも楽しみだし、アメリカやカナダでプレイするのも待ちきれない。

川嶋:17年前と変わっていた面はありましたか。。

オーリ=ペッカ:少なくともメンバーのみんなは変わってなかったよ。くだらないバカな冗談ばっかり言っていて(笑)。やつらはバカな話ばかりしてるんだよ。グレイトな奴らさ。みんな温かくて。だけど色々なやり方は変わっていた。テクノロジーが発達したからね。みんなそれぞれPro Toolsを家に持っていて。こんなことは90年代にはなくて、曲作りをする時は、みんなで集まらなくてはいけなかった。今はそれぞれが家で作ればいいんだからね。個人的にはこれは良いことだとは思わないけど、まあでもそういう時代だから仕方がない。それから色々とプロフェッショナルになっていた。マネジメントも付いていて。当時はマネジメントなんていなくて、いても酷いものだったよ。今はロード・クルーもいるから、おかげでライヴ中もずっとギターのチューニングが合ってる(笑)。とても助かるよ。とにかく人間は変わってないよ。毎晩パーティをして。昔ほどベロベロになったりはしないけどね。

川嶋:あなたがアモルフィスを抜けたのは、バンドが目指す音楽的方向性が納得できなかったからだったと記憶しています。。

オーリ=ペッカ:確かにそれもあったのだけど、脱退した理由はほかにもあった。バンドはあの当時、なんて言えばいいかな、あまり良い時期ではなかったんだよ。金銭的な面でも良くなかった。お客さんも数も減っていて、2000人が200人になってしまっていた。そうなると、モロに俺たちの収入に影響してくるわけさ。ムードも悪くなってね。音楽的にもあまりやる気がなくなってしまった。10年間音楽的に色々なことを試してきて、その先どのようなアプローチをするべきかわからなくなってしまっていたんだ。メンバーの中にはフォーク・メタル路線に反対するものもいた。俺は『Elegy』みたいなフォーク・メタル路線をやりたかったのだけど。他のことをやりたいという気持ちもわかったのだけど、俺はあの頃はそれをやりたくなかったんだ。バンドとしても行き詰まっている中でね。だから俺の中ではバンドを抜けるという選択肢しかなかったんだ。バンドを抜けて、勉強や仕事をするという決断をしたのさ。


川嶋:今回の『クイーン・オブ・タイム』は、あなたの中で100%納得できる方向性であったということでしょうか。。

オーリ=ペッカ:新作のスタイルは100%支持するよ。この作品は、俺にとって馴染みのアモルフィスだし、90年代への目配せもあるだろ。俺が当時最後に参加した『Tuonela』よりも、グロウルのヴォーカルもたくさん入っていて。『Tuonela』には欠けていたと思う民族音楽からの影響もたっぷりあるしね。そういう要素が戻ってきている。まあこれはトミ・ヨーツセンが加入した『Eclipse』あたりから始まっていることだけれど。『Eclipse』が出た時、エサに「おめでとう、このアルバムは素晴らしいよ、ベース・プレイヤーが必要な時はいつでも言ってくれ」って言ったんだ。

川嶋:民族音楽というと、アモルフィスの音楽はフィンランドの民族音楽を取り入れていますよね。これはまあ何も不思議はないのですが、一方でアラブやインドあたりの音楽からの影響も顕著です。これは何故なのでしょう。。

オーリ=ペッカ:フィンランドのプログレッシヴ・ロック・バンドには、いくつかそういう要素を取り入れているバンドがいるんだ。例えばPiirpauke。彼らはプログレッシヴなフォーク・ロックをやっていて、フィンランドだけでなく、東の方の民族音楽なども取り入れている。日本のものもやっているんじゃないかな。バンドのリーダーは世界中を旅していて、アフリカに行ってアフリカのミュージシャンと一緒にやったり、奥さんがトルコ人なのでトルコにも行ったりなんかしている。俺たちはみんなPiirpaukeをよく聴いているので、インドのスケールを使うというのは、彼らからの影響と言えるよ。それからKingston Wallからの影響も大きい。Kingstone Wallのギタリスト、Petri Walliと、Piirpaukeの元ギタリストHasse Walliは兄弟なんだよ。だからアモルフィスとKingston Wall、Piirpaukeは密接につながっているのさ。Piirpaukeを聴いてもらえれば、アモルフィスは彼らの70年代の作品から大きな影響を受けていることがわかると思うよ。彼らは70年代からやっていても、今も活動しているんだ。PiirpaukeのSakari Kukkoは『Tuonela』でサックスも吹いているし。というわけで、簡単に中近東の音楽からの影響をまとめると、こんな感じ(笑)。

川嶋:『クイーン・オブ・タイム』のコンセプトについて教えてください。。

オーリ=ペッカ:正直なところ、俺はアルバムのコンセプトの深い部分まで答えるのにふさわしい人物ではないんだ。Pekka Kainulainenが歌詞を書いているからね。基本的には今回もカレワラに基づいた内容になっている。というか、Pekkaには「カレワラに基づいたもので」というインストラクションだけを与えているんだ。俺たちの歌詞には、「速い車」みたいな内容は出てこない。どれも、読んだ人が自分に当てはまると思えるような内容なのさ。「グレイン・オブ・サンド」などは、その一番良い例だと思う。この曲はこういう内容についてだ、というようなきっちりしたものではなく、誰もが個人的に受け取れるんだよ。Metallicaの『...And Justice for All』の歌詞もそんな感じだろう?歌詞を読むと、誰もが独自の意味を見出せる。そうすると、音楽的にも個人的な繋がりを見出せるようになる。だから俺たちも同じようなやり方をしているんだ。読んだ人は、俺が思うのとは全く違う解釈をするかもしれない。だけどそれで良いんだよ。

川嶋:アルバムのアートワークは何を表しているのですか。頭蓋骨に蜂がいて、全体的にサイケデリックな感触がありますが。。

オーリ=ペッカ:そうだね。『Under the Red Cloud』と同じアーティストの手によるもので、彼には「蜂と頭蓋骨を入れて欲しい」ということを伝え、あとは歌詞だけを渡した。『The Chosen Skull』というのもアルバム・タイトル候補の1つだったんだ。蜂は生を、頭蓋骨は死を象徴している。陰陽の考え方だよ。この惑星の人類という存在が、歩んでいる道さ。これがジャケットが表していることなんだけれども、もちろん見た人それぞれが独自の解釈をしてもらって一向に構わないよ。蜂も頭蓋骨も、色々な解釈が可能だろうからね。

川嶋:今回本物のストリングスで中近東っぽさを出していますが、これはプロデューサーのイエンス・ボグレンによるアイデアなのでしょうか。。

オーリ=ペッカ:そう、イエンスのアイデアさ。あんなストリングスが入るなんて、俺にとっても驚きだったよ(笑)。デモの段階ではキーボードでやっていて、もちろん本番もキーボードでもよかった。アモルフィスは、結成当初からキーボードを使っていたからね。ファースト・デモにすらキーボードが入っている。だけど今は、本物のストリングスを入れられるようになったわけだから、ぜひやろうと(笑)。とても興味深かったよ。俺たちとってはまったく新しい要素だけど、アモルフィスは常に新しいアイデアを実験してきたバンドだからね。「いや、これは俺たちにはさすがに奇妙すぎるよ」なんていうことを言うバンドではないんだ。変なことをやるのが大好きだから。

川嶋:変というより、とてもしっくり来ている感じがしましたが。。

オーリ=ペッカ:(笑)。そうだね、奇妙ではあるけれど聴き慣れていると言うか、とても良い感じだよ。

川嶋:ヘヴィ・メタルとの出会いはどのようなものだったのですか。。

オーリ=ペッカ:ヘヴィ・メタルと呼べるかわからないけど、KISSやAC/DCが最初だった。この2つが、初めて夢中になったヘヴィなバンドだったよ。それからLed Zeppelinをラジオで聴いたり、やがてトラディショナルなヘヴィ・メタルも聴くようになった。AcceptやLoudness。Loudnessは俺の大好きなバンドの1つさ。あとはMotley Crueとか、いわゆるオールド・スクールなバンド。ああいう音楽をリアルタイムで経験できたのは、とてもラッキーだったと思う。レコード屋に行って、Kissの『Animalized』やLoudnessの『Thunder in the East』、Motley Crueの『Theatre of Pain』を発売日に買った。他にも『Reign in Blood』や『Master of Puppets』、Morbid Angelの『Altars of Madness』とかもね。ノスタルジーではなく、リアルタイムだったのはよかった。もちろんBlack SabbathやLed Zeppelinはノスタルジーだったけれど。80年代のクラシックなハード・ロック、ヘヴィ・メタルが俺のルーツだよ。

川嶋:フィンランドは80年代、あまり国際的に知られたスラッシュ・メタル・バンドはいませんでしたが、90年代に入り、突然デス・メタル・シーンが爆発した感じでしたよね。これは何故なのでしょう。。

オーリ=ペッカ:実際80年代にも、それなりの数のスピード・メタルやスラッシュ・メタルのバンドはいたんだ。だけどほとんどのバンドはブレイクしなかった。個人的には、それは英語の問題だったのではないかと思う。きちんとした英語で歌うことができるバンドがいなかったからね。ところがデス・メタルになって、ヴォーカルがグロウルになると、英語の発音なんて関係なくなるだろう?興味深いデス・メタル・バンドをやるのに、英語をパーフェクトに発音する必要なんてない。完全に音楽だけの勝負になる。デス・メタルでは、ヴォーカルは二次的なものだからね。メロディック・デス・メタルでは特に、他の楽器がリード・メロディを担当して、グロウルのヴォーカルはエフェクト的な要素として捉えられる。90年代になってフィンランドのバンドが有名になったのは、こういう理由なんじゃないかと個人的には思っているよ。80年代にも、Stoneみたいなバンドはいたけど、フィンランド国外でも有名になったのは、彼らくらいだよね。

川嶋:アモルフィスはデス・メタル・バンドとしてスタートしましたが、その後さまざまなスタイルの音楽を吸収していきます。きっかけは何だったのでしょう。。

オーリ=ペッカ:俺たちは当時デス・メタル・ファンであったけれども、当然他の音楽も聴いていた。80年代から、プログレッシヴ・ロックなんかも聴いていたよ。俺のお気に入りのフィンランドのスラッシュ・メタル・バンドにOppressionというのがいる。当時俺はファンジンをやっていて、そのベーシストにインタビューしたんだ。そこで彼が、King Crimsonというバンドから大きな影響を受けていると言っていてね。確か88年だったと思うけど、当時俺は、そのKing Crimsonとは一体どんなバンドなのだろうとすぐに調べたんだ。それがきっかけで、エクストリームなプログレッシヴ・ロックを発見したんだよ。だからアモルフィスを始めて、デス・メタルをプレイしていた頃も、すでにプログレッシヴ・ロックにはハマっていた。それにデス・メタルだけをプレイし続けるということに飽き始めてもいたし、フィンランドのデス・メタル・バンドの間で、誰が一番オリジナリティがあるかみたいな競争も起こっていた。当時Xysmaというバンドがいて、彼らはデス・メタルとロックをミックスしていたんだ。それで彼らへの対抗心みたいなものもあったんだよね。どっちがよりオリジナルかみたいな。それでデス・メタルとしてのルーツは保ちつつ、新たな影響というのをどんどん取り入れていくようになった。大人になるにつれ、ただデス・メタルだけを演奏するというのも幼稚な気がしていたし。俺たちは他のスタイルの音楽も好きで、そういう音楽をプレイすることもできるんだということを示したかったのさ。もちろんリスクもあったけど、結局はチャレンジした甲斐があったと思う。Kasper Martensonが加入したというのも大きかったな。キーボードが加わって、やりたいことが色々やれるようになったからね。

川嶋:Xysmaへの対抗心とはずいぶん面白い話ですね。。

オーリ=ペッカ:彼らのことはとても尊敬していたんだ。頑固に自分たちがやりたいことをやるバンドだったから。アーティスティックで、商業的なことは一切考えていなかった。Black Sabbathみたいな曲をグロウルでやったり、とても彼らのアティテュードには関心させられた。彼らの『Yeah』(91年)という、Tomas SkogsbergとSunlight Studioで作ったアルバムは最高だよ。だけどXysmaの存在が変化の理由のすべてではないよ。俺たち自身、何か違うということをやりたいという欲求もあったしね。

川嶋:お気に入りのメタルのアルバムを3枚教えてください。。

オーリ=ペッカ:それは難しいな。メタルの定義はどうしよう。

川嶋:そこはお任せします。。

オーリ=ペッカ:たくさんあるけど、やっぱりMetallicaの『...And Justice for All』。これは最も影響力のあるメタルのアルバムの1つだよね。非常にプログレッシヴだけど、同時にとてもメタルだ。ロックではなく、ピュアなメタルなんだけど、プログレッシヴなんだよ。非常に複雑な曲、そして歌詞も素晴らしい。当時Metallicaのライヴも見たけど、それも最高だった。プレイもパフォーマンスもね。それからMorbid Angelの『Altars of Madness』。これはシーンのあり方を変えた作品だよ。最初の本当にブルータルなデス・メタルのアルバムで、すべてを変えてしまったよね。もちろんそれ以前にDeathやAutopsyもいたけれど、彼らはどちらかというとトラディショナルなデス・メタルであった。でもMorbid Angelは、モダンなスタイルだった。プログレッシヴな一面もあったし。あとは、Iron Maidenの『Powerslave』かな。なかなか良い3枚だろ(笑)。

川嶋:6月に来日公演が決定しています。。

オーリ=ペッカ:日本ではヘッドライナーだから、新曲も最低4曲は演奏するよ。ちょうど新曲のライヴ用リハーサルも始めたところなんだ。おそらくすべてのアルバムからの曲を演奏すると思うよ。90分くらいやって、来てくれた誰もが楽しめるライヴになると思う。日本に行く前にも何本かライヴが入っているし、とても良いステージを見せられると思うよ。とても楽しみにしているよ、時差ボケ以外は(笑)

川嶋:時差ボケは避けられないですからね。。

オーリ=ペッカ:そうなんだよ(笑)。日本の後フィンランドに戻って、すぐにフェスティヴァルに出るので、一体どうなるのか興味深いよ(笑)。新しいステージセットもあるので、楽しみにしていてほしい。

川嶋:では最後に日本のファンへのメッセージをお願いします。。

オーリ=ペッカ:日本に行くのをとても楽しみにしているよ。俺が日本に行くのは、確か98年頃、クラブ・チッタと大阪でやったとき以来だから。あの時も素晴らしかった。最高のショウをやることを約束するよ。楽しみにしていてくれ。まずはじっくりと『クイーン・オブ・タイム』を聴いて、曲を覚えてくれ。そうすればきっとさらにライヴを楽しめるからね!


ご案内のとおり、アモルフィスはデス・メタル・バンドとしてそのキャリアをスタートし、その後フィンランドや中近東の民族音楽などさまざまな音楽スタイルを取り入れていったバンドだ。それにしても普通のデス・メタル・バンドから脱却するきっかけを作ったのがXysmaだというのは、あまりに興味深い。

 ―当時から何と読むのかは議論があったバンドだが、オーリ=ペッカは「エグジスマ」と発音していた―は、88年結成。フィンランドで初めてグラインドコアをプレイしたとされるバンドである。そのロゴのインパクトもあり、当時テープトレード界では非常によく知られていた。89年のデビュー・デモ『Swarming of the Maggots』こそ、80年代後半の流行りのグラインドコアといった趣であるが、90年にリリースされた2枚のEP、『Above the Mind of Morbidity』、『Fata Morgana』あたりから、だんだん様子がおかしくなってくる。ブラック・サバスや70年代のハード・ロックからの影響がだんだんと現れてくるのだ。21世紀の観点では、そんなものは別に新しくもなんともないと思うかもしれない。しかしTerrorizerがデビューし、Napalm Deathが初来日を果たしたのが89年のこと。当時グラインドコア自体が最先端の音楽であったにもかかわらず、Xysmaは90年という早い時期に、すでに次の段階へと歩みを進めていたのだ。そして91年にリリースされた彼らのデビュー・アルバム『Yeah』。インタビュー中オーリ=ペッカも言っているとおり、これがまさにグラインドコアとロックを融合した、96年のCarcassの『Swansong』を先取りしているとも言える名作。いわゆるDeath n' Rollというスタイルは、このXysmaによって作られたと言われているのである。同じフィンランドのアンダーグラウンド・シーン出身とはいえ、今ではアモルフィスとXysmaでは別世界の住人という感がある。だが、Xysmaという新しい音楽スタイル獲得に貪欲なバンドがいたからこそ、今のアモルフィスが存在するというのも事実。成功者の陰に、シーンの発展を支えた縁の下の力持ちがいるのである!『Yeah』、そしてその後さらにポップ・ミュージックにまで接近しているXysmaの狂乱の足跡も、ぜひチェックしてみてほしい。

Xysma

 さてそんなアモルフィスだが、ニュー・アルバム『クイーン・オブ・タイム』を引っさげた来日公演も決定している。オーリ=ペッカ・ライネも復帰した『クイーン・オブ・タイム』は、民族音楽色もグロウルもたっぷり。これぞアモルフィス、新旧ファン、誰もが楽しめるハイ・クオリティなアルバムに仕上がっている。最低でも新曲4曲は演奏するということだから、じっくりとこのニュー・アルバムを聴きこんで、来日公演に備えようではないか!

取材・文:川嶋未来 / SIGH


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